3/生徒会長と式っ娘
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何が、あんたの返事はとっくに解いちゃってた、だ。
眠気満開の両目を擦りながら灰色の空に欠伸を一つ吐く。家から近いって理由で学校を選んだだけに、家から自転車を使って十五分くらいで到着した。なので、現在時刻を説明すると実に、午前六時三十分なのである。
校門開いてねえよ、アホか。
寒空の下で溜息は白く凍り付く。体温の奔流を感じながらマフラーをきつく巻き直し、冷たい石の壁に凭れる。まだ眠い。どうすんのこれ。目閉じたら死ぬよね、俺さ。
「意識をしっかり持ちなさい。こんなところで寝てたら通行人が何をするか知らないわよ」
反省の色はないのかよ。理紗は開かずの門をげしげし蹴りまくっていた。おまえはそうしてるからそんなに寒くもないんだろうけど。いきなり叩き起こされて、真冬の街中に放り出された俺の気持ちも理解してほしい。
「もう六時半でしょ? そろそろ先生来るんじゃないの。門開くわよ」
生徒の登校は一番早くて七時からしか認められていない。部活の朝練とか、そういう特別な理由で顧問の許可の下に、である。俺たちのような生徒は門が開いたところで果たして中に入ることが出来るのかどうか。まさか放置したりはしないだろうが。
「ったく……だんだん苛々してきたんだけど。なによ、この学校。宿直の教師とかいないの?」
インターホンを連打しながらぼやきだした。俺が言うならまだあれだが、おまえだけは誰にも文句を言ってはいけない。ていうか、それだけ連打してもしも誰か応答してきたらどうする気だよ。
本格的に寒いわ眠いわのレベルが危機的な状況になってきたので、近くのコンビニで暖を取りに行こうと提案しようとしたときだった。
「なにしてるの、あなたたち」
鈴のような声が聞こえた。それが誰の声であるかに考えるよりも先に思い至る。条件反射とかそんなのに似ている。この声にして彼女あり、とでも言おうか。いや、単に発言シーンが記憶の中に多いから声と姿がダイレクトに結びつくのだ。
そういう訳で生徒会長、鈴童静歌の登場である。
「生徒は七時からしか登校できないって知らないの? ていうか、鼻赤いわよ、そこの君」
指差しているのは俺だ。そりゃあこれだけ寒い中に長時間じっとしてるだけだったのだからな。今更恥じらう気力さえも失せている。返事に言葉は用さず、ただ鼻を啜って彼女を見上げていた。そこで俺は、自分が気付かない内に座り込んでいたことに気付く。本格的にやばいんじゃねえか。
冷凍保存寸前の俺を横目にして、それだけ。鈴童は真っ直ぐに校門に向かっていき、あっさりと施錠を解いてしまう。しばしその様子に思考が停止する。なんだろう物凄く不自然というか、違和感を感じる。ああそうか、と納得した。問題というか疑問というか、とにかく違和感の正体は一生徒に過ぎない彼女が強固な門を解錠したことにあった。つまりは何でこいつ鍵持ってんだ、ってことである。
「ちょっと、なんであんた鍵持ってんのよ!」
同じことを思ったらしい理紗が俺の心象を代弁する。何喰わぬ顔をして門を抜けた鈴童が、長い黒髪と赤いコートを翻して面倒臭そうに振り返った。あっけらかんと何でもない風にさらりと、
「生徒会長だから」
きっと俺も理紗も馬鹿みたいな表情を浮かべてぽかんとしていたんだろう。呆れた、なんて目で言われる。肩を竦めた生徒会長様は次のように真相をのたまった。
「姉さんに鍵を借りたのよ。あれでもあの人、ここの教師だから。家近いし出勤早いから、門の鍵渡されてるのよ」
「姉って……鈴童先生か」
そ、短い肯定の返事。
なるほどといえば、なるほどなんだが。鈴童なんてよくある名前じゃない。家族と言われてしまった方が納得できるというのはその通りだ。なのだが、今までそう思えなかったのは二人があまりに似付かないからだろう。片や酒乱の女教師(噂なんだけど)、片や完全無欠の生徒会長だ。血縁関係なんて自発的に想像できるはずがない。だがしかし、言われてみればとも思わなくはないのだ。少なくとも容姿はどこかしら似かよった風もある。
切れ長の瞳や細い形の綺麗な眉毛。薄い桃色の唇を引き結んだときの凛々しさなんかは確かに似ている。髪の色はあれだろう、天然と言い張っているが先生の茶髪は間違いなく後天的なものだ。落とせば闇より深いこの漆黒になるはずだろう。
「そういうこと。今日は色々仕事があるから早く門開けてって言ってたのに、案の定寝坊するだから、困った姉だよね」
「生徒会長って言っても、おまえだって生徒なんだから校内侵入禁止じゃないのか」
「ばれなければいいんです。大丈夫、よくあることだし」
生徒会長はよくルールを破るのか。
「それで、そろそろわたしの質問に答えてくれる?」
「ああ……えーっと……」
答えあぐねる俺の後ろから、
「バンド作るのよ。バンド。バンドよ」
俺に立ち代って門に凭れた理紗が答えた。
なんで繰り返すんだろう。
「バンド? 軽音楽のことよね。それってなに、部活を作ろうってこと?」
「練習できる場所は借りたいから、そんな感じね」
あ、という感嘆に驚嘆符を付けた台詞の後に理紗の瞳が爛々と輝き出す。頭上に点灯した電球が八千ワットほどの輝きを放なっていた。あれだ、こいつが何かを思い付いた時に見せる表情だ。
「あんた生徒会長でしょ、だったら手伝ってよ」
理紗は鈴童の手を掴もうとして、ひらりと回避された。
「部活を作るならそれなりにクリアしないといけない条件があるわよ。……はあ。わかったわ。寒いし詳しい説明は生徒会室でどうかしら?」