表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノーライフ・ライフ  作者: 黒留ハガネ
二章 蠢く者達
42/125

二十二話 勇者のくせになまいきだ。

 帝国暦122年、夏。帝国皇帝、ババンバは魔王討伐隊を召集した。精霊使いと魔法使いを中心とした二千人の精鋭部隊である。

 偵察部隊によって特定された魔王城の位置は北の山脈の奥深くである。そこは年中雪に覆われている寒々しい土地で、人は住んでおらず、当然道もない。そんな厳しい自然に抱かれた人気の無い場所だからこそ魔王の隠れ家としては最適だったのだろう。

 そんな全く人の手が入っていない未開の地、魔王城の位置は特定できてもそこまでの道のりはそう簡単なものではない。強風が吹き付ける崖があり、険しい岩山があり、雪で隠れ天然の落とし穴になった地割れがあり、崩れ易い足場に滑り易い足場に加え、体温と体力を奪う雪。雪で閉ざされたその地では食料の現地採取も難しい。

 魔王を討伐するには戦力が多いに越した事はないだろうが、魔王との戦いの前に自然の壁が立ちはだかる。王国を攻め滅ぼした時のように十万の兵を動員する事もできるにはできる。しかし道なき道を十万の兵が進軍しても隊列と補給線はどうしても細く長く伸び、分断撃破してくれと言わんばかりの醜態を晒す事になるのは間違いない。王国を大群で攻める事ができたのは平地だったからこそだ。

 だからこその少数精鋭部隊。魔法に対処できる能力、練度を持った兵のみを用いた電撃戦が今回の戦の要となる。

 そして帝国軍戦士隊精鋭部隊所属の剣士、ハンスはそんな魔王討伐隊として召集された中でも練度の高い兵の一人だった。












 ハンスの一日は一杯の牛乳から始まる。

 ハンスは生粋の帝国人で、特有の黒目をしており、クセのない紫色の髪は邪魔にならないよう短く切りそろえられている。男前な顔立ちとざっくりした性格、暗さの欠片も感じさせない明朗な気性が相まって同僚からも近所の住人からも好かれている。ただし時折無茶苦茶な事をやるので間近でハンスと交友しようという奇特な人間は少ない。巻き込まれるからである。本人もトラブルになると分かっていながら我が道を行っているので性質が悪い。

 さてそのハンスだが、この日も朝起きてコップ一杯の牛乳を飲むと、庭に出てこれまた日課である体操を始めた。王都の町並みから顔を出した朝日と爽やかなそよ風を全身に浴び、大きく伸びをし、手足を伸ばし、ゆっくりと身体をほぐしていく。こうする事で身体がしっかり目覚め一日を快適に過ごす事ができるのだ。

 体操を終えたハンスは屋内に戻り使用人の給仕で朝食を取る。金髪碧眼、元王国人の使用人はかなり安く雇えるため、ハンスの給金でも二人雇う事ができていた。彼らには普段家の掃除や料理、買い物などの雑用をさせている。そうして空いた時間を勤務や鍛錬や勤務や訓練や勤務に当てているのだ。

 ハンスは過度のワーカーホリック……というか戦闘狂だった。狂人というほどではないが頭のネジがずれていて、なにかにつけ出撃したがる。

 ハンスは朝食を腹に収めると、自室に戻って手早く軍服に着替えた。黒く染められた頑丈な革の長ズボンにチェインシャツ。その上に肩に階級を示す鷲のワッペンがついた茶色のコートを羽織り、キッチリとボタンを留める。腰には愛用の両刃剣を下げた。両手に手甲をつけ、金具でしっかりと留める。

 塗らした櫛で軽く髪を整えながら、ハンスはベット脇の小机に広げられた手紙を見て思わず無邪気な笑みを浮かべる。

 強制召集令状、別名青紙。文面には貴殿には皇帝の勅令により魔王討伐隊に参加する義務が云々、と書かれている。つまり出撃である。文末の「激しい戦いが予想されるため遺書を書いておく事を勧める」という文言はスルーした。王国との戦争当時補給兵だった新兵ハンスは生き残ったし、精鋭部隊の一員となり前線で戦うようになった今も同じように生き残るつもりだった。それに遺書を書くのは負ける準備をしている気がしてハンスは好かない。

