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ノーライフ・ライフ  作者: 黒留ハガネ
二章 蠢く者達
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二十五話 宗教

 第一次魔王城攻城戦後の混乱期が終わると、人間達は身分の差を越え、三つの派閥を作っていた。「精霊派」「皇帝派」「魔王派」だ。

 精霊派は精霊と精霊使いの地位向上を図る派閥。目指すのは精霊主権。精霊を敬い、尊び、精霊使いは精霊の力を借りてアンデッドを討つ。

 精霊は千年前に魔王を封印した実績がある。精霊と契約して精霊使いになればヒョロイ凡骨でも並の戦士を越える力を得る事ができるし、精霊はアンデッドとの戦闘だけでなく生活面でも魔法を貸してくれる。ただし肝心の精霊の数が少ない事がネックだ。まだまだ支持者は少ないが、アンデッドの脅威に背中を押されてどんどん勢力を伸ばしている。

 皇帝派は従来の国家形態を維持しようとする保守的な派閥。精霊はこれまで通りあくまでも戦力の一つとして数え、皇帝をトップに置いて戦士中心の軍を再編しようとしている。精霊魔法を借り物の力と見なし批判する頭のカタい連中が属する派閥だが、これが最大派閥なのだから侮れない。早々簡単に今までのしきたりは変えられないって事だ。

 現在帝国は皇帝が殺され死体の回収すらできないと言う事態に陥ったので、次の皇帝の選出が急務になっている。そこで魔王城攻城戦に参加しなかった帝国のお偉いさん達は討伐隊の生き残りの三人の内、戦士であり、かつ最も見栄えのするハンスを担ぎ上げようとしたが、どっこいハンスは拒否した。トップに立って指揮をとるよりも一兵として好き勝手やってる方が良いらしい。まあ皇帝になって好き勝手するよりは皇帝にならず好き勝手していた方がまだ良いような気もするから分からんでもない。ハンスがあらゆる説得も脅しも跳ね除けて続けたので、最近ようやく(ハンス抜きで)武術大会を開いて次の皇帝の選出を行う事が決定された。新しい皇帝が決まればまだ数年~十数年は国としての体裁を保つだろう。

 そして一番歪で、一番勢力が小さく、他二つの派閥から総スカンを喰らっているのが魔王派。

 これは端的に言えば「魔王ー! 俺だー! アンデッドにしてくれー!」という派閥。無茶苦茶だ。

 アンデッドは死後の安寧を魔王の邪法で奪われ、魂を魔王に拘束されて使役されているという設定だ。魔王が死ねと言えばアンデッドは死ぬしかないし、かつて人間だった頃の家族を友人を殺せと言われたら殺すしかない。魔王の命令は絶対だから。そんな奴隷に好き好んでなりたがる奴は普通いない。魂が穢れるという設定もあるし。

 魂を穢し、かつての同胞に牙を剥き、永遠の絶対的被支配を受けてまでアンデッドになりたがる―――もしくは人間のままアンデッドに味方する。そんな魔王軍に属したがる変人・狂人達が持つ動機は三種類に分けられる。

 一つは老いたくないから。 

 アンデッドには寿命がない。老いないし、食事をとらなくていいし、寝る必要もない。不死ではないが、既死であり、不老である。

 不老不死はどの世界でも人間の夢だ。半分だけ、不老だけでも叶えられるなら俺は同族にんげんを裏切って魔王につく! と考える者も出てくる。魔王の命令に逆らえないというペナルティは途方も無くでかいし、手駒として使い潰される可能性も十二分にあるのに、それでも小派閥をつくるほど魔王派を選ぶ人間は多かった。

 誰だって死ぬのは怖い。俺も一度目はもの凄く怖かった。しかし捉えようによっては生き(?)地獄に等しいアンデッドの体を受け入れてまで死にたくないと思うその感覚は理解し難い。そういう考え方をする奴がいるって事は理解できるんだけどさ。よくわからん。

 二つは魔王を強者と認めたから。

 帝国という国家が、皇帝という戦士が最強であったからこそ帝国の傘下にいた「強いは正義」の理念に忠実な、忠実過ぎる一部の者達にとって、無残な大敗北を喫した帝国に価値はない。魔王軍が帝国軍をフルボッコにした=魔王は帝国より強い=魔王に味方する。そんな理屈。……理屈?

 三つは人間が滅ぶと確信してしまったから。

 帝国の討伐隊が無惨に敗れ、希望から絶望への落差が大きすぎて心が折れた人間もけっこういた。二千人で攻め込み、帰還したのがたったの三人。これでも加減したんだが、それでもあまりの大負けに目の前が真っ暗になった奴は出たようだ。

 戦好きな国民性なだけの事はあり、一時期の混乱を越えると「畜生負けるか!」と大部分の者は奮起したのだが、国民全員の心がそんなに強い事はありえない。もうだめだ、人間はアンデッドに勝てないんだ、と悲観した人間は魔王に媚びる事にしたのだ。

 協力するから、仲間にんげんを売るから俺は殺さないでくれ。

 そう主張して、人間であるままアンデッドに加担する。事実、精霊はアンデッドを見分ける事はできてもアンデッドの片棒を担ぐ人間とそうでない人間の判別はできない設定なので、そういう人間は魔王軍にとって有用だ。

 種族としての滅びを助長してまで保身に走ろうとするその思考回路は実に人間らしい、と俺は思う。生物ってのはすべからく種の保存と繁栄のために存在してるはずなんだけどさ、こういう考え方から特に強く他の生物と異なる「人間」という種族の特殊性が伺える。

