対空母打撃艦隊戦始末記
「敵影、補足できませんでした!」
「うむ、ご苦労だった」
ここは公海上。位置を正確に表すならば、緯度がぴったり零の海上である。
明日にでも、悪の枢軸・ゼクトールを爆載した艦載機の足でとらえられる距離。
大海原から見上げる天には一片の雲塊もなく、澄み渡る蒼空が水平線と繋がっていた。
まさに、これぞ大海原! である
原子力空母・ジョージワシソトソのブリッジより、合衆国太平洋艦隊所属、第七艦隊旗艦隷下の空母打撃艦隊軍を、ある意味、感慨深げに見下ろす偉丈夫がいる。
熱帯地方用の軍服を肩で着こなす男だった。
彼は、合衆国海軍第七艦隊司令官・ジェイミー・エクスタイン中将そのひと。
五年前の四月、誰の批判を浴びることもなく第七艦隊の司令官に就任した海の戦士。
彼の清廉潔白な生き様にもよるが、それは誰の目にも当然の昇格だったのだ。
合衆国海軍には、彼が加わった作戦は必ず成功するというジンクスがある。
全戦無敗。それが彼の輝かしい軍歴であった。
瓦解しかけた戦線に、いち早く戦力を送り込むのが彼の得意技だと言われている。
敵の急所を少ない戦力で、しかも効果的にダメージを与えていく悪魔とも呼ばれている。
本国作戦本部の意向を三十パーセント多く汲み上げる能力と行動力。
人は彼を常勝エクスタインと呼ぶ。
しかし彼は、その二つ名に迷惑していた。
なぜなら、彼は、より多くの事前準備に力を裂き、より多くの敵戦力分析をすすめ、より多くの敵将情報を集め、それこそ無数の戦闘シミュレーションを経て、初めて戦場に足を踏み入れるに過ぎないからだ。
ケティムが、密かにゼクトールへ向け艦隊を派遣した事を察知した合衆国は、ただちに空母打撃艦隊派遣を決定した。
合衆国は、今より半年前から、ケティムの軍事行動を予想していたのだ。
世界最強、合衆国海軍である。六ヶ月という期間、準備に費やした艦隊は、しびれを切らすかのように出撃していった。
ゼクトール・ケティム戦争に軍事介入し、ミョーイ島沖油田に強力な発言力を有する。
それが合衆国首脳部の決定であり、合衆国海軍の目的であった。
エクスタイン司令官は、ゼクトール戦争におけるケティムの戦力を総力を挙げて分析。ケティム派遣軍を蹴散らすだけの戦力を持ってこれにあたった。
キャリア・ストライク・グループ。訳して空母打撃群。
空母打撃群旗艦、ジョージ・ワシソトソを含む大型正規原子力空母二隻。
タイコソデロガ級ミサイル巡洋艦三隻。
アールイ・バーク級ミサイル駆逐艦六隻。
ロサソゼルス級原子力潜水艦四隻。
フリゲート艦一二隻。
高速戦闘支援艦二隻という大陣営。
艦船数二十九隻。総勢二万人になろうかという大兵力。後方支援は無数ときている。
これは通常空母打撃群三個分に匹敵する戦力である。海上戦闘、並びに陸戦支援として、これ以上の贅沢はあり得ない。
あの日あの夜、天候さえ合衆国の味方をしてくれていれば、監視衛星がゼクトールの決戦兵器を目撃したであろう。SARだけでは、それらしき兵器兵装は確認できなかった。
ケティム艦隊に決定打を与えた兵器こそ確認できなかったが、SARで拾えなかった以上、推定されるのは攻撃型潜水艦一、二隻による攻撃である。
それはどこの潜水艦か? ゼクトールに潜水艦はない。
中国か? ロシアか? ……はたまた日本か? 油田がらみに間違いはなかろう。
しかし、たかが数隻の潜水艦。
なぜ、物量と質で、はるかに劣るゼクトールが勝ったのか?
この超打撃艦隊は、ケティム派遣軍を蹴散らす目的で構成された戦力である。ゼクトール軍など、オマケでしかなかった。
だが、ケティム敗北の報を聞き、作戦はBプランへと変更された。
対ゼクトール戦である。
最初の意気込みから外れてしまったが、それはよい。戦力をケティムからゼクトールへ向けるだけで事が済む。
……はずであった。
ケティムは戦術を間違えている。
ゼクトール軍は、典型的な近海戦闘専門組織である。
なにも、敵が得意とする舞台に上がる必要はない。ましてや、悪天候や夜間攻撃など、敵に有利な時期を選ぶなどもってのほか。
ただ単純に、遠くから海上封鎖して心理的圧迫感を与え、ゼクトール国民の生活に打撃を与えればよいだけの話である。
国民の心が統治者より離れれば、合衆国軍の勝ちとなる。
ケティムの失敗はそこだ。性急に事を運びすぎた。
エクスタイン司令官とそのブレーンにとって、ゼクトールの官民一体となった反抗の前に、ケティムは敗れるべくして敗れたとしか言いようがなかった。
ゼクトール軍とゼクトール国民は、己の国の存亡をかけて死力を尽くした。
ゼクトールを甘く見たケティム首脳部とケティム軍より、より多くの、まさに血を吐く努力をしたのであろう。
敵より多くの努力をする。敵に勝てたのは、自軍の努力が多かっただけ。敵の努力が自軍より多ければ負けていた。
もし彼に哲学があるとすればそれだけであろう。
そしてその結果、眼前の事実がある。
八隻のフリゲート艦が忙しく艦艇の間を動いている。
なぜなら。
巡洋艦三隻大破。
駆逐艦六隻大破。
原子力潜水艦三隻大破。
高速戦闘支援艦二隻大破。
フリゲート艦八隻中破。
全てが申し合わせたように艦尾に損害を受けている。スクリューを含む航行機関に致命傷を負っていた。
一瞥で解る。洋上での修理は不可能。
もっと怪訝なダメージを負った艦がいる。
原子力空母が、二隻とも炉心停止。それによる戦闘行為不可能。
まるで炉から燃料棒を抜き取られてしまったような……。
無傷なのは、たった、八隻のフリゲート艦のみ。
彼らによる救出活動が、現在の最優先作戦行動である。
合衆国空母打撃艦隊敗北という事実。
それがエクスタイン中将に突きつけられた、今、であった。
「指令!」
「狼狽えるな!」
信じられない現象を目の当たりにし、パニックを起こすブリッジ要員に一喝をくれるエクスタイン司令官。
「ゼクトールの指揮官が凡才ではなかったという事に過ぎぬ!」
口をへの字に結び、部下達を睥睨する。
「我らより、ゼクトール軍首脳部の努力が上回ったと言うことだ。我らより経験豊富な軍首脳部が、我らより工夫し、我らより苦労に耐えた結果である。敵を褒める事はあれど、恨む事があってはならぬ!」
それが、十七歳の少女に対し、五十六歳を迎えようとする知将の敗北宣言であった。
「いやー、楽勝楽勝!」
タミアーラ内部、リボルバー式格納庫に収納された四百メートル級巨大潜水艦ブレハート・ドノビから降り立った桃果の第一声である。
「努力とか苦労とか工夫なんかコイツの前じゃ水に濡れたオブラートね!」
もはや身も蓋も無いないお話になったのであった。