表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノーライフ・ライフ  作者: 黒留ハガネ
三章 魔力の深奥
62/125

十二話 南の島の大王は

その名も偉大なノーライフ・キング

 海岸から森に入って連行されていく俺。道は踏みならされており、舗装こそされていないものの途切れる事なくはっきりと先まで続いている。森、というかジャングルだろうか。得体の知れない動物達の声がこだまし、木々には蔦がからまり、色鮮やかな花や鳥達が薄暗さを打ち消している。南国だけあって植生もそれ相応だ。しかし……

 俺は小人達にちらりと目をやった。全員俺に目が釘付け。俺と目が合うとビクンと仰け反り、目を瞬かせ、またじっと見てくる。その顔に汗は浮いていない。

 木々に陽光は遮られているとは言え、このジャングルはかなり蒸し暑いはずだ。ウィスプは温度変化をほとんど感じないから感覚的には判断しにくいが、地理的にも環境的にも涼しげな顔でいられる場所ではないはず。どっこい小人達はなんでもないかのような顔をしている。魔法で冷却しているのかも知れないが、限りある魔力を四六時中涼むために使うなんて事はないだろう。

 この小人達はゾンビか、ヴァンパイアなどの有体アンデッドである可能性がある。アンデッドなら汗はかかないからだ。

 しかし単に汗をかきにくい体質というのも考えられるから断定はできない。地球でも赤道付近に住んでいる人種は西洋人や日本人よりも汗をかきにくかった。アンデッドは見た目で判断できないのである。アンデッドは血が出ないから斬り付けてみれば分かるが、そんなアホな事をするわけにもいかん。歩きながらでしかも服の上から見ているだけでは心臓が動いているかどうかも分からんし。

 数時間は歩いただろうか。ジャングルの開けた広場のような場所に出た。そこにはちょっとした小山ぐらいの大きさの岩山があった。山頂まで二、三分もあれば登頂できるだろう、その程度の岩山だ。斜面は急ではないがゆるやかでもなく、足を滑らせても転がり落ちはしないかな? 程度だった。背の低い木と雑草が疎らに生えていて、岩の露出が多く、土はほとんどない。

 そんな岩山の麓に、大きな空洞がぽっかりと口を開けていた。三人横にならんでも余裕を持って通れるぐらいの入り口だ。見張りらしき小人が一人いて、俺達に気付くと目を丸くする。見張りの小人は先導していた男といくつか言葉を交わし、穴の奥に駆けていった。

 そしてそれほど間を置かず戻ってくる。見張りの小人に何か言われた先導の男は、手でクイッと洞窟の中を指差した。入れと?

 数歩分進んで振り返ると、取り巻きの小人達は魔力のドームを消し、触手のように魔力を変化させて俺の背中を押してきた。はいはい、行けって事ね。分かった分かった。

 男について洞窟に入る。洞窟の壁は不自然なまでに滑らかに、均等な幅と高さになっていて、魔法での掘削を伺わせた。壁にはぽつりぽつりと松明と扉がついている。松明のおかげで真っ暗ではなかったが、松明の間隔が長いので薄暗かった。ここはどうやら小人達の住居らしい。扉の脇に水桶やら麻袋やらが置いてある。

 男は数度分かれ道に出たが、迷わずずんずん奥へ奥へと進んでいった。随分と内部を拡張したらしく、かなり大規模な洞窟だ。途中で数人の小人とすれ違い、全員俺をガン見してきたが、特に騒ぎは起こらず最奥に到着。男は重厚な木の扉をノックし、返事を受けてから丁寧に開け、俺に身振りで入れと合図した。ここで拒否しても話がこじれるだけなので素直に言われた通り中に入る。俺が入ると男も入り、扉を閉めた。

 そこは天井が高めの、円筒形の部屋だった。壁に沿ってぐるりと本棚があり、古ぼけた装丁の本が納められている。中心には木製の重厚な造りの机がどっしりと居座っていた。そしてその机についている一人の老人。

 服装は他の小人達と変わらなかったが、槍ではなく王笏を肩にもたせかけるようにして持っている。王笏は白っぽい表面が滑らかそうな何かでできていて、長さは一メートルほどだろうか。装飾はほとんどなく、慰め程度に先端あたりに金で模様が付けられている程度だ。ほとんど単なる棒。材質が特殊とかそんなんか?

 ハッ! まさか俺の知らない魔質? ……あり得る。

 老人らしく髪は完全に白髪になっており、ただでさえ背が低い小人が更に縮んで身長だけ見れば児童になっている。気難しげに眉根が寄ったしわしわの顔のせいで到底児童には見えんが。

 案内をしてきた男は壁際に下がり、机の前あたりを指差した。そこに移動する。

「×××××××××、×××。××××。××××××?」

 老人が厳しい表情で話しかけてきたが、やっぱり分からん。まずは言語を理解しないと文字通り話にならんな。

 まずは超基本。俺は自分を指差して

「ロバート」

 と言った。老人は訝しげな顔をしたが、すぐに得心したようで、自分を指差して

「フビッタ=ヌラァフ=キャリグ」

 と言った。なんだそれ。ちょっとかっこいいじゃないか。でもそれって名前か? 種族名か?

