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ノーライフ・ライフ  作者: 黒留ハガネ
三章 魔力の深奥
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二十一話 ルフェインとユーミール

 魔法大学、九期生。優秀な奴が出た。名前をルフェインという。

 ステータスを賢さに極振りしたような奴で、体が弱く、ガリガリで、常に今にも死にそうな青白い顔をしている男だ。魔力密度も低く、0.3mpしかない。基礎学習院では体育の授業で三回に一回は吐いていた。切るのが面倒だからと髪は伸ばしっぱなしで後ろで括っていて、長くなってくると無造作にバッサリ切る。そういう奴。

 その代わり頭は良い。卒論期間に入って二ヶ月で論文を仕上げてしまい、さっさと卒業して研究院に就職した。その時の卒業論文が「mp中のdm数推定」だ。ざっくりまとめると次のような内容である。



 同元素を魔化させる時、魔化時に同化する魔力量は物質のmol数に比例する。

 物質のmol数が等しい時、魔化で同化する魔力量は元素の原子番号に比例する

 魔化時に同化する魔力量が物質の体積でも重量でもなくmol数に比例する以上、物質の構成要素(分子・原子)の総数×構成要素を構成する元素の陽子数に対して結合するdmダークマターは比例する。

 以上より、アボガドロ定数を用いて、

「(物質のmol数)×6.0×10^23×(原子番号)×α=魔化で同化するdm量」

 となる。式にαを入れるのは物質の構成要素(分子・原子)一つあたりに幾つのdmが結合しているか分からないため。ここから発展して、

 炭素2molに同化する魔力量は12mpのロバート0.06㎥が56909体=2×6.0×10^23×6×α(dm)

 12mp・3414.54㎥=7.2×10^24α(dm)

 1mp=7.2×10^24α÷12÷3414.54=175719130541742079460.19083097577α(dm/㎥)。

 端数を処理し、常にdmに付随するαの表記を省略して、

 1mp=175719130541742079460(dm/㎥)

 という数値で魔力密度を表せる。



 この理論によって魔力量をdm(ダークマターの個数)、魔力密度をmp(dm/㎥)で正確に表せるようになった。分かりやすいし、合理的だ。

 またこの数値を利用し、1mp・1㎥の魔力が持つエネルギー量は3075000000J以上であるから、

 3075000000J÷175719130541742079460=0.000000000017499517500000000000019004476005≒0.0000000000174995175

 1dmの保有エネルギー>0.0000000000174995175J

 という事も分かる。

 例えば俺一体(0.06㎥)14mpなら、175719130541742079460×0.06×14×0.0000000000174995175=2582999999.999999999997194862≒2583000000J以上のエネルギーを持っている計算になる。雷一発のエネルギーが確か1.5GJだったから、14mpの俺一体の魔力で弱めの雷を二発は落とせる。やっべー。マジっべーわ。

 








 魔法大学十一期生、ユーミールはやたらと背が高い女だ。スレンダーな体型で、長い髪を三つ編みにし、眼鏡をかけている。ユーミールはどちらかと言うと哲学方面で活躍するタイプで、「存在時間延長法」と「質量消失拡張論」を期限ギリギリで仕上げて卒業資格を得た。どちらかが通れば御の字だと思ったらしい。

「存在時間延長法」は完全擬似物質の存在時間を最大効率で延長させる魔法だ。

 発動した魔法に対して「効果時間・存在時間を延長させる魔法」を使う事で効果時間・存在時間を延長させられる事はエマーリオが明らかにしていた。しかしこの方法では「効果時間・存在時間を延長させる」というイメージに基づく魔法の行使になるため、人間的な曖昧なイメージのせいでどうしても使用魔力量に対する延長時間にロスが出る。

 そこでユーミールはイメージを排除する方法を考案した。

 まず見本を参照してXdmで完全擬似物質Aを創造し、更に同じ見本を参照して完全擬似物質Aを材料に同じくXdmで見本を複製する。こうしてできた完全擬似物質Bは存在時間が完全擬似物質Aの丁度ピッタリ二倍になる。これを繰り返せば存在時間を三倍、四倍、五倍……と伸ばしていく事が可能だ。確かに理論上これが最大効率の存在時間延長法である。

「質量消失拡張論」はどう考えても提出期限に追われて途中でぶん投げた論文だ。

 物質は魔化時に中性子分の質量を消失させる。「(物質のmol数)×6.0×10^23×(原子番号)×α=魔化で同化するdm量」であるから、mol数と原子番号が同じなら、質量が違っても魔化するdm量は変わらない。つまり同素体の話だ。

 ユーミールは酸素の同素体、O2(酸素)とO3(オゾン)で考えた。O2は分子量32、O3は48。同じmol数ならO3の方が重くなる――――陽子・中性子の総数が増えるが、同化するdm数はO2もO3も同じだった(※)。つまりO2よりもO3の方が魔化時に消失する1dmあたりの質量消失量が大きいという事だ。

 他にも元素は凡そ原子番号が大きいほど陽子に対する中性子の数は増えていくから、水素の魔化よりも金とか鉛の魔化の時の方が1dmあたりの消失質量は大きいという事が分かり、ここでも1dmあたりの質量消失量の差異を認められる。

