第四話 転生の産物。
城壁に戻ると、多くの出迎えが待っていた。
先頭に立っていたのは、神官のベグマンだった。
「幸村様! お帰りなさいませ!」
「えっと……はい。ただいま戻りました……」
「この度は本当にありがとうございました。
おかげで我々レイファルス王国は、救われました。心よりお礼申し上げます。
幸村様――いや、影武者様」
ベグマンは雪の手を取ろうとして思い留まった。
雪は困ったように笑い、おずおずと手を差し出した。
「……幸村でいいですよ」
「左様でございますか。では、これからも幸村様と呼ばせて頂きます」
ベグマンは彼女の手を取り、これ以上ない笑顔を浮かべた。
いや、彼だけではない。
その場にいた全ての人間が安堵の表情を浮かべ、雪に感謝の意を表している。
雪はその気持ちが嬉しくもあり、またどこか申し訳なかった。
「あの……」
「何でございますか?」
「ここは……死人の国ではないですよね?」
ベグマンはすぐに意味を察した。
「そうですね。急事も済みましたし、その辺りの説明をさせてもらいましょう。
王宮へどうぞ。風呂と食事を用意しておきますゆえ」
「えっと……。ありがとう……ございます」
ぺこりと頭を下げ、雪はベグマンのあとについていった。
*
風呂と食事を済ませた雪は、用意されていた寝間着に着替えて王宮内の談話室へと向かった。
部屋につくと、先にベグマンが待っていた。
「おお、これは幸村様。わざわざ来ていただいて申し訳ありません」
「いえ、話を聞きたいと言ったのは私の方ですから……」
「どうぞ、お掛けください」
促されるままに、雪は長椅子に腰かけた。
「へ──!?」
体感したことのないふわふわ感に、彼女の目が丸くなる。
「な、なんですかこれは?」
「ソファーでございますよ。
どうやら、私どもの世界と幸村様の世界では、だいぶ文化に差があるようですね」
「……?」
首を傾げる雪。
ベグマンは軽く咳払いをし、話し出した。
「今日幸村様が戦った相手、マレリア皇国は遥か昔より友好条約を結んでいた国でした。
争いなど、数百年の歴史のなかで初めてのことです」
「……? なら、どうして戦に?」
「先日、マレリア皇国の国王が亡くなられ、新たな王が誕生しました。
その男は戴冠式が終わったと同時に、我々レイファルス王国に宣戦布告をしてきたのです」
「そんな……どうして?」
「それはわかりませぬ」
残念そうにベグマンが首を振る。
「ここ、首都レイピアがマレリアとの国境近くにあったこともあり、
我々は瞬く間に窮地にたたされました。
突然のことで援軍も望めず、圧倒的兵力差に為す術がなかったのです。
そこで我々は、異世界の英雄に望みを託すことにしました」
「それで……私を?」
「はい。我々が行った儀式の名は『英雄転生』といいます。
命が尽きた英雄の魂を、冥界ではなくこちらの世界へと無理矢理繋ぐものです」
「魂を……そんなことが可能なんですか?」
「ええ。現に幸村様はこうして我々の世界に存在しておられる。
信じる他にあるますまい」
言って、ベグマンはニッコリと微笑んだ。
少し考えたのち、雪は質問をした。
「……肉体はどうしたのですか?」
「人体の生成に必要な材料は揃えてありました。
あとは、魂の情報から最も適切な肉体が構築され、そこに魂が宿るのです」
(そうか、それで……)
雪は僅かに口角をあげた。
「あまりに突拍子もない話ばかりでまだ信じられませんが、
でもおかげでひとつだけ納得できたことがあります」
「なにがでございますか?」
「実は私は……特異な眼をもっています。
他の人が一瞬に感じる時の流れを、ゆっくりと捉えることが出来るのです」
「ほほう。それはまた……さすがは英雄と呼ばれるだけのことはありますな」
ベグマンが感嘆の声を漏らす。
雪は困ったように笑い、言葉を続けた。
「ですが、優れていたのはこの両の眼だけです。
肉体は、他の人間と代わりありません。
頭ではこう動きたいと考えているのに、体が半歩遅れて動く感覚がずっとありました」
「ありました――ということは、今は違うのでございますか?」
鋭いベグマンの指摘に、雪は首を縦に振った。
「はい、今の私は違います。願ったままにピタリと体が動くのです。
どうやら転生の際、この眼を基準に最も適した肉体が生成されたようですね」
「それはそれは……。もしかしたら、神の恩恵やもしれませんな」
「わかりません。でも――」
自身の手をジッと見つめ、雪は柔らかい笑みを浮かべた。
「不謹慎ですが、昼間の戦場で私は羽が生えたような気持になりました。
生まれてはじめて、自由を感じたのです……」
「幸村様……」
「……あの、ベグマンさん。私に仕事をくれませんか?」
「仕事……でございますか?」
突然の言葉に、ベグマンは目を瞬かせた。
「はい、どんな雑用でも構いません。
今日殺めてしまった千三百十七人のための冥銭を、
自分の手で稼ぎたいのです……」
困り顔で彼女は笑った。
「幸村様がそう仰るなら、探しておきましょう。ですが、今日はもう遅い。
今晩はゆっくりとお休みになられ、また明日その話をしましょう」
「わかりました。では、私も部屋に戻りますね」
「今宵はこの世界に来て初めての夜。幸村様とてよく寝付けないでしょう。
身体の温まる我が国自慢の紅茶を淹れて、部屋まで持っていかせますね」
「ありがとうございます。ベグマンさん」
「いえ、お気になさらず」
「では、おやすみなさい」
雪はぺこりと頭を下げ、談話室をあとにした。
一人残ったベグマンはポツリと零した。
「おやすみなさいませ、幸村様。どうぞごゆっくり」




