九話 骨、町
魔力圧縮の恩恵により、俺は人間平均を通り越し生前と同じ魔力を取り戻していた。霊体になってから実に二百年以上が経過している。ジジイもジジイ、大ジジイだ。かつての村の知り合いは曾孫や玄孫の世代すら通り越している事だろう。
ゾンビは順調に増殖していた。俺の体で対象を包み込む性質上あまり大型の動物はゾンビ化できなかったが、ネズミ、イタチ、ウサギぐらいまではゾンビ化できた。オオカミとか熊はちょいと大き過ぎて無理だ。包めない。
森に住む大概の動物はゾンビにしてしまえたので、ゾンビになるために体質や種族は関係無いと思われる。死亡する際に原型を保っていればどんな生物もゾンビにできる。多分人間もいける。人間も動物だしさ。
ゾンビは特に何を喰うでも襲うでもなく、腐りもしないただそこにあるだけの存在だった。一応生前の活動範囲と行動をある程度はなぞっていたが、俺の命令が無い限り闘争も行わない。
ゾンビの癖に人畜無害というよく分からん奴等だった。
しかしまあ肉体を持って存在し徘徊している訳で、森の動物に狩られる事もある。多分ゾンビも死肉の扱いになると思うが色が悪くなく生気が感じられないだけで腐ってはいないため、最初にゾンビにしたトカゲは鷹にばっくり喰われた。
目の前でいきなり空から急降下してきた鷹に無抵抗でかっさらわれたトカゲに慌てて「抵抗、脱出せよ」と命令したのだが時既に遅く。嘴で何度も挟み直され体がズタズタになっても命令通り暴れていたトカゲは首が千切られると共にぱったり動かなくなった。ゾンビの弱点は首チョンパらしい。
頭を失っても半分以上体積が残っていれば復活する霊体と違いゾンビは少なからず肉体に依存している。物理攻撃は有効だ。で、首チョンパされたトカゲを復活させようと急いで再び包み込んで魔力の拡散を阻害すると、今度はスケルトンになった。
二度とも無理をさせたせいでますます肉体と魂の剥離が進んだらしく、復活してしばらくすると肉と内蔵が腐り落ち、骨だけになって動いていた。
スケルトンの動きはゾンビと大差無いが命令の反応が悪く、強く強く念じて命令しなければ反応しない。単純な命令しか理解できない上に自律行動もせず応用力の無い単細胞。細胞無いけどな。脳味噌が無くなったのが拙かったのか。
そんなゾンビの劣化版とも言うべきスケルトンにも一応利点はある。ゾンビと違い、魔力が続く限り再生するのである。四肢を折られようが粉々の骨粉になるまですりつぶされようがビデオの巻き戻しの様に破片が集まって元通り。
再生を繰り返し一度でも魔力が切れれば二度と動かなくなる訳だが、そこはこまめに外部から程よい濃度の魔力を注入してやる事で解決する。スケルトンはゾンビや霊体……もうゴーストでいいか、その二種と異なり自力で魔力を精製できないので、ゾンビよりも更に創造主=俺に依存した存在となっていた。
なんか俺、ゴーストっつーよりネクロマンサーになってきた。
・生体→ゾンビ→スケルトン
・生体→ゴースト
の二通りの分岐をするようだった。スケルトンの先は無い。ゴーストの先があるかは知らない。
俺は百体弱に膨らんだアニマルアンデッド集団に自衛を命じて森で待機させ、人間を探しに旅に出た。もう精神が擦り切れてペラペラになり、人恋しい訳でもないが人間の発展具合に興味がある。
前世、二百年もあれば人間は凄まじい進歩を遂げた。特に1800~2000年の人間の変化は著しい。同じ二百年、魔法がある世界ではどんな発展を遂げているのか知りたい。
あといい加減に魔法についても知りたかった。
実は俺、未だに魔法を使っていない。
ばーちゃんは火を出したり触れずに物を動かすのが「魔法」だと言っていた。従って俺が行使しているのは魔法ではなく単なる「技術」。クリエイトゾンビもクリエイトスケルトンもただの技術。結果だけ見れば死んだ生物が睡眠食事不要で動き出してる訳だから物理現象を逸脱している、つまり魔法と言えるだろうが、炎出しーの、念力使いーの、そういうばーちゃんの言う類の「魔法」は使えていない。
ああ魔法使いてぇ。魔法使えば物理干渉できるかも知れない。ホラ、念動とか実体化とかさ。
草木に覆われ自然に還った村跡を越えてその先へ。道無き道を行く。肉体が無いので睡眠も食事もとらずひたすら一定速度でふよふよ飛んだ。特筆すべき事は何も無い、平和な旅だった。
雨も感じず風も感じず、雪にも夏の暑さにも動じないゴーストの起伏の無い旅。景色も森山川草原ぐらいでさして面白くもない。
ダルダルと飛んで一月ほどだろうか。俺は小さな町を発見した。高さ一メートル程の低い石垣に囲まれ、煉瓦作りの家々が建ち並ぶ。石畳の大通りには馬車が行き来していた。
うんむ。車も無ければガス灯も無く、道行く人々が着ている服は恐らく麻、時々シルク。産業革命はまだなのか。魔法世界に産業革命があるか知らんけど。
町からほど近い森の中から俺は三日ほどコソコソ観察していた。勿論町中に踏み込まないのには理由がある。
