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ノーライフ・ライフ  作者: 黒留ハガネ
三章 魔力の深奥
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三十一話 Stand by ready

 硫黄の魔質、メファイトは若草色のクリスタルのような魔質だ。微弱な電気信号を発し、勝手に魔法を構築し、使う。

 メファイトが構築する魔法の法則性を掴もうという研究はメファイト発見当時から行われているが、結果は芳しくない。しかし前世の世界の錬金術が金の創造を目指す過程で化学を進歩させたように、メファイトのランダム魔法の法則性を掴むための研究が行われる過程で本題とは違う、しかし重要な発見も成された。法暦122年、魔核の創造だ。

 まずメファイトを棒状に加工し、オリハルコン線を巻きつけて(銅線を巻きつけてから魔化)コイルを作る。これを回転させると賢者の石のようなdm吸引効果が発生する。

 マテリアの性質を記録させたメタモリウムをチオチモリンに溶かした溶液を作り、その中にメファイトコイルを入れて回転させると、dmを吸引するついでになぜかメタモリウムも巻き込む。

 マテリアの性質を記録しているからか、メタモリウムは一緒に巻き込まれたdmと結合しながらコイルに引き寄せられて次々と付着していき、膜を作る。膜はコイルが回転するにつれて厚くなっていき、層になり、やがてコイルを核とした球形になる。これを魔核と呼ぶ。

 魔核の色は引き寄せられたdmの構造(形質魔力)によって変化する。シルフィアの形質魔力だと桜色で、エルマーだと紅蓮、ロザリーなら淡緑色。ミスリルで構造を分解した魔力なら透明。俺は灰色だ。

 魔核のメタモリウムの層はdmと結合し結晶化してはいるものの、魔法を発動させて結晶化する通例とは別の手法でdmと結合したからか、電流を流しても魔法として発動する事は無いし、そもそも結晶化が解除されて白金にも戻らない。無反応だ。どうやら魔核の魔力はメタモリウムと結合する事で法術鎖に似た性質になっているようで、魔力操作で魔力を引っこ抜く事ができない割に流動的に変動する。このあたりはノーライフ類の思考法術鎖と似ている。というかほぼ同じだ。

 なにしろこの魔核、喋る。

「ウワァァァァァァシャベッタァァァァァァァ!」

 という悲鳴が魔法研究塔の魔質解析室から響いてきたのは記憶に新しい。メタモリウムの層を厚くしていたら唐突に喋りだしたそうな。

 形質魔力を吸引させてメタモリウム層を作った場合、形質魔力の性質・構造ごとメタモリウム層に取り込まれる。使った形質魔力が人間のものならば、それは魔核というカラダを持ったゴーストのようなもので、自立的に考え、喋る。動くのは無理だが(形質魔力の提供者が魔力覚醒していれば)魔力操作はできる。性格は形質魔力の提供者によく似て、しかし同一ではない。共有鎖による情報共有は無い。魔法も使えるのだが、メファイトの由来の電気信号を利用しているらしく、魔力密度に関係なく発動する。0.1mpでも使えてしまうのだ。密度が低い分どうしても威力も低くなるが。

 メタモリウム層の厚さと思考法術鎖の量は比例するため、層の厚さ(付着したメタモリウムの体積)と思考能力は大体比例する。ピンポン玉くらいあればその思考能力は俺全員に匹敵する。恐ろしい。

 問題は迂闊に魔核を作ってもすぐに発狂してしまうという事だ。記念すべき最初の魔核は一日で情緒不安定になり、二日でまとな意思の疎通ができなくなり、三日目には狂ったように魔法を乱打しはじめたので叩き壊した。コイル部分が核になっているようで、そこを壊したら沈黙した。

 発狂する、というのも考えてみれば当然だ。

 魔核の思考法術鎖は与えられた形質魔力に基づいて構築される。つまり、最初の魔核は物心ついたとき、「メファイトコイルを回転させて魔核を作っていたと思ったら自分が魔核になっていた。な…何を言っているかわからねーと思うが俺も何が起きたのかわからなかった……頭がどうにかなりそうだった」と思うわけだ。そしてそのままどうにかなってしまう。

 唐突に手も足もなくなり、ちっぽけな結晶に押し込められ、人間では無くモノになる。自分では動けない。人間であった時とは感覚が違いすぎる。元の体に戻るも何も自分が目の前に居て、自分を実験材料として見ている。もう二度と食べ物を食べられない、眠れない。妻や子供を抱きしめる事もできなければ友人達と馬鹿騒ぎもできない。

 そりゃあ普通は狂うさ。シルフィアの魔核もエルマーの魔核もロザリーの魔核もすぐに狂った。俺が作った俺の魔核は狂わなかったが。このテの事にゃあ慣れてるし、自分で言うのもなんだが俺の精神性はちょっと普通じゃない。元々普通じゃなかったのか転生したり二百年の孤独を味わったり分身して世界を裏から操ったりしている過程で普通じゃなくなったのか、どちらなのかは分からないがまあどっちでもいい。

 魔核の利用については、最初『杖』に灰魔核をAI代わりに組み込もうと思ったのだが、「ロバートさんを携帯するのはちょっと……」「監視の手をそこまで伸ばされたらいくらなんでも鳥肌が立つ」「キモイ」などとバッシングを喰らってボツになった。よく考えれば灰魔核を量産した場合、群体の「俺」から独立した個体の「俺」を量産する事になるわけで、それはちょっとぞっとしない。俺VS俺とか誰得。