 ハンスは使用人にしばらく留守にする事を告げ、大雑把に留守中の指示をして家を出た。

 機嫌よく口笛を吹きながら大通りを歩く。肩で風を切るその姿は実に堂々としていて、歴戦の戦士の風格を感じさせた。

「隊長、おはようございます」

 十字路で足を止め、馬車が通り過ぎるのを待っていると横から声をかけられた。

「ああ、おはよう。シモン、君も招集されたのか」

 そこにいたのはハンスよりも頭二つ分も背が低い小男だった。尖った耳と高い鼻が特徴の顔はまだ少し眠そうな表情を浮かべている。ハンスと同じ黒目紫髪短髪。帝国の軍人にはこの髪型が多いのだ。服装もサイズ以外ハンスと同じだったが肩のワッペンだけが違う。鷲ではなく狼だ。ハンスよりも一つ階級が低い。

「は。隊長も、ですか」

「そうだとも。ここのところ、忌々しいアンデッド共も大人しくしていて出撃の機会が少なかったから渡りに船だ。腕が鳴るね」

「……私は侵攻より拠点防衛の方が得意なのですが」

「仕方ない。君の弓の腕は皇帝陛下も信頼されている。この一大作戦に起用しない手はあるまいよ」

 そう言って快活に笑い、シモンの背中を叩くハンス。シモンは苦笑し、ハンスの背中を叩き返して応えた。隊長とその部下というよりも仲の良い戦友、といった雰囲気だ。事実ハンスとシモンの付き合いは入隊時から十年以上に及ぶ。

 特攻隊長ハンスと狙撃手シモンと言えば屈強な帝国軍の中でも強者として名前の通りがいい。真っ先に戦場に飛び込んでいき敵を蹂躙し平然と戻ってくるハンスと、針穴に糸を通すような精密な射撃でそれを援護するシモンは魔法使いに匹敵する凶悪なコンビとして知られている。

 二人は連れ立って最近の新兵の練度やらいきつけの酒場の親父の腰痛の話やら、雑談しながら兵舎に向かった。

 兵舎は半壊した旧王城跡を利用して建てられた建物で、鉄壁の護りを誇る。その分厚い城壁の名残は魔法を使っても一回は耐え切る仕組みになっていた。これは大魔法使いエマーリオが考案した特殊な壁の造りで、石を一定の形に切り出し、特定の隙間を作りある法則に従って積み上げる事でどの方向から崩しても一度だけ再生するようになっている。内側から壊しても外部から壊しても石が隙間に落ちカラクリの様に連続して崩れ動く事で新しい壁になる。魔法で地上部分をまるごと内側から吹き飛ばしても地下部分に組まれた石が盛り上がりやはり新しい壁ができる。当然この特殊な壁を組むためには普通の壁よりも格段に時間がかかり労力も要るが、魔法攻撃でさえ確実に一回は防御できるという点で手間をかける価値はあった(※)。勿論強度も普通の壁と同等程度はクリアしている。

 兵舎の建物の方は王国の建築技術でできた建物を帝国の建築技術で修繕したためどことなく歪になっている。明らかにとってつけたように穴が塞がれた建物もある。雨漏りしなければよし! と言わんばかりのやっつけ仕事だった。名のある帝国の建築家や石工、大工の多くが帝国城の建築を続けているため、旧王国領の大工達の腕はあまり良くないのだ。

 もっとも慣れてしまえば気にならないもので、ハンスとヨハンは平然と門を潜り、中庭に向かった。

 そこには既に百人以上の人影があった。積み上げられた補給物資の脇に固まっている彼らは全員同じ赤か青か緑か茶のローブを着ていた。精霊使いである。色が使役する精霊の属性に対応している。

