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スリーピース  作者: 双色
2/『Last season』
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7/例えば帰り道で

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 帰り道、理紗はぷんすか蒸気しながらがすがす大地を踏み鳴らして歩いていた。一歩踏み出す毎に怨嗟の恨み言を吐き出す。歩きながら呪術でも行っているみたいな様子だ。

 気持ちはわからないでもない。しかし世間の目は事情を知らないし、こんな様子を目撃して冷ややかな蔑みか憐れみか意味不明な眼差しを送ってくるのだ。だからもう少し大人しくして欲しいものである。俺は大股で歩く理紗の三歩くらい後ろを歩いていた。

 理紗が退室した後の鈴童は、もうただの罵倒マシーンと化した。俺はスイッチを入れた覚えもコインを入れた記憶もない。だがその機能の餌食となったのは俺である。結構長いこと暴言の嵐を一身に受けていた気がする。

 本当に、なにがそこまで気に食わなかったというのか。バンドを結成しようとする際のメンバー収集については、経験者がいれば飛び付くのが当然だろう。気を悪くするにしてもあそこまで露骨に、あの鈴童が態度で拒絶を表すなんて。

 ――貴方達とは。

 脳裏を掠める低く抑えた声。何かが引っ掛かっているようにさっきからそればかりを頭の中でリピートしていた。

 ――貴方達とは実力が違う。

 ――釣り合わないのよ。

 なんだろう。そこだけが妙に気になって仕方ない。的外れな憤慨や、一方的な悪態とも違う。それだけはどこか自分に向けられた苦言とか、嘆息のようなそんな風に聞こえた。だから本来一番憤るべきところには疑問しか生まれない。……いや、バカにされて腹の立つプライドも経験もバンドに関しては持ち合わせていないってのも理由か。素人なんだから下手で当然だ。

「あー、もう腹立つわね。こっちのプランが台無しじゃない」

 プランなどと言えたものか。生徒会長捕まえてメンバー集めと規則無視の一挙両得を狙っただけの悪知恵じゃねえか。しかも確信も保障もありゃしない。まさか前者まであんな断固とした拒否を受けるとは思っていなかったというのは確かにあるけれど。

「作戦変更ね。他の奴を探すわ」

「変更じゃなくて原点回帰……つうか問題が初期に戻っただけだろ」

 人選を緩めまくるなら、声を掛けて人が集まらないことはないだろう。しかし動機が動機である。たった一人の男作りの為に部活まで作って、目的を達したら放り出すんだろ。最低定員の五人や顧問や部室はその後どうなる。うわあ、そう考えたら悲惨だな。止めた方がいい気さえしてきた。

 目的を達成したら。

 ……どうなるんだろう。それはつまり、理紗に男が出来るってことだ。そうなればどうなる。こんな風にいっしょに下校することもきっとなくなるだろう。話す時間だって減る。だからどうした。関係ない。関係ないだろ。

 なんてな。

 実際そんなことはどうでもいい。こいつに振り回されなくなって助かるじゃないか。

「この式は破綻ね」

「次の策はあんのかよ」

「ない」

「……左様ですか」

「心配要らないって。直ぐ次の式を立てるから」

 自分で立てた式を自分で解くってんだから、こいつも面倒な生き方してるよな。

 理紗はいそいそとメモ帳に何かを書き落とし、そのページを千切って折り曲げ始めた。

「当面はそうね……果報は寝て待て。あたし達だけでも練習しときましょ」

 しかも式を組むとか以前の問題じゃねえかよ! こいつ、考えることを放棄してやがる。

「物事は為るべくして為るの。偶然と必然が折り重なって螺旋に交わり、その果てに運命は描かれるわ。だから必要なことならなにもしなくても自然と成立しちゃうのよ。今はその時を待つことこそが得策――これが解答ね。あたしの立てた式は絶対なの。間違いなんて寸分も存在してないから安心しなさい」

 ていうか。

 さっきおまえの式とやらは破綻したばっかりだろ。そしていつの間に次の式を立てていたんだ。体のいい現実逃避だろ。つうか考えるのが面倒になったのか。だったら止めろよもう。

「うっさい。ごちゃごちゃ言うな練習よ、練習ッ」

 練習……と言ってもな。

「どこでするんだ、それ」

 理紗の手の中で完成した紙飛行機が、赤い空に向って飛び去った。




 *




 最近校内に妙な噂が流れ始めた。

 それはどこにでもあるようなチープな怪談なのだが、俺の背筋にはその噂をを耳にする度マイナス百度の寒気が走り抜ける。恐怖とはまた別の、だがある意味で恐れといえる衝動だ。

 噂の内容は至極シンプルなものといえた。

 夜中の旧校舎、かつての音楽室から聴こえてくる楽器の音――。この噂のポイントは王道であるところのピアノ演奏、ではなくあえて楽器の音などと曖昧な表現で通っているところにある。確かにそうだ。ピアノじゃない。楽器の種類としては弦楽器と打楽器だ。ギターとドラムの音なのである。

 そうだよ。

 俺だよ俺達ですよ。

 近頃意味もなく一人で泣きたくなることがあるのはそのせいだ。

 全校生徒から指名手配を受けているような心境で古典の板書を行っていた授業中に、それはやってきた。

 後の席の奴から回されてきたルーズリーフはどうやら俺宛であるらしく、振り返って見ると隣の列で二つ後ろの理紗が自信に満ちた表情でアイコンタクトを送ってくる。中身を見ていないので意味不明だ。俺は四文の一に畳まれたそれを開いてみた――

「譜面よ譜面。スコア」

 休み時間、内容についてのコメントがそれである。譜面? 曲でも書いたのか。

「そりゃそうでしょ。曲もなしになにをするってのよ」

 一理あるように見えるが、曲よりもまずメンバーが足りていない。危惧するならそっちだ。

「コピーバンドじゃなかったのかよ」

「論外」

 二文字で一蹴された。

「あたしの曲と歌だから意味があるんでしょうが。目的を忘れたわけ? これはね、たった一人のための曲なのよ。具体的には誰か知らないけど、この式を解答できる奴があたしの彼氏になるってわけ。コピーじゃそんなことできないでしょ」

 オリジナルでも無理だよ。

「とにかく今日からそれ練習するから、頭ん中入れときなさいよ」

 木製の机上にめり込むくらいの勢いで張り手されたルーズリーフを眺めながら俺は頬杖をついてはついでに溜息まで吐いてみたりする。頭に入れとけって言われてもな……。俺にはこんなスコア読めやしないのだ。よし。昼休みは図書室に行って参考書を借りてくるとしよう。バンド入門、くらいでいいか?

 見下ろしてみると、五線譜の上に踊る音符や記号の羅列の他に文字は見当たらず、どうやら歌詞はまだないらしい。

 理紗がいうところの式が完成するのには、まだ少し時間が掛かりそうだ。


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