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ノーライフ・ライフ  作者: 黒留ハガネ
三章 魔力の深奥
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五話 白い粉末

 法暦40年、魔力密度を上げていた数体のウィスプが宙に溶けて消えた。

「早い! もう魔化したのか!」

 思わず叫んだ俺は悪くない。もう何が起きたのかは分かりきっているので、例によって魔王城の研究室でさっさと検証を始める。三つ目の魔質の発見まで長丁場も覚悟してたけど全然そんな事はなかったぜ。

 魔力が宙に溶けて消えたって事は空気中の何かしらの成分が魔化したという事だ。窒素か、酸素か、アルゴンか、二酸化炭素か。その他微量成分の可能性もある。

 内部が観察しやすいようにガラスで密閉容器を四つ作り、複製魔法の応用で分離した窒素、酸素、二酸化炭素、その他(主成分はアルゴンのはず)をそれぞれに入れる。そして各空間に俺突撃。結果、窒素が入っている容器のみが魔力を吸収した。魔化に必要な密度は統一密度1.165だ。

 ふむ、炭素、水素と来て窒素の魔化か。日本語だと~素ばっかだな。だからどうしたって話だけど。

 窒素に統一密度1.0の俺56892体分の密度1.165の俺達を突っ込んだら、容器の底に白い粉末が溜まった。計測してみた所、できた白い粉末は24gで、それに対して窒素は質量にして48.03g減っていた。ほとんど半減だ。

 これで窒素の質量減少率が35.2%減のような微妙な数字だったらますます分からなくなる所だが、ほぼ半減。と、いうことは、これは中性子の問題なのではなかろうか。魔化時の質量消失は中性子の消失と考えれば筋が通る。

 水素のほとんどの原子は中性子を持たない。同位体として中性子をもつ原子もあるが、全体としては極僅か(※)。水素を魔化させるとその「全体としては極僅か」の中性子が消失するため、24gの水素を魔化すると0.19gの質量が消失する。

 炭素はその質量の約半分が中性子だから、魔化すると質量は半減する。最近単位計測の精度が上がったので改めて計測しなおしてみると、炭素の質量減少は24g→12gではなく24.02g→12gだった。小数点以下が同位体の分だろう。窒素も同様。ちなみにこの時消費した俺の数は56892体ではなく56909体。質量が違えば消費する俺の数も違うのは当然だ。

 結論、魔化時に物質は中性子を(正確には中性子と等量の質量を)消失させる。これで原子量がお手軽に分かるようになった(※2)。

 正確な計測は科学の基礎だと痛感した。大雑把な単位使ってたら分かるまでに相当時間がかかっただろう。

 そしてもう一つ分かった事。

 魔化密度が低い順に並べると、水素が0.167で、炭素が1.0で、窒素は1.165。こうして炭素を1.0と置いて数値化すると分かりにくいが、水素を1.0と置くと炭素は6.0、窒素は7.0となる。

 単体の原子番号(陽子数)ですね、分かります。

 魔化密度が陽子数と対応していると考えればここまでの流れも分かりやすい。

 自然界に認識できるほどの量が身近に存在する単体元素の中で、最も陽子数が少ないのは炭素だ。従って真っ先に魔化したのが炭素。次に魔法で作れる単体も含めると、炭素の魔化密度以下で魔化できるのは水素のみだ。よって水素だけが魔化した。今まで水素を作る機会はあったが、水に魔力で触れて水素を作る事はあっても水素に魔力で触れてどうこうする事は無かったので水素の魔化に気づけなかった。そして今は魔力密度が上がり、炭素の次に陽子数が多い窒素を魔化できるようになった。

 この推測が正しければ次に魔化するのは陽子数8の酸素だな。推定される魔化密度は1.3333333、ってめんどくせぇええええええええええ! 統一密度なんて使ってられるか! 炭素の魔化密度を12.0と置いた新しい密度の単位を使った方が遥かに分かり易い。そうだな、mpとでも名付けようか。以後、炭素の魔化に必要な最低密度を相対密度12.0mpと定める。

 さらば統一密度。短い付き合いだったな……

 一分子が持つ陽子数で魔化密度が決定されると考えると魔化密度が水素2mp、炭素12mp、窒素14mpなのはおかしいから、今は「単体ではその単体を構成している元素の陽子数で魔化密度が決定されているらしい」という事しか言えない。化合物はどう計算すりゃいいのかはちょっと分からんな。例えば二酸化炭素だと炭素一個と酸素二個の陽子数を足せばいいのかも知れないし、炭素元素と酸素元素の陽子数の和か積なのかも知れないし、分子の中で一番陽子数が多い元素で魔化するのかも知れないし、また別の計算式なのかも知れない。情報が少なすぎてお手上げだ。この問題はひとまず先送りにしておく。

 さて。質量消失の法則を掴み、密度単位を変更したところで新しい魔質の性質検証に移る。

 融点はグブレイシアンと同じで目盛りが振り切れたため観測できず。融解した事にはしたんだけどな。密度は特別高くも低くも無い。塩と同じぐらいだった。強度はそれなりに高く、融解させて作った塊をロザリーに鎚で全力で叩かせても少し変形するだけで砕けはしない。しかし磨いても光沢は出なかったので金属的性質は示さないようだ。

