十話 法術
魔法はイメージ次第でいくらでも変化する。炎を出したり岩を動かしたり音を伝えたり雷を落としたり、水を凍らせたり風を吹かせたり。当然ながら炎と雷は異なる現象であるから、炎魔法と雷魔法も何かしら異なった部分が無ければならない訳だ。
呪文も陣も必要の無いこの世界の魔法は、イメージによって現象を自在に指定できる。しかし魔法の効果の違いはイメージの違い、というのは正確ではない。イメージするだけでは魔法は使えないから。使用する魔力を意識しつつイメージしなければ魔法は発動しない。イメージが使用する魔力に何かしらの影響を与えた結果、魔力に何かしらの変化が起き、様々な魔法になっているのである。従って正確には(過程を重視するならば)魔法の効果は魔力の状態の違いであるはず。
今回メタトロンによって魔力を八種類のダークマターに分類でき、魔法のメカニズムに迫る足がかりを得た。これを活用しない手は無い。
実験内容はそれほど難しく無い。加熱魔法、冷却魔法、出現魔法、念力魔法、治癒魔法、転移魔法etc。異なる現象を示す様々な魔法を同密度・同量の魔力で使い、純魔力になった八分の七の魔力を捕集。それをメタトロンを使ってダークマターに分離し、その比を調べる。それだけだ。
詳しい手順は、
① 1.590908立法メートルのチオチモリンを用意し、魔力操作で魔力を抜き、タキオンを微量入れる。その後に無魔力空間内で中にグブレイシアンを入れて完全に保有魔力を0にする。火が消えて水の魔力が0になった事を確認したらグブレイシアンは水の中から取り出す。この際、チオチモリンは密閉容器に入れ、蒸発して体積が減らないようにしてある(※)。これを八つ作っておく。なお、チオチモリンの魔力帯性は0.11mpである。
② 2.0mp・0.8立法メートルの魔力を使って魔法を使用
③ 魔法にならなかった八分の七の純魔力(1.75mp・0.8立法メートルの魔力)を捕集
④ ③で得た魔力をメタトロンを使って八種類に分離
⑤ ④で分離したダークマターを①で用意しておいたチオチモリンにそれぞれ入れる。③で得た魔力を構成するダークマター比がNNN:YNN:NYN:NNY:YYN:YNY:NYY:YYY=1:1:1:1:1:1:1:1であるならば、計算上チオチモリンに入れられた魔力量が1.590908立法メートルのチオチモリンが魔力帯性で保有する魔力量を約0.11mp・0.000001立法メートル分上回るため、上回った分の過剰な魔力はチオチモリンの外に放出される。
⑥ チオチモリンの外にグブレイシアンを置いておき、放出された魔力を燃やさせる
⑦ グブレイシアンの火が消えるまでにかかった時間をそれぞれ計測し、比べる
となる。
わざわざチオチモリンに入れて~、という手順を踏むのは八分の七の純魔力をそのままグブレイシアンで燃やし尽くそうと思ったら、魔法に使った魔力量が極少量でも計算上何年もかかるからだ。
水やアルコールなどではなくチオチモリンを使うのは、物質では魔力帯性を超えた魔力を保持した場合の魔力の放出が指数関数的に起きるからだ(魔力が多いほど時間あたりの放出量も多く、魔力が少なければ放出量も少ない)。魔質ならば一瞬にして魔力帯性を超えた魔力を全て放出するので魔力量を計測し易い。
火が消える時間が全て同じならダークマターの比がNNN:YNN:NYN:NNY:YYN:YNY:NYY:YYY=1:1:1:1:1:1:1:1だという事であり、魔法で消費された魔力のダークマター比もNNN:YNN:NYN:NNY:YYN:YNY:NYY:YYY=1:1:1:1:1:1:1:1だという事である。NNNのダークマターを燃やしているグブレイシアンの火だけが他のグブレイシアンよりも早く消えた場合、時間差の分だけ八分の七の魔力に含まれるNNNの割合が少なかったという事であり、魔法で消費された魔力はNNNの割合が多かった、つまりNNN:YNN:NYN:NNY:YYN:YNY:NYY:YYY=1+α:1:1:1:1:1:1:1だったという事である。
とまあそういう理屈で思いつく限りの多種多様な魔法で試してみたが、見事に全てNNN:YNN:NYN:NNY:YYN:YNY:NYY:YYY=1:1:1:1:1:1:1:1で綺麗に揃った。どの魔法でも使用されるダークマターの比率は(少なくとも現在観測できる範囲内では)同じらしい。
密度も量も成分も同じ魔力で様々な魔法が発現するという事は、魔法の効果は成分では無く構造の違いで決定されるという事なのだと推測される。イメージとしては有機物の構造異性体。または順列。ABC三種類三個の要素でさえABC・ACB・BAC・BCA・CAB・CBAと六通りの組み合わせができるのだから、八種類のダークマターを数十個、数百個でできる組み合わせは天文学的な数になる。イメージ次第であらゆる効果を発現できるのもこの理屈なら納得できる。
続いて大気中の純魔力を捕集して分離。これもオール1:1。ウィスプ、有体アンデッド、人間の形質魔力もオール1:1。
