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ノーライフ・ライフ  作者: 黒留ハガネ
一章 不死の起源
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五話 病気、死亡

 早いもので俺も十九になっていた。最早転生前よりも転生後の人生の方が長い。情報化社会の現代と比べてここは時間の流れが緩やかで、生き急いでいる感じがしない。前世の十八年の倍はこの村で過ごしている気がした。

 俺は並列思考が出来るから一度二つの陳情を同時に聞いて同時に解決してみたら村人から益々変な目で見られる様になった。頭良いし凄いんだけど変わっている村長様、と見られ、頼りにはされるが人気があるかと聞かれたら微妙な所。

 信頼はされてると思うんだけどね。なんかこう、フレンドリーにはされない。あとモテ無い。一つ年下の可愛い娘がいるんだけど、何となく距離をおかれている。外見は村人と何も変わらない金髪碧眼だし、顔の作りは自分ではよく分からないけど結構良い(母談)。体はマッチョではないがヒョロリともしていない。見た目で敬遠はされてないはずだ。

 そうすると行動かな。変な行動してるかなぁ? 理解されないレベルの突飛な事はしてこなかったつもりなんだけど。

 可愛いあの娘は村の慣習に従い俺の所に嫁ぐ事が確定してるっつーか半分嫁いでる。子供が出来るまでは通い妻で、妊娠したら村長一家に迎えられるらしい。変な慣習だ。

 ……ええはい。夜はやる事やってますよ。たまに昼間でもやってます。情事は嫌がられないから嫌われてはいないと思うんだけどさ、ぎこちなさは抜けない。綺麗な花をプレゼントしたら微笑んでくれたがやっぱり距離がある。

 女心はさっぱり分からん。

 で、遠回しに攻めるのが面倒になったのでストレートに聞いてみた。

 そしたら威圧感のようなものを感じて近寄り難いんです、と頭を下げられた。えー、そんなもん出した覚えは……あ、あったわ。あれだ。魔力だ。

 試しに体中の魔力を集めてポイッと捨てると彼女は目を丸くして、直後に抱き付いてきた。好き! 抱いて! とは言わなかったけど非常に嬉しそうだった。魔力があるってのも良い事ばかりじゃないんだねぇ。










 彼女との仲が急接近したのは良いが、二十歳の初冬に俺は病に倒れた。原因不明。薬草も効かない。

 村唯一の医療家系である村長一家が所有する技術が通用しないとなると、もう死へ一直線だった。心臓付近の痛みが一日中体を蝕み、俺はベッドから起きられなくなった。痺れ薬でどうにか痛みを誤魔化し、天井の木目をぼんやり見つめる毎日だ。感染する病だといけないので部屋には誰も居ない。

 不幸中の幸いで彼女の腹の中には既に子が居た。俺が死んだ後は父が村長に戻り、やがて子にその座を譲るだろう。辛うじて法律を刻んだ石盤も完成していた。識字率も五割を超えている。

 俺は俺なりに人生を楽しんだしやり遂げていた。思い残す事は無い。

 不思議と死は怖くなかった。一度死んでいるからかも知れない。

 魔力も薬草も現代知識もよく回る脳味噌も病気に勝てない。世の中そんなもんだ。

 苦しんで死ぬのは嫌だが微かな完治の希望も捨て切れず、俺はずるずると生きていた。徐々に心臓の痛みは強くなるが心停止とまではいかない。

 妻は時折扉越しに俺に話し掛けてきた。たわいもない話をするだけで病状には触れなかったが、決まって最後は泣き崩れてしまう。ばーちゃんも、母もそれは同じだった。

 父は一度だけズカズカと部屋に入ってきた。感染するかもしれないと拒否する俺を正面から無言で抱き締め、また無言で出て行った。それきりだ。それでも愛情は十分伝わった。

 優しい人達だった。

 前世と今世合わせて四十年も生きられなかったが、世の中には一歳になる前に死ぬ者もゴロゴロしている。俺は幸せな方だと思う。自分よりも下の者を数えて俺はまだマシだと自分を慰める少々情けない考え方だったがそれで幸せになれるなら良いじゃないか。

 病床に伏して尚、俺は焦らなかったしマイペースだった。馬鹿は死んでも治らないな。

 次もまた転生するのかしないのかは定かでは無い。今度は消失するのかも知れないし、はたまたこれはあの病院で女に刺され危篤状態に陥っていた長い長い明晰夢という可能性も無きにしもあらず。答えは死ねば分かる事だ。

 そしと殊更寒い冬の日の朝、俺はベッドの上で体温を失い冷たくなった骸をさらしていた。










 俺は自分の死体を地面から二メートルほど離れた空中に漂いながら見下ろした。綺麗な顔はしちゃいなかったが即死亡判定を出せる青白い顔だ。

 自分の死体を見ている俺。オイオイ転生の次は幽霊かよバリエーション多いな。

 ぽかんとしていると、突然体が溶けていくような感覚に襲われた。自分の体が空気と同化する様な感じだ。

 連続する不可解な事態に頭はいささか混乱していたが、直感的にこのままでは消滅すると思った。そりゃあ死は受け入れたし実際死んだらしいけども、霊体になりまだ存在している。

 消えたく無い、と思った。やり残した事は無いけれど、消失と存在継続どちらが良いか問われりゃ後者を選ぶのは当然の帰結。

 俺は空気に溶けていく体をつなぎ止めようとした。片方の思考では気合いでつなぎ止めを試み、同時に並列思考で打開案を模索する。もう何度も超常現象を体験しているだけあってすぐに冷静になる事が出来ていた。消滅しかかっていても焦ってはいけない。落ち着け、落ち着け……

 高速回転した思考回路が解を弾き出す。超常的存在が超常的現象で消えかかっているのなら、対抗手段もまた超常だ。

 俺は唯一自由に行使できる超常、即ち魔力操作で自分の体をつなぎ止めた。すると体の融解がピタリと止まった。成功したらしい。

 あぶねえなぁと息を吐く。危うく消える所だった。

 一心地ついた俺は自分の体を検分してみた。輪郭のみで向こうが透けて見える透明な体。肌がカサついていて皺が寄っている所を見ると死亡直前の体をトレースしているらしい。寝間着代わりの小麦色のローブも着たままで裸ではない。

 試しにベッドに触れようとしたらすり抜けた。意識して触ろうとしても触れない。物理干渉は不可能か。

 そして周囲の空気がまだ俺を溶かして霧散させようと引っ張ってきている。気を抜けば溶けて消えてしまいそうだ。

 ……どうやらこの霊体は酷く薄い魔力でできているようだった。量も密度も生前の十分の一ほど。大気中の魔力よりも薄い。

 生前の実験と妻の反応から分かった事なのだが、濃い魔力は薄い魔力を圧迫して乱す。妻は保有魔力が少なく密度も無かったため俺の魔力に押されて圧迫感を感じていたのだ。

 今の俺の魔力は大気よりも薄い。すなわちこの世に存在する全ての物が俺を圧迫し、乱し、拡散させようとしてくるのだ。

 魔力操作の研磨を続けていて良かったと心底思った。根気良く魔法も使えないのに魔力操作の練習を続けていたおかげで吹けば飛ぶ様な薄い霊体を保っていられる。

 生前何の役にも立たなかった技術は、死後になってようやく役立っていた。




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