 ハンスはひそひそ喋っている精霊使い達を一瞥し、フンと鼻を鳴らした。精霊使いの全てを否定する訳ではないが、ハンスはあまり精霊使いが好きではない。精霊と協力して魔法を使っているのではなく、さも自分の力であるかのように振舞う輩が多いからだ。ハンスにしてみれば強いのはあくまでも精霊であり、精霊使いは彼らが力を発揮する手助けをしているに過ぎない。精霊そのものを優遇するのは一向に構わないが、精霊使いが優遇されている現状は納得し難い物がある。

「不満そうですね」

 シモンがハンスの不機嫌な表情に気付いて言った。

「……これも皇帝陛下の御意向、仕方ない。それに私が文句を言った所で実際に精霊使いが有用である事実は変わらんからね。しかし気に食わんのも事実だ。従って私達がさっさとアンデッド共を一掃して奴らの活躍の場を無くしてしまえば良い」

 そう言って気楽に肩を竦めるハンス。シモンは平常運転の突撃隊長に笑った。

 精霊使いは直接戦闘能力もさる事ながら、多彩な呪文の数々が実に有用だった。

 例えば魔王城の場所を特定した魔法、風属性スペル:ウィスパー。シルフからシルフに声を伝える魔法だ。二つの地点にシルフが―――精霊使いと契約したシルフが―――いれば、その二つの地点が何百km離れていても声を伝える事ができる。これは魔法使いにすらできない事だった。魔王城の場所を探った偵察隊はアンデッド達によって一人残らず殺され誰一人として帰らなかったものの、この魔法のお陰で魔王城の位置情報を帝国に送る事ができたのだ。

 また常に熱を発しているサラマンダーがいればそれだけで雪深い山地の行軍が格段に楽になるだろうし、水属性スペル:ウォータがあればわざわざ水を運搬せずともその場で水を調達できる。今回の作戦には精霊使いが欠かせない。

 ハンスとシモンがやってきたのを皮切りに広場には次々と人が集まってきた。誰もがハンスに親しげに声をかけていく。精鋭隊は軍服こそ同じだが、スレッジハンマーにシミター、斧、フライパン、鎌、棍、鞭と武器の種類はバラバラだ。各々が得意な獲物を使っている。

 一番最後の方にやってきた魔法使い達は黒のローブ姿で、眼帯をしていたり、背中に負われていたり、片腕が無かったり、松葉杖をついていたりする。誰も彼もが何かしらの足枷を負い、筋肉が衰え貧弱な体つきをしている。しかしこれで熟練兵十五人分の働きをするというのだから魔法使いの規格外さがよく分かる。

 やがて広場に足音とざわめきが満ちる頃、時刻を知らせる鐘がなり、集まった戦士達は自然と列を作って並び、見事な長方形の隊列を形成した。全員びしっと踵を揃え微動だにしない。

 二千人の魔王討伐隊が見つめる先、兵舎のバルコニーに髭面の大男が現れる。第七十五代帝国皇帝、ババンバである。がっちりした巨体に鎖帷子をまとい、下半身はハーフパンツに脛当。右手にはよく磨かれた鉄の短槍を持っている。その姿は荒々しく猛々しく、威圧感はあれど品はなく、帝国という国を体言していた。

 シンと静まりかえる兵士達をババンバはぐいと見回し、槍を空に向けて突き上げ街中に響き渡る大声で叫んだ。

「小難しい事は言わん! 小癪な魔王など叩き潰してしまえ! 征くぞ貴様ら!」

 皇帝の咆哮と言ってもいい声が集まった精鋭達を叩き、精鋭達は武器を空に突き上げ大歓声を上げてそれに答えた。文句なしに高い士気と熱気をババンバは獰猛な笑みを浮かべて受け止め、自ら先陣を切るべくバルコニーから飛び降り、戦士達の列の中心を横切って堂々と歩いていく。

