エピローグ
エピローグ
※ ※ ※
こうして、亮は影にまつわる魔術師の事件に幕を下ろした。
終わってみれば、手元に残ったのは半端な魔術技能とこの命。そして、時雨にとっては文月影司の身柄だった。
逆に失ったものは、計り知れない。そう、亮には計ることができなかった。それは途方もなく多かったようにも思われる反面、とても小さななにかであったようにも思う。
だけど、確かな事は失ったということ。
そして、戻ってきたということ。
この、変わりだした日常へ。
紅葉の通学路を歩く亮の両脇には時雨と楓。
時雨は相変わらず『時雨』と『止水』を肩にかけ、ピンと正した姿勢のまま亮の隣を歩く。
その逆にある楓はだらんと亮にしなだれかかり、腕をこちらへ絡めてくる。胸、当たってます。
「しかし、まさか楓が魔術師だったとはな」
脇でからんでくる同級生。
その正体は、序列3番目の魔術師、弥生だと言う。
「『傀儡師』、だったっけ?」
あの後、校舎を後にした亮と時雨を出迎えたのは、校庭にひとりたたずむ楓の姿だった。
「神崎、その傀儡師ってのやめてくれ。あたし、その呼び名は嫌いなんだよ」
「魔術師が自分の名を疎かにするなんて、愚かな話ね」
時雨は楓が現れてからこっち、ずっとこんな調子である。
とにかく険悪なのだ、このふたり。
時雨の清ました顔が余計に怖い。
「ホント、嫌な女だよなー、神崎」
ぎゅぅ、と。さらに胸を押し付けてくる楓。
「お、おいっ!」
横を見ると時雨がとても形容しがたい恐ろしげな顔をしていた。
「顔真っ赤にして、不潔ね」
吐き捨てた。
「あ〜、あ〜、神無月がやきもち焼いてるー。悔しかったらあんたもやればいいのに」
お前も黙れ。
つーか、キャラ変わりすぎだ。
ちなみに、
時雨の言っていた『結界』は弥生の魔術だと言う。
弥生は特に戦闘能力を持たない家で、全ての家と不可侵条約を結んでいる変わりに、家へ要請があった場合は魔術が外へばれないように『結界』を張るという、楓に言わせれば便利屋まがいの存在なのだという。
今回の『結界』は時雨が楓を通して弥生の家へ要請したものだという。それなりに手順がいり、それ以外にももろもろの取引があったらしい。
さらに、楓が魔術師であったことが判明すると、睦月源が言っていた言葉の解釈もようやく分かってくる。
奴は言った。潜伏している生徒は2人。つまり、時雨と楓のことを指す。生徒は、確かに2人なのだ。そこでさらに奴は続けた。『もう1人いるぞ』、と。この時言っていた睦月の『君ら』、とは亮と時雨のことではなく時雨と楓のことを指していたのだ。だから、魔術師はあの学校には計3名が居た事になる。生徒である時雨と楓。そして、教師である文月影司だ。
これが、あのいけ好かない野郎の残した遠まわしな悪意のヒント。
全てが終わって初めて意味が分かるなど、とことん意味がない。
だがまあ、時雨までそうだった訳では、なさそうだが。
そういった意味では、本当は奴にも感謝しなくてはならないのかもしれない。
【情報屋】、か。
ところで、
まだ絡み付いてくる楓をそろそろ引っぺがす。恥ずかしいったらありゃしない。楓は恥ずかしがっちゃって、などと言っているがこれも無視だ。
「時雨、胸の傷は大丈夫なのか?」
「まあ、ね。大したことはないと言えば嘘になるけど、とりあえず大丈夫よ」
それはそうだ。
いくら『防弾チョッキを着ていたからといって』、何発も至近距離から銃弾を喰らって平気なはずがない。そもそも、あれはあくまで万が一から命を守るものであって防御に使用する盾のようなものではない。銃弾自体は防げても、その衝撃だけはどうしようもない。
防弾チョッキ。
