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ノーライフ・ライフ  作者: 黒留ハガネ
一章 不死の起源
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六話 霊体、草原

 困った事になった。

 昼頃、部屋をノックしても返事が無い事に気付いた妻がドアを開き、俺の死体を発見した。恥も外聞も無く泣きじゃくる妻を慰めようと近付いてみたが、危うく消滅しかけた。平均よりも魔力量・密度共にかなり低い妻でこれだ。ちょっと魔力の多い人間なら息を吹き付けるだけで俺を消し飛ばせるだろう。

 俺は部屋の壁をすり抜けて逃げ出した。

 村の上空をしばらく漂ってみたが村人は誰も気付かない。明らかに視界に入る距離まで近付いて声をかけてみても気付かない。どうやら見えないし聞こえない様だった。

 触れない見えない聞こえない。生者とコミュニケーションをとるのは不可能だ。寂しい気分になる。

 俺は上空から村の鐘が鳴り、俺の死体が運び出され、広場で薪を組んで燃やされるのをじっと見ていた。嘆き悲しみ涙を流す村人達を見て、ああ俺は慕われてたんだなと嬉しくなった。

 葬儀は一昼夜かけて行われ、骨は共同墓地に埋められた。土葬では無く即日火葬にしたのは俺の遺言だ。死体から変な菌が広まってもいけないから燃やしてもらった。

 葬儀の後数日は皆暗く沈み妻などは虚脱状態になっていた。皆沈痛な表情だ。俺は気を抜くと消滅してしまうので眠る事もできず――霊魂に睡眠は要らなかったようで苦にはならなかった――ずっと嘆く村人達を見ていた。

 変な話だが嘆かれるのを見ると嬉しかった。生前それだけ大切に思われていたのだという実感が沸く。失って初めて分かる大切さもあるのだ。

 しかしいつまでも嘆いていては先に進めないだろうと心配に思っていたが、村人強し。春の訪れと共に陰鬱な雰囲気は払拭され、明るさを取り戻し始めた。

 妻も徐々に大きくなるお腹を見ている内に悲しみを乗り越え、子供と共に強く生きる事を誓っていた。時折物思いに沈んでいたが、夏の始めには家族の気遣いに微笑みを見せるまでになる。

 ……俺が見守っていたのはそこまでだった。妻が元気を取り戻したのを確かめ、娘が生まれるのを見てからすぐに村を離れた。

 俺にとって村は危険過ぎる。

 地上付近に居ると村人や牛や鶏が持つ魔力で消えそうになる。空高く飛んでいれば村人の魔力に押される事も無いが、時折音も無く鳥が飛んできて生きた心地がしない。

 いくら思い入れがあり家族がいるからと言っても、24時間消滅と隣り合わせの日々は神経を磨り減らす。

 俺は村から東に離れた所にある草原に活動拠点を移した。背の低い草が一面に生い茂り、ステップというかサバンナというかそんな雰囲気だった。森や村と比べて生き物の気配は少なく、加えて見晴らしが良いため警戒もしやすい。

 俺はしばらくここで新しい体をならそうと考えた。魔力操作技術が更に安定すれば村に戻れるかも知れない。










 どんな場所でも楽しみは見つけられるものだ。俺は草原の野ネズミや昆虫を観察しながら幾度と無く移り変わる四季を過ごしていた。平坦に見える草原もじっと観察していると生命の輝きが満ちている。

 雨の日の後はミミズやモグラが土の下から顔を出し、それを狙った小動物が森からやって来る。春に草原の草は小さな白い花を咲かせ、夏になると少ない降雨と強烈な日差しの助けを借りて背丈を伸ばし、秋に実をつける。そして小さな実は冬を超えて再び春に芽吹くのだ。

 草原にもサイクルがあるらしく、大体三年置きに植生が変わる。白い花を咲かせる葉の細い草と薄い水色の花を咲かせる円形の葉の草が交互に草原を占有していた。見ていてなかなか面白い。

 草原の観察を行う一方、霊体にも慣れていた。今では気張らなくとも無意識に体をつなぎ止めておく事ができる。

 しかし相変わらず大気よりも濃い魔力に近付くと消えかける。一度芽吹いたばかりの弱々しい草の芽に触ろうとしたら手が消滅してしまった。半年ほどかけて魔力を手に流し再生させる事ができたがヒヤヒヤした。

