25/end circuit
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そもそも川原というものが創作物中の遺物として消え行こうとしている現代だが、この辺りはどうやらまだそこまで先進開発が進んでいないらしい。などと思いつつ、自分も小さい頃はよく遊んだその河川敷にやってきた。
扇状地というのか、三角州というのか、実際どっちでもないのだが、上手い具合にダイヤモンド型に模られた河川敷は地元の子供達にとってはもはや公園代わりである。ガキ大将が仲間を集めて野球をやってるような、そんな情景を想像してもらいたい。つまりそんな感じだ。ばっちこーい。
俺が理紗に導かれて到達したのはつまりそういう場所だった。
例に漏れず小学生と見える少年達が野球を楽しんでいる。この寒いのに半袖シャツの子供もいるから元気なものだ。人数は両チーム合わせても十八には満たず、ホームルーム後に募集を掛けて集まったメンバーみたいな感じと見える。十二人くらいか。結構いるな。
しかしこのご時世に子供が悠々と遊んでいられる空き地なんてものはそうない。
私有地とか、後、口うるさいおっさんとかに子供の自由地帯は脅かされる一方なのだ。だからここに人数が集まってくるのは意外と自然な話なのかも知れず、そういう意味でこの人数が集まったのだとも考えられた。いつだって一つの場所に人は集うものである。そしてあれぐらいの歳の頃であれば加わる者への敵対はない。
子供達の遊びに飛び入りゲストとは、大抵の場合歓迎される存在なのだ。
例えばそれが――
かきーんと、打球が上がって。
――見ず知らずの高校生だとしても。
白球がグラブに収まった。
鈴童静歌のグラブに収まった。
……。
え、ちょっと、鈴童さん? あんた学校サボって何をしてやがりますか。
俺は自分の目と現実を疑った。あの鈴童が、子供に混じって野球なんてやっている。何でも出来る奴だとは知っているので嗜み程度に野球をプレイする分には俺だって驚かない。だが現状はどうだ。鈴童が、小学生の群れに混じって、あんな、無邪気に笑ってるんだ。
信じられないと言えば、何もかも信じられなかった。
水面が夕陽に染まっていく。途中観戦の身としては彼らが今どのような戦況に身を置いているのかわからないが、どうやらダイヤモンドの中にいる小さな戦士達のボルテージは最高潮に達しているらしい。埋まり切った塁上の――みんな泥だらけだ――彼らは好機を逃した感嘆を天に叫んでそのまま守備に付いた。グラブはある程度使い回しているようだ。
時間帯を考えると、これが事実上の最終回といったところだろうか。
ベンチも何もないが、一列に並んだ小学生達が声援を飛ばす。脚で線を引いたのだろう手書きのバッターボックスに立つ。一人目のバッターは見事にヒットで出塁した。歓声が上がる。素人の野球は基本的に乱打戦になるわけだから、さほどこのヒットが珍しいというわけではないが、状況を考えれば確かに貴重だ。
次のバッターはピッチャーが意地を見せて三振に打ち取った。続く打者も外野へ運びながらも送球アウトに倒れる。ランナーはスコアリングポジションに進んで、ツーアウト二塁。順当に引き分けで終わるのか、それとも延長突入か。
勝負の行方を決めるラストバッターが打席に立った。
「…………」
俺は唖然とする。
この場面でおまえに回るのかよ。
バッターは鈴童だった。
それも滅茶苦茶真剣な顔をしている。大人の顔だ。もう、これ、甲子園出場校の球児達と変わらない。本気の本気でこいつ、小学生からサヨナラヒットを打つ気だ。ヒットどころか、むしろホームランか。やめとけよ、小学生にとってボール一球なくすことは一大事なんだぞ。
しかしここは鈴童も大人なのだ。
立場くらいは弁えているだろう。
と、思った瞬間である。
ベンチ(っぽく選手の集まった河原の砂利の上)から歓喜の声が上がり、守備ナイン(実際は外野が一人で、ショートが欠けている為六人だ)から悲鳴が飛び交う。夕陽の赤い空に伸び上がった打球を追っていく外野手を嘲笑って、白い点は無情に遙か彼方に転がった。
