表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノーライフ・ライフ  作者: 黒留ハガネ
三章 魔力の深奥
82/125

三十二話 森の人

 近頃の魔法文化の発展は魔導分野に牽引されている。

 法歴123年、複製鎖作成成功。法歴129年、分解鎖作成成功。この二つの発見によって魔力鎖の構造の自動解析が可能になった。

 複製鎖は接続鎖で魔力鎖の末端に接続する事で、接続した魔力鎖と全く同一の魔力鎖を作る(複製回数を指定し、特定回数複製後複製鎖を自己崩壊させる事ができる)。

 分解鎖は接続鎖で魔力鎖の末端に接続する事で、接続した魔力鎖を端から順に分解していく。

 まず複製鎖で同一の魔力鎖を大量に作り、その末端に分解コードを同時に接続。大量の魔力鎖が一斉に分解され始める。

 その分解されてバラバラになったダークマターを賢者の石で吸引。ただし途中メタトロンでフィルターにかけて八種類に分離し、分離されたダークマターがそれぞれスライミウムに入るようにする。

 スライミウムは魔力密度に応じて膨張するから、メタトロンを通ったダークマターを受け取ると一瞬魔力密度が少しだけ上がり、膨張し、直後魔力帯性超過分の魔力を吐き出し収縮する。

 この仕組みを使い、スライミウムの膨張収縮に合わせて紙に印を打点するようにしておけば、分解鎖が魔力鎖から切り離したダークマターの種類がそのまま順に紙に記されていく。

 後は放置するだけで魔力鎖のコードが全て記された紙が出来上がるという寸法だ(※装置の詳細な部分は省略する)。

 この方法は自動なので楽なのだが、解析に非常に時間がかかる。装置がへなちょこなのではなく、単にデータ量の問題だ。

 前世の世界では、ヒトゲノム解析に十三年かかっていた。うろ覚えだがヒトゲノムの塩基数は三十億以上あったと思う。最低で三十億の塩基列を特定し、データとして出力するのに二十世紀終盤の科学力ですら十三年かかったのだ。

 しかし恐ろしい事に人間の形質魔力鎖の情報量はヒトゲノムよりも多い。

 人間の形質魔力鎖はDNAは勿論、その人間のその時の体温、筋肉の付き方、血中成分各種濃度、脳の記憶に至るまで正しく全てを記録している。

 DNAの塩基一つが魔法基一つに相当していると(解析にかかる時間的意味で)希望的に仮定しても、自動解析の打点は最低で三十億回行われなければならない。分解鎖の分解速度は一秒間に約十回だから(もっと速く分解する事もできるが紙への出力が追いつかなくなる)、三十億回の打点には九年と半年かかる。そこにその他諸情報のデータ分が追加されるのだから、二十年前後で終われば儲けものだろう。流石に百年もかからないと思うが、さて。

 魔法研究塔の空き部屋に解析装置を数十台搬入し、コード解析室と名付け、鉄やら水やら酸素やら人間やらネズミやらの形質魔力の解析を始める。室内はすぐにガガガガガガガガガガと紙に印を刻みつける音で満たされた。めっちゃうるせぇ。紙とインクの補充以外で近付かないようにしよう。













 解析開始二ヶ月目、紙の細かい屑が詰まって動作不良を起こす不具合が発生。改良。振り出しに戻る。

 法歴130年春、単体元素のほとんどを解析し終える。同秋、解析が終わった化合物が出始める。

 法歴132年、前回の改良から二年後。精密加工技術と製紙などの発達によって更に改良。解析速度が2.3倍に。

 法歴133年、カビの形質魔力の解析完了。以降植物や昆虫の形質魔力解析が終わっていく。

 法歴147年、ネズミの形質魔力解析完了。

 そして法歴148年、人間の形質魔力解析完了。

 長かった……一体何百回解析装置が吐き出して山を作っている紙を回収し、新しい紙を足したか分からん。

 打点された印の羅列をA、H、E、Wの四つの魔法基を表す活字に直して別の紙に写し、製本する作業も先の見えないマラソン気分だった。俺百人が常時フル稼働。最初はゾンビ達に手伝わせていたのだが、開始一日もしない内に死んだ魚の目で口を半開きにして虚ろな声を上げ始めたので、写し間違いのチェックだけをさせた。