 以上から1dmが消失させる事ができる質量には振れ幅がある事は確定的に明らか。そしてユーミールは例えば鉛の魔化で消失する1dmに対する質量を水素に適用すれば水素の中性子どころか水素そのものを消す、あるいは質量をマイナスにできると考えた。魔化時にエネルギーは放出されないため、1dmの消失質量を拡張すれば物質を完全に消滅させる事ができるのだ。

 で、具体的にどうやって恣意的に消失質量を拡張するんだ? という所で論文は終わっている。肝心な所がない。まあこの論文を読んだ次世代の連中か俺が広げていく余地がありそうだったから通したが。もしも質量の消失←→出現を自在に操れれば四次元ポケットも作れるしさ。机上の空論だけども。

 ルフェインとユーミールの例を出したが、大学の卒業者は少なく、法暦六十四年現在卒業生は科学大学と魔法大学を合わせても四人だけ。三年に一人程度だ。一学年一人~四人だからまあそんなものだろう。全員が全員卒業できたら逆に驚く。

 ちなみにあとの二人の卒業生は「プラント・ゴーストの生態研究」のパゴスと「魔法による文化への影響」のルッソだ。









 里の基礎学習院、魔法大学、科学大学、図書館、研究院は一箇所に集まっている。人呼んで文化地区。近い方がなにかと便利だかんな。里は地区分けして意味があるほど面積無いが。人口三百に届いてないしさ。

 卒論期間に入った大学生と研究院の研究員はよく図書館に篭る。前世の娯楽小説をビルテファ語に訳したものや、世界各地の音楽の楽譜、ビルテファ王国の宗教書、エマーリオ文書、植物図鑑、料理本から魔法書まで、書物と呼べるものは機密文書以外全てここに収められている。マホウ大陸のみならず他大陸の書物も全て複製して置いてあるので、間違いなく世界一の大図書館だ。司書として俺もいるから知りたい事があれば大体ここで全て調べられる。

 ある日、その図書館の一角を占拠してルフェインとユーミールが論争をしているのを発見した。こいつらは主義が違うためよく討論している。そしてたまに熱くなり過ぎ、つかみ合いになってルフェインが一方的に殴られている。今日は静かな方のようだった。本棚の影に隠れて盗み聞きする。

「だからさ、遺伝的多様性がなんだっていうんだ? もう人間のゴーストは遺伝子進化を超越した段階にあるんだよ。本能だけで生きる動物じゃないんだから学習だけでより高みに登れる」

 ルフェインが疲れきった声で言うと、すかさずユーミールが反論する。

「それは結果論でしょ。現にロバート教授は思考の多様性、即ち個人である事に意味を見出して大学や研究院の提唱をしてる。ゴーストがそれ単一で完結、完成した存在であるならそんな事すると思う?」

 やいのやいのと言い合うルフェインとユーミール。二人の論点は科学・魔学よりは哲学な内容だ。会うたびに同じような事を話しているので俺も大体二人の主張は掴んでいる。と、そこにノコノコとパゴスが現れた。フィールドワークの帰りらしく、スキンヘッドに葉っぱがくっついていた。

「おっ、パゴス。聞いてくれよ、コイツわけわからん事ばっか言うんだよ」

「パゴスさん、この分からずやにガツンと言ってやって下さい」

「……あぁん?」

「……うん?」

「うおい、二人とも落ちつけ。まず座れ、な? 話聞いてやるから」

 一応二人より年上のパゴスに宥められ、二人はメンチ切るのをやめて渋々座った。パゴスも椅子をそのへん引き寄せてどっかり腰掛ける。

「で、なにを言い争ってるんだ? 最近よく何か話してるみたいだが」

「改めて聞かれると難しいな。強いてまとめて言えば種族の優位性について?」

「あー、そんな感じね」

 パゴスに促されて二人は話し始めた。

「あのさあ、ロバート教授いるだろ? 俺がさ、あの人って生物の完成形だよなって言ったらこいつ鼻で笑いやがるんだ。だってさあ、ロバート教授は物理的に干渉できないだろ? 魔力覚醒してないと手出し不可能。なのに向こうはゾンビやら魔法やらでこっちに干渉可能。更に六十……八十万体だったかな、それぐらいの個体数がいるわけじゃん? もう武力的には最強なのは間違いないよな。

 それでさあ、ウン十万体で一斉にあらゆる方面の学習をしたり研究をしたりして知識を蓄えてくわけだろ? 知識を蓄えてくスピードも人間のウン十万倍ですよ。体が魔力でできてるから病気も怪我もないし、栄養を摂取して排泄するとか、吸血するとか、そういう外部との関わりを持たなくても存在し続ける事ができる。百年ぐらい孤独だった時期があるって言ってたし、不毛の世界でたった一人でも存在し続けられるだろ。トドメに一体でもいれば無限に増殖できる。不老不死と言ってもいい。な、生物として完結し、完成してるって言えるだろ?」