どう見ても、外野の返球は間に合わない。二塁ランナーは余裕で生還してサヨナラを決めていたが、大はしゃぎの鈴童もゆっくりとホームベースまでランニングしてきた。なにしてんだあいつ。「ひゃっほーぅ」とかいう声が聞こえてきそうである。
しばし忘我に駆られていた俺も、試合の終結を見てやっと言葉を思い出した。
「理紗、こりゃなんだ」
「ずいぶんと白熱した試合だったわね。日本シリーズも凌ぐ熱気じゃない」
「んなことは訊いてねえよ」
つうか日本シリーズ舐めんなよ、プロだぜ。プロ。
「おまえの感想なんてどうでもいいし、途中から観てた癖に感じ入ることもないだろ」
「なによ。あたしはしょっちゅう見に来てたわよ。ここの野球、チーム編成は変わるけど個人記録は累積してるみたいなのよ。首位打者とかホームラン王とか最多勝とか、タイトルもあって本格的みたい」
「く、詳しいんだな」
「まあね。リサーチの為に何度か見に来てたのよ。言ってるじゃない。情報収集よん」
「て……、もしかして、今回だけじゃないのか鈴童が参加してるのって!?」
「たまーっに顔出すらしいのよ。調査によるとね。発見したのはたまたまだけど。あの子達に聞いたらそう言ってた。密かな楽しみみたいよ。人には言えない趣味って奴ね」
「如何わしい言い方をするな」
ぽん、と背中を叩かれる。
理紗が横目で俺を見上げていた。何故か挑むみたいな視線である。
「これしかないでしょ。ほら、行きなさい」
「……強請るネタか?」
「ばか。純粋な勝負方法よ」
ああ。
なるほどそういうことか。
あの時のバッティングセンターは、つまりここに繋がるわけだ。だとしたら理紗は予め何もかもを予期していたと言うことなのだろうか。俺が先走って鈴童に一度負けてしまうことも。こうして鈴童が失踪して小学生野球に興ずることも。――違う。想定なんてしていなかったはずだ。
あらゆる可能性に視野を広げて、そして対策を練っておく。
理紗がしたのはそういうことだ。
何が出てきても対応できるよう、最悪の事態も最善の事態も加味して理詰めにする。
式娘の真骨頂とも言える、そんな特性を発揮したのだ。
「おーい、あんたたちー」
大きく頭上で手を振って、小学生達の衆目を一身に集める。土手を駆け下りていく理紗は俺の手を握って、滑り降りるように走り出した。小学生達は皆こちらに注目している。勝利の高揚を湛えて、敗戦した側も清々しい笑顔で理紗に手を振り返す。全員が全員はしゃいでいるが、こいつ、前にここに来て何をしたんだろう。本人は調査だと申告しているが。
「おい、あのねーちゃん」「伝説のホームランバッターだぜ」「誰それ?」「あ、そうか、おまえいなかったよな」「ボール四球もなくしたんだぜ」「四打席連続ホームラン」「どこまで飛んだかわかんねえ」「人呼んで『しましまスラッガー』」「なんで『しましま』?」全員が声を揃える。「パンツ」
…………。
なるほどな。スカートでバット振ったんだ。
「俺はへその方が好きだったかなー」「走ってるときに胸揺れてたよな」「脚綺麗だなー」
このガキども。
しかし素直な小学生達である。……いいことなのだろうか。
理紗は大歓迎の騒ぎが作り出す輪の中に入って、なにやら交渉をしているようだった。その交渉は直ぐに通る。見事にバットとボールとグローブを拝借した理紗は得意気に俺へと笑顔を向けて――この場でただ一人、苦々しく表情を歪めた鈴童に言った。
「選ばせて上げる。バッターとピッチャーどっちがいい?」
「……なに、それ」
「勝負よ。あんたが負けたら、もう一回、次はあたしと勝負してもらうから。言ったでしょ?」
「貴女まだ……そんなこと言って」
理紗が鈴童に勝負を持ちかける。あの日、旧音楽室以来に聞く二人の会話は前回よりも何段階も熱を冷まして行われた。今度は理紗が優勢で、鈴童はもう、逃げ出したいと言っているみたいな口調ですらある。
こんな場面を目撃されて戸惑っているというのもあるだろうけれど。
鈴童は黙っていた。
