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スリーピース  作者: 双色
2/『Last season』
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9/勝手にしなさいッ

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 翌日になって俺はおよそ一週間ぶりに生徒会室を訪れていた。ノックをして了承を貰い入室する。鈴童は作業中の書類から顔を上げると眼鏡を外し、こちらを確認するなり思い切り顔を顰めた。疫病神でも見ているような顔だ。

 とはいえ確かに、俺が厄介事を持ってくる存在であることに間違いはない。

 歓迎されていないのは明らかで、何も言わずに帰ってくれな雰囲気を鈴童は全身から醸し出している。俺はまず何を言って良いのかわからず、今日は良い天気ですね、みたいな常套句の代わりに鈴童の手元に対して話題を振ってみることにした。

「それ、創設祭の資料か」

「ええ、まあね。毎年、創設祭は生徒会の主催だし」

「そういうのってさ、文化委員の仕事じゃないのか」

「そんなのいない。……それで、用件は何かしら?」

 表情が曇るのがわかった。

 これから話すことに対してなのかそれとももっと別のことがあるのか――鈴童が表情を変化させた理由が俺にはまだわからなかった。

 ともかく、だ。と思考を切り替えようとしてみる。スイッチで変更可能なみたいに、それは意外とあっさり出来てしまうのだった。

「昨日の話だ、鈴童」

「……」

 目付きが尚更凶器の鋭さを帯びる。

「なによ……生徒会を強請ろうっての?」

「いやだから逆だろ」

 だから、という言葉の意味はきっと俺にしかわからない。けれど鈴童は指摘されてようやく目を見開き、役職と矛盾した自らの態度を自覚したように見えた。

 そうだ。丸切り逆だった。昨日も今も。行動と言動とが矛盾している。

 例えば鈴童が生徒会長だから昨日の晩、生徒間に流れている噂の真相を確かめようとしていた、というだけならば納得できる。しかしどうだろう。実際にそんな思惑があったならば俺に見付かった時の様子が可笑しい。だってそうだ。状況からどちらが不利かなんて明白で、会長なら権限でも一般生徒を上回っている――加えて昨晩は校則……どころか下手したら法律違犯の現行犯だ――鈴童があんな顔をする意味がない。

 あんな、何かを失ってしまうみたいな、悲しみの翳った表情をする意味がないのだ。

 咄嗟のことで昨日は気付かなかったことがある。それは一日を掛けて思考した結果に導き出されたある仮説だった。それを、理紗を真似て言うならその式を成り立たせるためにどうしても、鈴童には一つ認めて貰わなければならないことがあった。俺がここにきた理由の一つがそれだ。

 つまり何が確かめたかったのかと言えば。

「鈴童おまえさ、実は昨日だけじゃなかったんじゃないのか?」

「――――」

 答えない代わりに否定もない。ならばそれは、この場における彼女の肯定と受け取ってもいいのだろうか。

 根拠なんて何もない。証拠だってなかった。ただそう推測させる状況だけがあったのだ。そう。そもそもの矛盾を辿ってみればぶつかる不可解な謎があった。

 何故、噂は流れたのか。

 怪談なんてどこにでもあるものだろう。所詮は退屈しのぎにでっち上げられたり何かを誇張することで生まれる虚実だ。だが俺は知っている。今流れている噂が正確に事実を伝播しているものだということを。可笑しいだろ。警戒は十分にしていたんだ。教師ならともかく生徒にばれるなんてない。もしも発見したのが教師だったらその場で俺達は生徒指導に連行だ。

 だから噂が立ったということは、これを知っている人物が生徒であると言うことを意味する。

 そして誰がそれを知り得たか。誰よりも早くに登校していて、俺達があれこれ器材を持ち込んでいたことを目撃してしまった人物――同時にそれを不審に思う人物として最も適当な人物こそ――前日にバンドの結成を進言されて拒絶した、生徒会長、鈴童静歌に他ならないのだ。