 第一次魔王城攻城戦が、始まった。













 旧王都は大陸の中でもかなり北にある都市だったが、魔王城は更にその北の山中にあった。出陣した魔王討伐隊は進路を北西にとり、ぽつりぽつりと点在する小さな村を経由して北上していく。当然どの村にも二千人もの人間が泊まれる施設も家の空きもなかったため、身体の弱い魔法使いと皇帝だけが屋根を借り、他は野宿をする事になる。二千人の人数には含まれないが慰安婦も連れているため無体を働く者もおらず、村人達に不安そうな目で見られながらも衝突を起こす事なく順調に行軍していった。

 精鋭部隊二千人の戦力に加え、荷駄を運ぶ馬とそれを引く者、慰安婦、医者などを含め正確には二千三百人での進軍となっている。

 北部は夏でも寒冷な気候で、草原や丘陵を吹き抜ける冷えた風は兵士の体温を下げる。南の生まれの帝国人は知らず体力を多目に奪われ、一日の移動距離は少々短くなる。それでも鍛えているだけあり一般人のそれよりは余程ハイペースで進んでいた。

 昼間でさえ肌寒いのだから夜の冷え込みはそれなりのものになる。兵士達はテントの中で毛布に包まり、固まって体温を逃がさないようにして寝た。彼らは頑健な身体を持ち、精神力も高い。慣れない寒さや野宿に弱音を吐くようなものはいなかった。

 道中アンデッド達の襲撃はなく、二週間かけて討伐軍は北の山脈の麓にたどり着いた。眼前にそびえるのは鬱蒼と木が茂る森と恵みの山ではなく、黒い岩肌を晒し中腹から頂上にかけて白い残雪を残す荒涼とした山だ。あたりには大小様々な岩がごろごろとしていて、低い木が転々と生えている。ここからは傾斜も障害物も多い山道となる。寒さも一層厳しくなるだろう。兵士達は皆毛皮のコートや襟巻きを身に着けて防寒対策を整えた。偵察隊が命がけで帝国にもたらした情報に寒さに対する強い警告があったため、防寒対策はしっかりできていた。

 討伐隊は山の中に入る前に小休止をとる事にした。円をつくって建てられたキャンプの群の中心に焚き火が焚かれ、満天の星空の下で兵士達は食事をとる。出発の時と比べ彼らの口数は随分と少なくなっていた。必ず来るであろうと身構えていた道中の妨害が全くなかった事が不安を煽っていたし、今の所寒さは目立つ支障を生んでいないが、これ以上となると不具合も出てくるだろう事を誰もが悟っていた。帝国が取った防寒対策と言えば厚い服、毛皮を着込むぐらいだ。薄く断熱性の高い服など存在しない。自然、厳しい寒さに対抗するには厚く着込むしかなくなり、その状態で十全に戦闘行為ができるかと言えば否だ。

 戦う前から帝国は不利な状況にある。理詰めでそれをしっかり理解している兵の数は少ない。しかしかなりの者が漠然と立ちはだかる脅威を感じていた。それがどこか重々しい空気を生んでいる。士気は依然高かったが、気楽さが抜け、険しい表情をしている者が多くなっている。

 ハンスは北での暮らしにそれなりに慣れ、寒さへの耐性がついているおかげもあるが、何よりも自分を信じ、帝国軍の強さと勝利を信じていた。無駄に気負う事もなく、早くアンデッドを叩き潰す血沸き肉踊る戦いの時が来ない物かとそわそわしている。

 食事を配給しているテントで列に並び皿一杯のスープを手にいれたハンスは、空樽に腰掛け眉根を寄せて何やら考え事をしているシモンの肩をぽんと叩いた。

「飲むかね?」

「いただきます」

 シモンはハンスからスープを受け取り、木のスプーンで黙々と口に運ぶ。暖かい液体が腹に入り体を温めると自然に強張っていた筋肉から力が抜けた。そこではじめてシモンはいつの間にか筋肉がガチガチに固まっていた事に気付いた。

