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スリーピース  作者: 双色
3/『窓の向こうの空の果て』
13/36

12/式娘の考察

 /



 紙飛行機の描く軌跡

 もっとずっと遠くへ


 歌声の旗を振り 向かい風に負けないように


 帰るかな 覚えてるかな

 何もかも始まる前の 二人 まだずっと近くにいた頃に

 ever cry 

 miss you


 窓の向こう消える雲

 空の果てに吸い込まれた昨日に

 想い出はまだ残っているのかな? 

 ほら、それじゃあ 探しに行こう

 また二人で手を繋いで

 無邪気だった頃の忘れ物を探しに行こう

 /1




「優秀であることはつまり異端なのよ。優秀も劣悪もすべからく世界では異端なのよ。だってそうでしょ。どれだけ優れた生命でも、居場所を間違えればそれは『異常』よ。人間社会の歴史ではどんなに優れた思想も教皇、皇帝の意に異なるものならば異端として討伐されてきたんだから。自然界でも同じよ。野良猫の群れの中に一匹だけサーベルタイガーが混ざっていたら、それはリーダーでも支配者でも何でもなくて、超越者というただの『異常』でしかない。世界っていうのは環や秩序を乱す存在を排除していく存在なの。順応するには、自分で居場所を創るしかない。同じ場所に同じ位置の生命を集めるしかないってこと。だからこそより優れた存在は孤立を強めるし、やがて孤高として孤独になる。鈴童静歌なんていい例よね。あれは孤立した上に自分から自分を囲ってる。とんだ箱庭状態よ。外の世界が見えてないんじゃない。見えているけど敬遠しているだけ。そうして自分を一人にすることで秩序を保っている。そこにあるのは空っぽな自己認識の囲いでしかないのにね。――さて、あたし達の当面の目的はその囲いを叩き潰して中から彼女を引っ張り出すことだけど……って、どうしたのよ? そんな顔して」

 これだけの台詞を原稿用紙に纏めたら、軽く一枚半くらいは使ってしまうんだろうな、と思いつつ、つまりライトノベルならば一ページほどを跨ぐ鉤括弧が登場するわけだ、なんてことを考えていた。もう前後文を一行空白にされていること間違いなしである。

 鈴童先生に話を聞いた後に遭遇した理紗にチラシ貼りを手伝ってもらい、近くの空き教室で先刻の会話の内容を話した。今のはその直後に口を開いた理紗が一息に紡いだ感想みたいなもんである。久し振りだから聞き流すのも忘れてしまった。

 要約するとつまり、優秀な人間は孤立するってことだろ。

 それってさ。

 俺がおまえに話したことじゃないか……。

 しかし理紗は小首を傾げて怪訝な表情を向けてくる。そうか。俺の話を無駄に長く引き伸ばした発言の最後は疑問系で締められていたな。なら次は俺の発言ターンだ。

「なんでもない」

「それ、口癖なの?」

「さあな」

「それも。語彙が少ないみたいだから止めた方がいいわよ。後、口癖って言うなら一言でインパクトのある、なんか印象的な台詞の方がキャラとしては立つから。『やれやれ』とか『まったく』とか『うるさいな、もう!』なんて陳腐なのはよしなさいよ」

