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ノーライフ・ライフ  作者: 黒留ハガネ
三章 魔力の深奥
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四話 不思議な水

 統一魔力を定めてからすぐに俺は思い違いに気付いた。ダイヤモンドは宝石であるが、宝石という概念自体が人間が勝手に定めた線引きに過ぎない。宝石と言ってもダイヤモンドはただの炭素の塊だ。そんな事にも気付かなかったなんて馬鹿過ぎる……いや、常識外の性質を示したグブレイシアンを前に混乱していたんだ。ファンタジーな魔法なんていう物理法則を超越する現象が存在する世界だから宝石で物質が括られてるという先入観が、ってこんな自己分析どうでもいいか。

 で、弄くり回していたエメラルドやらトパーズやらを放り投げて黒鉛に統一魔力1.0の魔力で触ってみると、普通にグブレイシアンになった。どう考えても炭素→グブレイシアンです、本当にありがとうございました。

 しかし炭素がグブレイシアンになるとは言っても炭素成分が多ければいいという訳でもないらしい。石炭は変化しなかった。石炭は炭素成分が……えー、凄く多いが炭素の単体ではない。硫黄混じってるし、確か水素や酸素も混ざっている(※)。炭素を含んでいたり、炭素が多いだけで変化するなら人体がゴッソリグブレイシアンになったり二酸化炭素が空中でグブレイシアンになってウワァァァ人魂ァァ! な状態になったり石炭も大部分がグブレイシアン化したりするはずで。そうならないって事は炭素がグブレイシアンになるには単体でなければ駄目なのだ。

 ちなみに黒鉛からできたグブレイシアンだが、ダイヤモンドよりも脆く、強く擦っただけでボロボロ崩れた。まあダイヤモンドよりも密度低い上にグブレイシアンになる前の構造が違うからこうなるのも分かる。そんな黒鉛製グブレイシアンも融解させて固めたらダイヤモンド製グブレイシアンと同じそこそこ堅いグブレイシアンになったのでダイヤモンド製グブレイシアンがグブレイシンにとって自然な(安定な?)状態なんだろうな。多分。

 ダイヤモンドをグブレイシアンにする魔力だが、最初こそウィスプを使っていたが効率が悪いので純魔力を使う事にした。いくら倍々で分裂できるとは言え一回の分裂に四ヶ月かかるのだから、24gで五万体も消費するグブレイシアン生産のためにそんなにホイホイ消費するわけにもいかん。大量のウィスプで大気魔力をかき集めて圧縮し、それをダイヤモンドに突っ込んだ方が遥かに効率が良い。試してみた所純魔力使っても形質魔力使っても魔力であればどんな魔力でもグブレイシアンになるようだから、大気中の純魔力を圧縮して使うのが一番利口だ。

 そうしてウィスプを大量に動員し、グブレイシアンを量産。大体5kgぐらいは作っただろうか。

 グブレイシアンを作るために魔力を使いすぎて大気魔力が薄くなったとか温暖化が起きたとかそういう事はない。グブレイシアンの作成前後で大気魔力密度に変化は全く無かった(観測できた限りでは)。10kg程度の炭素に魔力を吸収されてもこの星が持つ総魔力量からすれば誤差の範囲内なのだろう。どこかで密度が均一になるように魔力が新しく生産されている可能性もあるが。

 200gのグブレイシアンを1Lの無魔力空間に入れれば二十四時間で火の勢いが弱まり、1000gならば二時間二十四分で火の勢いが弱まった事からグブレイシアンの魔力消費速度は自身の質量に比例していると考えられる。5kgでも1Lの無魔力空間に存在する感知できないほど微かな魔力を消費するのにさえ約二十九分かかるのだから百年二百年燃やし続けた所で消費される魔力量は知れている(※2)。

 生産したグブレイシアンはビー玉程度に小分けしてランプにしてみる。グブレイシアンは酸化こそしないが物理的に削れはするので、風雨にさらされて風化しないように何かで保護しておく必要がある。そこで底を少し平らに潰し置けるようになった球形のガラスを用意し、中をくりぬいて代わりにグブレイシアン入れた。真空にするとグブレイシアンが魔力を燃やせないので空気も入れておく。たったそれだけで燃料補給の必要が無い半永久的な光源確保に成功した。魔力を消費しているのだから永久機関ではないが、ほとんど永久機関みたいなもんだ。

 出来上がったランプは里の民に一戸につき一個配給した。使用感を確かめてもらうためであり、長時間の使用による変化が無いか観察するためであり、灯りとして使う油の節約のためでもある。これで夜でも燃料を気にせず光源を確保できるようになったのだから、恐らく日が暮れたら早々に寝るという今までの生活のリズムも変化していくだろう。