それが、あの戦いで時雨の選択した切り札。そして、まさしく魔導具。
神無月は防性武具を用いない、という魔術師間の常識を逆手に取った、魔術を導くための道具だ。
文月は自分の絶対優位を疑わなかったため、普通であればありえない事態に対応し切れなかった。これは経験でも能力の差でもなく、性質の差がもろに出た結果だった。
更に言えば、幸運の差でもあった、と時雨は言った。
撃たれるのはあくまで首下から腰上でなければならなかった。つまり、一撃必殺を狙う敵の虚を突くには心臓しかなかった。多少狙って作った状況とは言え、今回はかなり運が良かった。……らしい。
今回の時雨が行った、枷解術ではない基本的な魔術。その内容は【神無月に銃は通じない】という馬鹿馬鹿しい『概念』を『認識』させる事だった。そうして錯乱した状態へ追い込み、【銃で撃たれた】という『概念』でもって認識を断ち切った。
実際にあの時時雨が撃った拳銃は空撃ちだったという。
人間、思い込めばどこまでも思い込めてしまうものだ、というのは今回身をもって学んだこと。
「…………」
「な、なによ」
時雨をじとっとした目で睨めつける。
確かに学んだ事ではあるが、いついかなる時もその思い込みで自分や他人を騙し続けられると思っていやがるこいつの態度も不愉快だ。
本当に、それは嫌なことだった。
「やれやれ」
だが、それをこいつに言っても仕方がない。
こいつはそういう生き方をしてきた奴で、これからもそうやって生きていくのだから。
どうにかしたければ、周りがどうにかするしかないのだ。
「なんなのよ、まったく」
「ぶー、神崎が無視するー」
みょうちくりんな女2人に挟まれて、向かうは学校という日常。
懐かしい日常だった。
昼休み。
久々に鈴木・田村・佐藤の三人組と共に食卓を囲む。
相変わらず誘われるのを受け入れるだけの形だったが、それもまあいいだろう。
繰り広げられる他愛もない雑談。
昼休みはまだ、始まったばかりだ。
「そういえば、成見先生の転勤って、どうしたんだろうね」
今日は弁当持参の鈴木が話題を振った。
うちのクラスの担任である成見――もとい魔術師文月影司は表向き実家の都合で急な転勤になった、ということになっている。
あながち事情説明が的外れでないと言うのが、むしろ笑えない話だ。
実際は昨日時雨によって学校へ呼ばれたあの水面とかいう女が(相変わらず例の四駆だった)、意識を失ったままの文月影司を運んでいった。今頃はあの馬鹿みたいな屋敷に監禁なり軟禁なりをされて『議会』とやらの審判を待つ身なのだろう。
「なにって、転勤だろっ?」
相変わらず何の疑問も持たずに全てを受け止めている田村。
ある意味、大器ではある。
「…………」
ずびし、と。
無言無表情の佐藤が、加えていた女の子用みたいなちっこい箸で田村の目を突き刺した。
「ぎゃーーーーー!!」
……ように見えるだけだよな?
「この時期に、不自然だね、って話」
その箸で佐藤は何事もなかったかのように食事を再開する。
鈴木も特にリアクションは無し。
ここは、思っていた以上にデンジャラスな集団だったらしい。
「ま、親が倒れたとかそんな感じの話だろ。確かに珍しくはあるが、そこいら辺は私立だしな。どうとでもなるんだろ、きっと」
とりあえず、関係者としてフォローを入れておく。
あんな突拍子もない話がそう簡単に外へ漏れるとも思えないが、それでも気を使うに越したことはないだろう。
鈴木もそうだね、という一言だけでこれ以上話を続ける気はないらしい。
佐藤も無言で頷いていた。
田村は、なんかハアハアいいながら席へ這い上がってきていた。本当に大丈夫か?