が、精霊類の構成魔力には若干の偏りが見られ、NNN:YNN:NYN:NNY:YYN:YNY:NYY:YYY=1000:1000:1001:1000:1001:1000:1001:1001程度の比率となった。程度、というのは精霊の密度によって若干の変化があったからだ。密度を上げると10000:10000:10001:10000:10001:10000:10001:10001のように差が小さくなり、密度を下げると100:100:101:100:101:100:101:101のように差が大きくなる。つまり精霊類はNYN、YYN、NYY、YYYを特定数持っており、それに加算する形で八種類の同比率のダークマターから成る形質魔力を持っている、という事である。
このようなダークマターの偏りは有体アンデッドに顕著に見られた。
有体アンデッドから魔力を引っこ抜くと活動を停止する。魔力を失い活動を停止した有体アンデッドを無魔力空間に入れて燃やすと(高火力で一気に燃やすとアンデッドは再生しない)、グブレイシアンは燃やさなかった場合よりも長時間(1000gのグブレイシアンで三十分ほど)火を出し続ける。長く燃えた分の魔力がアンデッドの体に固着していた、という事である。この固着していた魔力が不老やら再生やらの効果を生んでいたのだろう。
で、この固着していた分の魔力を捕集して(※2)メタトロンで分離してみると、ぴったりNNN:YNN:NYN:NNY:YYN:YNY:NYY:YYY=2:2:3:2:3:2:3:3となる。やっぱりNYN、YYN、NYY、YYYが多い。NYN、YYN、NYY、YYYの共通点はB式分離がYesである(72℃~252℃のメタトロンが保有できる)という事だ。
これはあれか。継続的かつ無意識的な魔法効果を生む魔法の魔力はNYN、YYN、NYY、YYYの割合が多いって解釈でいいのか。
精霊は自身(魔力)の移動に合わせて特定の物質を移動させるという魔法的現象を起こせるが、別に意識して魔法を使っている訳ではなく勝手にそうなっている。アンデッドの再生や不老も意識して魔法を使いそうしているのではなく、アンデッドになった時にそういう状態になり、それが継続しているだけだ。
魔力の構成にNYN、YYN、NYY、YYYが多いから無意識的かつ継続的な魔法効果が発動していると考えれば状況的には合っている。少なくとも反証は無い。
NYN、YYN、NYY、YYYの割合が多い魔力で構成された継続的かつ無意識的な魔法効果を生む魔法、と長ったらしく呼ぶのもなんなので、俺はこれを【法術】と命名した。
魔法がNNN:YNN:NYN:NNY:YYN:YNY:NYY:YYY=1:1:1:1:1:1:1:1
法術がNNN:YNN:NYN:NNY:YYN:YNY:NYY:YYY=1:1:1+α:1:1+α:1:1+α:1+α
と、こういう魔力の成分になっている。
魔法、魔術、精霊術、錬金術ときて法術ですよ。精霊術も錬金術も法術も魔術から分離したようなもんだけど。魔法からは全然派生しないのな……いやいいんだけど。なんか魔術の研究を進めてる内にそこはかとなく魔法に近づいてる気もするし。どんな道筋で研究を進めても辿りつく先は同じなんじゃないかなーと思ってたり思ってなかったり。数学や物理化学もそんなんだからさ。
魔質の中で分裂するとどうなるのだろうかと思い、分裂しようとした事がある。
タキオンは魔力を消費して加速する魔質だから、うまく分裂時にその性質を反映できれば、魔力を消費して加速できる俺が生まれる。グブレイシアンだったら魔力を消費して火? を出す俺だ。チオチモリンはよく分からんし(魔質を分解する俺になるのか?)メタトロンは魔力がダークマターに分離してしまうので内部に入れないが、タキオンとグブレイシアンはそういう性質を持つ見込みがある。
が、四ヶ月以上経過しても分裂すらしなかった。
タキオンとグブレイシアンは「魔力を消費して」加速したり火を出したりしているのだから、魔力で構成された俺(の魔力)が入ればそれを消費して加速したり火を出したりする事は予測できた。魔力や魔法はダークマターの組み合わせで形作られているという仮定が正しければ、魔力が消費される事によって魔力の構造が歯抜けの櫛のようにボロボロになる訳だ。性質の記録どころじゃない。まー要するにタキオンとグブレイシアンの精霊が作れなかったのは意外でもなんでもなかった。
しかしチオチモリンでも分裂できなかったのはちょっと予想外だった。チオチモリンは魔力を消費しないから、普通に分裂してチオチモリンの性質を持つ精霊になるか、もしくは無形質のレイスになるかと踏んでいたんだが、まさか分裂さえしないとは。