「と、ルフェインはほざいてるのですよ。どこまで行っても教授は一個人でしかないですよね。一個人が増えて性能を上げたところでそれは種としての進化とは言えないでしょう。生物は須らく自種族の繁栄のためにあるべきです。教授をゴーストという種族として見るか、特殊な体質の人間として見るべきかは意見が分かれる所だと思いますが、実態はどうあれ人間的ものさしで図れる以上は人間の一種として扱うべきでしょう。種の中で一個体だけが飛びぬけて知識を蓄え、武力を身につけたからそれが最善? ちゃんちゃらおかしいです。種族全体として発展してないじゃないですか。

 例えるなら森の中で一本だけ見上げるように高い木が生えてるようなものですよ。だからなんだって言うんですか? 森の評価は森全体の植生でこそ判断されるものでしょう。自らの遺伝子を次代に遺し伝え、適者生存・自然淘汰によって環境に適応し、より優れた同種の個体を生み出していき、自種族の繁栄と発展に寄与してこその生物、存在でしょう。

 その点、教授は完成・完結しているというよりも単に歪なだけです。明らかに一部を除いた人間の繁栄を妨害してますし。まあこれは自国の繁栄を望む国王の心境みたいなものなのかも知れませんが、非常に独善的です。私はマッチポンプなんてやめて研究だけに専念すればいいと思いますね。外国は外国で普通に発展させて、良い所は見習い、里は里で技術を囲い込んで研究を続ければ十分じゃないですか」

「話逸らすなよ。俺はロバート教授の行動の善し悪しじゃなくて存在そのものについて論じてんの。種族全体の発展って言うけどさ、そんなもん研究の果てに人為的に為せる事だろ。異世界では遺伝子操作が実現してたって言うし。魔法があるこの世界なら遺伝子改造やら法術付与やらで自然に任せて進化するより格段に効率良く進化できる。人間にできると思うか? できるとしてもロバート教授よりも早くできるか? 無理だろ」

「教授も元が人間である以上為せる事も人間の範疇なんですよ。下手に遺伝子や構成因子を弄って予測していなかったとりかえしのつかない失敗をすると思いますね。それこそ発想の限界ですよ。自然という究極的なシステムにシステムの一部でしかない人間の意志が介入しても押し流されて終わりです。自然本来の理に沿い、人間らしい進化・進歩の道を辿るのが正しいのですよ。だいたい子孫を残せないなんて存在として欠陥もいいとこでしょう。一個体が種族の中で集中的に進化する事が効率的なら、自然界で既にそういう個体・種族がいる方が自然でしょう。そういう個体・種族がいないという事は、単一個体の限定的進化よりも種族全体の進化の方が理に適っているという事に違いありません」

「思考の停止だな。今までダメだったからといってこれからもダメだと言えるか? ロバート教授もある意味生物の営みの中で生まれたんだ。自然の理というか魔法の理に即した存在だ。何もおかしくないだろ。お前は自然的な進化にばかり目が行って魔法的な進化から目を逸らしてる」

「よーし、待て。一度口閉じろ。一気に喋るな混乱する」

 パゴスが額を片手で押さえてもう片方の手を突き出し、ストップをかけた。まあ普通こんなにピーチクパーチク言われれば混乱するわな。

 要するに二人が論じているのは「ロバートと人間どちらが優れているか?」だ。

 ルフェインはロバートが生物の完成形であると主張している。確かに人間にできてロバートにできないことはまずない。繁殖ぐらいだろうか。逆にロバートにできて人間にできない事は枚挙に暇が無い。

 ユーミールは人間の方が本質的に優れていると主張しているが、だからと言って俺をディスっているわけでもない。ロバートうぜえ、死ね! とは言わない。生物は種全体としての進化を目指すべきで、ロバートも致命的な欠陥を抱えており、人間の亜種でしかないのだ、と。

 俺個人の意見としては「割とどうでもいい」だ。

 優れている劣っているなんて人間の主観的判断でしかない。数学じゃないんだから結論は見方次第でいくらでも変わる。つまり考えるだけ無駄。後の世の歴史家が勝手に理屈つけて論評してくれるんじゃないかね。

 俺はパゴスを挟んでまたわやわや言い始めた二人に図書館では静かにしろと注意するために本棚の影から出て行った。



オゾンの入手はロバートが行った。成層圏のオゾン層から捕集し(大体の高度の目安をつけ、その付近の空気を高度別に大量に集めた)、分留によってオゾンを得る。後は空気を材料に複製魔法で量産。




二十一話まとめ:

・(物質のmol数)×6.0×10^23×(原子番号)×α=魔化で同化するdm量

・1mp=175719130541742079460(dm/㎥)

・1dmの保有エネルギー>0.0000000000174995175J

・完全擬似物質を材料に完全擬似物質を創ると合計存在時間が倍になる

・大学の卒業生が割とどうでもいい論争(ロバートから見て)をしていた

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読みかけで放置してたから最初から読み直してた。 面白いのになんで放置してたんだろと思ったらなんかどうでもいい妄想理論が延々と説明しだしたので一気につまらなくなって放置した原因がわかった。そこまで無駄に…
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