八話 進化、変化
森の植物は多種多様だった。針葉樹落葉樹広葉樹、松の木の様なものからバオバブっぽい太い木まで節操が無い。環境帯を間違えているとしか思えない取り合わせの木々だ。
木霊の元になった種類の木もこの森にある。一度木霊の案内で見に行った事があったが、木霊をそのまま拡大したようなでかい大根だった。もうどこからどう見ても大根。すべすべの白い木肌に青々とした葉。木と言うよりは突然変異の巨大大根。
珍妙な植物に呆れるばかりだったがここは地球とは違う異世界。その中でも魔力覚醒作用を持った特殊な種類の木となれば、まあこんなキテレツな姿も不思議では無い。
俺は秘薬大根木の中に埋もれて隠れてすくすくと成長した。魔力を持つ木だからなのだろう、非常に居心地が良い。
で、ぬくぬくと安全な住家で暮らしていたら魔力操作が進化した。いや進化っつーか進歩っつーかレベルアップっつーかね。魔力操作の範疇だと思うけどももしかすれば違う技術なのかもと思わなくも……
つまりどうなったかと言うと。
Lv1……魔力覚醒
Lv2……魔力の体内移動、排出(ここまで生前)
Lv3……自らの魔力密度固定(ここから死後)
Lv4……意識的魔力とりこみ
Lv5……魔力圧縮(今ここ)
お分かりか。今の俺は薄い魔力を圧縮して濃くできるのだよ。
これに気付いたのは住家にしている木の前を一ヵ月ほど動物が通りかからず暇を持て余していた時だった。切り株に兎が頭ぶつけて気絶するのを待たずとも木から離れて獲物をあさりに行きゃあ良い訳だけども、うっかり大型動物に遭遇して接触、頭パーンとかなったら嫌だ。体の一部が消失すると再生に一、二ヵ月かかる。
なんとか安全な場所でリスクを負わず安全に成長できないものかと頭を悩ませ、出した結論が魔力圧縮だった。
実は俺、生前に魔力圧縮を試みた事があった。
俺の魔力は村人平均よりは濃かったが村人一とは口が裂けても言えない。何となく悔しかったし魔力密度は低いよりは高い方が良いと思っていたので試行錯誤してみた。漫画なんかでもよくあるだろ? 垂れ流しのエネルギーを一点に集中! 威力が飛躍的に上昇! これが基礎にして奥義……! とかさ。ありがちだけど効果的。
しかし失敗した。結局生前にできたのは魔力の移動と排出のみ。一度失敗してはいるものの今はこれ以上成長しないんじゃね? ってぐらい魔力操作技術の熟練度が上がっている事だし駄目で元々もう一度試してみようってな具合にやってみたらできた。
俺、狂喜乱舞。気付けば木霊と一緒に踊っていた。うははははは!
まあ圧縮っても自分の魔力密度に掛ける事1.01倍ぐらいまでしか圧縮できなかったが(体感)、これで一層効率良く安全に成長できる。
更に!