「フビッタ=ヌラァフ=キャリグ?」

 俺は壁際に控えている男を指差して疑問系で言った。老人は首を横に振る。

「フビッタ=ヌラァフ=マフウ」

 ふむ。男の方はフビッタ=ヌラァフ=マフウか。フビッタ=ヌラァフが苗字、その後が名前ってとこか。

 俺はその調子で指差しては名前を尋ねていった。フビッタ=ヌラァフ=キャリグも俺が言葉を知ろうとしているのは理解したようで、率先して言葉を教えようとしてくる。

 言語サンプルが充分あり、生でリスニングできるなら、新しい言語の習得もそれほど難しくない。俺にとって、だが。

 俺十万体で一斉に言われた言葉を復唱すれば、十万回繰り返したのとほとんど同じぐらいの効果がある。三回も復唱すれば未知の言語だろうが発音は完璧になる。会話の中で同じ単語を拾い上げ、その単語が出た状況や、一つの言葉のまとまりの中でその単語が使われた位置、使用頻度などから単語の意味の候補を列挙。一つ一つの熟語や単語に対してそれを行い、意味を絞り込んでいく。聞き違えや聞き逃し、単語の省略や、二つの連続した単語を一つとして捉えてしまっている可能性なども視野に入れ、ひたすらデータを蓄積・検証。数字や色、性別、物を表す比較的簡単に分かる単語を足がかりにして使える単語を増やし、覚えた単語を使って更に別の単語の意味を掴んでいく。

 数十万人が超高速で意見交換をしながら言語を解析しているに等しく、二時間もする頃にはあっさりと簡単な会話が可能な状態にまでこぎ付けていた。流石俺。研究は数だね兄貴!

「お前は海の向こうから来たのか?」

「はい」

 会話が成り立つようになったので、具体的な質疑応答が始まった。まだ微妙に変な言葉になるのは仕方ない。

「何が目的のために来たのか?」

「……様々なものを探すために来た」

「様々なものとは何か?」

「木、人、陸。私は知らないたくさんのもの。冒険、様々なもの、探していた」

「冒険、探す……それは『探検』という」

「はい。私はここに探検のためにやってきた」

「ふむ。フビッタ=ザクゥの仲間ではないのか?」

「いいえ、私はフビッタ=ザクゥの仲間ではない」

 フビッタ=ザクゥが何者なのかは知らないが、侮蔑的に見られている事だけは今までの会話で分かっている。フビッタ=ザクゥが誰か本当に知らないし、素直にいいえと答えておく。というかここに来てから俺は一切の偽りをしていない。後で嘘だとバレたら殺されかねないしさ。隠さないと困るような事を聞かれなかったってのもあるが。

「では、お前はヌラァフか?」

「……もっと詳しく」

「お前は時間がたくさん過ぎても形が変わらないか? 成長しないか?」

 ん? んー、ここは「形」ではなく「姿」だな。お前は時間がたくさん過ぎても姿が変わらないか。成長しないか。

 ……どう考えてもノーライフを指しています。本当にありがとうございました。

 小人達は――少なくとも俺を連行してきた小人達は――ノーライフである可能性が非常に高い。ゾンビかヴァンパイアかリビングデッドかは知らんが。発汗が見られなかった事が理由の一つ。男と老人の名前に「ヌラァフ」が入っているのも見逃せない。自らをヌラァフと名乗り、俺にヌラァフか? と聞いてくる。文脈的にヌラァフはノーライフであるから、男と小人はノーライフだ。

 フビッタ=ヌラァフとフビッタ=ザクゥは敵対しているらしい。フビッタ=ザクゥは槍を使うようだから、人型だという事は分かっている。「ヌラァフ」は成長せず、姿が変わらないものを指す。フビッタ=ザクゥにヌラァフは入っていない。フビッタ=ザクゥはノーライフではないのだろうか? と考えたが、ザクゥとヌラァフが単なる言い換えである可能性も高いので保留にしておく。共通して使われている「フビッタ」は国名か人そのものを指す名といった所だろう。

「はい」

 つらつら考えながら俺は肯定の返事を返した。ゴーストは肉体を持たないが、時間がたくさん過ぎても形が変わらず成長しないため、ヌラァフであるというのは確かだ。

「やはりヌラァフか。お前の体は魔力か?」

「はい」

「海にいたお前と同じたくさんの者はなんだ?」

「私です」

「……お前と一緒に来た、海で待っている、お前と同じ姿をしている者達はなんだ?」

「私です」

 フビッタ=ヌラァフ=キャリグは戸惑っているようだった。いや、気持ちは分かるが俺も「私です」としか答えられないんだよ。今の俺の複雑な状態を正確に説明するほどの語学力はまだついていない。