 もちろん魔王軍に加担しようとする魔王派を他の二派閥が許すはずもないから、魔王派は二派閥の弾圧から逃れるために地下に潜って活動している。

 勢力比としては「皇帝派>>>>精霊派>>|越えられない壁|>>魔王派」になる。

 今のとこ従来の勢力である皇帝派が実権を握っているが、精霊派がどんどん勢力を伸ばしてきているし、近いうちに国が割れる事は確定事項だろう。

 軍の精鋭がごっそりいなくなり、政治と人心の混乱で国力をガクリと落とした帝国。未だに大陸の大部分を占める大国ではあるものの、南西部にある帝国の属国まがいのいくつかの小国家が帝国の弱体化を嗅ぎ付けてきな臭い動きをしている。内部だけでなく外部にも要注意だ。

 ちなみに魔王派が皇帝派に取って代わる事はありえない。真面目な話破滅主義が主流になるなんて有り得ん。前世の世界の歴史でそうだったし、今世でもそうだろう。まーそもそも魔王派を主流になんてさせんけどさ。人間を滅ぼすとかないから。適度なストレスを与えつつ恒久的に飼い殺させてもらいます。それがお互いの幸せのためだ。そう、お互いの幸せのため。

 ふふふ不負腑腐フフフ……ハーハッハッハッハッハ!











「えっ」

「えっ」

「えっ」

「えっ」

「えっ」

 その情報を帝国に潜伏するウィスプで知った時、魔王城の一室で魔力の生成実験をしていた俺(精霊四種+ドッペルレイス)は思わず声を上げていた。というか全世界の俺が一斉に声を上げていた。

 隅の方でフラスコを洗っていたロザリーがびくんと肩を跳ね上げて聞いてくる。

「なんですかどーしたんですか」

「魔王崇拝の死霊教が誕生した」

「なにそれこわい」

「俺としては魔王派の行き着く先は地下勢力、それも暗殺ギルドか情報ギルドだと思ってたんだが……」

 しかしそうか、なるほど。宗教になったのか。予想から外れはしたが逸脱してはいない。これまでのプランをほぼそのまま使える。悪くない。いや、むしろ想定より良い方向に転がった。

 第一次魔王城攻城戦から約一年半、魔王派へのパッシングはより強烈になり、魔王に加担したら死刑という法律もできた。表立って活動できなくなった魔王派は地下に潜る。表社会で精霊派が顔を利かせてきた一方で、裏社会ではあっという間に魔王派が権力を握っていた。表社会では認められない魔王派も裏社会ではそうでもなかったようだった。そこに利があるなら魔王だろうが精霊だろうが構いやしない、というのが裏社会だ。

 ここ最近表社会で精霊派が唱えはじめた精霊教に対抗……して作ったのかは知らんが、魔王派が今帝国のとある酒場の地下に集まって厳かに宣言した言葉を聞くに、魔王を絶対神と置いてその配下のアンデッドを使徒と置く、そんな宗教なようだ。一神教ですね分かります。

 魔王の出自は明かされていないから、最高神であると唱えても完全に否定するのは確かに不可能だ。死霊教の解釈によれば魔王は穢れた世界をリセットしてやり直すために汚名を被ってまで人間を滅ぼそうとしているらしいしさ。すんげー詭弁。一体その解釈は何を根拠にしているんだ。俺そんな事言った覚えねーぞ。絶対神とか(笑)。ハハッ、ワロス。

 精霊教はまだ自分達に真っ向から刃向かう邪教が誕生してしまったのに気付いていない。迫害された結果魔王派は地下に潜って用心深くなり、密教を立ち上げた。魔王派を潰そうとした結果、より厄介に成長させてしまった皮肉。精霊教どんまい。

 魔王を頂点とする一神教である死霊教に対し、精霊教はアニミズムの性質を持っている。

 そもそも精霊が自ら古代人に創られた魔法的存在であると主張しているのだから、精霊教は一神教には成り得ない。何千体といるのだし。

 精霊達は豊かな自然を好み、自然を操り、自然の中で成長し、自然を守る。その由来は別として、自然の化身としての存在の面も無視できない。枯れた土地よりは豊かな土地の方が、汚れた水よりは綺麗な水の方が精霊は力を増す。精霊信仰が自然信仰の側面を持つのは必然だ。

 精霊「教」と言っても今のところお布施制度や教会もない。聖職者の位階も決められていない。これから出来ていくのだろうが、意思を持つ信仰対象が存在している限り内部腐敗はしないだろう。

 精霊VS魔王。

 精霊教VS死霊教。

 実に分かり易い。

 前世で宗教が原因で家庭ブレイクされた身としては宗教に好印象なんぞ持てないが、実利のある宗教ならまあ悪くない。放っておいてもいずれ宗教が発生するだろうし、勝手に俺の管理外で発生した宗教が世にはびこるよりは、俺が管理できる精霊教・死霊教を広めて手綱を取れるようにしておいた方がやりやすい。

 宗教の力は恐ろしいが、利用できれば頼もしい。前世の歴史が証明している。

 さて、精霊教についてはこのまま自然・精霊崇拝を続けさせるとして、死霊教も勝手な方向に走り出されても困る。ある程度は魔王軍と接触を持たせて手綱を取る必要がある。

 向こうが自分からアンデッドになりたいと志願してくるなら好都合。アンデッドの数が足りなくなってきた時のストックとして使わせてもらうとするか。でも今のところアンデッドの数には困っていないな……

 しばらくは適当に祝詞でも唱えさせておくとしようか。いあいあ。



 帝国に存在する既存の宗教は、宗教と呼べるほどのものでもない緩やかな祖霊崇拝と戦死した戦士達を敬う文化ぐらいでした。故に精霊教も死霊教も従来の宗教と対立を起こしていません。強いて言えば皇帝派に土着の信仰を守ろうとする人間が多いですね。

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[一言] ふんぐるい むぐるうなふ ……
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