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スリーピース  作者: 双色
2/『Last season』
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10/奇策のはじまり

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 事後報告として以上のことを理紗に話したところ、問答無用で空中回転蹴りを見舞われた。鮮やかに旋回する長い脚は死神の鎌のごとくこちらの首を刈りに来て、実際そのような結果を果たす。横凪ぎの一撃に堪らず俺は悶絶した。

 口より先に手が出る奴だとは知っていたが、まさか手よりも先に脚が出るとまでは予想の範疇を越えていた。

 脳天を襲った衝撃に視界がまだ白んでいるがそれでも、抗議の眼差しで理紗を見上げる。ともすれば傷害致死だ。よく生きてるな、俺。などと思いながらまずは話を聞けとばかり、むしろ追撃を加えようとしてくる幼馴染みに懇願を込めたアイコンタクトを持ち掛ける。天井に向けてすらりと伸びた美脚が停止する。トドメの踵落としは寸前で待ったに応じた。

「命乞い? 遺言なら聞いたげる。簡潔に纏めなさい」

 人の最期を、そんな傍線部の意味を答えなさいみたいに促さないで欲しい。

 もちろんこれが人生最期の台詞になるなんてのは毛頭御免だ。

「落ち着け、俺だって考えなしにこんなことしたわけじゃねえって」

「書面に纏めて弁護士に渡しなさい」

 聞く耳持たんというのか。

「……だったら一応聞いて上げるわよ。で、なに?」

 さて。

 俺が立てた式の採点が始まった。出来るだけデメリットを隠しつつメリットを強調する説明をしてみるが効果を成しているか否かは不明だ。しかし理紗は途中で話を遮るようなことはせず、驚くことに最後まで静聴していた。話終えた俺は静かに審判を待つ。ジト目が変な化学反応で発生した気体のようにねっとりと俺を見据えることたっぷりと一分。ふん、と鼻を鳴らして腕を組んだ理紗の鼻の先はどこか遠くに向いていた。横目が俺に向けられる。

「遺憾だけど、他に案がないから採用してあげるわ」

 どうやら功を奏したらしい。

 にぃ、とさらに不敵な、というよりもどっからどう見ても悪役の笑みを理紗は浮かべる。

「と、なると、やっぱりあの会長の勧誘は必須という訳ね」

「そうなるな」

「あんた、あの娘のこと好きな訳?」

「んなことない」

「どうだか。男なんてああいうのには簡単に騙されるのよ」

「ああいうのってどういうのだ?」

「可愛い娘」

「……端的だな」

 しかしながら好きか嫌いかで言えば好きな部類に入るとも思う。どこの世界に美人の嫌いな男がいようか。しかも鈴童は才色兼備の人格者……いや、そこはどうだろう。とはいえあの感じは嫌いではない。強がって背伸びするみたいに必死で感情を抑えた瞳や、ただ自分を信じて疑おうとしない真っ直ぐな姿なんかは――

 と、そこまで考えて不意に思い至った。

 思ってしまった。

 そんな人物が他に、もっと別のところにいるのではないかということに。

「浮かれるのも勝手だけど、目的は忘れないでよね。いーい? あたし達の目的は――」

「おまえの彼氏作りだろ」

「――バンド結成よ。まずはそこからでしょ」

「……」

 そうだっけな。

 まずは目の前の問題を解決していく。順序立てて一つ一つ必要な過程を経て最終結論に至る。縦に問題を並べていく思考は見事なもんだ。ここまで切り替えの利く奴はなかなかいない。しかし理紗の場合は眼前の問題に熱中し過ぎてそこで終わるというパターンもあるのだが。

 了解しましたよ。もう何度も口にしてきた言葉はいつになくやる気がないみたいだった。

 これからどうしたものか。確かに突破口ははっきりしたがそこを通り抜ける難易度が果てしなく高い。なにせ相手は天下無敵の生徒会長様だ。おまけにその性格は、俺が思っている通りならかなり厄介なものである。これだから鼻っ柱の強い女は面倒なんだ。面倒だけど嫌いじゃないが。あの手の人間は一度張った意地は最後まで張り続ける。

 やれやれ。

 本当に、どうしたものかな。




 *




「なにやってんだ?」

「創設祭の企画書纏めてるのよ」

「手伝うことあるか?」

「ない」

「……左様ですか」

 そんなやり取りが昨日行われた。晴れて生徒会役員になった俺と理紗であるが、その実生徒会業務の助力にはまったくなっていなかった。もっとも、それを実感しているのは俺だけなのだろう。理紗は生徒会室にさえ顔を出そうとしない。なんだよ。面倒事は全部俺に押し付けようってか。

