三十七話 フラスコの外の小人
法暦200年代に入ってから、魔法大学と科学大学の統合を行った。
魔法は研究すればするほど科学の影がチラついて、科学的知識が無いと魔法研究を進めるのが難しくなってきたのだ。科学は科学だけ研究しておけば良いが、魔法は科学も研究しなければならない。もしかすれば魔法オンリーで研究していてもいずれは科学的諸法則の発見に至るのかも知れないが。その場合、科学は魔法を研究しなければ進まない、という状況になるのだろう。どちらにせよ確かなのは魔法と科学では共通した法則、公式が存在するという事である。科学も突き詰めていけば魔法が関わってくるのかも分からんね。量子力学のあたりなんて特にそうなんじゃないかなーと思う。魔法科学って言うとなんか魔法と科学が合わさって最強に聞こえるけど、実際は魔法も科学も世界を形作る法則の一部でしかない。炎もプラズマも熱運動の結果だ、みたいな。ちょっと違うか。まあいい。
とにかく飛空艇にジャイロスコープを設置して安定性を増したり、形質魔力コードの解析によって遺伝子疾患の治療が可能になったり、魔法と科学の美味しいとこどりは本当に美味しい。科学では難しい事が魔法であっさりできたり、魔法では難しい事が科学であっさりできたりするから、上手いこと分担するのが上策だ。
人口も六百人に増え、エルフィリアは活気を増し、俺達は相変わらず時代の最先端を突っ走っている。
エルフィリアでは最近「ホムンクルス」が物議を醸している。
ホムンクルスは魔導を使って造られた人造人間だ。形質魔力のコード解析が進み、形質魔力コードをDNAを示す領域、記憶を示す領域、肉体構成を示す領域、などに分類できるようになってきた。形質魔力の解析結果を用い、多数のサンプルから人間の赤子を示す形質魔力を作成し、物質を使って具現化した生物。それがホムンクルス。端的に言えば魔法で造った赤ん坊だ。誰とも血のつながりのない人造生命。
なぜそんなモノを造ったのかと言えば法術の実験のためだ。
法術も解析が進み法術鎖の改造が可能になった。可能になったのは良いのだが、どこをどう改造すればどのような結果がでるのか理論的に解明できなかった。実験でデータ採りをする必要がある。
しかし魔法と違い法術は肉体に継続的に宿り効果を発揮するモノだ。人間に法術鎖が与える影響を調べたければ、実際に人間に法術をかけて観察する必要がある。今までこういう人体実験には重犯罪者を使ってきたが、法術実験には大量多種類の人間が必要になり、サンプルが足りなかった。あまり大規模に外国の人間を攫う訳にはいかず、エルフを使うのも人権的にダメ。で、無ければ造ればいいじゃない、とホムンクルス製造に踏み切ったわけだ。
形質魔力鎖の中のDNAを示すコードを弄る事で千差万別のホムンクルスを作成する事が可能で、膨大なサンプルを元に法術の研究は飛躍的に進んだ。死亡や仮死の手順を踏まずとも、魔導を使って様々な法術をかける事ができるようになったし(ほとんどの法術は生体の場合代謝と共に効果が薄れていくが)、ヴァンパイアの法術鎖を改造し、吸血の必要を無くす事にも成功した。エルマーやシルフィアは大喜びだった。
しかし流石に生命を創造し、実験に使い、実験が終わったら殺してその死体をリサイクルして新しい生命を造る、というループは外道過ぎた。エルフから非難の声が上がったのだ。
エルフに宗教は無く、神に対する認識は神(笑)だ。強いて言うなら魔法や科学を信仰している。人間は猿から進化したものであって、創造主(笑)、造物主(笑)状態のエルフにとって、人間が神に創造されたという考え方は冗句以外のなにものでもない。従って生命を造りだす事が神への冒涜だとか反逆だとか、そういう事を言い出す奴はいなかった。
が、エルフィリアは魔核にも人権をある程度認める国柄だ。帝国人や教国人に対しては生きようが死のうがほとんど無関心だが、国内の知的存在については関心が高い。明らかに人間ではない魔核に対しても権利を認めているのだから、ホムンクルスにも認めるべきという声が上がったのは当然だったのだろう。
現代医学や一部の科学は過去の途方も無い数の人体実験の上に築かれたもので、幾多の屍の上に成り立った医学・科学のおかげで人々は高度な治療を受けられ、便利な生活を送っていた。それは誰にも否定できない歴然とした事実だ。
これまで法術の実験に使われたホムンクルスの数は四千万体にも及ぶ。実験期間は八年程度だったから、一年で五百万体。凄まじいペースの大虐殺だ。エルフが反発したのはここである。
現代医学の発達は確かに人体実験によってもたらされたものだが、別にそのへんの通行人を捕獲してベッドに縛りつけ、メスで切り刻んでいるわけではない。そういう事をしていた時代・国もあったのだろうが、多くの場合はそうではない。一般的には犯罪者や、志願者の死体が丁重に使われる。
それを俺はわざわざ殺すためにホムンクルスを造り、サクサク殺しては造ってを繰り返し一気に法術の研究を進めた。大量の実験データを得られたおかげで、DNAを調節し特定の法術鎖を作成し続ける肉体を持ったホムンクルスも造れるようになった。素晴らしい。でもやりすぎ。