魔質の精霊は作れない=魔力は魔質の性質を記録する事ができないという事なのだろうか? それともチオチモリンがたまたま精霊を作れない魔質だったのか? それはデータが少なすぎて分からない。化合物は魔化するか分からないから単体だけで考えても、原子番号1~103の百三種類もの魔質が存在する事になる。4/103の魔質で精霊が作れなかったからと言って残りの99/103の魔質も精霊が作れないと考えるのは早計だ。魔質の性質によっては精霊が作れるものがある可能性は充分にあるだろう。
では魔質の精霊が作れないのなら、魔質をアンデッドや人間に与えるとどうなるのだろうか? 実際にやってみた。
動物に魔質を食べさせると、消化もされずに糞と一緒に全て排出された。皮下注射をしたら少量だと影響が出ず、大量だと死亡。
アンデッドの場合は食べさせると胃の中に保持されるだけで、普通の物質を摂取した場合と変わりは無い。皮下注射すると人間と違って死にはしないが、別に特殊な効果も出なかった。
結果は大方予想通りだった。魔質は酸化しないのだから、酸化以外の化学反応も起こさない可能性も充分あった。魔質は全部匂いもしないから、魔質の分子? を嗅細胞が受容する事も無いんだろうし。魔質が物質と化学反応を起こさないなら、魔質は生体にとって単なる異物だ。食べてもそのまま排出されて終わりで、大量に皮下注射すれば血中の成分が変わって体調が激変し、死亡する。グブレイシアンは胃や腸の中で魔力を消費して火を出していたが、別にそれは生体の内部でのみ起こる現象でもない。
アンデッドは肉体に加えて体内に法術を持っているが、魔質はそれに変化を与える事も無かったようだ。
まー魔質食べただけで魔質の性質を持った体質になったり保有魔力が増えたりなんだりしたら苦労しない。魔質はアイテムとして使うのが常道。
魔質を組み合わせればマジックアイテムが作れるようになったりするんだろうか。今のところグブレイシアンを灯り代わり、タキオンを動力源に使っているだけ。あんまり魔法魔法した用途には使っていない。
もっとこう……魔法の杖とか……空飛ぶ船とか……無限に入る道具袋とか……こう、さあ。そういうのがあれば個人的には嬉しいんだけどな。この世界はファンタジーなのにロマンが圧倒的に足りない。
レベルないし。スキルないし。ドラゴンいないし。ダンジョンないし。亜人いないし。精霊いるけど俺だし。魔王いるけど俺だし。アンデッドいるけど俺が作ったものだし。
……後半俺ばっかじゃねーか。
いっそ監修・俺で世界をファンタジックに染め上げるのもいいかも知れん。ダンジョンぐらいなら造れる気がする……あ、いや管理がめちゃくちゃ面倒そうだ。精霊システムだけでも結構手間だし。あんまり風呂敷広げると収拾つかなくなりそうだな。やめとこ。
※
グブレイシアンを使って完全に魔力を無くす事ができるのは流体のみ。固体の場合、物質の内部にはグブレイシアンの火(魔力を消費している領域)が届かないため、物質が魔力帯性によって内部に持っている魔力を無くす事はできない。
この実験では流体の中でも比較的扱い易い水を選んだ。
余談ですがグブレイシアン1000gで0.11mp1cm3の魔力を消費しようとすると53時間42分かかります。
※2
2012.4/3、読者からのアイデアにより訂正。
強酸によって肉体を溶かして流体にし、肉体を構成する物質がまんべんなくグブレイシアンの火の範囲内に入るようにする。
十話のまとめ:
・基本的に魔力・魔法はNNN:YNN:NYN:NNY:YYN:YNY:NYY:YYY=1:1:1:1:1:1:1:1で構成されている
・有体アンデッドはNYN、YYN、NYY、YYYの割合が多い魔力を体に固着させている
・精霊の魔力はNYN、YYN、NYY、YYYの割合が若干多い
・NYN、YYN、NYY、YYYの割合が多い魔力は継続的かつ無意識的な魔法効果を生む魔法を発動させている。このような魔法を【法術】と命名した。
・法術には精霊の物質同調移動、アンデッドの不老・再生・身体強化などが分類される。
今回の話は書いてて化学の実験レポート作ってる気分になった。特に前半
折角研究のターンになったのに二話で一区切りついてしまった。次話からまたストーリーモードです。年代的にもそろそろ別大陸の話入れないとまずいので(というか今まで別大陸の探索をしていなかったのがありえないぐらいだ)、下手すると次話から十話ぐらい別大陸に行ってむにゃむにゃする話になる、かも
2012.3/31
感想で
『水などが魔力帯性値0.11mp以上を自然放出するなら魔質なしで魔力測定が可能になってしまうのでは。自然物全般で同じ位の値なあたり、魔質発見前にこれを基準としないのは不自然』
という指摘を頂きました。実際その通りで、グウの音も出ません。物語の流れを尊重するならば修正してしかるべきなのですが、修正しようと思うと他の設定との兼ね合いもあり、かなりの時間と労力が必要になる事が予測されます。従って読者の方には申し訳ないのですが、ここは「ご都合主義」という事で押し通らせていただきます。疑問に思われた方はスルーをお願いします。
2012.4/3
更に感想を頂き、訂正。ご都合主義を解除