 単調な作業と休憩や気分転換を同時にこなす事ができ、かつ群体である俺じゃないと到底できない作業だったと思う。これだけの作業をアナログってさあ……数の暴力って怖い。

 なまじ大抵の事は数の暴力でなんとかなってしまうだけに、俺だけで物事をなんでも片付けようとすると「効率化」に類する発展が特に起こり難い。俺としては単調で煩雑な作業も別に辛くないから、楽するために頭を捻る、という事がない。

 本当なら製本作業も里人に任せる方が広い目で見れば良かったかも分からん。そういう意味では里の脱・ロバート政策は素晴らしいと思う。

 ……話がそれた。

 製本してまとめてもその量は膨大で、人間を表す魔法コードの本全三百八十冊だけで本棚が一つ埋まったため、研究塔に従来の資料室とは別にコード資料室を新設。

 研究塔は見た目重視で無意味に高層建築にしたせいで部屋があり余っていたのだが、段々空き部屋も埋まりつつある(五十階まであり、現在半分程度埋まっている)。結果オーライだ。

 で、コードが分かったら今度は解釈の作業に入る。

 数十億の魔法基列のどの部分がどのような物質、事象を指定しているのか? そこが分からない限り、コード資料室にひしめく本も落書き帳に過ぎない。

 解析と違い解釈は発想、閃き、論理的思考能力がモノを言う。従って複数の研究員と魔核からなる研究チームを立ち上げ、研究を開始した。

 さほど時間を置かず部分部分でバラバラチマチマ判明するコードは出るだろうが、全貌が明らかになるのは五十年後か百年後か、二百年後か。俺達はまだ登り始めたばかりだ。この果てしない研究道を……











「先日帝国に旅行に行った時の話なんですけど」

 ひたすらコード解釈に明け暮れるある日、屋敷の執務室で書類に目を通していたシルフィアが何やら不機嫌そうに言った。

「会う人会う人どいつもこいつも私とエルマーの事ビルテファ人だと勘違いしやがるんですよ」

「合ってるだろ」

「合ってません。私は里人です。あんな馬鹿な国の人間と一緒にされたくありません」

 万年筆で刻みつけるように書類にサインをしながら憎々しげに吐き捨てる。

 シルフィアは帝国が嫌いだ。エマーリオを殺したから。死後にヨイショされていなければ今頃帝国は滅びている。加えて帝国ではナルガザン人より非力な傾向にあるビルテファ人は見下されがちで、見下すのは好きでも見下されるのは嫌いなシルフィアの神経を逆撫でする。恐らくそういう扱いを受けたのだろう。細かい事を気にする奴だ。

「いやまあ俺も帝国は好きじゃないけどな。仕方ないだろ、里の認知度低いし。パッと見で見分けるのは不可能じゃねーのか? 人種的にはヴァンパイア成分抜かせば間違いなくビルテファ人なんだしさ」

「服装が違うでしょう。奴らは変な服だとかほざきやがりましたが」

「あー」

 現在シルフィアは浴衣姿で仕事中だ。その隣に座り無言で書類を捌いている巫女服のラキと並ぶと何とも言えない奇妙な感覚を覚える。これで黒髪ならなぁ。

「東の森に住んでいると言っても全然信じませんし」

「そりゃそうだ」

 東の森は豪雪地帯で、毒蛇や大型の肉食獣が跋扈し、触るとかぶれる草やら薬草によく似た毒草やらがうじゃうじゃしている。普通に開拓して村を作っても半年後に廃墟になっているだろう。そんな場所に住んでいると言われても普通信じない。森の端で木材を伐採して売って暮らしている、程度なら有り得なくもないが、東の森は木材の消費地から離れているため、輸送費でまず間違い無く足が出る。