 ハンスが近くに転がっていた空樽を拾ってきて、シモンの隣に腰掛ける。ハンスが空を見上げ、釣られてシモンも見上げた。瞬く星の光が静かに見返してくる。

「ふむ、いい夜だ」

「そうですね……」

「なんだ、元気がないな。どうした」

「いえ、隊長と同じ部隊にいるのに妙に静かだな、と思いまして。いつもなら二、三度は襲撃されているところでしょう?」

 ハンスは失礼な言い草を気にした風もなくなるほどもっともだと頷いた。

「嵐の前の静けさという奴だ。山に入れば嫌というほど沸いてくるだろうさ」

「そうですか? まあ隊長が言うならそうでしょうね。まとめて来るとなると恐ろしい数になりそうな予感がしますが」

「うむ。狩り甲斐があっていいだろう? 今の内に矢の用意をしておくといい」

「ははは……はぁ」

 ハンスは腰に下げた長剣を軽く叩き、楽しそうに笑った。シモンはアンデッドやリッチが大挙して押し寄せる光景を想像するとゾッとするが、ハンスにとっては的が増えるだけの事のようだった。イカレている。そんなハンスと長く付き合っている内に否応なしに弓の腕が磨かれ今の自分がある訳で、そこには感謝していたが、いつまでもハンスの特攻に付き合っていたら身が持たない。いい加減次の生贄……もとい、相棒を見繕ってハンスの無茶の尻拭いを交代してもらわなければ死ぬまで引っ張りまわされる事になる。

 シモンはこの戦いが終わったら退役して結婚するんだ……と思った。


 












 山に入った最初の一日は数匹の山羊らしき生き物以外動くものは見当たらなかったが、二日目の夕方にアンデッドが襲撃をかけてきた。

 そこは両側を急な斜面に挟まれた細道で、最近崩れたらしく土がむき出しになっていた。見晴らしはよく敵影はなかったのだが、突然斜面の土と砂利の中からゾンビとスケルトンがわらわらと這い出してきたのである。呼吸の必要の無いアンデッドの特性を生かした隠れ方だった。人間のアンデッドだけでなく、動物のアンデッドもかなり混ざっている。

 斜面を駆け下りてくるアンデッド達を討伐隊は待ってましたとばかりに武器を抜いて迎え撃った。

「魔法使い! 右側を狙え! 用意! ……撃てェ!」

 皇帝の素早い指示でまず魔法使いが一斉に右側の斜面に向き直り、魔法で洗礼を浴びせた。ゾンビもスケルトンも魔力を感知するため直接内側から爆散できず、火球を飛ばす炎魔法を選択。百数十発の火球が乱れ飛び、右の斜面が赤く染まった。火球はバラバラに着弾して炸裂音と共に土ごとゾンビを吹き飛ばす。弾幕の密度に差があったため避けられたり狙いが外れたりしてかなりの数が火球を抜けてきたが、それでも半数近くは削る事に成功し、残り六十体ほどになる。が、スケルトンは瞬く間に再生して立ち上がった。目測で四十体ほどが立ち上がったので、合計百体近くとなる。

「戦士隊は左を狙え! 精霊使いと魔法使いは右だァ! 蹴散らせ野郎共!」

 再び皇帝の声が轟き、直後アンデッドと討伐隊が衝突した。

 ハンスは嬉々として太い木の枝を振り回して襲い掛かってきたスケルトンに長剣の腹でフルスイングを喰らわせて打ち砕いた。骨がガラガラと崩れ地に落ち白い山を作る。そこからすぐさま再生していくスケルトンだが、再生しきる前に間髪入れず踵落としを入れて踏み潰した。

 スケルトンはさして力も強くなく知能も技もないが、再生能力を持ついやらしいアンデッドだ。何度も砕いて再生力を枯渇させなければ倒せず、そのため剣士や弓使いとは相性が悪かった。切断すると切断面をくっつけるだけで再生が完了してしまうためあまり再生力を削れない。矢を射掛けても肉の無いスケルトンには刺さらず効果が薄い。点で攻める矢、線で攻める剣より、面で攻めて一気に再生力を消費させられるハンマーや魔法が有効なのだ。

