十三話 ♠♢♣♡
「ザ、ザクゥ狩り?」
「うむ。やってみるか?」
「狩るの? ザクゥを」
「狩るぞ。ザクゥを」
狩るらしい。
フビッタ=ヌラァフの長、キャリグと数日に渡って話し込んでいたら狩りに誘われた。仲良くなったはいいんだが、ザクゥ狩り? まじで? そういう感覚なの? 中世の狐狩りみたいな。
「ちょっと待ってくれ」
ザクゥ狩り云々の前にまずはこの大陸、ヌラァフ大陸(※)が歩んできた歴史を思い出しておく必要があるだろう。
事の起こりは百五十年ほど昔に遡る。ヌラァフ大陸に住むフビッタ人達は魔法を持っておらず、複数の部族に分かれ、時折小競り合いを起こしながらもそれなりに平和に暮らしていた。その部族の中でも大陸の中央の山付近に住んでいた部族の長が魔力覚醒した事で話はこじれていく。
その長の名は禁忌として語られないが、大層な暴君だったらしい。彼はまず魔法を操り、周辺部族を圧倒し、支配下に置いた。逆らう者は殺し、従う者には褒美を与え、見る間に勢力を拡大。複製魔法で石炭からダイヤモンドを作れる事に気付いていたらしく、ダイヤモンドを大量に作成して褒美として与えていた。その時に大量のダイヤモンドが出回ったせいで、現在フビッタ族はダイヤモンドを貨幣代わりに使っている。値崩れってレベルじゃない。
全ての部族を支配下に置き、大陸を統一した頃、彼はクリエイト・ゾンビを習得し、更に大量の殺人を行いはじめた。
見目麗しい者。知に優れた者。武を修めた者。様々な方面で突出した者を殺し、ゾンビ・リッチにしていく。勿論ゾンビとリッチは創造者に絶対服従で、強力な兵であり官であるため、ますます彼は権力と武力を増していく。スケルトンも作る事ができたようだが、好みに合わず作らなかったようだ。ヴァンパイアが作れるほど魔力操作に熟達しなかったようで、ヴァンパイアも作られていない。
そして数千人にのぼる数の人間がゾンビと化した時、彼に恐怖を抱いていた人間によって毒殺されて死んだ。大量のゾンビを使役していても彼自身は人間だったため、遅効性の毒を喰らい、眠り、そのまま目覚めなかったのだ。死体がゾンビとして起き上がる事が広く認識されるようになっていただけにフビッタ族は彼の死体が起き上がるのを恐れ、巨大な石の封印碑を建ててそこに埋葬した。
さて、彼の死後もゾンビとリッチは残された。創造者による命令から解放された彼らは自らの意思で動き始める。忘れてはならないのは彼らは元々人間の中で優れた者達であったという事である。
寿命が無く、魔力を扱う事ができ、無限の体力を持ち、食事・睡眠要らず。そこに更に優れた素質が加わるとなればもう人間とは隔絶した存在と言える。残されたゾンビ達もそう考えた。彼らのほとんどは、暴君に、ではあったが「選ばれた優秀な者」であるという自負があったし、自尊心もあった。
故に自らをフビッタ=ヌラァフと名乗り、普通の人間達をフビッタ=ザクゥと呼び、劣った者と見なして蔑むようになった。暴君の代わりにゾンビ達が人間を虐げ始めたのである。俺の配下のゾンビ達が微妙に俺っぽい長閑な思考に寄るように、暴君のゾンビ達も暴君の気質を僅かながらに受け継いでいたのだろう。
人間とゾンビの性能差は圧倒的である。ましてや人間の中でも優秀な者は軒並みゾンビになっているのだ。人間側につくゾンビも少しはいたらしいが、あっという間に淘汰された。人間は家畜のような扱いを受け、迫害され、フビッタ=ヌラァフから逃げ隠れして暮らすようになり、今に至る。
つまりヌラァフ達は特殊な魔法体系を確立しているわけではなかった。安心したような、落胆したような。
ザクゥ狩りとは隠れているフビッタ=ザクゥ、つまり人間を探して殺す遊びである。フビッタ=ザクゥは敵対しているというよりは狩猟対象なだけ。ひっでぇ話だ。
俺もマッチポンプで相当人間を弄んでいるが、絶対ここまでじゃない。いや第三者から見れば五十歩百歩かも知れんが。それでも俺は俺とフビッタ=ヌラァフを比べればフビッタ=ヌラァフの方が酷いと思う。
「狩りと言っても要は遊びなんだろ?」
「遊びではない。存在に値しないフビッタ=ザクゥを駆除しているのだ。まあ遊興の面もかなりあるが」
遊びなんだな。遊びで殺される人間はたまったもんじゃないだろう。フビッタ=ヌラァフ達はクリエイト・ゾンビが使えるらしいが、人間に対しては使わないようだし。というか他の動物にも使っていないらしい。
ゾンビは大元の創造者に服従する。人間AがゾンビBを作り、ゾンビBがゾンビCを作った場合、ゾンビCも人間Aに服従し、ゾンビBには服従しない。フビッタ=ヌラァフは大元の創造者を失っているため、フビッタ=ヌラァフに創造されたゾンビには支配権が発生しないのである。吸血の必要がないノーリスクヴァンパイアみたいなもんだ。
