六話 万死の長城
法暦41年、帝国と連合国が戦争をおっぱじめた。
なんてーのかね、帝国がね、もう戦争好き過ぎだろと。アンデッドや死霊教徒、精霊を使って戦争回避の方向に誘導しようとしたんだが押し切られて開戦。無理やり戦争を回避させようと思えばできたが、その場合後々に禍根を残すような相当強引な手段をとる必要があっただろう。
今回の戦争の火種は端的に言えば領土問題である。
俺達がいるこの大陸は大雑把に見て南北に横たわる瓢箪型をしている。北に小さめの丸があり、それと繋がって南に大きめの丸がある。教国は北の丸にあるが、北端に急峻な山脈が連なりそこは国土に含まれないし(魔王城があるのはこの山脈)、東方は未開の森(里がある森)が占めている。まあ東の森と山脈付近以外は全て教国領なので割と大きな国ではある。
一方教国から瓢箪のくびれ部分を切断するように走る大河を隔てて南に位置する帝国は、南の大きい方の丸の大部分を占めている。中央を南北に山脈が走っているがそんなものものともせず広大な領土を保っている。
で、連合国は南の丸の南西部を虫食いのように切り取った比較的小さな国なのだが。
連合国の海岸の沖合いには暖流と寒流がぶつかる潮目があり、種類も量も豊富な魚介類が獲れる。港にするのに適した波の穏やかな湾が多数にあるし、南部にある港なので冬に港が凍る事も無く年中漁ができる。更にその湾に流れ込む大小様々な川があり、水運に優れ、水源の確保が容易な上に、過去に度々起きた氾濫のおかげで周辺の大地はこれ以上ないほど肥沃だ。海側からたっぷりと水分を含んだ風が吹き付けてくるため雨量も多い。まあそのせいでよく川が氾濫するんだが。
とにかくそういう気候・風土のおかげで連合国の国力は国土に対してかなり高めだ。
連合国は統一前は「イクシニア」「キオ」「ナナナン」「パッツァモネ」「テスラマスラ」という五つの小国群だった。それが統一の際に行きがけの駄賃だと言わんばかりにちゃっかり帝国の領土の一部をぶん取って連合国として独立したのだが、これが帝国には凄まじく気に喰わない。自分のところの領土をどさくさに紛れて取られたというのもあるし、今までほとんど属国だった国(犬)に噛み付かれた怒りもある。
独立してからこっち、ずっと帝国は連合国に領土を返せ返せと言い続けてきたのだが、連合国としても今まで散々自分達から搾取してきた帝国にはビタ一文やれねぇとばかりに譲らない。
そんな訳でずっと帝国と連合国の関係は一触即発の状態だった。戦争に発展しなかったのは帝国のトップ、シモンがアンデッドの脅威を身に染みて知っていたからだ。迂闊に連合国と争えばアンデッドに漁夫の利を取られかねない。帝国民も魔王城攻城戦で生き残った英雄シモンの言に従い、渋々とだが戦争を仕掛けて力ずくで領土を取り戻そうとはしなかった。
どっこい法暦39年にシモンが崩御し、その年若い息子に代替わりしてからは途端に戦争の気運が高まった。新皇帝はシモンから口がすっぱくなるほど安易に戦争起こすなと言い聞かせられていたにも関わらず、帝国人らしいというか若気の至りというか、連合国も魔王軍もまとめて滅ぼせばいんじゃねwwwwwとアホな主張をした。そしてそれにハイテンションで乗っかる帝国民達。魔王討伐失敗でぐちゃぐちゃになった軍が回復してきた矢先にもう調子に乗ってやがる。喉もと過ぎれば熱さ忘れると言うが、これは酷い。
なんなの? 馬鹿なの? 死ぬの? いやほんとに。
魔王城攻城戦でフルボッコにされたじゃん。魔法使いを含めた精鋭部隊でさえ返り討ちだったじゃん。死者の怨念が魔王の邪悪な魔力によってウィスプになるとか、大量に人が死ぬと負の力が凝縮されて強力なアンデッドが生まれるとか、その他これでもかと言うほど戦争したくなくなる情報を精霊経由でばら撒いてたのに。
なんでわざわざ国を疲弊させてアンデッド量産するような事すんの? 領土返して欲しけりゃ戦争じゃなくて国交でなんとかしろよ。無理か。生き馬の目を抜く商人達の国でもある連合国と脳みそチンパンジーの帝国では分が悪すぎる。駄目だこいつら、早くなんとかしないと。