もしかしたらこのまま宣戦布告を黙殺して帰ってしまうかもしれない。この時俺は、本気でそんなことを思った。しかしその予感は、今度ばかりはその嫌な予感も見事にすかんしてくれる。鈴童はゆっくりとバットのグリップを握って打席に向った。
ボックスに入って睨まれる。勝負する相手が誰であるかは、どうやら俺よりもよくわかってるらしい。
俺も遅ればせながら理紗からグローブとボールを投げ渡され、準備する。擦れ違い様、肩に手を置いて理紗がアドバイスを寄越してきた。いや、それはアドバイスなんて殊勝なもんなんかじゃない。
「勝ちなさいよ。仏の顔は三度までだけど、あたしは二回目から本気で怒るから」
「はいはい。了解しましたよ」
ほとんど、脅しみたいなもんだ。
「シズ姉頑張れー!」「わけわかんねえ兄ちゃんに負けんなー」「おれ、キャッチャーやるよ」「あ、ずるい、おれもキャッチャーやりてえ!」「おれも、おれもパンツみたい!」一人欲望を全面に出してる奴がいる。「もう、みんなうるさい!」
す、と鈴童がバットの先端を俺に向けた。
「……これで、ほんとに終わりだからね」
迷いだらけの瞳でそう言われる。
俺は、ボールの感触を確かめながら言い返した。
「違うよ。こっからが始まりだ」
始まるんだ。
俺が勝って、それで、何もかも――。
「おーい。だれか守備つけよー」「やだよ」「あんなのの後ろつきたくないし」「リサ姉の守備なら喜んで」「おれも」「おれもおれもー」「おれ審判やるから」「ぅお! その手があったか!」
……。
三振取るしか、勝ち目はないわけだ。
というか、ピッチャーやるんじゃバッティングセンター行った意味ないだろ。
プレート代わりに描かれた線が消えかかっている。そんなお粗末なマウンドは周囲と高さも変わらない。何度も踏み鳴らされている分、周辺に比べれば随分と凹凸が激しい。
一球目を投じるのにフォームが安定しなかった。
野球についての予備知識がないという訳ではないが、プレイに関しては素人だ。投球フォームが初めから固まっているはずなんてない。ワインドアップには及ばない中途半端な腕の動きは、グラブを額の付近まで持ち上げるに留まる。一歩引いた左足を畳み、膝を腹に付けるように持ち上げる。僅かに引いた上体を前方に体重移動しながら脚を伸ばし、流動する力に腕を撓らせて振り下ろす。
足先から腕へ、白球を打ち出す指先までに至る力の連動を組み上げる。
しかしそうして鈴童へ投じたその一球は三塁線へ痛烈な当たりとして、投球の倍ほどの速度で土手に弾け飛んだ。強烈なライナーが軟らかい土手を抉り取って転々とする。
小さく上がった歓声が静寂へと変わる。呆然としたのは俺だけじゃない。この場にいる全員がおそらく、その当たりに息を呑んだだろう。けれど、静まった河原をすぐさま熱気を帯びた声が包み込んだ。それは、先刻の一球が対決の開幕を告げたことを意味する。
盛り上がる周囲とは違い、マウンド上で俺はそのテンションに付いていけなかった。
幾らなんでもデタラメだろ。相手が女子だからって、少し甘く見すぎていた。相手は鈴童だ。並みの相手じゃない。そもそも並みの相手なら、こんなことになってなどいないのだから。
今のファールも僥倖と呼んでいいものだ。
バットを握り直して、腕を伸ばしてからまた肘を畳んで吐息の後、一度離れた戦場に帰還する。鈴童は明らかに本気だ。本気で打つ気でいる。対して俺は、今の今までこの対決の意味を理解していなかった。だから本気を尽くしていたかといえば、明確に否だったのだ。
その熱量の違いが僅かな誤差を生み、そして俺にとって幸運なことに打球は左へ逸れた。
今の一球は、本来ならこの対決の幕を引く一打に繋がっていたはずなのだ。
「冗談じゃないぞ……こん畜生」
ごちて、脚を振り上げる。
逃げ場がない。ならもう打者に向って投球するしかないのだ。
今度の一球は制球が定まらずに大きく外れた。無論、そんな球に手を出す鈴童ではない。外角の敬遠球染みた荒れ球は簡単に見送られる。カウントはワンエンドワン。しかし今のボールには意味がある。本気で投げると言うのがどういうことか、本気でぶつかっていくのがどういうことなのかを確かめるという意味が。