リスクが無いのは素晴らしいが、それは被支配側の話で、フビッタ=ヌラァフにとっては不便な話だ。敵対している人間をゾンビ化しても支配下に置けないのである。むしろ強力な敵になるだろう。動物をゾンビ化しても言う事を聞かないため使い物にならない。
さて。フビッタ=ザクゥの味方をしないと宣言したが、面白半分で人間を殺しているというのならこちらにも考えがある。
「そんな事よりトランプしようぜ!」
「とらんぷ? なんだそれは」
俺はマホウ大陸からトランプを一組転送した。それをキャリグに渡す。キャリグはトランプの山札を数枚捲って首を傾げた。
「なんだこれは」
「トランプ。マホウ大陸のノーライフの間で流行ってるからヌラァフも楽しめるかな、と」
「……こんな厚紙の何が楽しいのだ? 理解できぬ」
フビッタ=ヌラァフにとってフビッタ=ザクゥは下等な動物のようなものである。特に恨みがある訳でもなく、ただ楽しむために狩っているだけ。ならば代わりに娯楽を提供してやればザクゥ狩りも止まるだろう。トランプがダメならチェスや囲碁、将棋、麻雀を提供してもいいし、音楽を教えてもいいし、前世の記憶に基づいて執筆した数々の小説をフビッタ語に訳してやってもいい。
ついでに対価としてこの大陸の特産品を手に入れられれば理想だ。魔力覚醒し、初歩的な魔術まで扱う数千体のゾンビ・リッチと事を構える気はない。勝てるだろうが赤子の手を捻るとまではいかないだろうし。今更精霊システムをヌラァフに紹介しても一瞬でタネがバレるどころか真似される危険も出てくる。ただでさえウィスプで今交流している時点でヒントを与えてしまっているのだ。精霊まで表に出すのは危ない。
ヌラァフ(と、ついでにザクゥ)とは魔法・科学を発展させてしまうような技術や知識の漏洩に気をつけつつ、平和的な国交をしていきたい。
そんな事を考えながらトランプのルール、まずはポーカーについて説明する。キャリグはめんどくさそうな顔で渋々説明を聞いていた。一人では遊べないし、人数がいた方が面白いのでキャリグの他にも数人のヌラァフを呼んだが、全員「こんなチンケな紙切れの何が面白いんだ?」とダルそうにしていた。
ところが時間が経つにつれて段々と真剣な顔になっていき、俺のすすめで貨幣を賭けだし、しばらくすると
「面白い……狂気の沙汰ほど面白い……!(意訳)」
「一度バランスをくずせば……才気優れる者ほどもろい……(意訳)」
「倍プッシュだ(意訳)」
とか言い出した。どっぷりハマってやがる。静かにざわ……ざわ……としはじめたキャリグの部屋に異様な空気を感じたのか、様子を見に来たヌラァフ達を巻き込んでどんどんトランプ中毒者は増加、蔓延。
あっさりと予定されていたザクゥ狩りは中止となった。
いや……いいけどさ……いいんだけどさ……これで良かったのか? 集中し過ぎて話しかけても返事しなくなったぞこいつら。
二十日ほど経ってからやっとヌラァフ達が正気に返り始めた。正気になった奴もトランプ中毒だったが、少なくとも日がな一日カードに命運を賭ける事はしなくなった。
いくらなんでもこのハマり方は異常だと思って、ボロ負けして素寒貧になり暇を持て余しているヌラァフに聞いてみたら、どうもヌラァフになってから娯楽に餓えていたらしい。
ノーライフは食べ物を食べても満腹感を感じないし、食べたら吐き出す必要があり、味覚も鈍っている。胃の中に吐き残しがあればそれが腐って異臭がする。ヌラァフは食事をせず、そのせいで料理文化は衰退しきっていた。
ノーライフは眠る事ができず、眠ろうとじっとしても眠くならないし夢も見ない。ヌラァフの住居にはベッドも布団もない。
血流が無く細胞の活動が停止しているので勃たないし濡れず、イチャコラするにも限度がある。
ノーライフは三大欲による快楽の全てに制限がかかっているのである。昼夜問わず活動し、人間よりも暇になりやすいノーライフは娯楽を見つけてもすぐにやりつくして飽きてしまいがちだ。ヌラァフ達はチェスに似た盤上ゲームを持っていたが、あまり複雑なものではなく、何十年も遊ばれる内に戦法という戦法が試し尽くされ飽きて倉庫に片付けられていた。
そこに異世界の新鮮なゲームを投入。ヌラァフ達は飛びついた。最早「ザクゥ狩り? マジダセェ」状態である。ここまで劇的な効果が出るのは予想外だった。
交易についての相談はもう少しトランプ熱が収まってからにしよう。
※
ヌラァフ=ムゥ……「我らの土地」「不朽の土地」という意味合いのフビッタ語をビルテファ語にして日本語で表記したもの。




