訪問
6月13日の朝、今日も朝から依頼に出ようと玄関を出ると、見知った麦わら帽子をかぶった初老の男性がキョロキョロとあたりを見回していた。
こんな朝早くからどうしたのだろうかと検討がつかないユウキは、ハロに声をかけた。
「ハロさん、おはようございます。どうしたんですか? こんなところで」
「ああ、おはよう。 ユウキ君、君の家を探していたんだ」
「少しお時間頂いていいかね?」
ユウキは、確認のためアリシアに目線で尋ねた。
「30分ほどでしたら大丈夫です」
「ありがとう」
「じゃーここではなんなので家の中で話をしましょう」
家の応接室に案内すると、アリシアがすぐに紅茶を用意した。
「紅茶になります」
「ありがとう。 本当に優秀で美しいメイドさんなんだね」
「お褒めいただきありがとうございます」
「聞いていたよりうまくやっているようじゃないか」
「そ、そんなことよりどうして俺の家へ」
相談していた内容をしゃべられたまずいと思いユウキは慌てて話題を変えた。
「冒険者ギルドに護衛の依頼を出したんだが、なかなかこちらの要望に見合うパーティーがいなくて、ギルドに相談したら受けてもらえるかわからないけど凄腕の冒険者がいるって聞いてね」
「なるほど、そこで俺を紹介されたわけですか。昨日、ギルドの受付嬢から聞いたのは、ハロさんの事でしたか」
と昨日の受付嬢とのやりとりを思い出した。
「まさかこんな立派な家に住んでるとは、思わなくて探し回ってしまった」
「俺には大きすぎる家ですよ」
「最近釣りに来ないけど、どうかしたのかね」
「ちょっとお金が入用で、久しぶりに仕事をしていたもので――」
依頼とは関係ない話が出始め、話が進まないと判断したのか後ろから声がかかった。
「ご歓談中失礼しますが、依頼内容を確認してよろしいですか」
「話がそれましたな。内容は王都ラハノキアまでの往復の護衛です。日程は6月20日から出発して23日王都ついてそこから一週間滞在して31日に王都を出発して7月4日までには帰ってくるという予定です」
「ちなみに報酬はいかほどですか」
「ギルドに依頼した金額は行きで金貨2枚、無事に帰ってこれて金貨2枚ですが、足りませんかな? 」
「えっ!」
危ない道を護衛する依頼ならばこのくらいの依頼料だが王都までの比較的安全な道を護衛するのに往復金貨4枚は破格だ。
「いえ、報酬は十分です。申し訳ないのですが、護衛する方の身分をうかがってもいいですか」
金額に驚いているユウキをよそにアリシアが確認のため尋ねた。
「護衛してもらうのは、この私ハロルド=マックイーンとその孫シャルロッテ=マックイーンで、一応元ここマックイーン領の領主なんてものをしていたな」
今度は二人そろって固まってしまった。
ここの前の首領はこのガルスを観光の街として発展させたかなりのやり手でこの街ではかなり有名な人物だ。
3ヶ月前から住んでいるユウキですら耳にすることがあるほどだ。
「今とっくに引退して、ただの釣りが趣味の好好爺なので態度を改める必要はないよ。態度を改められるとちと寂しいかな」
「わかりました。冒険者としてその依頼受けさせてもらいます」
フリーズから解放されたユウキにはこう答えるのが精いっぱいだった。
「ありがとう」
「ハロさんできればその報酬なんですが、前渡し可能ですか」
「ふむ、理由を聞いても」
「なさけない話なですが、実はですね――」
ハロさんには、こちらの調度品や家具を揃えた際に手違えで大切で超貴重な釣竿を担保に持ってかれてしまったと簡潔に話した。
「なるほど、それは大変ですな」
真剣な顔でハロさんは、頷いてくれた。
「なので、できれば報酬の前渡しお願いできませんか? もちろんお孫さんとハロさんは必ず無事にここガルスまで送り届けます」
ハロさんはしばらく黙って考えていたが顔をあげ、とても好好爺には見えない鋭い視線で答えた。
「わかりました。条件付きで報酬の前渡しをしましょう」
「その条件とは?」
変な緊張が三人を支配した。
しばらく無言が続く中、ユウキとアリシアはハロルドの言葉を待った。
「私にもそのユウキ君の大切で超貴重な釣竿を見せてもらえないか」
アリシアは、ヅッコケたい気持ちを理性で抑えこんだ。
もうこの空間には、さっきのような緊張した空間は、消え去っていた。
そして、机の上でお互い満面の笑みを浮かべ両手で熱い握手を交わしていたユウキとハロルド様がいた。
そして、アリシアは思う、
(あぁ~この人もただの釣りバカなのだと)
塩漬け依頼を急いで受ける必要がなくなったユウキはハロルドとユウキの部屋で釣り道具のコレクションの観賞をしていた。
一本、一本丁楽しそうに説明するユウキとそれを興味深そうな顔で聞くハロルド、アリシアには到底わかない世界だったがなんだか懐かしい光景だった。
昼食をハロルドと一緒にとり、夕食もどうかと誘ったが、『今日は孫が待っているかな』と断られてしまった。