 どう説明したものかと悩んでいると、フビッタ=ヌラァフ=キャリグが何か閃いたような顔をして言った。

「ツィイズか?」

 え、知ってんの? この大陸分裂できるゴーストもいるの? やめてよ。下手したら魔法戦争じゃないか。

「ツィイズとは?」

「同じ母から一回でいくつか出てくる同じ顔の者だ」

 あ、違った。俺は双子じゃねえ。というかその理屈だと俺は三つ子や四つ子どころか千つ子になるぞ。

「私はツィイズとは違う」

「…………むう」

「私はとてもたくさんの体を持っている。しかしその体は同じ事を考えている。手や足を切り離し、同じ姿にして、それを別々で動かしている、に似ている」

 語弊はあるがこんなもんか。フビッタ=ヌラァフ=キャリグは感心した様子で頷いていた。良かった、伝わった。今度はこちらから聞いてみよう。

「私は海から陸に来た時、攻撃された。なぜか?」

「お前を見つけたのは偶然だ。フビッタ=ザクゥが×××……昔のとても強い統べる者を起こして攻めて来たと思った」

 「起こして」? 文脈からすると「復活」か「蘇生」かそのあたりか。昔はゴースト系の非実体ノーライフがいたって事だろうか。

「大切な事を聞く。お前はフビッタ=ザクゥの味方をするか?」

「…………」

 次の質問をする前にフビッタ=ヌラァフ=キャリグが真剣な顔をして聞いてきた。

 そんな事聞かれてもなあ。なぜフビッタ=ヌラァフとフビッタ=ザクゥが敵対関係あるかにもよるわけで。あまりにもフビッタ=ヌラァフ側が一方的に悪ければ俺は多少の犠牲は飲み込んでフビッタ=ザクゥを助けるぞ。フビッタ=ヌラァフ側が俺を殺し尽くせるほどの技術か兵力を持ち、フビッタ=ザクゥが劣勢だったらフビッタ=ヌラァフ側につくが。見ず知らずの人間? のために命までかける事はしない。一応敵対している理由を聞いておくか。

「な」

「答えろ」

 聞こうとしたら睨まれた。えええええ。質問無しですか。

 俺はここで味方をしないと言った場合とすると言った場合を天秤にかける。黙秘や逃亡も視野にいれる。味方をしないと言った場合、歓迎されるか、警戒は続くが敵対はされないかどちらかだろう。フビッタ=ヌラァフ側から攻撃的なアプローチはされなくなると考えて良い。味方をすると言った場合、恐らくここでこの俺は殺される。他のウィスプも見つかり次第ぶち殺されるようになるだろう。姿形を変えても無駄だ。もうウィスプが魔力でできているという事は話してしまったから、十中八九外見が違うだけの同一人物である事がバレる。黙秘はどうなるか分からないが、好印象を抱かれないのは間違いない。逃亡したら即座に魔法を撃たれて殺され、味方をすると答えた場合と同じになる。

 フビッタ=ザクゥがもつ技術や兵力は未知数。が、フビッタ=ヌラァフと同じぐらいか、それよりも弱いはずだ。でなければフビッタ=ヌラァフがフビッタ=ザクゥを侮蔑的に言うのはおかしい。やはりここはフビッタ=ヌラァフについておくのが得策か。

「……しない」

「フビッタ=ザクゥの味方をしないのだな?」

「私はフビッタ=ザクゥの味方をしない」

「そうか。ならば我々はお前を歓迎しよう」

 俺の返答を聞き、フビッタ=ヌラァフ=キャリグは笑顔で言った。俺も表向きは笑顔を作っておく。

 畜生、何か負けた気がする。味方宣言をさせられてしまった。ここ数十年で自分が情報的にも武力的にも圧倒的に有利な状態に慣れすぎた。もっと強気で押していっても良かったかも知れん。

 しかしここでNOと返事をして取り返しのつかない事になるよりはいい。別にこの返事で俺が不利になったわけでなし。多少の制限はついてしまったが、代わりにフビッタ=ヌラァフとの友好的な結びつきができたのだからチャラという事にしておこう。

 まったく、異文化交流も楽じゃないな。





おまけ

挿絵(By みてみん)

↑この世界の世界地図。出すなら前話だった気がするけど出し損ねた

フビッタ=ヌラァフ=キャリグ……死なない人の王

フビッタ=ヌラァフ=マフウ……優れた死なない人

フビッタ=ヌラァフ=ノン……普通の死なない人

フビッタ=ヌラァフ……死なない人

フビッタ=ザクゥ……下等な人



フビッタ=ヌラァフの言葉はかなり適当に訛らせて作っています。別に日本語に似ているからと言って日本語と関係があるわけでもないのでご了承下さい。単に言語を考えるのが面倒だっただけです。


ホビット→フビッタ

ノーライフ→ヌラァフ

魔法→マフウ

ノーマル→ノン

雑魚→ザクゥ

キング→キャリグ

ツインズ→ツィイズ


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