今までの成長法では理論上世界最高の魔力濃度と同等までしか成長できなかった。しかし魔力圧縮を使えばノーリスクで際限無く成長できる。やっぱり成長速度はカタツムリだけど。
もっとも世界最強を目指す気なんてさらさら無いんだけどさ。人間平均ぐらいまで濃度が戻れば俺は満足だよ。魔法が使えりゃモアベター。どうやら霊体の寿命は永遠らしいし、楽しみは多いに越した事は無い。
俺は人生に適度な生き甲斐を求めるタイプだ。人間って種族は自由を求めるもんだけどさ、「あんた何もしなくていいよ! いつでも美味しい食べ物作ってあげるし好きな時に好きなだけ寝て良い! 漫画もゲームもネットも、お望みなら娼婦だって好きなだけ提供しようじゃないか! 他にもあんたが望む事はなんだって即座に叶えてあげる! 対価はいらんよ!」なーんて言われたら堕落するだろ確実に。
与えられるだけで自堕落に生きたくは無いから、目標とか仕事が欲しい。裕福な生活でもやるべき事が無ければ虚しい。でもあんまり厳しいノルマは勘弁な。
俺は今も昔もそういう思考回路の人間なのだよ。
今現在俺は時間的制約から完全に解き放たれていて、目の前には何の障害も無い。障害物の無い障害物競走ってお前ただの徒競走じゃねぇか。ジョギングで平坦な道を走ってその内なんとなくゴール、などというヌルい競技は好かん。
そこで暇つぶしに霊体増殖計画を発動してみた。特に利益も求めない、興味本位の計画だ。
今現在この森に存在する霊体は俺と木霊のみ。霊体は物理干渉能力が無く食物連鎖の法則から弾き出されているからどれだけ増えても困りはしない。大抵の動物に触れても消滅しない程度に成長していた俺は森の中を徘徊して実験体を探した。
生物は死ぬと例外無く保有していた魔力を大気中に拡散させる。それを魔力操作によって防ぎ、拡散を防いだ者が霊体になる。魔力操作を身に着ける為には魔力を覚醒させなければならん訳だがこの森にある秘薬木は猛毒を持ち、喰うと死ぬ。偶発的に魔力に目覚めた生物が死後霊体になる可能性はゼロと言っていい。
そこでその魔力操作を俺がカバーするのだ。死んだ瞬間に標的の体を俺の体で包み込み、魔力が拡散できない様にする。死んで拡散するはずの魔力は俺という壁に阻まれ拡散できない。
これで拡散しなかった魔力は霊体になるはず、と考えたのだが世の中はこんなはずじゃなかったって事ばかりだよ。
何かの病気で鱗がボロボロになって衰弱しているトカゲを見つけ、死ぬのを待って死の抱擁(殺す訳ではないが)をした所半分成功半分失敗した。
うん。モンスターっぽいもんになったんだ。ちなみにアンデッド系。
予測通り拡散できなかった魔力は一晩ほどで拡散を諦めてくれたのだが、霊体にはならず再び肉体に定着しやがった。いや驚いたね。反魂か黄泉返しか、俺はファイアもケアルも習得してないのにいきなり数段飛ばしにリザレクションを覚えたのかと思った。
……まあしかしリザレクションでは無くクリエイト・ゾンビの類だったらしく。
心臓動いて無いし、元々変温動物だからかも知れんが体温も無い。魔力量と密度は小癪な事に生前と変わらず。食事は摂らず呼吸せずどうやら老いもしない。別段日光に弱くも無い。日に当たった所で灰にはならないし浄化もされない。
これだけ列挙する分にはむしろ死んで良かったねってなもんだがそこはやはりアンデッド、ペナルティはある。
一つ、回復しない。
怪我したら治らない。足がもげたらもげたまま。霊体の様に再生は出来ないし生物の様に傷口が塞がったりもしない。痛覚は無いみたいだから痛くは無さそうだけどさ。
二つ、俺に服従。
ゾンビ化した際に微妙に魔力操作を身に着けたらしく、俺の存在と意思を感じ取り、従う。単純に強者に従っているのか、生みの親を慕って従っているのか、はたまた魔術的な強制力が働いているのかは定かではない。普段はその辺りをチョロチョロしているが俺が呼ぶと飛んで来る。
多分、無理矢理この世界の「魂」に該当する物を肉体に捩じ込み戻した訳だから色々と不具合が出たんだろうな……あ、いや魔力=魂では無いんだけどね。死ぬとまず魔力が拡散して、後には何か小さな魔力の塊が残るけどそれもすぐに拡散する。その核の様な小さな魔力の塊が魂にあたる働きをしてるのだろうと俺は目星をつけているがハテ真実はどうだろう。その内研究してみようかね、魂と魔法の神秘を。
つらつらと考えながら俺は月明りに青白く照らされた小枝の上を這い回るゾンビニュートをぼんやり眺めていた。
ようやくノーライフっぽくなってきた