模擬戦
ユウキとアリシアによる不毛なやりとりの際、ユウキが結局あきらめて承諾すると庭で模擬戦をやることになってしまった。
「なぜ、今日ここで模擬戦をやらねばならない」
「先ほど申し上げた通りここである程度実力を見せておけば護衛の依頼がやりやすくなり、再度依頼していただける可能性があります」
庭で待っているハロルドたちに向かって廊下を歩く途中、不満顔を隠さず愚痴をつぶやくユウキにアリシアは正論をぶつける。
「俺は、今回の護衛の依頼が終われば、しばらく働く気は、無いんだが」
全く働く気のないダメな主に向かってアリシアは、驚くべき事実を告げる。
「来月から国からのお金の支給はありませんが、よろしいのですか」
「はっ!?」
ユウキは、突然の事実に驚いて足を止めた。
「ユウキ様が国王様に願ったことは、『どこかに大きな庭付きの家で静かに暮らしたい』だったはずです。その願いの中に、金銭的の援助はありません」
「しかし、今までは……」
「ソフィーア王女曰はく、『アリシアを送ったのだから、もう金銭の援助はいらないわね』だそうです」
アリシアはわざわざモノマネをしながらユウキに伝える。それにより、ユウキのストレスゲージは、決壊した。
「あんの、クソ王女がぁーーーーー!」
ユウキのストレスが溜まった大声が屋敷中に響いた。
「いつから知っていた」
「最初にこの屋敷に来た時から知っていました」
悠然と答えるアリシアをよそにユウキは、がっくしと膝と手を地面につけた。
(もういやだ、このドSメイド)
この時、ユウキは、項垂れながらもニヒルな表情を浮かべ、自分の静かな暮らしを引っ掻きまわすメイドと王女にいつか必ず仕返しすることを心の中で誓った。
「変な声が聞こえましたが、なにかあったのですか?」
「いえ、大丈夫です」
「そうですか。でも先ほどよりお顔が優れないようですけど……」
打ちひしがれている顔を見せるユウキに、心配そうにシャルロッテが声をかける。
「ありがとうございます。今は、シャルロッテ嬢の優しさが身に染みますよ」
「それはよかったです?」
ユウキの発言がイマイチわかってない可愛く首を傾げるシャルロッテ。
そんなシャルロッテに勝手に癒やされているユウキにハロルドが声をかけた。
「ユウキ君、準備は大丈夫かね」
「はい。大丈夫です」
とここにきてはっきりと承諾意思を見せた。
「どういった対戦形式にするかね?」
「相手を戦闘不能にするか、降参するまでで、庭を壊さない程度なら魔法の使用にありにしましょう。剣は木剣がないので真剣でいいでしょう」
ユウキは相手から感じる魔力の大きさからして、おそらく二人が魔法剣士だと見抜いていた。
「では、どちらが先にユウ……」
「二人同時にお相手します」
直後ユウキの向かいにいる騎士の二人の表情が一気に殺気だった。
ユウキとして、ただ二回も戦うのは、面倒だと思って言っただけでそれ以外に他意はないが、この場合バカにされたと思うのが普通だろう。
「本当に大丈夫かね?」
ハロルドが気を利かせてもう一度確認するが、一度言ってしまったので引っ込みがつかなくなってしまった。
「……ええ」
ユウキは自分の発言が相手を怒らせてしまったことに今更気づいたが、もう遅い。
騎士二人は目を怒りでギラギラとさせていた。
「二人がかりだから負けたとか冒険者だからって見っとも無いことするんじゃないぞ」
エリックは持っている剣を抜いて剣先をユウキに向けながらそう言う。
「冒険者だって負けたらちゃんと負けを認める」
アリシアたちは、離れたところで椅子に座り紅茶を飲みながら観戦するつもりのようだだ。ユウキはそんの周囲を見てげんなりして肩を落とす。
ユウキは、腰に下げている剣を二本抜いて、いつ始まってもいいように構える。
「それでは、行きます!!」
そう言った瞬間、エリックはユウキとの距離を一気に詰めて襲いかかる。中段から横にはらうが、ユウキはバックステップでそれを紙一重で避ける。すぐさまデリクがエリックの前に出て上段から剣を振り下すが、これもユウキは体を横にずらし最小限の動きでかわす。
そんな攻防をシャルロットは楽しそうに見ていた。
「お爺さまは、どちらが勝つと思いますか?」