 三つ目も駄目なのか。使わないけどさ。

 というか今は口癖の話なんてしちゃいない。

「どうしてもって言うなら、語頭に『アルゲバハニ』と付けなさい」

「嫌だ。おまえがやってろ」

「アルゲバハニじゃあ本題だけど、その話を聞いてあんたはどうするわけ?」

「ある……」マジですんのかよ。「――俺が悪かった。普通に話してくれ」

 真顔で謝って要求した。

「とりあえず、今の態勢は崩さないつもりだけど」

「それって間に合うわけ? 明確なビジョンのない式は破綻するわよ。方程式は成立させる事象がはっきりしていないと成り立たないんだから」

 確かに、前準備は上々でもそれが何の為のものなのかはっきりしていないのは問題だ。

 何か一つ。

 鈴童を無理矢理賭けの土俵に引き釣り上げることを見つけないと。

「敵を知れば百戦危うからず。だからまずは、正確なリサーチが必要ね」

「リサーチ、ねえ」

 実際のところそれを含めて生徒会に入ったりしてるわけだ。策の立案は理紗なのだが。

「ちょっとちょっと、人の『式』を『策』だなんて言うのは止めてくれない」

 なんだか急にお冠なのですが、俺は何か失言してしまったのだろうか。

 そのように訊いてみると、理紗は手近に何か投擲できる物体を探して手を振り回し、結局手頃な物が見付からなかったのか蹴りを飛ばしてきた。甘んじて受ける俺ではない。後ろに飛び退いてそれを回避する。が、なんと奴はそれさえ計算通りと言う風に、俺の回避運動を嘲笑って飛来した上靴が顔面に直撃した。

 女の子がはしたない! ……とも今更思わないのだが。

「わかった? こういうことなのよ」

「わからん。何がどういうことなんだよ」

 鼻を摩って反論すると、理紗の表情はさらに険しくなる。このまま左の靴も飛ばしかねない剣幕だったので俺は慌てて両手を突き出して待ったを掛けた。謝って、そして推測する――しかしながら、俺が謝る必要はどの辺りにあったのだろう――答えなんて出ないけれど。

 とはいえ考えている俺の様子に取りあえずは反省の色を見出したのか、むぅ、と溜め込んだ頬の空気を排出して理紗が言った。

「だからね、『策』と『式』の違いよ。『策』ってのはつまり戦略のことでしょ。イレギュラーもあればアンラッキーもある。そんな不確かなものでしかないのよ。あくまで確立にすれば百パーセントじゃない。『式』っていうのは、結末に辿り着くまでの確かな道程の一つよ。変数さえ導き出せば、後は決められたルートを確実に辿ることが出来るの。わかった? わかったら次からいっしょにしないでよね」

 たかがそれだけのことで、俺はこのような辱めを受けたのか。しかも結構痛かったんだぞ。

 それにしても相変わらず大層な持論をお持ちなことだ。考え方の違いでしかないと思うけどな、俺は。口には出さずにそんなことを考える。こいつの哲学を否定しまうことはそのまま面倒に繋がるのだ。だから大人しくしておく。今理紗と争っても意味なんてない。

 そう。

 この式っ娘が言うように、当面の目的は俺達が争うことではない。あくまでも、どのような土俵にどうやって鈴童を引き釣り上げるかなのだ。さらに言えば、その土俵の上で俺が鈴童に勝利を収められるかどうかでもある。

 後者はそれが可能なように前者を選ぶとして、問題はそちらだ。

「じゃ、そっちはなんとかしてよね。あたしはその間に作曲に励ませて貰うから」

 簡単に言ってくれる。

 上靴を履いてさっさと帰って行く理紗について行きながら、小さな背中に嘆息した。

 どうしてこいつはいつもこうなんだろうね。悪い結果が何一つ見えていない。いつでも最高ばっかり想定してやがる。そしてこいつの式の核心的な部分はいつも俺に託されるのだ。今回に限ったことではない。

 それを拒絶しなくなったのはいつからだろうか。もう覚えていなかった。

 何でもいいさ。考えたところでわからないから考えないで置こう。俺はいつだって理紗特製の式の上で変数として立ち回るのだ。これまでがそうであったように、今回だってそうしよう。

 十年間築き上げてきたその関係が信頼とか呼べるのかどうかは、明日の古典の時間にでも思案してみよう。そうしてその関係が、この式の完成後にも存続しているのかどうかもいっしょに。

 なんだろう。

 これだとまるで、俺が今の関係に浸ってるみたいじゃないか。

 或いは不安でもあるというのか。

 自分の幼馴染みにとっての特別が誰かに奪われてしまうことが。


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