屋根より高いおねえさん 前編
隣のおねえさんは胸が大きい。
小学生のころに見上げていた丸みは、中学生になっても手の届かない高さにある。
今でもボクをつまみあげ、胸の谷間にさしこむのが好きだった。
「ボクもう中学生なんですけど」
「いいじゃん別に。ユキオくんも興味をもつお年頃でしょ?」
「だから問題なんですよ」
「興奮しておそいかかっちゃう? ……そうしてくれたら助かるのになあ」
のほほんと笑う声に、少しだけ本気が見え隠れする。
優しい顔だち。濃い目の眉。ぱっちりとした目。
大きいと言ってしまえばすべてが超絶に大きい。
でも頭身は七個半。
背の少し高い女性をそのまま二倍にした体型。
そのバランスの中でも大きい目、長いまつ毛、厚めのくちびる。
いつもゆるくて気さくな表情だけど、時おり見せるすまし顔は息を飲む美形だった。
おねえさんは体育館サイズの古い倉庫を改造して住んでいる。
隣の新しい倉庫で荷物運びの仕事をしていた。
「腕力あっても、細かい作業は助手さんが必要だから。会社はあまり儲からないみたい」
助手さんの三倍もらっている給料のほとんどは、食事に消える。
「胃袋が縦、横、高さで倍だとね、必要な食事は八倍になるわけ」
そして生活のなにもかもが割高な特注サイズに囲まれ、新しい服などとても買えない。
それでもおねえさんは楽しそうに暮らしている。
「出入りの運転手さんがいろいろ持ってきてくれるから。廃棄になる食べ物とか、建材とか、私にもできる工事仕事とか」
ボクの父さんも助手として、あるいはマネージャーとして一緒に出かける。
「面子どうこう言ってる場合じゃねえし。プライド捨てる相手が気のいいおねえちゃんなら御の字よ」
会社が倒産してから、父さんは細かいことを気にしなくなった。
おじいちゃんたちの住んでいた田舎の空家に引越し、隣に住むおねえさんが自分の倍の背でもあわてない。
「親父から大きいとは聞いていたが、屋根より高いってのは大げさだな」
父さんは放置されていた畑を耕し、若い人のいない近くの農家も手伝ってまわり、漁師さんと知り合って船にも乗りこんだ。
おねえさんとボクも、よく手伝いにつきあう。
魚や作物をたくさん分けてもらえた。
仕事が多いとボクはゲームやマンガを買える。
おねえさんはパソコン機材を買い足す。
仕事が無い日のおねえさんはインターネットをしていることが多い。
キーボードとマウスは指に合う特注だけど、ほかのスイッチ類は工具であつかう。
木箱を重ねて板を渡した机の上はボクの鼻くらいの高さ。
「立ったままじゃ疲れるでしょ?」
ボクが困るのを知っていてつまみあげ、胸の谷間へ押し入れる。
胴ごとはさみこむクッションは柔らかくて温かくて、居心地が良すぎた。
「ゆきおくん、いい匂いねー。おいしそー。食事的にも性的にも」
お腹が減っていると、そんなことを言いながらボクの頭に吸いつく。
「食事的には明日の芋ほりで解決するでしょ。性的には……いい見合い話とかないの?」
「みんなやっぱり、そこが悩みだねー。身長差を越えて仲良く生活できても、恋愛や結婚となるとねえ?」
世界にまだ数千人しかいない、同じ境遇の人とチャットや掲示板で話している。
「お、カップル百組目も成立かあ」
お祝いメールを書きながら、どこか他人行儀な声。
おねえさんはもてる。
若くて美人でスタイルがよいので、メールボックスには『超身長』男性からの切実な求愛が全世界から押し寄せている。
のらくらとごまかして怒られがちだった。
なじみのトラック運転手の中には、本気でデートへ誘う人もいる。
おねえさんはボクや父さんまで連れて行き、ただのピクニックに変えてしまう。
少し変わったファンサークルのツアーが来た時は大変だった。
「その胸の下敷きになれるなら、死んでもかまいません!」
そう嬉しそうに言った男性は袋だたきにされ、警察と救急車が呼ばれた。
「かまいませんとはなんだ! 貴様など除名だ!」
ありえないサイズの胸に圧殺されることこそが会員の理想の生涯であり、いかに新人であっても許しがたい暴言だったと言う。
ほとんどの人が頭を抱える犯行動機だったけど、おねえさんは珍しく何秒か悩んだ末、ひとりずつ胸で横っつらをはりとばし、記念撮影までしてあげた。
「ツアーは年一回。周囲の平穏を乱さないこと」
引き換え条件は厳正に守られ、彼らのホームページでおねえさんは神として信仰されている。