二十九話 金属と栽培
最近、大陸北端の山脈で鉱脈発見ラッシュが続いている。
以前からコツコツ鉱床がないか調査していたのだが、法暦十九年の暮れに魔王城近くで銅鉱が見つかったのを皮切りに山脈のそこら中で見つかるわ見つかるわ。金鉱に銀鉱、鉄鉱、錫鉱、水銀鉱、亜鉛鉱、白金鉱。炭鉱や硫黄山まであった。挙句の果てに麓の河床の内何本かで砂金やら砂鉄やらルビーやらサファイアやらが採れる。なにこの大盤振る舞い。しかも全て手付かず。
判別できる鉱石の種類に限りがあるのではっきりしないが、この勢いだとレアメタルも埋まっていそうだ。
文字通り宝の山! 鉄か銅どちらかだけでいいから埋蔵されてれば助かるんだけどなー、と控えめな願望を抱いていた俺の想定を良い意味で飛び越えてくれた。もう笑いが止まらん。
こりゃますます魔王城を人間に落とさせる訳にゃあいかんね。北の鉱床は俺が独占させていただく。人間達は今まで通り帝国領の鉱山でも使ってろ。北の山脈地帯が鉱物資源の宝庫だと分かったら目の色変えて魔王城を攻略しにかかってきそうだから、鉱山の存在は秘匿する。
何もわざわざ人間に資源の山をくれてやって戦力・技術力・資本力を強化させる事はないし、人間に任せると後先考えずボコボコ掘りまくってボロボロ落盤させて山の中を蟻の巣のようにスカスカにしたり、鉱毒垂れ流したりするからさ。現に帝国の鉱山ではそうなってる。未来の事を考え環境に配慮した開発をするべきだろう。採掘した資源の用途は里への供給と研究用。細く長く採掘していく予定だ。
採掘した資源、主に金属だが、その精製ノウハウは各国から主に精霊を使って収集したので揃っている。そこに現代知識から引っ張ってきたコークスと魔法による高温をプラスする事で更に効率化を図る。
今は各種金属用の小規模な炉を試験的に造り、改良を加えているところだ。燃料、俺で。
六十万体もいると自分を百体や二百体燃料として使っても特に何も感じない。
魔王城と少し離れたの場所に炉をまとめて建てたのでそこは一躍大規模な金属精製所と化した。均した平地に並んだ煉瓦の炉からは一日中煙が上がっていて、ゾンビ達がせっせと鉱石を砕いて放り込んだり、精製された金属を叩いて鍛えたりしている。
この世界の金属精製で優れていると思うのは、一度質の良い金属ができれば魔法で複製できる所だ。
一度純度100%の純金を造ったとしよう。すると純金と金鉱石を魔力で包んで複製する事で金鉱石から純度100%の金を取り出せる。その際消費するのは魔力だけで、燃料が必要ないから二酸化炭素や硫化物は排出しないし(※)、一瞬で終わり、しかも鉱石から金の成分を余す事なく取り出せる。ヒャッハーエコだー! 大規模な製鉄所も要らん。質の良い金属をほんの少しでいいから精製できればそこからコピーできる。
金属生産の開始に伴って里に金属製品を流通させ始めた。里では木の鍬から鉄の鍬に、陶器の鍋から銅の鍋に、石包丁から鋼の包丁に切り替わりつつある。エルマー待望の日本刀鍛造にも着手している。
閉鎖的な里だとは言え生産性が増し人口が増え分業が進むにつれて貨幣が必要になってきていたので、貨幣の鋳造もスタートした。流通させるのは金貨と銀貨と銅貨。これも一枚造れば後は複製して増やせばいいのだが、一応偽造防止に一枚一枚鋳造番号を入れてある。しかし番号部分以外は複製できるので大した労力ではない。本当の所は偽造不可能な材質にするのが一番いいんだが、そんな物質は存在しないから仕方ない。
魔法がある世界でもやはり金属は重要な資源だ。あるのとないのとでは文化の発展速度が全然違う。科学を発展させなくても魔法で間に合っているが、科学方面の技術も併用すれば尚良し。科学と魔法のハイブリッドとかさ。良いよね。響きが。
いやまあ言葉の響きだけではなく、実際魔法がクリーンなエネルギーであるという保障もない以上、科学も(身内限定で)ある程度発展させておいて損はない。今の所魔法をバカスカ使っても特にデメリットは見受けられないが、産業革命で空気が汚染されたように、魔法も大規模に使われはじめれば害が出る可能性もある。何のリスクもなく使えるエネルギーってのも都合が良過ぎるだろ? 念じるだけで自在に現象を起こせる時点で都合良過ぎるからそういうモノなのかも知れないが……ぬーん。旨い話に裏があるパターンか、それともドSな法則が働いているのか。分からん。