「教養が低くて話通じない人間も多いですし、男は厭らしい目でジロジロ見てきますし、女はエルマーに色目使いやがりますし。もう滅ぼしてもいいんじゃないですか?」

「それ言い過ぎ」

「冗談です。半分は」

 半分は本気なのかよ。こいつホント昔から変わんねーな。

「フレイヤも何か言ってやれよ」

 事務机に立てかけられたシルフィアの『杖』に嵌められた赤い宝石――――フレイヤに水を向ける。フレイヤはさらりと言った。

≪いいんじゃないでしょうか、滅ぼしても。馬鹿は死なないと治りません≫

「おい」

≪どいつもこいつも私の事を『特大のルビー』って言いやがるんですよ。許さない。絶対に許さない≫

「ああそう……」

 静かな声に怨念がこもっていた。人間の感覚に直すと「賢い猿」と言われたようなものだ。皮肉を効かせた暴言である。言った奴にそんなつもりはなかっただろうが。

「すぐ殺すだの滅ぼすだの言うのやめろ。あれだろ、要するにビルテファ人じゃなくて里人だと認識されるようになれば良いんだろ?」

「はい」

「髪染めれば手っ取り早いな」

「は? 髪を染める? 私のこの髪を? ふざけてるんですか?」

 シルフィアが手で髪を梳くと、窓から差し込む光を受けて幻想的に輝いた。その光景だけで何か崇高で不可侵の存在に思えてくるから不思議だ。

 ……髪を染めるのは止めておこう。あの絶妙な色彩を変えてしまうのはちょっと惜しい。

「髪がダメなら瞳か?赤目とかどうよ、コンタクトレンズでさ」

「ハァ? 目にコンタクトレンズ? 私のこの目に? 正気ですか?」

 シルフィアは信じられない、という目で俺を見てきた。その瞳はエマーリオ譲りの深い碧色で、理知的で澄んだ光を湛えている。長時間見ていると何故か跪きたくなる魔性の瞳だ。

 確かにそんじょそこらの宝石よりも遥かに美しいとは思うが……シルフィア自尊心高過ぎじゃね?自画自賛にもほどがある。

≪……ロバート、私もコンタクトは無いと思います。マスターの瞳は悔しいですが私よりも綺麗です。それを隠すなんてとんでもない≫

 と思っていたらフレイヤが口を挟んできた。自画他賛だった。

「髪も目もダメなら鼻の高さ……もダメだよなぁ」

 シルフィアが物凄い顔をしたので途中で言うのを止める。顔の造形弄るのはNG、と。めんどくせぇ。

「顔ダメ髪ダメ、身長体格はよほど極端じゃない限り個人差で片付けられる。いっそ腕二、三本生やすか? 超分かり易いぜ」

「…………」

「冗談だよ。真面目に言うとファンタジー的な亜人を参考にするのが一番だろうな」

 悪魔(羽と角)とか、吸血鬼(青白い肌と牙)とか、ワーキャット(猫耳と尻尾)とか、リザードマン(鱗肌)とか。

 とりあえず思いついた亜人の特徴を挙げ連ねていると、途中でシルフィアが反応した。

「耳の長さ、ですか。それならアリですね」

「エルフか? ……エルフか。エルフか……」

 シルフィアの顔をジロジロ眺めながら妄想する。

 この顔で耳を伸ばしてエルフ。

 優れた魔法技術を持つエルフ。

 精霊(俺)と仲が良いエルフ。

 未開の森に住むエルフ。

 気位が高いエルフ。

 金髪碧眼のエルフ。

 美形なエルフ。

 賢いエルフ。

 エルフ……圧倒的エルフ……!

「完璧じゃねぇか」

「じゃあその方向で」

「把握」

≪今結構重要な事がサラッと決まったような気が……≫

「里ではよくある事」

「あっ、一応エルマーに長耳好きか聞いてきます」

 シルフィアは慌しく部屋を出て行った。

 ちなみに人体改造案がスピード可決される間、ラキは黙々と書類と闘っていた。お疲れ様です。











 東の森の里は今まで『里』と呼んでいた。発音は日本語で『サト』だ。里に住んでいる人間は里人で、読みはサトビト。これも日本語。ビルテファ語やナルガザン語を第一言語とする人間からすると日本語の発音は格好良く聞こえるようで、エルマーの覇道剣と勝竜剣も日本語で『ハドウケン』『ショウリュウケン』と読む。