 ランプの配給と平行して里への貨幣の導入も行った。今までは里人に魔法を解放した後に予測される複製魔法による偽造がネックになっていたが、グブレイシアンを使えば問題は解決できる。硬貨にグブレイシアンを混ぜれば良いのだ。

 グブレイシアンは火のような灯りを出すから判別が容易で、複製できないので偽造の心配もほぼ無い。グブレイシアンランプを材料にして複製すれば偽造も可能だが、そこはグブレイシアンランプの値段を相応に高くしておけばいい話。一億円の紙を材料にして一万円札を偽造する奴はいないだろう。

 金にグブレイシアンを少量混ぜ(金とグブレイシアンでは柔らか過ぎるので銅も混ぜてある)、ムスクマロイの実の絵を彫ったものを最も価値が高い「炎貨」、銀にグブレイシアンを微量混ぜ、トレントの花の絵を彫ったものをその下の「火貨」、銅にグブレイシアンを辛うじて分かる程度に混ぜ、マンドラゴラの絵を彫ったものを最低価値の「灯貨」とした。どの硬貨も灯りの下ではよく分からないが、手で包み込むなり暗がりに入るなりすればぼんやりと光っている事が分かる。

 金額の単位は安直にグブレイシアンからとって「シアン」とし、1炎貨=10火貨=1000灯貨=一万シアン(※3)。1円だの1ドルだの1エマだの1ロバだの色々候補は出たが結局これに落ち着いた。

 里の生活へのグブレイシアン導入によって予測される細々した変化への対応はシルフィアに丸投げしよう。魔法研究、俺。内政、シルフィア。この分担が一番良い事は経験上確かだ。時々お互い口出しするけどな。












 グブレイシアンの発見は魔法研究を大いに進める事になった。俺はエマーリオの遺した研究資料に魔法物質を暗示するような記述があった事に戦慄し、更にその記述を読んで一通り高密度の魔力による物質変化について確かめておこうと思い立った。

 統一密度1.0で炭素はグブレイシアンになった。二酸化炭素や水も同じように高密度の魔力を吸収して変化を起こさないとも限らない。いや、二酸化炭素と水が統一密度1.0で魔力を吸収・変化するなら今頃シルフもウンディーネも全滅しているのだが、例えばエタノールが統一密度1.0で魔力を吸収・変化する性質を持っていたりなんてした場合、日常では問題なくとも何かの拍子に触れた瞬間に不意打ちで魔力を持っていかれる。そういう不測の事態は避けたい。

 炭素だけが魔力を吸収し変化する特異な性質を持っている可能性は高いし、炭素以外の物質が魔力を吸収変化する性質を持っていても、吸収変化する物質が特定の種類のみであったり、全ての物質が吸収変化するが炭素が例外的に低密度で変化しただけで水を変化させるには統一密度1000000ぐらい必要という事も有り得る。もしくは全ての物質は例外無く統一密度1.0で変化を起こすが、高温や高圧が必要だとか。

 何はともあれ確認できる物質は片端から試していったのだが、温度や圧力に関係なく水素だけが反応した。

 しかもダイヤモンドの変化密度と比べると非常に低い密度で。具体的には0.167。魔法を発動するのに必要な最低密度と同じだ。

 水素もグブレイシアンと同じでアホみたいな魔力吸収率を誇り、水素にウィスプで数体突っ込んでもただ消えたように見えるだけだった。気体の色が変わったり光ったりはしない。数百体水素を閉じ込めたガラスケースに突っ込んでようやく底の方に何かたまっているのが分かる程度だった。水素は魔力を吸収すると液体になるらしい。これ絶対グブレイシアンの前例が無かったら水素が魔力を消失させたと思ったわ。

 水素が魔力を吸収して変化した液体は透明に近く、というか屈折率が真空に近く反射率が低く、量の割に非常に軽かった。軽く見え難いのでそこにある事が分かり難い不思議な水だ。いや水ではないけども何に近いかと言われたら水に近い。沸点は98℃だが融点はよく分からない。一応冷やせば個体になるが、水銀温度計がマイナス側に振り切れたのでマイナス38℃よりは低いだろう。

 水素に統一密度1.0の俺で56892体突っ込んだら不思議な水は23.81g、量にして671.5mLできた。この体積は水671.5g分だから、不思議な水の密度は水の1/28。軽いわけだ。気体は24g分減っていたから質量半減の法則は水素には当てはまらないらしい。でも減っている。だからなんでだよ。どこに消えた0.19g。