 ハンスは横から斬り付けてきたゾンビの錆びた剣を身体を逸らして躱わし、カウンターで首を浅く斬る。スケルトンは踏みつけたままだ。足に噛み付こうと飛び掛ってきた狼のゾンビを剣ですくい上げる様に斬り飛ばし、手甲でゾンビの剣を受け流す。ゾンビの首に入った傷に正確に追撃を入れると、首は皮一枚繋がった状態で斬れた。血が出ない傷口を晒して頭をぶらつかせながら数歩フラフラとよろめいたゾンビがどさりと倒れる。ハンスはそれを一瞥し、近くにあった赤ん坊ほどの大きさの丸っこい小岩を足で押して転がし、スケルトンを下敷きにした。こうすれば再生力が残っていても再生できなくなるのだ。

 これと同じようにノームの精霊使いは土を操り埋める事がある。再生途中のスケルトンに半ミールも土を盛ってやれば自分では動けなくなり、その内機能を停止する。再生しようとする→再生できない→再生しようとする、のループを延々と繰り返して再生力を消耗するからだ。所詮脳みその無いスケルトン、馬鹿である。

 剣と剣がぶつかる音、悲鳴と怒号が飛び交う戦場でハンスはばっさばっさとアンデッドを薙ぎ倒し斬り伏せていく。時折ハンスの死角から斬りかかってくるゾンビが脳天に矢を深々と撃ち込まれて倒れていた。シモンの弓の腕前は相変わらず並ではない。敵味方入り乱れた乱戦ですら淡々と的確に強力なヘッドショットを見舞っている。

 戦っている内にハンスはなぜかゾンビが二刀流の者ばかりである事に気付いた。それも素人の剣筋ではなく、体捌きも含めて明らかに何かの流派、技の流れが感じられる。ハンスは不思議に思う。数ヶ月前にゾンビ数体と市街地で戦う機会があったが、そのゾンビは椅子を振り回したり花瓶を投げてきたりと実に粗末な戦い方をしていたし、赤子の手を捻るように簡単に倒せたのだが、今回はそうもいかない。数合切り結ぶ必要がある。

 流石魔王の本拠地を護るアンデッド、街で人間に紛れているアンデッドとは質が違うらしい。

 戦場が細い道だったため討伐隊の隊列も細く伸びていて、最初はアンデッド達と討伐隊は一進一退の攻防を繰り広げた。ゾンビの中に一体だけ混ざっていたリッチが土砂崩れを起こし討伐隊を纏めて生き埋めにしようとしたが、そこはノームが土を操ってほとんど防ぐ。そしてリッチの魔法とノームの魔法が拮抗している隙にシモンの強力な曲射がリッチを脳天から真下へ射抜いてサクッと討伐した。

 やがて後方にいた兵士達がアンデッドを包囲するように前に出、囲まれたアンデッド達は防戦一方になり、そのまま押し切られた。偽りの命をかき消され、動かない屍に戻ったアンデッド達が転がる戦場で戦士達は勝利の雄たけびを上げる。

 無事、初戦は討伐隊が勝利を飾った。













 討伐隊の犠牲もゼロではなかった。重軽傷者の数が二十人。行方不明が十五人。死者はいない。

 その日の夜、キャンプの食事配給を受け取る時に損害報告を小耳に挟んだシモンは、死者がいないとはどういう事だ、と訝った。

 いくら帝国の精鋭部隊とは言えあの規模の戦いで死者がゼロという事はあるまい。現にシモンはアンデッド数体に囲まれ深々と腹を刺され崩れ落ちる戦士をはっきりと見ている。鮮血を地面に滲ませ倒れ伏しピクリとも動かない戦士もいた。