現状でエルフィリアの魔法文明は完全にオーバーテクノロジーの域に達している。充分に便利な生活を享受できていて、脅威となる外敵もなく平和だ。エルフはシルフィアの研究奨励政策もあり研究熱心な奴は多いが、狂気の科学者と呼べるような狂った奴はいない。
だから俺が行ったホムンクルス実験は非難された。ホムンクルス実験そのものを非難されたのではない。一気に殺しすぎた事を非難された。
法術の研究が進めば確かに更に便利になるのだろうが、急いで研究する必要性はどこにも無い。ホムンクルスを製造して実験に使うとしても、数十年はまっとうな暮らしをさせ、充分に幸福な思いをさせてから実験に使うべきだ、というのがエルフ達の主張である。ここで「ホムンクルスが可愛そう、実験に使うな」とか「外道なロバートは死ね!」とか言い出さないのがエルフマジエルフ。
俺はエルマーやシルフィアには止められなかったから違和感なくホムンクルスを製造しては虐殺していたのだが、考えてみればエルシルは根本的な所で頭がおかしい。自分達二人が幸せなら、全人類が苦しみぬいて絶望しながら惨めに死んでも笑っていられる奴らだ。
俺はエルフ達の主張を聞いて少し反省した。精神が人間離れし過ぎているというのも考え物だ。既に人の道を外れて裏通りを走っている自覚はあるのだが、全裸で走っている事に気付かないのは不味い。
法暦211年、ホムンクルス製造凍結。法術研究の舞台は再び机上に戻った。
「お前、俺が憎くないのか?」
「え、なんで?」
ホムンクルス製造凍結後、魔王城の一角。窓際でひらひらと舞い落ちるぼたん雪を眺めていたホムンクルスに尋ねると、びっくりしたような顔で振り返られた。
製造凍結後に生き残っていた数十体のホムンクルスには、製造番号ではなく名が与えられている。今俺が声をかけた女性体ホムンクルスの名はアイリス。徹底的なDNA改造の結果、十八種類の法術鎖を常時同時生成維持する事に成功した、究極のホムンクルス。金髪碧眼で、耳は長くない。典型的なビルテファ系の容姿だ。ちなみに美少女。現在十三歳。
「四千万の同胞の仇! とかさ。ホムンクルスにも未来を! とかさ」
「えー……顔も名前も知らない思い出も無い同胞のために怒れって言われてもなー。実感沸かないもん。あとホムンクルスには未来あると思います。三十歳までは命完璧に保障されてるって凄いよ」
ホムンクルスは三十歳まで生命を保証される。一日一回セーブを行い、怪我をすれば即座に回復。病気も治療。死んでも直前のセーブデータからロードしてやり直せる。事医療に関してはエルフよりも優遇されている。三十歳を超えれば必要に応じて実験室逝き(拒否権無し)なのだが。
アイリスは窓に息を吐きかけて曇らせ、指で落書きしながら気楽に言う。
「それにね、憎くて打倒ロバート! って反逆するなら『反逆する』なんて答える訳ないでしょ? 本当に反逆するつもりあるならニコニコして大人しくしといて一気に牙を剥くよね」
「そりゃそうだ。愚問だったか」
「愚問だったね。ロバートって時々抜けてるね。いつもニコニコして大人しくしてる私を疑うなんてどうかしてるよ」
「お前……」
串刺しにされて悲鳴を上げる俺の絵を完成させたアイリスは悪戯っぽく笑った。冗句なのか本気なのか。こいつは何を考えているのか本当に分からない。
「『常識的に考えて』反逆した所で六十万体もいるロバートに勝てるわけないし? 『普通にやっても』反逆する前に察知されて潰されるし?」
「意味ありげに強調するのやめろ」
「あはははは。こうやってからかっても怒らないからロバートの事好きだよ。ロバートのためなら死ねる」
「…………」
「なに絶句してるの? 冗談だって半分はー。あはははは」
心底愉快そうに笑うアイリス。もう半分は? 本気か? 半分は本気なのか? 複雑な気分だ。
ホムンクルスは将来実験に使う事を名言した上で育てている。お前は実験のために生きているのだと物心ついた時から言い聞かせている。洗脳かと言えばそんな事は(多分)なく、一般的な価値観がどのようなものであるかも教えている。死ぬのが嫌だと叫ぶホムンクルスもいるし、いっそ早く殺してくれと嘆くホムンクルスもいる。アイリスのように何考えてるのか分からんホムンクルスもいる。魔法文明の礎になる事を誇りにするホムンクルスもいる。
実際問題、居住・行動区域を制限し、反逆に使える類の魔法知識は得られないようにしているから、ホムンクルスが反逆しても成功の可能性は無いだろう。ホムンクルスよりもむしろエルフが反逆を起こす可能性の方が高い。魔導は既に俺を全滅させられる領域まで発達している。
その事態を想像しても怖いとは思えないのは俺の精神が成熟しているからなのか、単に壊れているからなのか。何十年も共に生き、笑い合って泣き合ったホムンクルスを躊躇無く殺せるのは達観しているのか逃避しているだけなのか……
……はいはい哲学哲学。答えの無い問題に頭悩ませても仕方ない。とりあえずロバート反逆ごっこするものこの指とまれー! と叫びながら楽しそうに駆けていくアイリスを捕まえよう。
登場するノーライフ種はホムンクルスで最後です。多分。
アイリスは別に本気で反逆するつもりはありません。ロバートにかまって欲しいだけ。