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スリーピース  作者: 双色
1/『Siren』
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2/『定数項』=『お約束』

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 翌日の朝だった。俺の部屋に窓から侵入した理紗は、その背にでっかいギターケースを背負っていた。なんのつもりだ、と訊く前に、この不法侵入女は俺の被っていた布団を一息に剥ぎ取る。音を立てて翻る。おい待て、幼馴染みとはいえこの状況は頂けんぞ。

「なにをするバカタレ」

「バカタレ? 何を以ってあたしをバカとするのかは知らないけど、あんたにだけは言われたくないわね。それに、タレって何よ。どういう意味? 理解できるように五文字以内で説明してくれる?」

「無理だろ」

「最初の五文字を抜き出しなさい」

「知らねえよ」

 補足までに説明しておくと、この会話の中にバタバタとしたコメディー漫画みたいな展開は皆無だった。そりゃそうだろ。だって考えてもみろよ、主人公の部屋に起こしに来るヒロインってさ、ある朝急に妙なもんを目撃して悲鳴を上げたりしないだろ。そんな神経の持ち主はズカズカ部屋に上がってこない。

 なので俺は冷静にズボンを履き替え、制服に着替え始めたりもしていた。

「きゃーなに見せてるのよ、このばかー」

「……おまえが着替えろ、ったんだろ」

 そう、全てはこの女の指示の元に行われているのである。ありえねえ。何で朝の六時前から俺、登校の準備してるんだ? 

 文句は口に出さず、だらだらと手を動かしていると、俺の寝床を我が物顔で略奪した理紗が説明を始めた。指をくるくるさせて、宙に円を描いている。

「これはあれよ、定数項よ」

「なにそれ?」

「『お約束』」

 だったらそう言えばいい。

「幼馴染みの女の子が、男の家にやってきた場合。この公式に当て嵌まる変数を仮にxと置くわ。そして定数項、つまるところ変動のない『お約束』を今回は『幼馴染みの女の子が悲鳴を上げる』というものを採用したわけ。変数だけじゃ式は成り立たないでしょ。ここにあたしとあんたという絶対値を掛け合わせ、式を解紡(かいほう)していくと最終的に導き出される変数xは」

 以下略。

「なわけなのよ! ……て、あんた、中盤から聞いてなかったでしょ?」

 どうだか。

 お約束というなら、これこそが俺にとってのお約束なのだ。理紗特製、世界の真理式。またの名を論理式ともいう。恐ろしいことにこの女は、世界中がこのような式の上に成り立っていると考えているのだ。全ての変数は定数と成り得る。ある式の上で求められた変数は、別の式の上では定数として存在し世界は繋がっている――らしい。

 謎の世界観を持った幼馴染みはそして、本日はどうやらその変数に『ギター』を当て嵌めるつもりらしい。俺もこいつとは長い付き合いだ。それくらい解る。朝っぱらから訪ねてきた理由にだって大方の推測は出来るが、あえて訊いてみることにした。

 カッターシャツの第二ボタンを留め終えて、

「本題だが、こんな時間から何の用だ? 学校なら後一時間は寝てられたぞ」

「人の話聞いてなかったの? 昨日言ったでしょ、あたしの彼氏作りよ。その計画の第一歩」

「僭越ながら初耳だ」

 ふむ、といいつつも。

 背中のギターは、そういうことか。夜に口笛を吹くと蛇が来る、という迷信がある。楽器で男を呼ぼうという魂胆ならばそれはつまり、

「バンドを組むのよ」

「一応訊いてやる、何でバンドなんだ?」

「ふふん」不敵に笑って、猫目が勝ち誇る輝きを放つ。「革命とは、武力では起こせないものよ」

 答えになってない。おまえに彼氏が出来ることは革命染みた現象なのか。

 性格さえ隠蔽すれば、見てくれはいいんだから男の一人や二人は簡単に引っ掛かるだろうよ。

「そんなのわかってるわよ!」

 あ、自意識過剰だ。ここまで来ると清々しい。

「あたしの美少女値は2876なんだから」

 基準がわかんねえ。

「こほん」

 わざとらしい咳払いだ。掛けてもいない眼鏡を上げる素振りをして、

「ねえ、国と国、さらにいうなら、世界と世界を隔てる境界はなんだからわかる?」

「一般には山とか川とかじゃねえの。何よりも人の心が――」

「――夢のない話ねえ。かっこつけた言い回しがキモイ」

 悪かったな。つうか最後まで言わせろ。

「言葉よ」

 腕組み脚組み。理紗は言った。

「私達は決定的に言葉が異なる。この世に散らばる無数の言葉の中から一つか二つを選んで世界を統一しようなんて、出来るはずがない。だから争いが生まれる。言葉が違うから、理解し合えない。武力はその垣根を越えるけれど、解り合えるものじゃないでしょ。だから、音楽なのよ。魂に唄いかける心の叫びは、きっと全世界に届くはずだからね」

 空でも飛びたいのかこいつは、両手を左右に大きく広げる。

 俺は小さく拍手なんか送ったりしてみるが、心の中ではやっぱりこう思う。なんの話だ。

「だからバンドを組むの」

「『だから』に至る経緯をもっと簡潔に教えてくれ」

「音楽で男の目を惹くのよ」

「わかりやす!」

 俗物だな、おい。バンド始める奴は九分九厘その目的とか言われてたこともあった気がする。

 俺は口に出さず理紗の言葉を反復した。バンド。バンドって何人くらいでやるもんだっけ。最低でもギター、ベース、ドラム、三人は要るわけだ。メロディの重厚さを考えてギターをもう一人加えることが大半だろう。ヴォーカルをどこかで持つなら、最低三人か四人で組めるということになる。

「で、俺を早朝から叩き起こした理由は」

「決まってんでしょ。朝練だってばよ」

 俺、知らない間にメンバーだし。

「……だとしても、パートは決まってないし、メンバーもいないのにどうするんだよ」

「そっか。じゃあ今日はミーティングにしましょう。ていうか、あんた自分が参加することには文句つけないのね」

 今更おまえの決定に逆らっても無駄だって、知ってるからな。

「へえ。まあ、式の通りかな」

 窓の外が明るい。昇り始めた陽が世界を照らし始めて、部屋の中にはそれよりも明るい太陽みたいな極上の笑顔があった。

「あんたの返事は、とっくに解いちゃってたんだからっ」


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