二十三話 dm遮断魔質
法暦七十二年、原子番号13の物質、アルミニウムが魔化した。
アルミニウムの魔質はガラスのような透明の物質で、パッと見ガラスと区別がほとんどつかない。ただしガラスよりは頑丈だ。強化ガラスと比べてどうかは知らんが。そもそも強化ガラスの造り方は分からん。
マイナーもいいとこなネーミングだが、ガラスのような魔質という事でパリスチールと命名した。
このパリスチールだが、まず魔力を受け付けない事はすぐに分かった。メタトロンと違うのは、魔力を取捨選択して受け入れるのではなく、全面的に拒絶するところだ。要するに魔力を「全く」受け付けない。
魔力操作で魔力を押し込もうとしても壁があるが如く受け付けず、また、魔力を帯びる事もない。パリスチールは魔力を持たず、作らず、持ち込ませないのである。完全な魔力遮断魔質だ。
ただしあくまでも「魔力」を遮断するだけであって、その他の性質は普通だ。魔法をかき消すわけではない。魔法を使えば簡単に持ち上げたり変形させたり壊したりできる。
パリスチールのおかげで分かった事は多い。多すぎるぐらい多くの事が一気に分かった。
魔力とは消費されたら消滅するのか? 消費されたらどこかから補充されるのか? それとも別の観測できない何かに変化しているだけで消えているわけではないのか? これはエマーリオが生きていた時代からの不明点だった。それがパリスチールを利用する事で判明した。
まず、全面パリスチールで完全に密閉された空間を作る。これで空間内部と外部で魔力の移動はまったく起きず、外部から内部の魔力を感じ取る事もできない。あらかじめ空間内部に俺を二体入れておき、密閉状態で一体が全魔力を使って魔法を使う。ちなみに俺の各個体間の情報共有が魔力を介して行われている事は分かっており、パリスチールで魔力が断絶された状態では外部と情報共有ができない。要するに内部の俺のうちの一体は観測要員だ。
俺一体が魔法を使った直後、俺一体を構成していた魔力の内八分の一が魔法として消費され、八分の七が純魔力になる。という事は当然観測できるようになる魔力は八分の七になるはずだし、事実今まではどのような条件の下でもそうなっていた。ところがパリスチールで密閉された空間では、確かに魔法の使用直後は魔力量は八分の七になるのだが、時間経過と共に感じられる魔力が増えていき、一分もしない内に感じ取れる魔力は八分の八まで戻ってしまった。
つまり魔力は消費しても一時的に観測できなくなるだけだったんだよ!
感覚的に観測するだけでは曖昧なので物質の魔化とグブレイシアンの魔力消費を利用して魔力量を正確に測ってみたが、魔力を消費しても時間経過で使用前の魔力量と完全に同量まで戻っていた。
しかし、ヒュー! エネルギー消費しても勝手に充填なんて魔力は無限エネルギーチートだぜ! という理屈かと言えばそういう訳でもない。
魔力が充填されると言っても魔力はエネルギーであり、無からエネルギーを生んでいるというのは考えにくい。いやまあ擬似物質やフェンリウムでエネルギーを消失させている前科があるから、魔力に対して「無からエネルギーは生まれない(キリッ!」なんて考えを持っても失笑ものなのかも知れんが。しかし個人的にはエネルギーの消失よりエネルギーの出現の方があり得ないんじゃないかと思っている。感覚的で無根拠だけど。
まあそのあたりの理屈はいいんだ。とにかく色々と実験してみた。熱の推移を確認したり、エネルギー充填時に周辺で科学反応が起きていないか成分分析したり。これは両方白だったのだが、質量の観測をしてみたらビンゴだった。
アインシュタインによれば、質量とエネルギーの間にはE=mc^2という関係式が成り立つ。Eはエネルギー(J、ジュール)で、mは質量(g、グラム)、cは光速(km/s)であり、この関係式から1gを全てエネルギーに変換すると約90兆ジュールになる事が分かる。90兆ジュールといえば大体一発1.5GJの雷六万発分に相当する。
雷一発を魔法で再現し、その時消費された魔力のエネルギーが実際の雷と同じく1.5GJ相当だとする。消費分のエネルギーを質量を変換する事で補填されると仮定すると、変換される質量は僅か1/60000gに過ぎない。とても「あ、今質量減った?」などと気付ける量ではない。数グラム減ってくれれば空気中ならかなりの体積の空気が消える事になるため、気流が生まれて空気の流れで分かるんだが。
で、俺は質量が魔力に変換されているか確かめるため、パリスチールで密閉された空間内で、雷六万発分に相当するエネルギーを消費するだけの魔法を使った。すると魔法を使う前よりも使った後の方が綺麗に1.0g質量が減っているのが観測された。結論、魔力は消費分のエネルギーを質量を変換する事で充填している。無からエネルギーを生み出しているわけではない。チートじゃなかった。