しかしなんとか出来ませんでした。情報操作しても数人戦争の要になりそうな奴を暗殺しても開戦は止められなかった。例え皇帝を殺しても首がすげ変わるだけってのが厄介だ。血筋で帝位継承になったけどそのへんの体質はあんまり変わっていない。
もういいや勝手に死んでろお前ら……とはいかんよな。戦争起こされると人がごっそり死ぬんだよ。せっかく精霊とアンデッドのマッチポンプでトータル人類のプラスになるようにしてんのにバランス崩れるだろうが。
という事で戦争が起きるのはもう仕方が無いとして、できるだけ犠牲を減らしてやる事にした。
この戦争の原因となっている領土問題は実にめんどくさい。お互い譲る気は一切ないから、帝国が領土を取り返してもしばらく経てば連合国が再び取り返そうとする。どちらが勝っても延々と領土の奪い合いが続く。泥沼だ。
戦争で出た死体を回収すればアンデッドを増産できるが、そんなに増産してもあんまり意味は無い。俺は別に世界を滅ぼしたいわけじゃねーからさ。いや表向きは滅ぼしたがってるって事になってるけども。やめてよね、俺が本気になったら人類が十秒以上存在できるわけないだろ。
ベストは今回の戦争の犠牲を最小限に抑え、今後の戦争が起きない、起きても死者が出ない状態を作り上げる事だ。その状態に持っていくには外交を利用したり精霊を利用したりと色々案は考えられたが、結局は物理的に領土戦争ができない状態にするのが一番だという結論に至った。
古来、漢民族は北方からの匈奴の侵入を防ぐために万里の長城を築いた。それに習う。連合国と帝国が領土の取り合いをするなら、二国を分断する壁を造ってしまえばいいのだ。そうすればお互いに攻めようとしても文字通り壁にぶつかって戦いにならない。
とは言えいきなり何の前触れも無くデデンと壁を造る訳にはいかない。壁の建造自体は俺が人海戦術であっと言う間に終わらせられるが、アンデッドが馬鹿でかくてながーい壁を一晩にして造れるという情報を人間に与えるのは好ましくない。そんな事ができると脅威が大きすぎるから。人間には「勝つのは難しいけど頑張れば勝てそう」な存在として魔王軍を認識させておかなければならないのだ。設定上、人間が降伏したら皆殺しだかんな。
俺はまず連合国と帝国に問題となっている領土の中心付近で衝突するように裏から手を回した。目論見通りぶつかり合う二軍。初日の会戦は双方相当数の被害を出して夕方になり、痛みわけとなった。しかし帝国はまだ諦めていない。軍を再編し、すぐにもう一度攻めようとしている。
さ せ る か !
会戦で出た死体はほとんど回収・焼却・首刎ね処理されていなかった。というか俺が死んだそばから魔法でコッソリ地中に引きずり込んで、アンデッドにできないような処理を施されないようにしたのが相当数あるんだがそれはいい。俺は大量に出た死体を一斉にゾンビ化させる。一晩にして出来上がった死者の軍団。更に魔王城から転送魔法で送ったそれなりの数の石材。
果たして夜明け後、両軍が目にしたのは起き上がった無数の死者達が石材を積み上げて防壁を造っている姿だった。
「な、なんだあれは?」
夜が開け、日の出と共に再び帝国と矛を交えんと軍を率いてきた連合国軍将軍、シャダイは遠目に見える信じられない光景に愕然として呟いた。シャダイ将軍の傍に控える近衛兵も困惑した様子で同じ方向に目を向けている。
「アンデッド、でしょうか?」
「あれが全部か? あんな数見た事も無いぞ! 千体はいるではないか!」
自信なさげに言った近衛はシャダイ将軍の怒声にビクリと肩を跳ね上げた。
「そ、そうは申されましても、昨日の戦いで死んだはずの連合国軍の兵士の姿も見られるようですし、これは……」
