1/式っ娘の気紛れ
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目覚ましの音で目を覚ます
生憎の雨が欠伸を溜息に換えた
白いスニーカーで水溜りを蹴った
はしゃいでいるつもりはないけれど
ただ泣いてる空に負けたくなくて
そう いつか
遠くの空へ駆け抜けて
青く青く果てない色の夢に声よ届け
キミの歩む道
その道標になる歌だけを胸に響かせて
昨日にbye-bye
私が空より早く泣き止むんだ
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世界は論理式で出来ている。――彼女はそう言った。
しかしながらかれこれ十年以上も幼馴染みをやっている俺でさえ、彼女の言うところである『論理式』とやらが何であるのかを知らない。昔一度尋ねてみたことがある。まあ、若かりし日の、その若気の至りとでも言っておこう。
彼女は何でもない風に、人類普遍の心理を子供に語り聞かせるように説明するのだ。
「愛、自由、夢、希望、足元を見れば転がっている些細な幸福から、絶望、失望、怨恨、憎悪、なんかの不幸をそれら全てを成り立たせている世界の共通思念よ。いい? 世界は概念なの。深層心理の集合なのよ。その意識が導き出す『解』が『現実』で、それら普遍の意識の集合こそ『論理式』なのよ。わかった?」
まるでわからない。苦笑いすら忘れて俺は、退散したのだった。
ちなにみこの彼女、我が幼馴染みの理紗が彼のバンドグループの熱狂的ファンであることは語るまでもない。
そんなこんなで。
頭の中が愉快な式で満たされている理紗の日常が、勿論まともであるはずはないのだ。主に中心にいる人物が周囲を引っ掻き回していくのでこれはもう自業自得のようなものなのだが。結果的に迷惑を被るのが周りの人間だということを少しは理解してほしい。
そして今日もまた、何気ない彼女の一言で世界は急転直下に展開していくのだ。
ある日の昼下がり。いい日小春日和な夕刻の帰り道で、最近購入したという最新のバンドスコアを眺めながら理紗は何でもない風に呟いた。
「彼氏が欲しいわ」
「――――はい?」
俺の世界に流星群が降ってきて、氷河期を迎えた。
「そんな歌詞、あったか?」
手元のスコアに視線を送る。俺も少なからず彼らの曲は聴いているが、はて、そのようなフレーズはなかった気がするのだがどうだろう。無論、理紗はスコアに記された歌詞を読み上げたのではなくて、咄嗟に心情吐露をしていたのだ。
そもそもの前提として。
「これ、スコアじゃないわよ」
「え、そうなの? だったら、何読んでるんだ?」
「これはね、バンドスコアを装った『恋の哲学書』よ」
何故装うんだ。
「素晴らしいわよ。あんたも読んでみなさい」
どれどれ。
…………。
「愛って素晴らしいわね。性を越えた美しい想いがそこに――」
「あんなのは腐った女子の妄想だよ!」
俺は、なにか大切な物を失った。
おーけー。気にするな。こいつも女の子なんだから、これくらい。でもショックだよね。幼馴染みが下校中にボーイズラブな小説を読んでいたら。
ふん、と鼻を鳴らす憤然とした態度。バイブルのごとく抱き締めた見た目ミスター子供たちのバンドスコアを、ぎゅっ、と胸に押し込んだ。どうやら俺の書評が逆鱗に触れたらしい。
「とにかく! 彼氏を作るのよ、カレシを!」
最後の方は携帯小説みたいな発音だったな。
ちなみにぃ、語尾を引く言い方で理紗は、じと、と俺を一瞥する。拳を作って腰に当てた、前屈み上目遣いのじと目が睨み挙げてくる。指先が鼻っ柱に突き刺さった。比喩ではなくてリアルな意味で。ぶす、と刺さったのだ。地味に痛い。
「これ、最終的に一番近くにいた幼馴染みとくっついて終わり。めでたしめでたし。なんてベタな非論理的な展開は決してありえないんだからね。心得ておきなさい」