「だから何よ。だったら、わたしが好意で見逃して上げた……って言ったら。それで終わりじゃない」

 鉄の生徒会長がそんなキャラかよ。

 噂は警告だったのではないか。遠回しに、そろそろ止めておけと伝えようとした、鈴童の忠告だったとしたら。

「おまえだって本当はやりたいんじゃないのか、バンド」

「…………ッ!」

 鈴童の顔が耳まで赤くなる。なんだこいつ。めちゃくちゃわかり易い。

「な、んで……誰が、貴方達なんかと――!」

 机が割れるかと思った。それくらいの勢いで机上を叩き立ち上がる。鈴童はなんかもう泣きそうな顔をしていて、生徒会長としての気丈さはどこかに置き忘れてしまった様子だ。見ていられん。図星を突かれたのがそんなに恥ずかしかったのか赤面全開も依然としてそのままである。

 が。

 ここは会長様が付け入る隙を見せてはくれたが一旦退いておく。無理に差し込む必要はない。というか俺には背徳感に耐えながら弱っている相手を脅すような真似をするほどの気概だってないのだ。だから鈴童がそういうなら、大人しく引き下がろう。

「わかったよ。じゃあそういうことでいい」

「……」

「ただし、おまえが直接止めろと言わないなら練習は続ける。構わないか?」

「……」

 鈴童は沈黙を挟んで、それからぷいと顔を背けると、つーんとして明後日の方向を見遣りぽつりと溢した。

「……好きにしろ」

 それからどれくらい静寂が流れただろう。やがて時計の秒針が動く音が聞こえるくらいに室内が静まった頃、いつまでも退室しない俺に鈴童がようやく振り返った。

「なに? もういいでしょ。用が済んだならさっさと出ていきなさい。ほら早く」

 すっかり嫌われたな。

 じゃなくてだ。

「用ならまだある。むしろこっちが本命だ」

「?」

 そりゃそうなるわな、と妥当な反応は予測通りのものだった。相手が常識人だと展開が読みやすくて助かる。ついでにもう一つ予想していることは鈴童の頭の中で、どうせまたメンバーになれとか自分も練習に参加しろとか言われるのではないか、とか考えていることだろう。だとしたらこれはとんでもない不意討ちになる。万が一程度にも鈴童は俺が次のような言葉を吐き出すとは思っていないはずだ。……まあ、不意を衝いたからどうということもないのだが。

 意味がないわけじゃない。

 どうせならメンタルのぐらついた今がいいのだ。

 冷静にかわされないように、今、鈴童の内心が僅かでもささくれだっている間に言っておきたい。

 不機嫌がありありと窺える鈴童の瞳から視線を外さず、そして俺は言った。


「生徒会の空いてる役職、なんでもいい――俺が立候補するよ。確か常時募集中だったよな」


 鈴童は、こいつは何を言ってるんだろう変なものを拾い食いしたんじゃないか、ってぐらい可笑しなものを見る目を向けてきた。当然ながらそうなるだろう。だが正気に戻った時、果たして鈴童はこちらの腹の内が理解できるだろうか。俺が立てたこの不出来な式を解いてしまうのだろうか。今はどうでもいい。とにかく第一段階だ。式も何も、まずは生徒会に入らなければ形にすらならないのだから。

「ちなみに理紗もだ。二つくらい席は余ってるだろ」

「……なんのつもりか知らないけど」

 たちの悪い冗談で馬鹿にされているとでも思っているのか、鈴童の肩がわなわなと震え出した。そのまま大股で歩き、部屋の隅っこの引き出しを思い切り開いて中から書類を二枚取り出す。そいつを今度は俺の胸に叩き付けて、叫んだ。

「勝手にしなさいッ! 貴方達だってどうせ――直ぐに、辞めるって言い出すんだから……!」

 真っ赤な顔はさっきまでとは違った瞳の潤みを隠しきれていなかった。


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