「そうだね、いくらユウキ君がA級の冒険者でもあの二人を同時に相手したのでは、勝つのは難しいじゃないかな。なんせ二人は、マックイーン家の騎士の中でも10本指に入る強さだ。シャルロットはどう思う」
シャルロットは面白そうに戦っているユウキから目線を外さない。
「私は、ユウキさんが勝つと思います。アリシアさんは?」
「私もユウキ様が勝つと思います。シャルロット様は、なぜユウキ様が勝つと思ったのですか?」
アリシアは、純粋な疑問をぶつけた。普段の態度や表情からユウキがAランクの冒険者だとわかることは皆無だろう。
「ユウキさんは、普段あまり覇気がなくて頼りない印象が強かったのですが、今戦ってる姿を見て印象が変わりました」
「ほう、どんな印象に変わったんだい」
ハロルドが、頬を緩ませながら耳を傾ける。
「お互いまだ本気を出していないと思うんですが、ユウキさんに至っては全く力を出していないように思います。だから、まだデリク達が一方的に攻めていられのだと思います」
表情には出さなかったが、アリシアは驚いていた。今繰り広げている模擬戦は、一方的にユウキが攻められているように見える。だが、この少女は少しの間でユウキの底知れない何かを感じとったのだ。
そんなことを話しているとは、知らず最小限の動きでエリックとデリクの攻撃をいなし続けるユウキ。
「さすが、マックイーン家の騎士ですね。いい連携に、いい練度ですよ」
ユウキは二人の攻撃をいなしながら評価する。ユウキの余裕のある言動に若干苛つきを覚え眉をつり上げる。
「余裕ぶっていられるのも今のうちだ」
デリクとエリックは正直焦っていた。身体強化の魔法しか使っていないが、二人で攻めてかすりもしていない。決して手を抜いているわけではないことが余計にデリク達を焦燥にかられた。
もうデリクとエリックは焦りで最初の庭を壊さない範囲の魔法という条件を忘れていた。
「フレイムランス」
一旦距離をとったユウキを数本の炎の槍が放たれた。コントロールはされているが、中級魔法に含まれるので、威力は弱くはない。
(これなら全部かわせるか)
と魔法で防御するよりかわす方が楽だと思い、かわす体制に入ろうとした時、背後にアリシアが毎日手入れをしている花壇がユウキの視界に入った。ユウキがかわせば花壇は一瞬で消し炭である。
(か、かわせねー)
もう、魔法での防御は間に合わないのでユウキは持っている剣を強く握り、魔力を流して炎の槍に向かって走る。
「おおりゃゃゃああ」
先ほどまで、かわすだけの動作しかしなったユウキとは違っていた。迫りくる炎の槍を切り捨てていく際に散る火花はとても幻想的でまるで演目の一部かのように見えた。
フレイムランスをすべて切り終えた瞬間デリクがユウキの懐にすかさず入ってきた。
(もらった)
デリクを後ろから見ていたエリックは勝ちを確信し、目に入った汗をぬぐった。しかし、エリックが汗も拭き前を見たとき倒れていたのは、デリクだった。
どうしてデリクが倒されているか理解できず固まっていると、
「この勝負ユウキ君の勝ち」
ハロルドがユウキの勝ちを宣言して歩いてくる。
「そんな! まだ俺は、戦えます」
「エリック、模擬戦をやる前の約束を忘れたの? 庭を壊すほどの魔法は禁止のはず、それを破ったのだからあなたはとっくに負けです」
シャルロッテにそう言われ、エリックは悔しそうに唇を噛みしめながら、視線を地面に落とす。
「ユウキ様、タオルをどうぞ。エリック様も」
アリシアがエリックにタオルを渡す前にユウキは柄にもなく気落ちしている青年に聞いた。
「もう一戦やりますか」
「いや、悔しいがデリクさんが倒されたなら一対一で、俺が勝てる見込みはないです」
エリックは首を左右に振りながら答えた。
「だが、最後はどうやってデリクさんを倒したんですか? デリクさんの飛び込むタイミングは完璧でしたよ」
「まぁ~完璧だったから読みやすいというか、最後のフレイムランス切った時には、もう一本剣はとっくに手放していて、空いた手で鞘を自分の前に少し突き出しておく。そうすれば、全速力で懐に入ってくデリクさんに当たるってわけ」
ユウキは簡単そうに言うが実際それを再現するのは、とても難しい。まず、エリックたち騎士では、剣を手放すという発想すら湧かないだろう。
「それにしても、フレイムランスを切り捨てていくユウキさんは格好良かったですよ」