……あ、いややっぱりチートだわ。質量をロス無しで自動的に何にでも変換できるエネルギーに変換するなんてチート以外の何物でもなかった。超理不尽。超常的粒子のくせして生意気にもエネルギー保存則を律儀に守っている所が逆に理不尽さを助長している。
そしてここから発展してもう一つ。
魔力はダークマターから成っているとしていたが、ダークマターはダークマターという粒子とその粒子が持つエネルギーから成っているのではないか? と考えられるようになった。魔力がエネルギーそのものなら、消費された時点で消滅する。消滅しているなら、魔法の使用後に使用前の量まで魔力にエネルギーが充填されるのはおかしい。
Aさんが冷蔵庫の中のケーキを一人で全て食べたとしよう。Bさんが空っぽの冷蔵庫を見ただけで、Aさんが食べたのと等量のケーキを補充する事ができるだろうか? 無理だ。
しかしAさんが500ml入りペットボトルの水を一人で飲み干し、空になったペットボトルを冷蔵庫に戻したとしよう。これならばBさんは冷蔵庫の中の空のペットボトルに水を入れる事で、Aさんが飲んだのと等量の水を補充する事ができる。
この例で言えばペットボトルがダークマターであり、水がエネルギーだ。俺はダークマターが持つ千変万化の万能エネルギーを「オド」と呼ぶ事にした。
魔法を使うとダークマターのオドが消費される。保持するオド量が減ったダークマターは観測できなくなる。保持するオド量が減ったダークマターは勝手に質量をオドに変換して補充し、再び観測できるようになる。魔力的に見れば魔法の使用はこういうプロセスだ。
なぜ今までオドの充填が発見されなかったのかと言えば、オドが減ったダークマターは活発に動き回るからだ。
パリスチールで密閉された空間内に魔力密度(ここでは魔力帯性の意)が高い人間を入れ、その人間が体内で魔法を使うと、体外の魔力量が魔法に使用した魔力量の八分の一だけ増える。これはオド量が減ったダークマターが体外に移動した事を意味する。魔力密度の異なる複数人の人間で試してみた所、オド量の減ったダークマターはより魔力帯性が低い方へ移動する性質を持つ事が分かった。
更に魔力帯性が等しい空間内では、魔力密度が高い方へ移動する事も分かった。1mpと2mpの魔力の塊を用意して魔法を使うと、2mpの魔力の塊の魔力量が増える。2mpと3mpなら3mpの方が増える。
この法則に従って考えると、人間が自分に強化魔法を使った場合、オド量が減ったダークマターは体内よりも魔力帯性が低い体外に移動し、そこで質量をオドに変換する。更に無魔力空間内で魔法を使った場合、無魔力空間内よりも魔力密度が高い無魔力空間外に移動し、そこで質量をオドに変換する。だから今までダークマターがエネルギーを充填している事に気付けなかった。
ダークマターのオド充填だが、完全擬似物質を創造した時よりも発熱する擬似物質を創造した時の方が充填に時間がかかっていた。完全擬似物質の創造で消費されるエネルギーは1dmあたり約0.0000000000175J。これの場合約30秒でオド充填が完了するため、1dmあたり約0.000000000000583333333(J/s)のペースで質量をオドに変換している計算になる。
この他にもパリスチールの発見によって発見された魔法的法則は枚挙に暇が無い。里の大学生はばんばんパリスチールに関係した卒論を出してくるし、研究員達も嬉々として実験と考察を繰り返している。魔法文明は科学文明でいう産業革命に相当する時代に突入していた。
パリスチールによって新しく発見された事柄は多いが、既存の認識を改めさせられたり、追加の情報を得た事も多い。
例えばフェンリウム。フェンリウムは熱を消失させる魔質だと考えられていたが、どうやらそうではないらしい。
フェンリウムは熱エネルギーをダークマターに変換している。
これはルフェインが確認の実験を行って分かった事だ。
パリスチールで密閉空間を作り、その中に熱を持ったフェンリウムを入れておくと、熱の消失に反比例して魔力が観測できるようになる。フェンリウムの温度が下がりきると魔力は生産されなくなるので、熱をダークマターに変換している事は間違いない。ちなみに生産されたダークマターの種類は八種類均一で、はじめからオドが減っていて、オド充填に完全擬似物質を創造した時の丁度三倍時間がかかる。恐らくオドが空の状態で生産されているのだと思われる。
ルフェインの定理に基づいて算出し、10000000dm/sのペースでダークマターを消費している事が分かっているタキオンを使って計測してみた所、フェンリウムのダークマター生産速度は1gあたり100000000000000=10000000^2dm/sだった。
フェンリウムの温度をできる限り正確に測ると、一秒に1.05℃低下している事が分かる。フェンリウムの比熱は5000J/(g・K)であるから、1gならば一秒に5250Jがダークマターに変換されている。熱エネルギーが全てダークマターに変換されているとすると、5250J=10000000^2dmとなる。単純計算で1dm=0.0000000000525Jだ。