 しかし現実に死傷者はゼロ。その代わりに行方不明者が十五人もいる。

 リッチが起こした土砂崩れで全員埋もれてしまったのだろうか? 否、ありえない。幾人かはそうかも知れないが、十五人全員が埋まったとは考えにくい。

 恐らく死体はアンデッドが回収したのだ。邪法を使い、魔王の手駒として蘇らせるために。

 ゾンビやリッチは人間が基礎になっていて、経験や記憶、技を継承している。なるほど精強な帝国軍の精鋭の死体はさぞ強力なアンデッドになる事だろう。

 忌々しい。おぞましい。シモンは腸が煮えくり返る思いだった。魔王は勇敢なる戦士の戦いと、栄誉の戦死を穢す。崇高な命のやりとりの先に待つ安らかなる死から魂を引きずり戻し、肉体に閉じ込め操り人形にしている。許される事ではない。

 アンデッドとの戦いで死んだ同胞がアンデッドとして蘇り、敵となり、仲間のフリをして襲い掛かってくるかも知れないのである。なんと哀しく、唾棄すべき悪辣な手法だろうか。ますます死ねなくなった。

 それも全ては魔王の悪行なのである。アンデッド達は魔王にのみ絶対の忠誠を持ち、従う。裏を返せば魔王を倒せばアンデッドは烏合の衆と化すだろう。

 シモンは改めて魔王の討伐を強く心に誓い、しかしまあ第一に死なないようにしようと思った。

 翌日。皇帝もシモンと同じ結論に至ったらしく、翌朝出陣前隊列の再編成が行われ、討伐隊が必ず一人は精霊使いを含んだ小隊で構成されるようにした。そして「決して一人で行動するな」と厳命する。

 総兵力が二千人もいると、誰が死んだのか兵士同士で把握しきれない。死んだ兵が何食わぬ顔で戻ってくれば、服装も武器も記憶も同じである以上判別するのは不可能に近い。短期間で友軍の顔を全員分覚えるのが不可能に近い以上、アンデッドを見分けられる精霊使いと共にいるのが最も簡単に安全を確保できる手段なのだ。

 ババンバは帝国史上最強と謳われたエカテリーナほどの武は持っていなかったが、代わりに見た目に合わず指揮能力が高かった。状況に応じて臨機応変に対応する事ができる。皇帝に精鋭隊、魔法使いに精霊使いと帝国主力が全て出払っていても、他国に攻め込まれたり(ほとんど大陸を統一しているので攻め込めるような国はないが)、内乱が起きたりしても対処できるよう一般兵と指揮官を残してきている。万が一討伐隊が全滅するようなことがあっても帝国が滅びる事態にはならないだろう。

 また、魔法使いは全員討伐隊に参加しているが、精霊使いはそうでもない。魔法使いと違い精霊使いは精霊が勝手に契約者を選ぶので、軍属でない在野の精霊使いは多くいる。討伐隊の精霊使いが全滅しても彼らがアンデッドへの防波堤となるだろう。

 暗雲立ち込める魔王城への道のり。皇帝は張った予防線を機能させずに済む事を祈り、シモンはいよいよハンスが暴走しだしそうだと予感し、ハンスは予想以上に数の多いアンデッドに喜んでいた。



長くなったので分割投稿。まずは前半。後半は執筆中です。



再構築された壁を壊されれば流石に再生しない。つまり二回壁を壊せばいい。もしくは地上部分だけでなく地下部分ごと魔法で根こそぎ吹き飛ばす。それならば一撃で壊せる。が、初見でわざわざ地下部分も含めて壁を壊す者はいないだろう。



皇帝の名前は哀愁戦士ヒーローババーンの愛機、「ババンババイク」リスペクト。

ゾンビの武器がショボイのは倒された後に奪われて利用されないようにするためです。

階級ワッペンは「魚<狼<鷲<盾<剣」の順で高い位を示します。特に覚える必要もないですが。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 魔法で作った物質は時間経過で消えたはずだけど、精霊魔法だと違うんでしたっけ。
[気になる点] ゾンビになった里民たちの気持ち
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