シャダイ将軍は歯噛みした。まずい、非常にまずい。アンデッドは強力な兵士だ。腹に風穴が空いても、腕がもげても躊躇無く人間を襲う。更に無限の体力を持ち、何日でも戦い続ける事ができるし、何日でも休まず労働し続ける事ができる。魔王による命令で完璧に統率が取れており、複数体集まった時は精霊使いが出なければ手に負えない。中にはかつて王国や帝国が振るった、今は魔王軍の専売特許となっている魔法まで使うアンデッド、リッチもいる。
一般人が元になったらしいアンデッドでさえそうなのだから、体を鍛え技を身に付けた兵士のアンデッドとなればその精強さはまた段違いに増す。
今はそんな「兵士が元になった」アンデッドの大群が粛々とどこから持ってきたか分からない石材を積み上げ、防壁を築いていた。未だ脛程度の高さではあるが、横に端が見えないほど長く積まれている。一晩でこれだけの防壁を築き上げたのだ。一ヶ月もあれば見上げるような高さになっているのは想像に難くない。
アンデッドも気まぐれに防壁を築いているわけではないだろう。どうも防壁は二重になっているらしく、二重の防壁の内部にもどうやら基礎が造られているように見える。まず間違いなく内部に兵を収容できる造りだ。帝国と面した領土にそんなものを築かれては二度と帝国に攻め込めなくなるばかりか、防壁を造っているアンデッドが攻めてくる可能性すら考えられる。
アンデッドは全人類の敵だ。今すぐ止めさせなければならない。
アンデッドの本拠地、魔王城は北の果てにあり、南下に対して教国が睨みを効かせている現状、連合国はアンデッド対策をあまり取らずに済んでいた。精々が市井に紛れ込んだアンデッドのあぶり出し程度で、アンデッドと正面きって戦うような部隊は用意していない。が、こんな連合国の目と鼻の先に拠点を造られてしまえばその脅威度は今までと比較にならない。
帝国に金を対価に領土を受け渡し、戦争を避けていればこれほどまでに大量のアンデッドを呼ぶ事も無かった。戦争がアンデッドを生むとは言え精々百体程度と見積もっていたのだが、アンデッドの発生数を見誤ってしまった。そのせいで連合国の危機だ。
しかし、
「ふむ、防壁か……」
帝国が戦好きな武人気質なら、連合国は転んでもタダでは起きない商人気質。シャダイ将軍はこの逆境からいかにして利益を生むか考え始めた。
アンデッド達が防壁を建造している場所は平原である。小石程度は転がっているかも知れないが、量は知れている。決して壁にできるほどの数も量もない。ところが実際にアンデッド達はどこから持ってきたのか石材を積み上げ続けている。
連合国が同じ事をしようとすれば、まず石材の調達から問題となる。海産物や農産物が豊富な連合国は鉱物資源、石資源に乏しい。あれだけの防壁を造ろうと思えば大量の石を帝国から輸入しなければならないだろう。この時点で計り知れない金がかかる。更にその石材を運ぶ人足の代金、実際に防壁を造る工費。連合国が今アンデッドが築いているものと同じ防壁を造るのは現実的ではない。
魔王軍が所有する防壁、という観点で防壁を見ると至急破壊すべき厄介極まるものであるが、防壁単体で見た時は実に有用だ。あれだけの規模の防壁があれば帝国からの侵略への防備が非常に楽になる。今後国防の心配はほぼ皆無になるだろう。国防経費が激減する事による利益は莫大だ。
つまり、アンデッドに防壁を造らせるだけ造らせ、完成してから奪ってしまえば良いのである。それができれば連合国はほとんど丸儲けだ。
しかし問題は防壁を奪う際に予測される被害と、連合国が奪う前に帝国軍が奪ってしまわないかという――――
「将軍! 帝国軍が現れました! アンデッドに攻撃しています!」
「何ィ!?」
俯き、打算に満ち満ちた思考の海に沈んでいたシャダイ将軍は、近衛の報告に顔を跳ね上げた。
見れば確かに帝国軍が一斉に防壁を築いているアンデッド達に襲い掛かっていた。剣が閃き、風が荒れ狂い、火が燃え盛り、土が隆起してアンデッドを飲み込む。対するアンデッドからも衝撃波が乱発され、火球が無数に撃ち出されていた。精霊使い達と死の底から蘇った者達の超常的力が神話の再現かという激しい戦いを巻き起こしている。