この1dm=0.0000000000525Jというのは、オドを持っていないダークマター粒子を物質として考えた時に計量できると予測される架空質量をエネルギーに換算した時の値だ。1dmのオド量は別口で計算する必要がある。
ダークマターの質量変換速度は0.000000000000583333333(J/s)。完全擬似物質を創造した時、オドの充填にかかる時間は30秒で、フェンリウムが生産したダークマターのオド充填にかかる時間は90秒。0.000000000000583333333Jの90秒だから、1dmのオド量は0.0000000000525J。
この結果が出た時、一瞬計算ミスかと思った。1dmの架空質量のエネルギーと同じだったからだ。しかしどう考えても何回計算しても結果は変わらない。計算ミスではないらしい。1dmの架空質量をエネルギーに換算した数値と、その1dmが持つオドのエネルギーの数値は等しいのである。簡単に言えば0.0000000000525Jの粒子が0.0000000000525Jのエネルギーを持っている、という事だ。これは完全擬似物質の実験から導き出された、「1dmの保有エネルギー>0.0000000000174995175J」という結果に矛盾しない。
違う道筋で計算したのに同一の数値が現れる。これだから学問は面白い。
ダークマターのオド量は完全擬似物質の創造に使われるオド量……物質エネルギーの量の三倍だ。
魔法を使用する事で発生したエネルギーを観測し、運動・熱エネルギーに使える魔力エネルギーを計測した所、運動と熱では共通のエネルギーを使っている事が分かった。運動と熱に使えるエネルギーが100Jあるとして、運動に70J使うと、熱は30J分しか発生させられない。
で、この運動・熱エネルギー……まとめて運動エネルギーは、魔法の行使者のイメージによってどうしても曖昧になってしまうのだが、少なくとも1dmあたり0.0000000000160J以上だという事ははっきりさせる事ができている。このあたりは今の時点での科学的観測の限界だ。温度計も未だに水銀から進化してないし。
更に、魔法の発射方向の指定や、時間経過・認識系の条件指定などの物質・運動エネルギーでは説明が難しい概念的性質の付加では運動エネルギー・物質エネルギーの容量は喰わない事も分かっている。
以上から俺は1dmのオド0.0000000000525Jを三つに分け、
物質エネルギー、魔力の物質化で消費される。0.0000000000175J
運動エネルギー、熱の発生、運動で消費される。0.0000000000175J
概念エネルギー、上記二つに該当しない要素で消費されるか、消費される事がない? 0.0000000000175J
とした。概念エネルギーはまだ細分化できるのかも知れんが、系統立てて考えればそこまで外れたエネルギー配分でもないはずだ。特に物質エネルギーは観測した値の近似値をとっているし、運動エネルギーにしても人間のイメージによる曖昧さで流石に二倍も三倍もエネルギー量が前後するとは思えない。この分類法はそれなりの信頼性があるものだと信ずる。
もう一つ二つ、魔質の話をしよう。
パリスチールで密閉された完全無魔力空間内に、グブレイシアンとフェンリウムを入れる。最初、完全無魔力空間中のグブレイシアンは消費する魔力がないため燃えない。が、そこにフェンリウムを放り込むと段々燃え出し、数分後には通常のグブレイシアンの燃え方となんら変わりなく元気良く燃える。
グブレイシアンがダークマターを光エネルギーに変換して燃えているなら、このように徐々に光度が変化するのはおかしい。フェンリウムのダークマター生産速度が10000000^2dm/s、グブレイシアンのダークマター消費速度が10000000dm/sだから、フェンリウムがダークマターを生産しはじめた直度にグブレイシアンは燃焼するには十分な量のダークマターを確保できているはず。にも関わらず時間経過と共に光度が変化するという事は、グブレイシアンはダークマターを消費して光っているわけではなく、ダークマターのオドを消費して光っている、という事だ。最初はオドが空のダークマターしかないから燃えず、時間経過と共にオドが充填されているダークマターの割合が増えていき、普通に燃えるようになる。
じゃあ、オドを消費しているだけでダークマターそのものは消費していないんですね! と思えばそれも違う。パリスチールの密閉空間内でグブレイシアンを燃やしていると、その内魔力を消費しきって燃えなくなるからだ。め、めんどくせえ……どういう性質なのかはっきりしろよ。
と、思っていたらまたルフェインが解決してくれた。流石ルフェイン、俺が思いつかない事を平然とやってのける。そこに痺れる憧れるゥ!