 三日ほどそうしていてわかったことがある。

 鈴童は本当に誰の助けも必要としない。雑務から書類整理、部屋の掃除もコーヒー挽きも全部自分でやる。オールマイティーだ。だからここ数日の俺の業務といえば、自分で入れたコーヒー(あくまで俺の分は用意してくれない)を鈴堂の向かいの席で啜っているくらいのものだった。

 この必要とされていない感。

 自分の無力感。

 何もかもが嫌になってくる虚無感と気不味い沈黙だけが蟠って、これでは精神的に参ってしまいそうだ。することがないなんてものじゃない。これはもう、そこにいる意味がないとさえ言えるだろう。鈴童の周囲には、彼女自身の他に誰の居場所もなかった。

 そしてそんな日々を過ごしてきた今日のことになる。

 創設祭実行委員(生徒会)からのお知らせ――主に体育館公演の有志発表募集とかそんなの――の張り紙を行っていたときのことだ。といっても、これについてだって鈴童は俺に何も言いやしなかった。放課後になっても中々生徒会室に顔を出さないから探しに行ってみれば、一人で山みたいなA4用紙を脇に置き、校舎内の掲示板に画鋲で掲示している会長殿に出くわしたというのが経緯だ。

 都合よく飛んできた一枚を拾い上げて、俺は抗議の言葉を吐き出した。

「仕事があるなら言えよ、手伝うから」

「いらない。わたし一人で出来る」

「でも二人の方が効率はいいだろ」

「効率なんて関係ありません。わたしはいつも一人でして来た」

「そうかい」

 目も合わせやしねえ。

 こんな量を一人で貼って回っていれば一日やそこらでは終わるはずがない。ここが一階だから、きっとこのフロアの途中までしか貼り終えていないんだろう。これを後フロア四つ分。ついでに校舎二つ分行わなければならないなんて気が引ける。俺なら嫌だ。

 掲示板最上部に告知表を貼り終えると、脚立を脇に抱えた鈴童が俺に振り向いていった。

「これ、出なくていいの?」

 指で示しているのは有志募集の枠だ。

「メンバー不足だよ。おまえが入るまでは無理」

「だったら永遠に無理です。諦めなさい。後一週間、別のメンバーを探すことね」

 嫌味を言う為だけに立ち止まったのかよ。

 鈴童がそうするよりも早く床に置かれた用紙の塊を半分抱える。けっこうな重量だ。これをあの細腕で持ち歩いているのか。脚立と一緒に。馬鹿なことをしたもんだ。

 鈴童は残りの紙積みを持ち上げて批難の目を俺に向けた。窃盗犯でも咎めるような視線は鋭いが、両手が塞がっているので何の脅威も感じない。人類の発明した手錠とは実に見事なものだ、とか思ってみたりする。

「返しなさいよ」

「俺は新館の方回るから、おまえはこのままこっちを頼む」

「頼んでません。だから、一人でやるってッ」

「頼まれてやしないさ。俺が勝手にやるだけだよ」

 すたこらさっさ。冷静になって脚立を置いてから追いかけてきたら、勝てるかどうかも怪しい。

 そうなる前にとっとと逃げ出そう。

 しかし鈴童は両手に一杯の荷物を抱えたままがなるだけで何もしてこなかった。好都合だがここまで脆いとは思っていなかったので何となく興醒めする。こんな、沸点が低いところまで同じなのか。誰と? 誰でもいいだろ。

「そんなことしたって、絶対バンドなんて組みませんからッ。恩を売っても無駄よ!」

 ヒステリックに近い金切り声に片手を挙げて答える。

 もう一つだけ、そういえば伝えておかないといけないことがあった。

 立ち止まって体を回す。

 廊下の先には目を赤くした鈴童の姿がある。

 出来るだけこれ以上彼女を刺激しない方がいいだろうが、これだけは言っておきたい。だから遠慮も自重もしなかった。我ながら、性格は最悪だったようにも思えたのだが。

「恩なんて売ってねえよ。好きでやってるんだ」

 鈴童は、唇を噛み締めて睨んでくる。

「だって俺も、生徒会役員だからな」


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