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スリーピース  作者: 双色
2/『Last season』
7/36

6/赤色の拒絶

 /



 いつかほら 覚えてる?

 放課後のトラック

 泥だらけになって繋いだバトン

 風になろうってバカ言ってた

 汗の光った笑顔にまたねって


 雨の日も

 会えない日も

 君がいない日も


 ずっとここにいるから


 my story

 泣きたくないよ だから笑うよ

 ほらまた擦り剥いた膝を見て笑顔を零して

 そんな日々も 終わりなんだねって


 やっぱり君は笑うから――



 /1



 宣言通りに放課後、意気揚々と乗り込む理紗に付き添って、俺も再び生徒会室へ戻ってきた。

 鈴童静歌は指定位置に鎮座するダンジョンのボスのごとく、生徒会長指定のパイプ椅子(つまり今朝と同じ席だ)に腰掛けて数枚の書類にペンを走らせていた。朝と違うことはフレームの太い赤渕の眼鏡をかけていることだ。

 闖入者二人に気付くと、鈴童は静かに顔を上げてこちらを見据える。

 挨拶もないのに慇懃な口調……否、業務的な口調が俺達を出迎えた。

「ここは関係者以外立ち入り禁止だけど。一般生徒が何か用でもあるのかしら」

 眼鏡の奥に光る眼光が明確な敵意を滲ませる。そこに朝の人当たりがいい会長の翳はない。

 まるでこちらの用件を初めから知っていて、それを言わせないようにとしているみたいだ。無言の威圧と拒絶が無音の生徒会室に充満する。押し潰されそうな重圧は全校生徒千人余りのトップが纏う覇気とでもいえようか。

 無意識下で怯んでいたのかもしれない。唾を呑み込むと喉が思いの外渇いていたことに気が付く。

 俺は言葉を選ぶことを言い訳にして沈黙に身を任せた。と、固体化した空気を融解させる発言を紡いだのはやはり、俺の隣の理紗である。会長様の圧などもろともせず、けろりとした口調が不相応に明るいトーンで振幅を成す。

「聞いたわよ、あんたギター出来るんだって? ちょうどいいから、一緒にバンドやりましょうよっ」

 一歩前に出る。

 理紗の踏み出した足元に。

 ざくり、と刀剣染みた視線が氷点下で突き刺さった。

「ギターじゃなくて、ベースだけどね。何回言ったら覚えるんだか、お姉ちゃん」

 声が暗い。

 こんな声、集会の壇上では一度だって聞いたことがない。

「そうなんだ。だったら好都合だわ。あたしはギターしか出来ないから」

 なんでこいつ、こんな普通に喋り続けられるんだ。

 俺なんて部屋の中にいるだけで筋肉繊維が全部凍りついた錯覚に襲われているのに。

「知らない。関係ない。やらない」

 三つの否定であっさりと拒否を表明した。

 理紗の言葉と脚が止まる。ここまできてようやく、状況が気軽に「バンドやろうぜ!」なんて言える空気でないことを悟ったらしい。だがもう引き返せない。

「先に言っとく。他を当たって。わたしは貴方達とバンドなんて組む気はない」

「なにそれ」

 浮ついていた口調は直ぐに変化を見せた。

 両者の対峙関係は一瞬で明確になる。どちらも隠す気なんてなかった。それが見ていて理解できる。染み出る拒絶の意思と、それに対して真っ向からぶつかり挑む意思が火花を落とす。二つが溶け合い、室内は酸素濃度が五パーセントくらい減少しているみたいだ。

「……無理に引き入れる気はないけど、その態度はないんじゃないの」

 肩が微弱に震えている。

 髪が揺れていることからそれを察した。理紗は感情を堪える際に握り拳を作って掌に爪を食い込ませる癖がある。痛みで感情を抑圧しているのだろうそれは、つまり継続時間がそのまま感情の丈を表す。今回はどれほど続くのだろう。

 これはもう、あっさり断られたとかじゃない。

 気に喰わないんだ。理紗にとって、鈴童の在り方が。

「だったらお引取り願いたいわね。これ以上言葉を交わす意味はないでしょう」

「言われなくてもそうしてやるわよ。あんたなんて、絶対認めないから」

「なら解職請求でもしてみなさい」

「この……、望むところよ偽善者。あんたの化けの皮ひっぺがえしてやるんだから!」

 そう言って憤然と理紗は部屋を飛び出していった。

 扉は蹴破られて壮大な音を立て、番は軋みを上げて反動で跳ね返り轟音と共に再び空間を閉鎖する。静寂と後に残された二人は奇しくも今朝方と同じもので、ただ決定的にその場の空気だけが違っていた。後を追いかけることも出来ない。睨む対象はいつの間にか、俺へと変わっていたのだから。

「なにか言いたそうだけど?」

 まだ火の点いた感情が熱を冷ましていないのか、向けられる視線に込められた敵意は変わらずに刺々しい。むしろ鋭さを増してるくらいじゃないか。一言も発言していない俺で持て余した情熱を発散するのはやめて欲しい。だがそう思っても口をつくのは別の言葉だったのだが。

「なんで、そんな一方的な態度で拒否したんだ。おまえならもっと、綺麗に治められただろ」

 生徒会長としての鈴童静歌を俺は知っている。

 彼女なら口八丁でもなんでも事態を丸くすることなんて出来た筈だ。なのにわざわざ角の立つ言い方で状況を悪化させた。断るだけならもっと方法はあっただろうに。まるで二度と同じことを口にさせないようにと念を押すかのような態度には引っ掛かるものしかない。

 いや、そもそもだ。

 こいつなんで、俺達が先の用件でここに来ることを知っていたんだ。

 鈴童の態度は初めから揺るぎないものとして固定されていた。俺達が扉を開いた瞬間から。ここに来ることを知っていた。用件まで察知して態度を決めて。

「どうせお姉ちゃんから聞いたんでしょ。……ほんと、つまんないことばっかりするんだから」

 悪態をつく。

 第二の疑問点は姉からの経由ということか。

「バカは突き放さないとしつこいから、ああしただけよ」

「今朝とは随分態度が違うみたいだが」

「これは生徒会長としてじゃなく、わたし個人としてのことだからよ」

「なんでそこまで露骨に拒否するんだよ。もう他のバンド組んでんのか?」

 俺のその問いに。

 鈴童の蓋をしていた感情が溢れ出した。歯が擦れ合う音が聞こえた気がする。瞳に渦巻く感情が一層色濃いものに変わっていくのが見て取れた。

「うるさい。いいからもう消えてよ」

 背後の窓を振り返って、それからもう何も交わす言葉はなかった。

「そもそも貴方たちとわたしじゃ、まず実力が釣り合わないのよ」


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