三球目、まだ定まらないボールはワンバウンドしてキャッチャーに届いた。自分の異変に気付いたのはその時だ。ああそうか、これが迷いか。打たれる恐怖とはまた違う。この対決の結末をまだ、自分で選びかねているんだ。
ふざけるな。
まだ深層で、迷ってやがるのか。
四球目もボールとなり、呆気なく、テイクワンベースの危機に追い込まれる。事前に決定していたわけではないが、こうなれば順当に俺の負けだろう。もう次はない。さっさと決断しろ。
ふと視界の端に仁王立ちした幼馴染みを発見する。
一文字に唇を結んだ理紗は、けれど物言わずただ見守っていた。信じて――いるかはわからないが、何も言わずに静かに佇み腕を組んで観戦していた。
それだけで十分だ。
次の一球、ようやくストライクゾーンへ向ったそれもコースが際どい。もしかすれば見送られるかもしれないと思った矢先、飛び出したバットがボールを切り打球はファールとなってバックに飛んだ。
今のボールに手を出すメリットなど鈴童にはない。
つまりそれは、鈴童もまた中途半端な結末は望んでいないということだろう。好都合だ。
それからさらに三球ファールが続く。どれもこれも荒れ球でそれが幸いする。打球は全て後ろにしか飛ばない。或いは鈴童も同じように、迷っているのかもしれない。意味のないファールの連続がそれを思わせた。
しかし俺も人のことは言ってられないのだ。全力で腕を振っても、真ん中に投げ込むくらいの気持ちがない。見送られれば即負けが決まる。そんな状況だ。どちらが先に答えを出すか、そういう勝負に変わりつつある。
「――――ッ」
声は舌打ちしたみたいに聞こえた。鈴童の声が、喧騒の中で際立ったのは何故だろう。普段なら聞き逃していたはずの小さな音の波が今はやけに敏感に感じ取れた。
鈴童のそれは、まだ決着を付けられない自分への憤りか。
続け様のファールが火を吐く。チップの音が冷寒を焦がす。嘆きのようなその音が世界を隔てていく。ここは、この寒空の下は別世界。今、二人だけの為にある小さな箱庭だ。
ファールの度に互いの心中が露見する。声なんて出していないのに、今なら通じ合う。互いの吐く息が、鼓動が、共鳴し合って波紋を作る――その波紋が境界になり、世界を生み出す。
――何一つ勝てない癖に。
――要らない、一人でいい。
かつて、鈴童に言われた言葉を思い出した。
何一つ敵わないと言われて、それで納得していた自分がいる。けれど今は否定したい。敵わないことなんてない。例えばこの諦めの悪さもそうだ。互いに意地を張り合って、ぶつけ合えば、ここで諦めなければ必ず――。
そうして終わりのない繰り返しを理解する。
この意地の張り合いはこうして続いていく。どちらも折れないのなら、終わるはずなんてないだろう。だからこそ先に引いてしまうことは出来ない。覚えているからだ。それが、本音なのかはわからない。でもただ一つだけ、これまでのどんな言葉より鈴童の本音に迫ったと思える言葉がまだ残留しているから。
割れんばかりの歓声も今は遠い。ここに響き渡るのは鉄の音と二人の鼓動だけ。
聴こえてくる旋律はいつかの誰かの歌声を呼び覚ます。二人だけの世界。あるいは俺が、彼女の箱庭に踏み入っているのだろうか。胸の内に抱え込んだ想いの数々を、こうして聞いているのだろうか。――そう、思った途端に。
突然、世界が色褪せた。
周囲の喧騒も何もかもがまるで意識に障らない。視覚は向かい合う一人だけを捉え、聴覚は、幻聴にも似たメロディラインだけを聴き続けている。
喉が炎天に晒されて蒸発していくみたいだ。呼吸はその度に肺を引き裂く。寒気がした。どれほどの覚悟の上に、彼女は孤独であることを望んだのか。それを自分が侵してしまっていいだなんて、それは――
視界に映るのは一人だけ。
ずっと遠くの別世界に佇む、悲しい目をした一人の少女。
――こんなわたしのことを。
その少女の声を聞く。
