第三話 神の眼。
陣形の最後尾に置かれた椅子に腰かけ、オレイラは配備した自軍全体を見渡した。
オレイラから見て、Vの字に魔導兵が立ち並ぶ。
「ほっほ。鶴翼の陣でございますね、将軍」
「ああ。本当に一人だとは考えにくいが、所詮は少数部隊であろう。
現れた瞬間墨クズにしてくれる」
「しかし、本当に現れますかな。よもや別の目的があるやもしれませぬぞ?」
「ふっ、参謀らしい意見だな。だが、これはもっと単純な話だよ」
「ほう……。と、いいますと?」
「敵は城壁からこの駐屯司令部までの一直線上にいる部隊を襲っている。
しかし、それ以外の部隊には目もくれていない」
参謀が目を丸くさせる。
「ほっほ。なるほど、つまりは――」
「そうだ。敵の目的はここ。すなわち、私の首だ」
「確かに。敵将を打ち取るのは、戦の基本でございますね」
「敵は必ずこの地に姿を現す。そのための、この陣形だ」
自身に満ち溢れた表情のオレイラ。
すると、索敵兵が声を張り上げた。
「敵影、発見! 一人です!」
「ふんっ、来た……か?」
視線の先に、紅い何かが立っていた。
オレイラは戦慄した。
人の形はしていたが、少なくとも、彼にはそれが人には見えなかった。
そして思った。
血に塗れた、死神のようだと――
*
敵の本陣にたどり着いた雪は、組まれた陣形を見据えた。
(これは……鶴翼の陣ですか。どうやら、迎え撃たれたようですね……)
ハの字に立ち並ぶ兵。
その一番奥に、華美な服装の男が悠然と椅子に腰かけている。
雪は目を細め、その男をじっと見つめた。
視線に気づいた男は顔を歪め、声を荒げた。
「貴様か、イレギュラーは!
どうやったのかは知らぬが、よくも好き勝手暴れてくれたな!」
「……あなたが、将ですね」
「答えてやる義理はない! 全軍、詠唱始め!」
男の言葉に、兵たちが詠唱を開始する。
多量の魔方陣が発生し、渓谷を煌々と照らしだす。
兵の頭上に、ひとつ、またひとつ、人の顔程の大きさの火球が出来上がっていく。
その数は、一瞬にして数えきれぬ量となった。
そして――
「焼き払え! 奴を殺すのだ!」
男の声が響き渡る。
次の瞬間、その全てが雪に向かって放たれた。
雪の視界が、紅く染まる。
しかし、彼女に慌てる様子はない。
「魔法……でしたっけ? 不可思議な力ですね……」
それどころか、涼しげに笑みを浮かべた。
一つ目の火球が眼前に迫る。
雪はそれを紙一重で躱した。
二つ目、三つ目が同時に襲いくる。
しかし、これも隙間を縫うように躱す。
躱す。
躱す。躱す。
躱す。躱す。躱す。
延々と躱し続ける。
爆発と轟音が鳴り響く中、兵たちは叫び、驚愕を顔に浮かべた。
「あ、当たらない!?」
「なんだこの化け物は!?」
(……不思議。やっぱり……ちゃんと身体が動く)
雪は瞬く間にその全てを躱し切り、前方にいた魔導兵の正面に躍り出た。
申し訳なさそうな表情を浮かべ、手にした十文字槍を振り抜く。
立ち並ぶ兵の首が、九つ同時に跳ねあがった。
一歩踏み込み、もう一振り。今度は七つの首が飛んだ。
それらは一様に高い放物線を描き、彼女の足元に転がった。
「……ごめんなさい。少しだけ……待っていてくださいね」
転がる首を眺めながら、ポツリと零した。
将の男はギリリと奥歯を噛み、立ち上がった。
「さ、散開しつつ取り囲め! すぐに次弾を――」
ゴンッ――!
突如、指示を掻き消すような轟音があがった。
雪が、槍の柄を地面に叩きつけた音だった。
その場にいた誰もが息をのんだ。
大地に十数メートル規模の亀裂が入ったのだ。
静寂の中、雪はゆっくりと喋り出した。
「もうやめましょう。
いくら撃ってもあたりませんよ。私、眼が良いので……」
「め、眼……だと?」
良いなどとは控えめ過ぎる表現だった。
彼女の超発達したその眼は、集中すれば万物の事象をスローモーションで捉えることができる。
この『神の眼』とも呼ぶべき超常の能力を、雪は生まれながらに手にしていた。
故に、数多の戦場で彼女が被弾することは無く、常に冷静な状況判断ができる。
結果、雪は影武者として武功を上げ続け、真田幸村を英雄にまでのしあげた。
そして、実はもう一つ。
彼女は超常の力を手にいれていた――
「それに、不思議なことに……身体が思った通りに動くのです。
たぶん、今の私に勝てる人間は……いません」
「え……?」
その言葉の意味は、誰にもわからなかった。
だが、呆ける兵たちに構わず、彼女は言葉を続けた。
「だから……その、すみません。もう、私の前に立たないでください」
言って、申し訳なさそうに笑う。
「私と目が合った瞬間、死にますから……」
「――ッ!?」
その場にいた誰もが、恐怖した――
年端もいかない少女が、生殺与奪の権利を振り翳す。
『死』が、人の形をとってそこにいた。
「う、うあああああっ!?」
蜘蛛の子を散らすように、逃げ惑う兵たち。
そんな中、将の男が怒号をあげた。
「あ、あんなものは戯言だ! 全員持ち場に戻れ!」
「戯言……?」
雪は眉をひそめた。
ゆっくりと、男へと近づいていく。
「お逃げください、オレイラ将軍!」
「我々が食い止めます!」
すると、勇敢な数名の部下が、雪と男の間に立ちふさがった。
しかし、男は部下の願いを無視し、頭を振って反論した。
「に、逃げるだと!?
ここで逃げ出したら、私は失脚する! そんなことができるわけ――!」
ボトリッ――
ふいに、鈍い音が男の足元で鳴った。幾つも鳴った。
それらが転がり、コツリと靴に当たる。
男は恐る恐る視線を落とした。
「あ……ああっ……!」
その光景に、言葉を失った。
転がっていたのは、立ち塞がった部下たちの首であった。
「ひ、ひいいいいっ!?」
腰を抜かす男。
目の前に立ち、雪は十文字槍の刀身を男の首筋に添えた。
「……私は戦場で戯言などほざきませんよ」
「わ、わかった。負けを認める! すぐに隊を退くから、命だけはっ!」
男が必死の形相で訴える。
すると、雪はキョトンとした顔で首を傾げた。
「何を言っているのですか?
負けたら首を落とされる……。将とは、そういうものではないですか」
「そん――!?」
次の瞬間、男は見た。
首から上を失い、血しぶきを上げる、自分の身体を――