「おおげさ」
ぼそっと呟き、這い上がってきていた田村へ今度は額をチョップする。
それは本当に軽く、なのだが。
いかんせんタイミングが完璧だった。
「のわーーーーーー!!」
バランスを崩した田村は、今度は後頭部からまっさかさま。
鈍い音ひとつ。
それを見て鈴木は苦笑。
佐藤に至ってはクスクスと笑っている。
亮は屈んで床の田村を見やる。
なんか、ヒヨコ回してのびていた。
亮は机の上へ戻ると鈴木へ、
「お前ら、いつもこんな感じなわけ?」
呆れながら言った。
佐藤はすでに意気揚々と食事を再開させていた。
鈴木はそれらを見て、笑う。苦笑ではなく、笑顔を見せた。
「うん、まあ。いつもこんな感じかな」
と、
そう言って笑うのだった。
「僕よりもこの2人は付き合いが長くてね。まあ、僕が知り合ったのだって結構前なんだけど、それでも僕の知らない2人の関係があって、……」
そこで鈴木は佐藤の顔を見た。
「うん。色々あったんだと思うし、僕も交えて色々あったよ」
少しだけ言いづらそうに。でも確かに何かを伝えようと、鈴木は言葉を紡いでいた。
それはとても、嬉しい事であるように、思えた。
「その内、亮クンにも聞いてもらいたいな、ボクは」
佐藤は素っ気無く言った。
珍しく、感情をあらわにして言った。
その照れ隠しを見て、亮は思う。
それはきっと、安直に他人へ話せるようなことではないのだろう。
そこでのびている田村と、この根性曲がりな佐藤と、そしてそれを見詰る鈴木の、彼らの物語が、そこにはあるのだろう。
それは今回亮が関わってきたモノと同じくらい当たり前で、同じくらい本人たちにとっては特別なモノなのだろうと思う。
亮は笑う。
自然に、とても自然に笑えた。
「それは、光栄だね」
これまでの神崎亮が積み上げてきたものも、決して無駄ではなかった。決して無意味ではなかった。無自覚でも、それでも重ねてきた"何か"は確かに在る。
それを崩してしまう前に気づけたのだから。
それはとても有難いことなのだ。
そう思う。
「へぇ、神崎もそんな顔で笑うんだなっ」
いつの間にやら復活してきた田村が言った。
「そんなに珍しいか?」
思わず聞いてしまう。
「珍しいっていうか、うん、初めて見た」
鈴木はしみじみと言う。
「なんかあったの? って感じ」
「バーカ、なんにもねぇよ」
そう、なにもなかった。
ただ、そこにあったものに気が付いた。それだけのことを遠回りして遠回りして、道に迷った先でようやく気づかされた。それだけのありふれた物語だ。
「絶対、ウソ、だよね」
「そうだねぇ、嘘だよねぇ」
「さては好きな女でもできたなッ!?」
「ぐはっ!!」
飲みかけていたお茶を危うく吹きかける。
「反応、有り」
「今、焦ったね」
「オレも見たぜーっ」
「な、なななななな……」
何故か全然的外れなのに焦って上手く言葉がでない。
頭に血が上ってのぼせたようになる。
耳が熱い。ぐるぐるまわる。思考が形にならない。
そして、
完全に動揺しきった亮は、はしたなく声を荒らげた。
「そんなわけあるかーーーーーーー!!」
以後、この時のことは『パーフェクト超人、神崎亮初壊れ事件』として長く語り継がれる事になるのだが、それはまた別の話である。
………………。
…………。
……。
放課後になり、家へ帰るとスウェットに着替えて道場へ出た。
また、鍛錬を再開させる。
これもまた、亮にとっては大切な日常だ。
素足になり、板張りの床へあがる。
ひんやりとした感触を楽しみながら、クソじじいの仏壇へ向かう。
正座をし、仏壇用の小さなろうそくへ火をつけて、線香を上げる。
静寂が時を満たす。
伝えたい事は山とある。
"今"の自分で祖父と話してみたい。
欲求が渦巻く。
そんな想いを胸に、静かに目を閉じた。
あるいはこの想いが届くように。
でも届いたらからかわれるからやっぱり届かないようにと。
黙祷を捧ぐ。
その時、
すっと気配がして、誰かが亮の横に座った。
目を開けずに呟く。
「どうした?」
「うん。ちょっと、貴方に話があって」
ゆっくりと目を開く。