 そこで赤子の形質魔力を使う事にした。

 魔核は人間の感性を引き摺っているから発狂するのだ。物心つく前の赤ん坊の形質魔力で魔核を作り、まっさらな状態から「魔核」という存在として教育していけば狂う事はない。

 魔核にした直後の魔核はそれこそ赤子のように始終泣き喚いていたが、三年もすると落ち着いてくる。普通の人間よりも思考能力が高いのが幸いしてか、精神的成長は早かった。五十の魔核に様々な教育法を試してみたが、十二の魔核は知性が生まれず沈黙。十三の魔核が発狂。残り二十五は正常に育った。どうやらとにかく昼夜問わず積極的に話しかけ、様々なものを見せたり聞かせたりするのが良いらしく、人間的に扱おうとすると逆に狂う。魔核としてのアイデンティティを確立させてやらないとダメだ。

 魔核は意思を持つ故に商品として扱うと機嫌を損ねる。反面、実験のために使う時は「里の発展のためにこの身を犠牲に」という重い覚悟を見せてくれる魔核もある。俺ぁモルモットにはなりたくねえ! と断固拒否する魔核もいるが。マジックアイテムというよりも人造生命(?)体と言った方が正しいだろうか。

 魔核を組み込んだ『杖』は第三世代だ。従来の機能に加え、新発見のリチウムの魔質、スライミウムを使った切り替え機能が付いている。実地調査も兼ねて里に広く普及させるために大幅な値下げを行ったため、里人の半数は『杖』を持つようになった。東京オリンピック前のTV発売のようなもので、需要は高く、その内里のほとんど全員に普及するだろう。

 スライミウムは自身が保有する魔力密度に応じて体積を変化させる。魔力密度が高ければ膨張し、低ければ収縮するのだ。これを利用して自在に基礎回路を組み替える事ができる。

 魔核の処理能力は非常に高く、並列で魔力操作をし、回路に繋がった数百のスライミウムに魔力を個別に流し切り替えを行うなど造作も無い。『杖』の所持者が「炎」などと抽象的な指示を出すだけで、魔核は意を汲んで魔導を組んでくれる。理論上コードさえ分かっていれば『杖』一本であらゆる魔導が使えるようになった。更に魔核自身も威力は低いながらも自立的に魔法が使えるため、所持者の認識外の事態(不意打ち、盗難など)にもある程度対応できる。

 しかし対応の幅が広くなる一方で、自由度が高すぎて『杖』の所有者と喧嘩する魔核が出てくるようになったのも考え物だ。










≪ロバート、戻ってきてしまいました≫

 ある日、研究塔の魔核室の窓から紫色の魔核がふよふよと入ってきて、魔核独特の微かにエコーがかかった声で遠慮がちに言った。

「なんだホムラ、喧嘩か?」

≪はい。マスターの横暴に耐えかねまして≫

 俺が窓際のクッションを指差すと、ホムラは安心したようにそこに落着した。

 ちなみに魔核の名前は全て命名俺。ホムラは女性の形質魔力が元になった魔核だ。女性ベースの魔核には他にマドカやサヤカ、ナノハ、サクラなどがいる。男性ベースならキューベー、ユーノなど。

 魔核にもある程度人権のようなものが認められているため、魔核は所有者の一存で破壊できない。所有者と喧嘩すると、大抵は怒った魔核が「実家に帰らせていただきます!」と叫び、『杖』の中を飛び出して里内をせっせと転がったり飛んだりして実家(研究塔の魔核室)に戻ってくる。で、親(=ロバート、即ち俺)に愚痴を吐き出していくのだ。

「で、何されたんだ?」

 俺がビーカーにチオチモリンを注ぎながら尋ねると、ホムラは怒った声で喋り始める。

≪何もされなかったんですよ。『杖』の先端を下にして置くし、布を被せて何日もほったらかしにするし、久しぶりに使っても磨いてくれもしないし、散々抗議してやっと渋々磨いたと思ったらそのあたりにあったボロ布でおざなりに拭うだけだし。見てくださいよ私の体。四日前に炎魔導使った時の煤がまだ取れてないんですよ≫

 ホムラがチカチカ体を点滅させると、こびりついた黒い煤が目立った。

「そりゃ酷いな。まあ入れよ」

 42℃のチオチモリンにマナを溶かし込んだ溶液が入ったビーカーをクッションの前に置くと、ホムラはぽーんと飛び上がってビーカーの中に入った。

≪ああ生き返る……至福≫

 ホムラはビーカー越しに陶然としたくぐもった声を漏らした。なんか知らんがマナのチオチモリン溶液に使っていると気持ちいいらしい。一説には容積中のdm量増加によって生じる何かしらの力場の問題じゃないかと言われているが定かではない。

 俺はしばらく相槌を打ちつつ愚痴を聞きながらホムラを茹で、一時間ほどしてから引き上げ、シルクの布にワックスを付けて丁寧に磨き上げた。磨き終わったホムラは窓から差し込む日光を受けて艶々と輝いている。

≪フフフ……私、綺麗でしょう?≫

「まあ宝石としては一級品だな」

≪最高の褒め言葉です≫

 ホムラは魔力を渦巻かせて喜んだ。

≪マスターも毎日これぐらいやってくれれば良いのですが。最初の頃はもっと丁寧に扱ってくれたんですけど……やはり倦怠期でしょうか≫

「知るか。まあお前のマスターが迎えにくるまではこうやって世話してやるよ」

≪素晴らしい。ロバート、結婚してください≫

「だが断る」


 ホムラは二日魔核室にいたが、三日目にマスターが来て謝ると、文句を言いながらなんだかんだで嬉しそうに帰っていった。やっぱりマスターの所がいいらしい。

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