episode1『過去――序章にして終章』
拙作です最後までお付き合い下さいm(_ _)m
天は血のように赤く染まり、鈍い橙色になった夕日は、彼方にそびえる山々の稜線を浮き彫りにしている。
男が二人、幾万もの人間たちに囲まれていた。周りを包囲されているのは白髪と黒髪の青年だ。彼らの足元には夥しい(おびただしい)ほどの屍が転がっている。青年たちの顔には疲弊の色が浮かんでいて、限界が直ぐそこに迫っているのを告げていた。
青年らを囲っているもの達は、物々しい甲冑を身につけ、銀に光る剣をもっている。彼らの瞳には例外なく、殺意と憎悪の光が瞬いている。
絶対絶命とはまさにこのことだろう。数瞬の内に青年たちが、彼らの足元に無残にも打ち捨てられる屍の仲間入りを果たすのは自明の理。
「――何か言い残すことはある?」
万を超える兵から一人の女が進み出てきた。綺麗な女だ。肩の辺りで切りそろえられた輝く金髪は、殺伐とした中でも優美さを失ってない。周りの雑兵と違い、蒼い甲冑を纏い、同じく蒼い光沢を放つ象嵌を施された剣を持つ女性は、その瞳に僅かな寂寥感を滲ませている。
「ベルガとオーフェン、マルクスのじじぃはどうした?」
黒髪の、少々目つきが悪いと言わざるを得ない青年がいった。
「全員今ここに向かってるけど……間に合うかどうか」
「それは残念。共犯同士仲良くあの世に連れてってやろうと思ったのにな」
黒髪の青年は肉食獣を思わせる獰猛な笑みを浮かべる。その姿を見ても、蒼い騎士はこめかみを苦しそうに歪めるだけだった。
「ルクシアス、無駄話はその辺にしておけ」
「はっ、お前は死ぬ時でも変わんないなアルバート」
白髪の青年の言葉に、黒髪の青年が唾を吐く。
「大体最後までお前と一緒なんて反吐がでるね」
「お前と同意見なんて虫酸が走るが、俺もだ」
「ははは……」
黒髪と白髪の青年はガッ!!、と額をぶつけ睨みあう。
場違いにも取っ組み合いを始める二人を眺め、蒼い女騎士は目蓋を閉じて小さく唇を噛んだ。
そして、次に目蓋を持ち上げた彼女の瞳には、もう迷いは浮かんでいなかった。
女騎士は静かに片手を持ち上げ、二人の青年の方に振り下ろした。
「悪逆非道な行為により、幾万もの人命を奪いし《白き終焉》!蛮行無慈悲な振る舞いにより、数多の厄災をアルカディアに齎した《黒き魔滅》!彼らを生かしておけば無辜なる民が更なる苦痛を負うことになるだろう!!さぁ、進め!!正道なる騎士たちよ!!我らが宿敵、始祖神の神敵を滅ぼせ!!!」
『ウオオオオオォォォォ!!』
青年たちを包囲する兵たちが雄叫びを上げ、一斉に走り出す。後ろに一列に並び立つ弓兵は、矢をつがえ天にはなった。朱色の空を一瞬で弓矢が覆い空を黒く蝕む。
突き合わせていた額を放し、迫り来る脅威を認めながら黒髪の青年は言った。
「世界の憎しみも、ここまで来ると滑稽にみえるな。人間の欲望はとどまることを知らんのかね」
「何を分かった口振りを。それと、お前が黄昏ると調子が狂うから止めろ。それにいいのか?このままだと俺の勝ち越しで死ぬことになるぞ」
「……おい、それ冗談だよな?689戦345勝344敗で勝ってんのは俺だろうが」
「馬鹿は大変だな。この程度の算術すら出来んとは……良いか689戦355勝334敗で俺の圧勝だ」
「ふざけんなっ、何で俺がお前程度に負けなきゃなんねぇんだよ!!!」
「本当にそうか?良く思い出せ、はぐれ龍を仕留めたは俺だろ?」
「俺が散々痛めつけた後でな!?……お前はいいとこ取りし過ぎてんだよ、大体あのときだって――」
再び言い合いに発展しそうになったと頃で、万を優に越す暴雨の如き矢が二人を襲う。
黒髪の青年は腰に佩いた、黒い剣を抜きはなった。
「おいおい、ちゃんと殺されてやるから少しぐらい待てよ……第一剣義『破滅の刃』」