横には同じように正座で黙祷している時雨の姿があった。
制服姿のままだ。と、いうより制服以外の時雨の姿など、実は見た事がないのだ。そんなことに、今更気が付いた。
何もかもが今更で、
ただ自分自身のことに手一杯で、
何もかも見えていなかったということ。
今も昔も、変わらず自分はただのガキだったということ。
でも、それを認めることは卑屈になることとはまた違うということ。そう、亮は信じていることだ。
時雨は黙祷を終え、こちらへ向き直った。
「改めて礼でもしようかと思ってクラスに行ったのに、お前、居ねぇんだもんな」
一緒に登校したのに。
亮は憮然と言った。
どうせうちへ来るのなら、一緒に帰るのでも構わなかったろうに。
「今日は、ね。学校へは行ったけど授業は受けてないのよ」
「? なんでだ。また、なんかやってるのか?」
「ううん、今日はそういうのじゃなくて、用事だってちゃんと職員室によ」
「職員室?」
「うん。今日で、転校するの」
「…………」
頭が、一瞬だけ真っ白になった。
「といっても、手続き上の話なんだけど。本当は本家に戻るのよ。しばらくは、そこを拠点として動くことになりそう」
そうだ。
時雨は神崎亮を、いや、神崎グループを救いに来ただけなのだ。
それは、一番初めに言っていたこと。そして、ずっと分かっていたことだ。
全てが終われば、時雨は帰ってしまう。
そしてそれは、ずっと考えないようにしていたことだった。
魔術師と一般人の接点関係なんて、所詮はそんなもの。
不意に、時雨の言葉が甦ってきた。それが、とても息苦しくて、亮は服の上から胸に爪を立てた。
苦しくて、しょうがなかった。
「俺も一緒に行く」
自然に、言葉が口を突いて出た。
「行かせてくれ」
だが、時雨は静かに首を振るった。
それは、分かりきった事だった。
だいたい、神崎グループのある亮には、そんなことは時雨の答えも待つまでもなく個人的な理由で不可能な話だった。
それでも、いても立ってもいられなかった。
亮は思わず立ち上がって、
「…………」
立ち上がって、
色々な事が頭を廻る。
たったの1週間だけだったけど、それでも色々な事があった。
そうやって、
最初はただその雰囲気に圧倒された。次に顔を付き合わせた時は刀を交えた。敵として彼女を捉えた。疑いもした。それから、信じてみようと思った。同じ時を共有した。他の魔術師と出会った。魔術師というものを理解し始めた。そうやって、共に戦った。
そうやって、
魔術師というものを理解した。理解して、そして今、
ただ、立ち尽くした。
これ以上の言葉は、無意味だった。
それ以上を口にしない事は、神崎亮としてのプライドでもあり、自称であったとしても、魔術師を名乗った者のプライドでもある気がした。
「私は、貴方に謝らなくてはいけない」
ゆっくりとした、でも珍しく単調ではなく感情のこもった声で時雨は言った。情けなくて、弱々しくて、優しげな調べを持って。呟く。
「貴方は、いずれ神崎グループのトップに立つ者。その役目を負って生まれてきたのだろうし、そうやって生きてきたのだと思う。でもそれとは別に、貴方はそれを目標に頑張ってきた。これからも、そうやって生きていくのだと思う」
下手な、鼻で笑ってしまうようなヘタクソな話の逸らし方だった。だけど、
「ああ、そうだな」
相槌を打つ。
「組織のトップに立とうという貴方にとって、以前の貴方は本当は都合が良かったのかもしれない。以前の貴方にしか出来ないことは、確かにあった。今の神崎亮には出来なくて、1週間前の神崎亮には平然と出来たことは確かにある」
胸くそ悪い。そんなもの、知りたくもない。
「私は余計なことをしたのかもしれない。私は神崎の在り方を変質させてしまった。その内包する概念を変えてしまった。それを、私は謝らなくてはならない」
時雨は正座したまま上目遣いにこちらを見詰る。
だが、
「うぬぼれるな」
亮はそれを鼻で笑う。
唇を片方だけ吊り上げ、不敵な笑みを作る。
「俺は何も変わってなどいない。例えお前でも、それ以上の侮辱は許さない」
これくらいの強がりは、許されるだろう?
