第一話 最強の影武者、転生。
ここは……どこでしょう?
雪はゆっくりと瞼を開き、辺りを見回した。
見慣れない服装の男たちが、一様に雪の様子を窺っている。
(地獄にしては、随分綺麗な場所ですね……)
実は、雪は自害した身であった。
とあることが原因で、生きていられぬ状況になり、自ら命を絶ったのだ。
しかし、目を覚ました場所は地獄ではなく、教会のような広間であった。
状況が理解できぬまま呆けていると、雪を取り囲んでいた男の一人が口を開いた。
「緋威の鎧に、六連銭の紋をあしらった鹿角の兜。
そして、朱に染められた十文字槍……。間違いない、英雄録の通りだ」
ざわめきが広がる。
「ということは――」
「この方が、英雄真田幸村様!?」
期待と不安の混ざったいくつもの視線が雪に刺さる。
雪は対応に困った。
(さて、どうしましょうか……)
死んだ身ではあるが、職業柄違うとは言えなかったのだ。
悩んだ末、雪は首を縦に振った。
「はい。一応、私は真田幸村です……」
答えると、広間にいた者たちから歓声があがった。
「よし、成功だ!」
「これで救われたぞ!」
余程緊張していたのか、彼らは心の底から嬉しそうであった。
そんな中、代表格と思われる人物が雪の前に立った。
「はじめまして、幸村様。私はベグマン。
このレイファルス王国の神官でございます」
「はあ……」
丁寧にあいさつするベグマンとは対照的に、雪は気の抜けた返事をした。
「我々は今、窮地に立たされています。
突如、隣国から戦を仕掛けられたのです」
「戦……ですか」
「我が国は軍事に乏しい。このままでは敗戦は必至です。
どうか、幸村様のお力を借りられないでしょうか?」
必死に懇願するベグマン。
雪は短い息を吐いた。
「あの……戦うだけで良いなら、手を貸します」
雪が言うと、再度歓声があがった。
ベグマンが満面の笑みを浮かべ、雪の手を取る。
「いやあ、ありがとうございます! 幸村様!」
「きゃっ!?」
広間に甲高い声が響く。
ベグマンは思わず手を離した。
雪の発したその声は、幼くも艶っぽいものだった。
「おな……ご?」
「えっと、あの……はい。
大きな声出して……ごめんなさい」
頬を赤く染め、雪は小声で答えた。
「「えええええええ!?」」
目を丸くさせ、男たちは揃って声をあげた。
言われるまで気付かないのも無理はない。
甲冑のあるなしに関わらず、雪はそれほどまでにぺったんこだった。
「お、女!? 真田幸村って女だったのか!?」
「そんな馬鹿な! 英雄録には、男だと記載されているぞ……?」
数々の疑問が飛び交う中、雪はおずおずと答えた。
「はい。我が主、真田幸村は確かに男……です」
「我が主……?」
「真田幸村……?」
眉間に皺を寄せる男たち。
視線を集めた雪が衝撃の事実を口にする。
「あの……私、影武者なんです。幸村様の」
「「はあああああああ!?」」
広間は騒然となった。
「影武者……そんな……」
「これでは、失敗と同義ではないか……」
項垂れ、一気に熱を失う男たち。
彼らの表情に、絶望の色が浮かぶ。
雪は少し考えた後、一人の男に声を掛けた。
「あの……すみません」
「なんだね?」
「よくわからないのですけど、戦場に行けばいいのですか?」
「え?」
「戦人が欲しくて、私を呼んだのではないのですか?」
「まあ、確かにそうなんだが……君は影武者なのだろう?
我々が呼びたかったのは、英雄真田幸村であって君では――」
雪は男の口に指を添え、言葉を制した。
そして、柔らかい笑みを浮かべて言った。
「確かに私は影武者ですけど、大丈夫です。
私、幸村様よりも強いですから」
そして平然と、そう言ってのけた――