それだけで、揺れていた決意が固まってくれた。
急激に醒めていく夢とは対照的に、鼓動はどんどん加速して熱を生み続ける。
決めたんだ。それが、たとえ間違っていたとしても――今は前に進むと。彼女に一度だけでいいから、この世界を見てもらうのだと。それはきっと、幸福なのだと笑った誰かがいたのだから――
投げ出す白球は汗や泥で滑るけれど、それを抑えて弾き出した。
繰り返した全力稼動に指先は痺れて感覚がない。
チップの音で言葉を交わす。今はそれが二人を繋いでいた。
“わたしは一人でいい”
“だけど、それは”
投げ出す白球が悲鳴を上げた。鉄の音は遠く消える。
“悲しいことだってわかってる”
“だったらやめればいい。そんな、強がりなんて捨ててしまえばいい”
“捨てられないよ。怖いもん。だってそれは”
続け様のファールは際限なく続いた。
“それは、わたしが信じ続けてきたわたし自身だから”
打球が、一球目のファールよりさらに際どい軌道で弾ける。
“だからわたしは一人でいい”
ライナーからフライへ。着実に、当たりは弾道を上げていく。
正確に洗練されていくタイミングとミートポイントは、決着の足音を思わせた。
“今までどおり、一人でいい”
“それがいい”
“わたしは――一人でいたいッ!”
懇願する叫びと共に白球は伸び上がった。けれどライン際に落ちてくる。
お互いに肩で息をしていた。一度の投球ごとに腕が萎れるのがわかる。彼女も同じように、スイングの度にヘッドを地面に降ろしている。握力がどれくらい残っているのかもわからないくらいに、感覚が死んでいる。それでも構わない。ここで引くなんて、出来るはずがない。
彼女が本心から叫んでくれるのなら。
こちらもそれに答えないと、全部嘘になる――
「……それでも、おまえは」
気付けば口に出していた。
脚を上げる。手の中にあるボールを握り締める。
「――――あんなに、楽しそうにしてただろ……!」
思い出すのは彼女の歌声。ついさっき目にした少女の笑顔。
誰かといることが楽しいって、知ってるんだろ。
誰かといっしょにいたいって、そう思うんだろ。
どれだけ固く閉ざしてもその中に幽閉した本心は隠しきれない。だから彼女は笑っていたのだ。強がりじゃなく本心から。それを知ってしまったから負けられない。その虚勢が、意地が彼女を苦しめると言うことを知っている。かつて同じ様にそうした誰かがあまりにも悲しかったと今は思えるから。
酷く自分の好きなヒトにその少女は似ていた。
だからその姿が綺麗に見えたのだと思う。
偽らず笑った笑顔。
隠し切れず、張り続けることが出来なかった意地を押しのけて。
ただ一度だけ雪のように呟いた少女を思い出す。
その姿で胸を焦がし、穿って、彼女の面影が消えないように目を閉じた。
記憶に新しい彼女の言葉がまだここに残っている。
それを思い出して、最後の一球に臨んだ。
――こんなわたしのことを。
瞬間的に連動した全身が脱力する。
果てに、まだ見えぬ結末がある。
振り下ろす鉄の意志が、飛翔する白球を打ち抜きに迫り――
――嘘でも好きだなんて言ってくれて。ありがとう。
――終わりのない繰り返しは、呆気なく、そして予期せず終わりを告げた。
空を切る音は虚しく、苛烈なチップの音には遠く及ばない。けれどそれはどこか誰かの安堵にも似ていて、今までのどんな金属音よりも人間らしかった。最後の最後だけ、狂いなくど真ん中に突き刺さったボールが彼女を空振りさせた。
今までの荒れ球から急に真ん中を射抜かれたことに戸惑ったのかもしれない。
しかしどうあっても幕はここに下りた。誰かが望んでいたのかは知らない。けれど、確かにここに。
鈴童はしばらくバットを振り抜いた体勢のまま硬直して、それで、
「あーあ……終わっちゃったか」
いっそ清々しいくらいの声で、そんな風に呟き膝からがくりと崩れた。
前半戦……というか残りも約3万文字となり、しかし作者と物語のテンションが燃え尽きてしまったので、一度休憩に入ります。
次回更新は年内中に!
……年内での完結に尽力します。