 霊体は温度差に強いのは幸いだった。ある程度温度変化を感じても冬の寒さで凍える事はない。死んだ時に着ていた小麦色の通気性の良いローブっぽい服に紺の長ズボンを身につけている訳だが、霊体の温度差緩和が無ければ到底寒さを防ぎきれる装備ではなかった。ゴーストが凍死とか勘弁な。太陽を直視してもなんてこたーないし、耳がなんとなく遠くなった気がするし、恐らく五感全てが鈍っているものと思われる。

 十年かそこら懸命に魔力操作技術を研いていた俺は次第に限界を感じる様になった。幾ら強く体を固定するとしても限度がある。雑草にも触れないのに人間に触れる訳が無い。

 そこで自分の体の魔力密度を上げてみる事にした。

 俺の体の魔力密度を1、大気の魔力密度を2としよう。魔力操作を止めると俺の体は莫大な体積を持つ密度2に溶けてしまう。

 そこでわざと微かに魔力操作を緩め、大気中の濃い魔力をほんの少し自分の体に取り込んだ。

 毒物は摂取量を減らすと薬になる事がある。密度の濃い大気中の魔力は俺にとって有害だったが、極少量取り込む事で薬になった。

 自分の魔力密度を上げる事に成功したのだ。

 とは言っても密度の上昇率は僅か。密度1が1.001になったに過ぎない。あまり一気に上げようとすると多分消滅してしまうので地道に確実に行かなければならない。

 ゲームの最初の村付近でレベル99を目指している気分だった。マゾい。人生は死後もクソゲーだ。

しかし幸い時間はいくらでもあった。霊体は魔力操作を続けている限り劣化する様子は無かったし、寿命は無限なのだろう。霊体は老いる体を持たないのだ。

 俺はじわじわじわじわと自分の体を成長させていく。途中観察していたネズミが突然ジャンプして避け損ない下半身が消滅したり、飛んで来たハエに腹に風穴を開けられたりと何度も消えかけたが、どうにか存在を保っていた。

 あと数回消えかけて分かった事だが霊体には器官が無いらしい。体全体で一つの「個」を作っている。頭が消えても心臓が消えても大体半分以上体が残っていれば時間をかけて復活できる。

 まあ逆を言えば頭も心臓も内蔵にあたる部位が残っていても半分以上体を失えば消滅する。気をつけないとな。









 草原で暮らし、最初の二十年ほどは大体年一で村に顔を出していた。

 ばーちゃんが寿命で死んでしまう時は俺の様に霊体にならないかなと思ったが、息を引き取った直後にばーちゃんの魔力は一瞬で大気に溶け、消滅してしまった。

 魔力操作で魔力をつなぎ止められなければ霊体にはなれないようだった。

 哀しかったけれどどうしようもない。あの魔力を引き出す秘薬の原料になる薬草の自生地は俺しか知らない。村人が魔力操作技術を身に着けるのは不可能だ。しかし悲しい事ばかりでも無い。

 俺の娘は妻に似て美しく成長してくれた。村の男の誰もが振り返る美しさだ。父として誇らしい。

 娘はやがて男と結婚し、男は数年の研修の後村長となった。頭脳はイマイチだったが俺の残した法律の石盤を使ってなんとかかんとか村を治めていた。

 世界は俺が居なくても回っていくのだとしみじみ感じた。寂寥感はあったが、娘に、石盤に、確かに俺の生きた証は残っている。俺はそれなりに満足できた。










 村が消えたのは霊体になって二十数年経った頃だった。村があった場所には燃え尽きた家の残骸があるばかりだった。隣接していた家は全て全焼していて、離れて建っていた家に人の気配は無い。どうやら大きな火事が起きて引っ越したらしい。年に一度しか顔を出さなかったため気付かなかった。

 火事で家が燃えても建て直せばいいじゃないか、と現代人なら思うだろう。俺もそう思う。

 しかしここは文明が発達していない土地であり、迷信がはびこって深く根付いている。

 大きな災害(火災)が起きる=この土地は呪われている。

 そんな阿呆らしい公式も受け入れられてしまう。そういう迷信が確かに村にはあった。

 村跡の周辺を探したが既に人の気配はどこにもなく、村人達を見失ってしまった。

 俺は独りになった。

 寂しくないと言えば嘘になる。しかしまだまだ人間を探し人間の近くで暮らすにはこの体は弱過ぎる。

千里の道も一歩から。まずは体を強くしないといかん。

 遠いなぁ……生前レベルまで魔力濃度を戻すにはどれだけかかるのやら。





主人公は未だミジンコにも殺される(消される)レベル

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