とりあえずは魔法メインで研究しつつ、科学、というか金属関連の技術レベルも向上させていこうと思う。勿論どちらの成果も外部には漏らさない。技術力、情報、戦力、資源と、いつの間にやら外国に負けてる面が国土ぐらいになってしまった。もう完全に独走体勢。このままぶっちぎってやろう。目標は里・魔王城から技術が外国に流出してもレベルが高すぎて理解・解析が不可能なレベル。
精霊システムが広がり、精霊の魔手が大陸全土をわし掴みするようになってから発覚した情報だが、マンドラゴラは根粒菌が必要な植物だったらしい。根粒菌ってのは特定の植物の根っこに引っ付いて窒素固定を行い、それを宿主に供給し、代わりに光合成で出来た養分をもらう菌だ。宿主の植物と足りない養分を補いあうギブアンドテイクな関係にある菌だと解釈しておけばいい。もっと簡単に言えば植物と共生する菌。
マンドラゴラを根絶やしにした時俺は一株だけ里に持ち込んだのだが、すぐに枯れた。気候が合わなかったというのもあるのだろうが、今思えば根粒菌が土壌に合わなかったからかも知れない。もしくは運搬中に菌が死んだとか。
トレントも猿と共生関係にある。踊りが好きな猿達は毒性の強いトレントの木付近を縄張りにし、トレントの実をもいで携行し、天敵に遭遇すると投げつけ撃退している。トレントは実を武器として猿に提供する代わりに、遠くに運んでもらって生息域を拡大しているのだ。
マンドラゴラも、トレントも共生する植物だった。ならばもう一つの秘薬成分を持つ植物であるムスクマロイもそうなのではないか?
ムスクマロイは原生地では繁茂しているのに、里に移植すると途端に育ちが悪くなる。これは共生関係にある何かと引き離されたからではないか。周辺の土と一緒に丸ごと移植しても駄目だったから根粒菌という事はないはず。原生地を観察していても動物が寄ってくる気配はなく、虫による受粉をしている訳でもないので動物も関係ない。
となると植物だろう。
前世ではトマトとバジルを一緒に植えると両方収穫量が増えるという現象があった。これは植物から発散される化学物質が、こう、互いに成長を促しあってどうとかこうとか、そんな感じのメカニズムだったと記憶している。なんて名前の作用だっけか。アナ……アロ……アロロパシー? なんか違う。
まあ正式名称はどうでもいいんだ。とにかくそんな作用があって、ムスクマロイもそれなんじゃあないかって事。原生地のムスクマロイは原生地付近に生えている別種の植物と成長を促進しあって育っていたのだと考えれば里に植え替えてから育ちが悪くなったのも納得できる。ムスクマロイとその周囲の土を一緒に移植する事はしたが、周りの草まで同時に移植する事はしなかったからだ。
そこで原生地からムスクマロイだけでなくその周囲に生えていた植物ごと移植してみたら、今までの苦労はなんだったんだという勢いでぐんぐん育った。ムスクマロイは葉を一杯に広げ、たっぷりと実をつけ、地面に落ちた種から無事に発芽も確認した。やっぱりなんちゃらかんちゃら作用だったようだ。
安定した栽培方法が分かったので東の森の入り口にあった原生地のムスクマロイは全て焼却し、土を掘り起こして更に何度も焼いて地面に埋もれているであろう種も念入りに消した。そして東の森の奥深く、間違っても発見される事の無い安全な場所で数箇所に分けて栽培する。一箇所でまとめて栽培しないのは病気が発生して全滅なんて事にならないようにするためだ。
砂糖人参の畑も里の人口が百八十人を越えたのを契機に更に拡大し砂糖生産量が上がったし、王国から持ち込んだ小麦も寒さに少し強いものがチラホラ選別できはじめている。森に自生するキノコや木の実もほとんど食べられるかどうか判別し終えた。他にも輪作のサイクルが落ち着いて作物の生産量が高い水準で安定したり、飢饉に備えた備蓄食料も十分に蓄えられていたりと、里の食糧生産体勢に隙はない。
金属工業だけでなく農作も順調だ。
※
例えば赤鉄鉱(Fe2O3)や磁鉄鉱(Fe3O4)を複製方式で精製した場合、鉄(Fe)と酸素(O2)が出来ます。二酸化炭素を排出するどころか酸素を排出してしまうという超エコ精製。
現在、ロバートは一個体を構成している全魔力を消費すれば雷を一発落とせます。魔力密度は13ぐらい。
\見せてあげよう、ラピュタの雷を!/
ムスカごっこができるな……胸熱