 不思議な水は水素から吸収変化した密度と同じ0.167までしか魔力を保有できなかったから、この法則はグブレイシアンと共通だ。

 で、不思議な水固有の魔法的性質だが、グブレイシアンを分解して溶かす事ができる。

 疎水性で水に溶けず、油ともアルコールとも分離して溶けなかった不思議な水だが、グブレイシアンを投入したらあっと言う間に溶かして真っ黒な液体に変化した。真っ黒な液体はグブレイシアンと同じように火を出したので、グブレイシアンそのものの性質は変わっていないらしい。王水にすら溶けなかったグブレイシアンを溶かすとはとんでもない強さの酸かといえばそんな事はなく、他のどんな物質を入れても溶けなかった。不思議な水が溶かすのはグブレイシアンだけだ。

 俺はこの性質から不思議な水をチオチモリンと名付けた(※4)。アイザック・アシモフリスペクト。元ネタのチオチモリンとはかなり違う性質なのだが他に良い名前が思いつかなかった。大体さあ、ファンタジーな液体ってーとアムリタとかハオマとかそーいう薬品系ばっかりなんだよな。飲むと万病を癒すとか不死身になるとかそういう。金属ならオリハルコンやらミスリルやら豊富なのになあ……いや別にいいんだけどさ。気体に比べりゃ魔法的な液体の名称は豊富だし。というか気体で何か魔法的なものってあったか? ちょっと思いつかんぞ。

 話が逸れた。

 チオチモリンに溶けたグブレイシアンは沸点の違いから取り出せた(粉末になっていた)。別にチオチモリンとグブレイシアンが結合して別の物質になっているという訳ではなさそうだ。チオチモリンにグブレイシアンを溶かしても魔力を消費して火のような光を出すというグブレイシアンの性質が出ていたからそうだろうと予測はついていたからまあ想定の範囲内。 

 質量が減少する、特定の密度以上の魔力に反応して吸収・変化するというグブレイシアンとの共通点。チオチモリンはグブレイシアンだけを溶かした。これはもうグブレイシアンとチオチモリンは物質とは違う別のものとして括るべきだろう。という事で命名、魔法物質。物質と対比して略して魔質。物質から魔力を吸収して変化する現象と呼ぶのも手間だ、こちらも魔法物質化、略して魔化と呼ぼう。炭素が魔化するとグブレイシアンになり、水素が魔化するとチオチモリンになる。

 ここまでざっとチオチモリンの性質を挙げてきたが、個人的に一番興味深かったのは質量の減少だ。炭素は半減したが、水素は減ってはいるものの半減はしなかった。同じ魔力量で同じ質量が魔化したのも面白い。魔化する物質によって質量の減少の割合は違うようだが、どういう法則で質量の現象の割合が決定されているのかは分からない。データが二例だけでは流石に推測するにしても無理がある。もしかすればものによっては魔化で質量が増加する魔質もあるのかも知れない。

 結論、データ不足。せめてもう一例か二例は魔化の例が欲しい所だ。魔力密度が上がって水素と炭素以外の物質が魔化できるようになる事に期待しよう。

 統一密度0.167で水素が魔化するなら人間の体内の水素イオンが魔化するんじゃね? という突っ込みは受け付けません。若干ご都合主義ですがイオンは(少なくとも単体のイオンは)魔化しないものと考えて下さい。なぜイオンが魔化しないかは考えていないので聞かれても回答できません。



参考:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E7%82%AD


※2

計算式は伏せますが、5kgのグブレイシアンならば百年で大気魔力を0.0166立法メートル消費します。星全体の総魔力量からすれば誤差にすらならない。


※3

里では大体1シアン=1円の感覚で使われています。


※4

ノーライフ・ライフでは実在する単語を本来の物とは違う物を指す意味で使う事があります(特に魔質)。ご注意下さい。

チオチモリンの元ネタ:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%AA%E3%83%81%E3%83%A2%E3%83%AA%E3%83%B3



四話まとめ:

・物質が魔力を吸収して変質する事を魔化という

・魔化した物質を魔質という

・水素が魔化するとチオチモリンという透明に近い水のような魔質になる

・チオチモリンはグブレイシアンを溶かす

・里にグブレイシアンを混ぜた貨幣を導入した。1炎貨=10火貨=1000灯貨。金額の単位はシアンで、1灯貨は10シアン。



2012.3/6

 数値と描写の一部に修正をかけました。凄くアホなミスしてた。これで修正できた、はず

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[気になる点] 200gのグブレイシアンを →100gでは無いでしょうか?
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