 他二つの魔質と同じく酸化せず、魔化密度と同密度の魔力までしか帯びる事ができなかったが、高密度の魔力に晒しても変化を見せず、真空中に入れても変化せず。色々試していると白い粉末ではなくチオチモリンの魔法的性質が詳しく解明された。

 白い粉末の塊をチオチモリンに入れた所、塊は分解されてチオチモリンに溶け、白い液体になった。チオチモリンはやはり魔質全般を溶かすらしい。で、そこにグブレイシアンを混ぜるとどうなるかと思いグブレイシアンを投入したら、グブレイシアンは溶けずにそのまま沈んだ。

 なんだ溶けるのは先着一種類なのか、と思ったらそうでもなく。グブレイシアンが溶けたチオチモリンに白い粉末を入れると、チオチモリンはサッと白く変色し、それまで出ていたグブレイシアンの性質を示す火は消え、黒い粒が沈殿した。その粒をすくいとって乾燥させると火のような光を出し始め、他の性質もグブレイシアンと一致。沈殿したのはグブレイシアンだ。

 つまりチオチモリンは白い粉末を優先して溶かし、グブレイシアンを同時に入れるとグブレイシアンは溶かさない。グブレイシアン→白い粉末の順に入れると黒と白が混ざった灰色にならず、グブレイシアンが粉ではなくもっと大きな砂粒程度の大きさになって沈殿する事から、グブレイシアンの分子? を結合させて沈めている事も推測される。

 この時チオチモリンが溶かす魔質の優先順位は相当量に差が無いと無視されない。100gのグブレイシアンが溶けているチオチモリンに0.1gの白い粉末を入れても、グブレイシアンは沈殿する。流石に1kgグブレイシアンを溶かしたところに爪楊枝の先に微かにつけた白い粉末を入れてもグブレイシアンは沈殿しなかったが、ちょっとやそっとグブレイシアンの量が多くても白い粉末が優先して溶けるようだ。なんとなく金属の電気分解っぽい気がしないでもない。電気流してないけど。

 この性質を利用すればグブレイシアンの粉末と白い粉末が混ざってしまっても簡単に分離できる。混ざって困る事なんてあんまりないだろうからだからどうした、なんだけども。

 とまあそんな感じでチオチモリンの性質が新しく判明したのはいいが、白い粉末の性質が判明するまでには半月も時間がかかった。

 無魔力空間に長時間放置してみたり、極端に冷やしてみたり、高密度の魔力に晒し続けたり、逆に低密度の魔力に晒し続けたり、グブレイシアンの火に当ててみたり、色々やってみたがこれと言った性質は示さず。

 こりゃ分からん、と何か思いつくまで放っておこうとしたら、シルフィアが白い粉末を首飾りにしたいと言い出した。

 里では宝石が割と簡単に手に入る。目ン玉が飛び出るほど高価で貴重な芸術品も複製魔法で量産できる。そんな里で富の証となるのは素材だ。金や銀は素材そのものが貴重であるため、複製が容易ではなく、里でも価値が高い。グブレイシアンともなれば現在俺にしか造れず、自然界に存在しないため、金より遥かに高価だ。

 が、グブレイシアンは微量だが一応硬貨に使われているし、ランプとして配給もされている。しかし白い粉末は全く流通していない。研究用に魔王城にしか置かれていない。レア度基準の価値で言えばグブレイシアンよりも高い。それをシルフィアは富と地位の証明として欲しがった。

 シルフィアは選民思考強いからなぁ……私は有象無象の愚民共とは違うんだ! みたいなね。エルマーへ見せびらかすためというのを抜きにしても着飾りたがるし、権力を持ちたがるし(里の中だけとは言え完全に独裁体制だ)、相手よりも上の立場にいたがる。帝国の人間なんてあからさまに見下してる。帝国がエマーリオを評価していなかったら今頃帝国滅びてるんじゃねーかな。

 でもまあ見下しているからと言って奴隷のように働かせたり拷問で遊んだりするわけではないので……アンデッドで人間を陥れているが、あれは精霊でトータル人類のプラスになるようにしているからOKという感覚。それならいいんじゃねと思えるあたり俺も大概思考回路が一般的人類から外れているのだろう、ってそんな自己分析はどうでもいいんだ。とにかくシルフィアの選民思考を満足させてやっても害はないので要望を聞き入れる事にした。

 頼まれたのは首飾りだから、白い粉末を融解させて塊にし、球形に加工していたのだが……

 加工中にたまたま窓を開けていて、そこからそよ風が吹いてきていた。ロウソクの火がゆれる事でやっと分かる程度の微風だったのだが、その微風で机の上に置いていた白い粉末の玉が一斉に転がりはじめた。玉はコロコロと転がり、机から落ち、そのまま部屋の隅まで転がっていった。

 ……あ、あれ? そんなに強い風じゃなかっただろ今のは。なんでそんなに転がるんだ。

 そこで俺に電流走る。これだ白い粉末の性質!