「今日は依頼の件ありがとう。アリシア殿昼食のソバだったかな? 初めて食べたがとてもおいしかった」
アリシアは、一歩前に出るとありがとうございますと軽いお辞儀をして下がった。
「こちらこそありがとうございます。ハロさんの依頼がなかったら今頃冗談ではなく森の中を駆けずり回ってましたよ」
「ははは、それでは、15日の昼頃にできれば孫と一緒にお金を持って来よう。その時は、またごちそうになってもいいかな?」
ハロルドは、確認するかのようにアリシアに視線を向けた。
「その時は、腕によりをかけて作らせていただきます」
ははっと笑った後再度お礼を言って帰っていった。
「ユウキ様があのような方と知り合いだとは、知りませんでしたので凄く驚きました」
「俺の方こそビックリしたわ。まさか、ハロさんがそんなすごい人だとは思わなかったからな」
「いい人でしたね。あんな好好爺な人がこの街の立役者だなんて」
「趣味が釣り人に悪い人はいないんだな」
「そうですね」
アリシアは意味ありげにフフと笑いながらユウキを見た。
「何か言いたいことがあるのか」
「いえ、なんでもありません」
「っ!!」
ユウキにもアリシアが笑った意味が分かったのだろう。だからせめてもの反撃にユウキはメイドに命令する。
「フン、腹減ったから直ぐ夕飯にしてくれ、10分で作れなかったらクビだからな」
若干耳を赤くして屋敷に向かって歩くユウキ。
そして、自信満々な顔で決まりきった言葉言うアリシア。
「メイドの矜持に誓って」
それから15日までは、特に問題なく過ぎっていった。
あえて問題を挙げるとすると塩漬けの依頼を放置して釣りに行こうとするユウキがアリシアにつかまり依頼をやらされたことぐらいである。
6月15日の朝
ユウキは寝起きがいい方にはいるがこの日は、3日間一人で依頼をこなしてきたストレスなのか、アリシアが声をかけてもなかなかベットの上から起きようとしない。
「ユウキ様、いい加減起きてください」
「あと、ちょっと……」
「今日はハロルド様がお見えになる日ですよ」
「……」
いっこうに起きよとしないユウキにアリシアは、最後の強行手段に出る。
どこから取り出したのその右手には、トンカチが握られていた。
そして、そのトンカチをユウキの頭に向けておもいっきり振りおろした。
ズドンと少なくない衝撃が床に伝わった。
「お前は、主を殺すつもりか?」
(なぜ、平和のはずの我が家で冷や汗をかいて起きなければならない。勇者時代に磨きあげた危機察知能力がなければ確実に当たっていたぞ。)
「おはようございます。ユウキ様は、この程度の鈍器では殺すことはできません」
「今日は初めてこの家に人を招くのですから、家主として恥ずかしくないようにいつもよりしゃんとしてもらいます」
反論しようとしたユウキを有無を言わさず濡れたタオルで顔を拭き、寝癖を手早くなおしていく。
「こちらが着替えになります」
と手渡された服は、新品でいつもより質のいい綿のシャツとズボン。
「おいおい、いくらなんでも気合が入りすぎじゃないか」
「今日ハロルド様は、できればお孫様を連れてくるとおっしゃっておりました。ということは、現マックイーン子爵のご令嬢が来るかもしれないということです。主が恥をかかないようにするのもメイドの務め」
そう言うアリシアの表情は、真剣そのものだった。
「だからと言ってトンカチでぉ……」
「もし!!そうならば普段の格好では、失礼に値します」
ユウキの反論は、アリシアによっておっけなくつぶされた。
ユウキとて起こされ方については納得はできないが、ここで時間をつぶして無用な恥はかきたくない。
「この件に関しては、あとで徹底的に議論しよう」
「・・・わかりました」
アリシアがしぶしぶ了承する形で話がついた。
今更だが、家具や調度品をそれなりのものにしといて良かったとほんのちょっとあのメイドに感謝しながら急いで朝食を食べ、ハロルドを迎える準備をしていった。
ひとしきり準備を終え、玄関口で待ちわびていると、豪華な馬車がユウキの家前に止まった。従者が馬車のドアを開けると、老人と美少女が馬車から降りてきて、護衛らしき剣を帯剣した騎士二人が追随していた。
「お待ちしておりました。ハロルド様」
「今日はお招きいただきありがとう」
ハロさんは貴族が着る紳士服を身にまとっていたが、表情はいつもの好好爺らしく、優しい穏やかな顔だった。
その隣にいる少女は、ハロさんと同じ金髪で長さは胸元まで伸びていて、毛先はくせ毛なのか少しカールし、清楚でやさしい表情からは人から慕われそうな印象をうけた。
「今日は王都までの護衛対象である孫を連れてきました。さあ、挨拶しなさい」
「はい、お爺さま。わたしがハロルド=マックイーンの孫のシャルロッテ=マックイーンです。いまだに淑女とは遠いわたしですが、今回はよろしくおねがいします」
そういう少女は、派手すぎないフリルの付いたワンピースの裾を少し持ち上げ綺麗に一礼した。