まあ簡単に言えばグブレイシアンはオドを光にして、ダークマターを質量にしているらしい。かなりの時間と魔質の量が必要な実験だったが、フェンリウムで0.1g分のダークマターを生産し、グブレイシアンが燃えなくなるまで燃やしたら、0.1g分質量が増えていた。空気中でグブレイシアンを燃やせば空気の質量が、水中で燃やせば水の質量が増える。グブレイシアンは魔力を質量に変えるついでに光ってるだけだった。
いや、この発想はなかったわ。光ってるから「ああ、この魔質は光る魔質なんだな」と思い込んでいた。光る方は副次的効果みたいなもんだったのね。
一方もう一つの魔力を消費する魔質、タキオンの方はオドを消費しているだけでダークマターの架空質量は消費していなかった。今まではダークマターそのものが消費されていると考えられていたが。オドを消費したダークマターは移動する、という性質により、移動して観測範囲から出てしまっていただけのようだ。確かに加速度から計算してみたら精々0.00000000001~0.00000000004J/sぐらいでしかエネルギーは加速に使われていないようだった。摩擦係数やら空気抵抗やらのせいで具体的な数値ははっきりしない。
うーむ。分かった事は多いが、それ以上に分からん事が増えた。このあたりも科学と似ているなと思った。魔法研究に果てはない。
二十三話まとめ:
・アルミニウムの魔質はパリスチール。ガラスのような魔質。
・パリスチールは魔力を完全に遮断する。
・ダークマターは粒子であり、それ自身の質量(物理的に計測できない架空質量)とエネルギーを持つ。
・ダークマターが持つエネルギーをオドと呼ぶ。
・1dmは0.0000000000525Jの架空質量と、同じく0.0000000000525Jのオドを持つ。
・魔法などによってオド量が減ったダークマターは、質量を変換してオドを充填する。
・ダークマターの質量変換速度は0.000000000000583333333(J/s)
・オド量の減ったダークマターはより魔力帯性が低い方へ移動する。
・魔力帯性が等しい空間内では、魔力密度が高い方へ移動する。
・オドは以下の三種類のエネルギーに分けられる
・物質エネルギー、魔力の物質化で消費される。0.0000000000175J
・運動エネルギー、熱の発生、運動で消費される。0.0000000000175J
・概念エネルギー、上記二つに該当しない要素で消費されるか、消費される事がない? 0.0000000000175J
・フェンリウムは熱エネルギーをダークマターに変換している。
・グブレイシアンはオドを光に、ダークマターの架空質量を質量に変換している。
・タキオンはオドを消費して加速し、ダークマターの架空質量は消費しない
前話のアンケートに対するたくさんの回答をありがとうございます。②でいこうと思います。
今回の話で実は深く触れずに誤魔化してる部分があるのですが、気付かれなかったらそのままでいきます。そのままでも話の進展に全く問題はない。
一つ問題出しておきます。解答のために必要な情報は全て出ているので、必要なのは論理的思考能力です。
問.
現時点で、パリスチールを用いて、魔化が起こり得るあらゆる物質を魔化させる事ができる。具体的な方法を説明せよ。なお、既出の魔法技術・情報・魔質は全て使っても構わない。魔力は魔化に必要な量を十分確保できるものとする(100cp)