 法暦156年、里を改名。ビルテファ語で『エルフの隠れ里』を意味する『エルフィリア』となる。合わせて里人をエルフと呼ぶ事に。

 耳の改造に関しては組み換え鎖と具現鎖の亜種を利用する。

 具現鎖の亜種の効果は複製魔法に近い。ただ具現化するのではなく、具現に必要な物質を材料にして擬似物質ではない確固とした物質として具現化する。まあ要するに人間の形質魔力に具現鎖亜種を使うと、人間を材料にした人間ができるのだ。

 運よくコード解析・解釈で人間の耳を示しているコード列は特定できていたため、その部分のコードを使って耳を長くするための組み換え鎖を作成。組み換え後、具現鎖亜種を使用。長耳になり、改造完了。一夜にしてエルフ達の耳は全て長耳になった。ちょっとしたホラーだ。人間に試す前に動物実験を繰り返したから、厳密に言えば一夜にして、ではないのかも知れんがまあいいだろう。

 長耳になった事に伴う問題は特に起きなかった。髪が長い奴は耳にかかる感触が少し変わり戸惑っていたようだがすぐに慣れていたし、鏡を見るたびにびっくりしていた者も一ヶ月経つ頃には平然としていた。そんなもんだろう。多分眼鏡をかけるようになったとかコンタクトをするようになったとか、その程度の感覚だと思う。子供達の間で一時期耳をデコピンして逃げる遊びが流行ったのも子供の些細な悪戯の範疇だ。

 ちなみに具現鎖亜種は本来肉体改造ではなく治療のために開発された魔力鎖だ。

 魔力は物質の性質を記録する性質を持っているのだが、即座に物質の全ての情報を記録するとは限らない。人間に無形質の魔力を押し込んでも、無形質の魔力がその人間の性質を記録して形質魔力になるまでに一日程度かかるように、通常物質の情報が魔力鎖に反映されるまでに時間がかかる。

 例外的に人間の思考・記憶はリアルタイムで反映する。人間の思考と記憶、正確に言えば恐らく脳細胞の電位変化だと思われるが、これは魔力鎖に影響を与え易いようだ。魔法の発動も思考によって行われる。

 人間の肉体情報はセオリー通り実際の肉体の変化と魔力鎖の変化にはタイムラグがあるため、例えば腕が消し飛んだとしても、消し飛んでから数十分の内は「腕が消し飛んでいる」という肉体情報が形質魔力鎖に反映されず、形質魔力鎖は「腕が消し飛んでいない」状態の情報を記録している。

 従って、肉体的損傷を受けても、数十分以内に損傷部を補填する物質を用意し、自分の肉体の足しにして、自分の形質魔力に具現鎖亜種を使えば一瞬にして完璧に元通りになる。肉体の情報と違い思考と記憶の情報はリアルタイムで更新されているため、記憶がすっぽり抜け落ちたり混濁したり、という事も起きない。

 しかし具現鎖亜種による再生治療も万能ではなく、例えば癌とか、感染症とか、じわじわ進行する類の病に対しては効果がほとんど見込めない。エルフェリアの医療は所々現代医学を超越しているが、追い越したとは言えない。例えば抗生物質であるペニシリンが青カビからとれる事は知っているが、この世界に青カビというカビは存在しないし、存在しても多分見分けられないし、見分けられたとしてもどうやって青カビからペニシリンを取り出せばいいのか分からん。こういう穴抜け現代知識は多い。wikiがあれば楽なんだけどな。

 無いものねだりしても仕方ない。現代科学では到底不可能な事も成し遂げているのだから、魔法文明なりの方法で魔法文明なりの発展を目指して行こう。


 つまり東の「森」に移住したのも、ビルテファ人が金髪碧眼なのも、里人に魔法を開放したのも、シルフィアの選民思考も、全てエルフに繋げるための布石だったんだよ!

 これがやりたいがために伏線張りまくったんだけど案外気付かれないもんだね。二章九話のあとがきの時点でかなり手がかりはあったんだけど。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] なるほど、やけに木造建築にこだわる大工が出てきたのはそういうことか…。飛空艇だっけ?のときも内装が木造だったし、自然を大事にする感性もエルフっぽい
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