「まあ~たまたまですよ」
シャルロッテが無邪気に褒めてくれる。
普段褒められ慣れてめ、ユウキは照れた顔をごまかすためシャルロッテから顔をそらした。
「完敗だ」
お腹を押さえながら立ち上がるデリク。
「今回の数々の無礼な行為改めてお詫びする。そして、共に護衛する仲としてよろしくする」
長年、騎士として戦ってきたデリクの経験が、自分では目の前の男に勝つことができないのだと悟っていた。
デリクは魔物と戦った時ですら、感じることができなった恐怖をあの懐に飛び込んだ瞬間全身に感じた。
模擬戦前とは、打って変わった態度にユウキは気後れしあがらデリクが突き出した手を握った。
「こちらこそ、短い期間ですが、よろしくお願いします」
「これで道中も安心ですね。護衛される身ですが、お爺さまと私共々よろしくおねがいします」
改めてシャルロッテにお願いされ、空気が和らいだところで屋敷に戻ろうとしていると突然拍手が辺りに響いた。
ユウキは、その拍手がした方向を見ると、帽子を被っていたが、先日ユウキが会ったダミアン = ウィンストンが再度拍手をしながら近よってきた。
「いやぁ~少し早く来たかいが、ありました」
「失礼ですが、どちら様ですか」
ハロルドが怪しむような表情を浮かべ尋ねると、ダミアンは商人ならではの笑顔を浮かべて答える。
「これは、失礼しました。私は、ウィンストン商会のダミアン = ウィンストンと申します。今日は、こちらのユウキ様に約束があってまいりました」
「ユウキ君が釣竿を担保にしたという商会はウィンストン商会でしたか」
「はい、ユウキ様。お金の方は準備できましたか?」
ダミアンは、目細めながらユウキの方を見た。
「あ、はい。アリシア」
「こちらが金貨15枚になります」
「確かに」
一瞬で袋の金貨を確認して、ユウキに木箱を差し出した。
「これが、お預かりした釣竿です」
「おおっ!」
「では、これで失礼します。ハロルド様、シャルロッテ様お邪魔しました」
歩き去っていくダミアンの姿をハロルドは表情をかたくしながら見送っていたが、急にユウキの方に振り向いた。
「ユウキ君、さっそく釣竿の方を見せてもらっていいかね?」
今日一番の笑顔で迫ってくるハロルドに、ユウキも笑いながら、
「是非、見てください」
ユウキは木箱から釣竿を取り出した。そして、その場に居たハロルド達はその綺麗な竿に目を奪われた。
その釣竿は、まるでガラスでできているかのような透明感で、太陽の光を浴びると磨き抜かれた宝石ように光輝いていた。
「私には、釣竿の良し悪しはわかりませんが、今まで見たことがあるどの釣竿より素敵です」
「ああ、私もこんな素晴らしい釣竿は生きていて初めてだ」
「私の宝物ですから」
その釣竿のことをハロルドに語るユウキ姿は、懐かしそうにまた、どこか寂しげにシャルロッテには見えた。
その後、ユウキ達はハロルドとシャルロッテの向かいの馬車が来るまで紅茶を飲みながら親交を深めた。
「ユウキ殿20日の日は、ガルス北門の出口前に午前10時に集合でよろしくお願いする」
「こちらこそよろしくお願いする」
「シャルロッテ様、こちらがレシピと箸になります。2つありますので、ハロルド様も是非」
「アリシアさん、ありがとうございます。練習して使えるようになってみせますね」
それからいくつか言葉を交わし、ハロルド達は馬車に乗りユウキの家を跡にした。
その馬車の中では、
「お爺さま、今日は連れてきてくれてありがとうございます」
「シャルロッテが楽しかったなら、良かった」
「ええ、本当に楽しかったです。ねえ、お爺さま少しお願いごとがあります」
「私にできることなら叶えよう」
どこの世界も爺は孫には甘いのだ。
「王都に行った時に……」
「わかった。説得してみよう」
「お爺さま、ありがとうございます」
とハロルドの腕に抱きつく。
しょうがないなと言うハロルドの顔は、好好爺に相応しい優しい顔だった。
その頃ユウキ邸では、
「やっと今日の朝のことを話をつけれるな」
「私は、今から夕食の仕込みがあるので失礼します」
「ちょっと待てやーーー」
と身体強化魔法でユウキの前から消えるアリシアとそれを追うユウキというハイスペックな鬼ごっこが始まっていた。