俺はゴーストである。前世の知識に基づいて判断するならば、アンデッド系のモンスターでゾンビと双璧を成す存在であると言えよう。
俺はモンスターになった覚えは無いが生きている人間の視点で見れば紛れも無いモンスターだろう。病死した姿をトレースしてるから顔が土気色だしな。
そんな奴が素知らぬ顔で町中をうろついていたら普通退治する。俺が生者でゴーストを退ける手段を持っていたら多分退治する。
一般人には見えなくても恐らく魔力覚醒した奴なら俺の存在を感知し、見る事ができるのだ。
見敵必殺、悪霊退散で消滅とかシャレにならん。少なくともこの世界での`ゴースト´の位置付けを知っておく必要がある。
そんな訳で慎重に慎重に遠巻きに魔法使いを観察し、この世界でのゴーストの認識や魔法の使い方などを探る事にした。危なそうになったら即逃亡。焦る要因は何も無いから臆病ぐらいで丁度良い。
観察を始めて三日目。町の近郊で遊んでいる子供や畑で木製の鍬を振るう大人達の側をウロチョロしてみたが、誰一人として気付く様子は無かった。少なくとも生前の知識の通り魔力が覚醒した人間が少ない事は事実らしい。
魔力覚醒の秘薬は高価であり、それを服用出来る者は裕福な立場にあると推測される。つまり魔法使いは恐らくおしなべて金持ちエリート。そんな連中が町の外周部に住む筈は無い。基本的に町というものは中心部ほど富める者が住むのだ。中心部には人も金も物も情報もよく集まる。
で、これ以上町近郊での情報収集は無理だと判断し、俺は意を決して町中に踏み込もうとしたのだが……
「おじさん、誰ですか」
なんか小娘に見上げられてる。見てる見てる超見てる。見られてるよ俺。
町の入口から少し離れた木立ちの影。門から出て来て不意にこちらに目を留め、とっとこ近付いて来た金髪碧眼、町娘風。真っ白い肌触りが良さそうなチュニックに、水色のなんかギザギザ折れた丈長の……なんだっけ、プリーツスカート? 歳の頃は十二、三か。落ち着きと冷静さが伺える整った顔立ちをしていて、まあ胸も含めて将来が楽しみではある。
小娘は俺に触れようと手を伸ばし、スカッたのを見て目を瞬かせた。
「凄い魔法。どこの魔法使いですか? お祖父さまに御用事でしょうか」
「え、これは魔法なのか?」
「えっ、違うんですか?」
「さあ……魔法の定義も知らんし分からん」
「魔法の定義? 定義も何も魔法は……あれ?」
小娘は眉を寄せてむむむ、と唸る。
俺はひとまず小娘から害意を感じなかったので逃げるのは止めておいた。出合い頭に悲鳴を上げたりしない所から察するにゴーストは嫌悪されるものでもない、らしい。多分。
「……あの、おじさん魔法使いですよね?」
「あー……秘薬? は飲んだ。生前魔法を使った記憶は無いな。死んだらこうなった」
「ええ? おじさん死んでるんですか?」
「おお、バッチリ死んでるともさ」
「蘇りの魔法なんて始めて見ました」
「蘇ってねーよ。死んでるって」
小娘はハァ? という顔で首を傾げる。なんか話が通じない。大丈夫か小娘。大丈夫か俺。
「死んでるって……ここに居るじゃないですか」
「居るけどさ。触れないだろ? 俺は物理干渉が出来ない。ゴースト――死者の霊だ」
「えええ……なんだかよく分からないです。魔法使いじゃない? 死んでるのに生きてる?」
小娘、混乱中。あーとかうーとか言って頭を抱え込んでしまった。
そこはかとなく面倒な事になりそうな予感。こいつはゴーストを知らないのだろうか? それともそもそもゴーストの存在が認知されていない? いやまさか。しかし……
「なあ、」
「黙ってて下さい。私、悩んでます」
質問を拒否された。
別にがっついて問詰める事でもないのでのんびり思考が回復するのを待っていると、十分ほどしてから小娘が顔を上げた。
「お、質問して良い?」
「すみません、あなたは色々と私の手には負えません。お祖父さまの所へ案内するので着いて来て貰えますか?」
「はぁ、まあ俺に危害を加えないって保障するなら構わんけどな。お祖父さまって誰だ」
「大魔法使いエマーリオです」
薄い胸を張って自慢げな顔をする小娘。俺は首を捻った。誰だそれ知らねぇ。百年単位で隠者やってた俺に人名の知識求めんな。
釈然としない俺に小娘がまさか御存じない? と聞いてきたので頷いてやると何やら驚愕していた。そんなに有名人なのか。すんませんね無知で。
「それじゃ何故この町に?」
「何故って特に理由も無いな。たまたま人里探して最初に見つけた町がここだったってだけで」
「……はぁ。呆れました。おじさんと話してるとどんどん訳が分からなくなります。お祖父さまに解決してもらいましょう」
「望む所だ」
「では着いて来て下さい。こっちです」
俺は翻るポニテの後を素直に追った。大魔法使いなんて大仰な名前がついているからには知識も豊富に違いない。
はてさてどんな人間なのやら、大魔法使いエマーリオ。