 球ってのは摩擦係数が非常に低い形だ。平たく言えば小さな力でも動かせる形である。とは言っても流石に球形とは言ってもあんな微風であそこまで転がるのは異常だ。つまりそういう事を起こす魔法的な何かしらがあった、という事である。推定、加速させる性質。

 今まで白い粉末は粉末のまま使うか、体積を測り易い立方体や直方体にしていた。加速させる性質と言ってもそこまで効果は大きくないのだろう、球形以外では摩擦係数が大きすぎて動かず、性質が分からなかったのだ。

 試しに均等な大きさの球を転がした上に薄い板を置き、塊にした白い粉末を乗せてそーっと突いてやると、板はゆっくりと移動しはじめ、少しずつ、しかし明らかに速度が上がっていった。

 うむ。つまり白い粉末は運動ベクトルを与えると加速していく魔質だったんだよ!

 これは命名に迷いは無いな。「タキオン」一択だ。白い粉末改めタキオン。しっくりくる。

 この性質が分かってからタキオンで歯車を作り、ベアリングで回りやすくして回転させた所、じわじわと回転速度が上がっていき、一日経つ頃には速度も安定して(空気抵抗の摩擦の関係だろう)、延々と回り続けていた。十日経ってもまだ回る。一ヶ月経ってもまだ回る。回り続ける。

 おい。

 おい。

 チートってレベルじゃねーぞこれ。永久機関じゃねーか。

 戦慄する俺。永久機関はこんな簡単にできていいものじゃないだろ。

 流石におかしいと思ったのでタキオンもグブレイシアンと同じように魔力を消費しているのではと疑い、完全固定の無魔力空間+グブレイシアンのコンボで完全に魔力が存在しない空間を作ってタキオン歯車を入れてみたら、歯車は失速していき、やがて止まった。完全固定の無魔力空間に回転しているタキオン歯車だけを入れても48時間で止まったので、タキオンはグブレイシアンと同じペースで魔力を消費して加速を行っているらしい。そうだよな、流石に永久機関はねーよ。

 ……でも大気魔力で延々と加速が続くって事は事実上永久機関だ。ぱねえ。

 もしかして酸素が魔化したり金が魔化したりしてもこういうチート物質……物質? になるのか? チオチモリンは実用性は無いが思わせぶりな性質してやがるし。夢が広がるどころの話じゃない。うひひひひひひひひひひひひひひ、み な ぎ っ て き た !

 これはもう魔術の未来は超新星爆発並に明るいな!

 ……魔術の未来は……

 ぬう。なんか違うな。

 物質の魔化は魔法では無いし、魔術とも少々違う。死者が起き上がるわけでなし。魔力圧縮のおかげで起きた現象ではあるが、魔力圧縮をせずとも高密度の魔力があれば魔化は起こるんだよな。

 いっそ新しい分野として独立させてしまうか。おあつらえ向きな名称もある事だし。

 という事で、物質の魔化に関連する魔法の分野を新しく「錬金術」として定めた。別に金は作らんが前世では生きた箒作るのも真理の扉開くのも錬金術だったからな。別にいいだろう。

 意思で魔法を起こす魔法と、魔力を操作し密度の増減と死者復活を行う魔術。そして高密度の魔力で魔質を創造する錬金術。夢と研究の幅が広がった。


 最初から56909人で計算してた方が分かり易かったかな(′・ω・)

 でも最初にグブレイシアンが魔化した時点でそこまで正確に質量を計測できたのかと言われると否。単位をメートル法に移行したばっかだったし。分かり易さよりも展開の自然さを選びました。

 あとロバート一体の体積はピッタリ0.06立法メートルで計算しています。はかったわけでもないのに丁度0.06立法メートルってのも奇跡的過ぎますがご勘弁を。

 この話を書いていて水素を1.0mpと定めた方が話の流れが自然だという事に気付いたのですが、もう炭素12mpで設定資料を作ってしまっているのでこのままいきます。

 タキオンの加速についてですが、作者は物理が苦手なのであんまり詰めていません。2kgあたり0.35J/sのペースでエネルギーを加速に使っている、という事にしてありますが、摩擦やら空気抵抗やらを考えるのが面倒なので、タキオン歯車が最終的にどれぐらいの速さで回る事になるのか、という具体的数値の描写はぼかしてあります。


暗黙の了解でロバート達の星に存在する原子の存在比は地球と同じという事にしておいて下さい。存在比は地球と同じかなー? なんて検証をしていたら魔法研究が進まなくなるので。ご都合主義って便利。


※2

単体元素の魔質を陽子数×2g作った時、魔化した物質の質量が原子量となる。



五話のまとめ:

・物質が魔化すると中性子分の質量が消える。

・窒素が魔化するとタキオンになる。

・タキオンは運動ベクトルを与えると魔力を消費して加速を行う。

・チオチモリンにタキオンを溶かすとグブレイシアンは沈殿する。

・統一密度を廃止し、炭素の魔化密度を12mpとした

・魔質や魔化に関連する分野を【錬金術】として独立させた。



2012.3/23

法暦修正

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