亮は時雨に背を向けて、道場の倉庫へ向かう。
場所は分かっている。自分の分以外を取り出すのはいか程ぶりか。
目的のブツを取り出し、すぐに時雨の元へ戻る。
亮は時雨へ向かってそれらを投げる。
からんからん。
それが、道場の板張りを転がり時雨の前で静止する。
亮はそれを見届けると道場の真ん中まで移動する。
「魔術は無しだ、時雨」
時雨は投げられた二本の竹刀を受け取り、立ち上がっていた。
亮も、自分に与えられた得物を一振り。構える。
「本気で来い。こう『見えても』、俺は負けず嫌いでな」
時雨はしばらくぽかんと馬鹿みたいにこちらを見詰ていたが、やがて、
「ええ、そっちもちゃんと本気で来なさいよ? 屋上での不意打ちのことをぐちぐち言われてもヤだし、ここで白黒つけておきましょうか。ええ、『こう見えても』私、容赦はしない方なのよ」
二刀を構えて、好戦的な瞳に亮を写して、美しく微笑んだ。
「それは、意外だな」
揶揄するように言う。
「私もよ」
時雨は軽く肩をすくめた。
互いに壮絶な笑みを交し合う。
刹那、
『形』と『円』が、舞う。
時雨と一戦やらかした後、亮は時雨と共に神崎邸の門の前までやってきた。
「うおっ」
思わず腕を掲げて手で視界を覆う。
沈みかけた太陽が、紅葉の木々の間から漏れ出し世界を金色に焼いていた。
先導していた時雨が、くるりと軽やかな足取りで振り向く。
逆光で、彼女の顔が良く見えないのが残念でならない。
それでも、それらを差し引いてなお、十二分に美しい光景だった。
亮は微笑む。
これは、とても貴重な出会い。
そして、これは終わりではなく始まりだ。
そう思うのではなく、そうすることにした。亮自身が、決めたのだ。
亮は、右の拳を顔の高さへ突き出した。
湿っぽいのはお互い柄じゃない。
だから、らしく行こう。
「とりあえず、お別れだ」
時雨がこつんと、その拳に己の拳を合わせた。
「とりあえず?」
「生憎俺は一般人じゃないんでな」
魔術をかじっているという意味でも、神崎グループの存在という意味でも。
「お前らの相場なんて知ったこっちゃないんだ」
時雨は驚いたような顔をしてこちらの顔を覗き込むと。
にっこりと微笑んで、
軽く背伸びをして、亮の唇へ自分の唇を合わせた。
※ ※ ※
亮は、時雨の姿が見えなくなった後も動く事が出来なかった。
まだ、時雨の声が頭の中に残っている。
「私にも、ね」
何か言おうとした亮は、時雨の人差し指によって口をふさがれた。
「私にも、よく分からない」
息遣いさえ感じ取れる距離で、顔を真っ赤にして時雨は笑っていた。
頭の中に、響いている。少しだけ寂しさを混ぜだ声で、それでも前向きな思いを込めた声が。響いている。
でも、貴方のその気持ちは間違いなく幻想だから……。その気持ちを真に受けるのはフェアじゃないと思う。心の動きを止めてしまっていた貴方が、心を動かした時に初めて見たのがたまたま私だっただけ。刷り込みのようなもの。
だから、
貴方の言うように。
いつかまた、会いましょう。
それまでたくさんの『初めて』に出会って。
その後にまた出会いましょう。
それに、
チーズケーキも食べに行かなきゃだし、ね。
亮はそう言って去っていった時雨の笑顔を何度も何度も思い返し、
ああ、この笑顔には一生かかっても敵わないんだろうな、と。
そう思うのだった。
END