「加勢いたしますか? アンデッドはここで叩いておいた方が良いのでは」
「そ――――いや待て、待機だ。戦わせるだけ戦わせておけ。帝国にアンデッドの数を削らせるのだ」
「は。了解しました。全軍待機!」
近衛に号令を出させている間も、シャダイ将軍は計算高い冷徹な目で戦況を観察していた。
アンデッドを攻撃するのはまったくもって正しい。なにせ人類全てにとって百害あって一利無しの害悪だ。倒せるなら倒せるだけ倒してしまった方が良い。そして自軍に被害を出さずに倒せるならそれが最良だ。
帝国がアンデッドを倒すというのならやらせて置けばいい。どういう決着になるにせよ帝国は疲弊し、アンデッドの数も減り、連合国は労せず利だけを得られる。連合国はとりあえず静観し、帝国かアンデッドか、勝った方を叩けば良いのだ。
帝国軍五千対アンデッド千。最初戦況は拮抗していたが、時が経つにつれてアンデッド側が押していった。どうやらウィスプもいたらしく、帝国軍は上空の見えない敵からの絨毯爆撃に晒され、精霊使いが全員対空防御に回った。そのせいで帝国兵はアンデッドと白兵戦に持ち込まれ、体力と数を削られていったのだ。昨日の戦いで学習したのか殺された・致命傷を負った同胞がアンデッドとして蘇らないように即座に首を刎ねる事を徹底しており、その隙を突かれたというのも大きい。
単純な白兵戦なら体力差があるとは言え五千対千、十分押し切れる差ではあるが、時折ゾンビに紛れたリッチが魔法を飛ばすため攻めあぐね、終には帝国軍は千まで減って指揮系統が保てなくなり、撤退していった。アンデッドは二百ほど残っている。途中から絨毯爆撃が無くなったのでウィスプも相当数いたのがほとんどやられたと見えるが、肉体のあるアンデッドだけ見れば八百しか減らせていない。四千の犠牲を出し、八百。やはりアンデッドとの戦いは割に合わない。
「信じられん馬鹿さ加減だ……いや、半数以下に減ってなお軍の体裁を保っていられた指揮能力を褒めるべきか」
シャダイ将軍は呆れ返って言った。帝国兵の気質からしてある程度食い下がるだろうとは考えていたが、まさかここまで派手に自滅してくれるとは。
「追撃しますか」
「いや、やめておこう。奴らは馬鹿ではあるが愛すべき馬鹿共だ。今回のこれは国という規模で見れば馬鹿だが、人という種族で見れば間違いなく英雄だろうよ。お疲れの所に蹴りを入れるのはいくらなんでも道理に反する……それに撤退したのは精霊使いばかりのようだ。軍属であれ精霊使いを減らすのはまずい。アンデッド共に蔓延られても困る」
シャダイ将軍は肩を竦めて言った。後半の理由が大部分を占めているが、前半を建前にしておくに越した事はない。近衛も得心した風に頷く。
「は。もっともです」
「うむ。では風精霊使いをこれに。主席代表殿(※連合国のリーダー)に報告をする。軍は防壁が見えない程度の距離まで下げて陣を張らせておけ。アンデッド共が防壁を完成させ次第、即座に奪い取る」
「は。了解しました。全軍反転!」
シャダイ将軍は再び防壁を築き始めたアンデッドを眺め、ひそやかな笑い声を漏らした。
帝国が援軍を連れて引き返して来るとしても、最低十日はかかるだろう。いくらアンデッドとは言え、二百の小勢であれだけの防壁を守るには無理がある。犠牲は出るだろうが、数を揃え面で押していけば確実に落ちるだろう。あとはこちらが防壁を占拠して有効活用してやれば良い。
この防壁の乗っ取りが成功すれば大将軍の座に上り詰めるのも夢ではないと、シャダイ将軍は機嫌よく取らぬ狸の皮算用を始めた。
「この時、シャダイ将軍はあんな事になるとは思いもしなかったのである、と。魔王城から三千体ぐらい転送しとくか」
ロバート「そんな作戦で大丈夫か?」
シャダイ「大丈夫だ、問題ない」
2012.3/16
サブタイトル変更
2012.3/23
法暦修正