紡がれた言葉は透明感のある黒い刀身を、ライトパープルの光で覆わせた。
黒髪の青年は膝をたわめると、一気に宙に跳躍する。いつの間にか彼の瞳孔は縦に鋭く裂け、爬虫類のそれを思わせていた。
「ハァッ!!!」 裂帛の気合いが口腔から放たれ、黒い剣が閃く。
そこで不思議な現象が起こった。鋭い剣閃が矢に当たると、矢自体が軒並み自壊していくのだ。
黒髪の青年は左右上下から凄まじい速度で剣を振り抜き、矢を撃滅していく。その姿は正しく鬼神のそれだ。見るものに恐怖を抱かせ、命を刈り取っていく。
それがこの状況を招いたと知りながらも、彼は嗤いながら戦場をかける……待ち人を裏切り、自分の心を裏切ろうとも。
「はははは!!やっぱりこれだよッ!!これが戦いだ!!生と死の狭間でする命のやり取り!!!今最高に生きてるって感じがするぜ!!」
最後、数十もの矢を一振りで粉砕し、おおよそ人間とは思えない滞空時間を終えた黒髪の青年は、白髪の青年の元に着地すると堪えきれないように笑う。
つい先ほどまで殺意をたぎらせていた歩兵たちの歩みが、人間離れした黒髪の青年の所業を眼にし、完全に止まった。
「……戦闘狂め。最期くらい騎士らしく戦え、エリスが泣くぞ」
「あれは俺が選んだ女だ、お前が口出しすんじゃねぇ。それに――お前も笑ってんじゃねぇか」
白髪の青年は愉悦に浸る笑みを浮かべている。死の淵に立たされた強者にのみ、許される行為だ。戦場を愛し、眼前にある死すら悦ぶ。それは、黒髪の青年と同じだった。
「……なぁ、勝負しないか」
「勝負?」
「そうだ、恨みっこなしの真剣勝負。どちらが死ぬまでに何人殺せるかの一騎打ちだ」
白髪の青年が出した提案は酷く歪んだものだった。その証拠に足を止めた兵たちからどよめきが生まれる。
だがそれは強者の前では酒の肴と同義。黒髪の青年は、二タァっと嗜虐溢れる笑みを浮かべる。
「いいねぇ、冥土の土産にゃ丁度いい。これで俺ら二人の内どっちが最強なのかはっきりするな」
「勝つのは俺だ」
白髪の青年はニヤリ笑って腰に佩いた白い剣を取り出し、黒髪の青年に見せつけるように構える。彼の瞳は紅く染まり、六芒星が浮かんでいた。
「いいや俺だね」
黒髪の青年がニヤリと笑う。彼らの間には戦闘を楽しむ、それしかない。
瞬間、蒼い女騎士が右下段に剣を構え突進してきた。
「さぁ……せめてこの時だけは、存分に闘いを愉しもうか」
白と黒の青年が群がる兵の陣に突撃する。直後、血の花が咲いた。幾多の剣をかいくぐり、敵の首を刎ね飛ばしていく。二人の顔は血に塗れ、されど獰猛な笑みは変わらない。
「愛する人を殺してなお戦うのですか……ッ!!」
蒼い剣閃が閃き、白髪の青年が受け止める。白と蒼の剣がせめぎ合い、火花を散らす。
「俺は遣るべきことを遣ったまでだ。何れ世界が彼女に気づくときが来る……その時まで時間を稼ぐのが俺の使命だ……だからあんたも自分の信条に従えばいい。それが《勇者》の役目だろ?」
体重を掛け相手の剣を少し押し込んだ所で、素早く切り返し女騎士の片口を浅く切り裂いた。
「戦えよ、《勇者》エンヴィ。お前の力はこんなものじゃないはずだ」
「言われなくともッ!!」
再び二人の剣士は交錯する。この行為に意味はなく、ただ世界の歯車に狂わされた彼らの闘いは、合流した後に英雄と呼ばれる三人の剣士達の手によって、白と黒の青年が討ち取られた所で幕引きとなる。
こうして、世界の為に命を張り、逆に世界から拒絶され、闘いを愛し剣に愛された二人青年は、怒りと哀しみを置き去りにして短い人生を終えた。
アルカディア歴1395年6月28日――黄昏時の出来事だった。
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