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ノーライフ・ライフ  作者: 黒留ハガネ
二章 蠢く者達
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二十話 マッチポンプ

 情報が錯綜していた事は認めよう。マンドラゴラが発見されめまぐるしく状況が変化し始めた所に、追撃のエカテリーナの病死をきっかけに起きた一連の流言、噂話、ちょっとした小競り合いに殴り合いから死を悼む人々の嘆きの声で精霊の情報網はてんやわんやだった。いくら俺が何百体もいるといってもそれを上回る情報量をぶち込まれたら機能不全に陥る。

 だからガロンがマンドラゴラを発見したという情報をたれ込んできた時、迂闊にも即座に殲滅命令を出してしまった。

 本来、急ぐ必要はなかったのだ。

 俺の数は五年後には二千万を超える。魔術は五年で習得できるものではない。魔術無しで増やせる魔法使いの数は精霊の増殖速度と比べればたかが知れている。

 いくらマンドラゴラ殲滅のチャンスでも、突発的事態であり調査も計画も不十分である以上はひとまず万全を期して見逃し、手間になろうがなんだろうが時間をかけて準備を整えてから再度マンドラゴラを探索・発見し根絶やしにするべきだった。

 それを怠ったばかりにガロンは捕まった。

 成り行きはこうだ。

 まずガロンは遮蔽物を利用しながらマンドラゴラの受け渡しをしている魔法使いの魔力展開範囲ギリギリまで接近した。魔力を伸ばしてマンドラゴラを直接攻撃しようとすると攻撃前に魔法使いにバレるので、魔力展開範囲外から氷槍魔法を撃ち込み邪魔な魔法使いを奇襲、殺害。そこまでは良かった。

 パニックを起こした運搬役を放置し、続いてマンドラゴラを消そうとした所でガロンは背後から頭をぶん殴られ同時に魔力を突っ込まれた。簡単な話、マンドラゴラを尾行していたガロンをさらに魔法使いが尾行していたのだ。魔法使いなら魔法使いを無力化できる。他人の形質魔力を混ぜられたガロンは魔法が使えなくなり、自爆もできなかった。

 簀巻き、猿轡、目隠し、麻袋にIN、と手際よく無力化されたガロンはどこかに運ばれていく。

 ガロンから不覚をとりました、とテレパシーを受けた俺は一番近くにいたシルフで現場に向かったが、到着した時には既に跡形もなく。念入りに拘束されたガロンはどこに運ばれたのか自分では分からず当然俺にも伝えられない。

 ガロンを探しながら俺は考えた。今回の誘拐(?)はやり口がやたらとなめらかだ。あらかじめ計画を練っていないとここまでスムーズにはいかない。里の存在もその勢力の存在もバレていないはずだ。精霊の存在は旧王都でも帝都でも噂になりはじめているが、それがリッチの存在と結び付けられるというのは考えにくい。第一リッチは穏便に情報収集をするばかりで―――帝国民を数人リッチにした事を除けば―――帝国へ危害は加えていない。

 となるとあれだ。派閥の対立に巻き込まれたんだ。敵対派閥を引っ掛けるためのトラップにリッチがかかった。

 派閥が完全に真っ二つに割れた今、派閥は互いに戦力を削ごうとしている。敵対勢力の魔法使い増産を妨害するためにも敵側にあるマンドラゴラは処分するか奪ってしまいたい。そこでわざと怪しんで下さいと言わんばかりの格好でマンドラゴラを運搬して……いや、中身が本当にマンドラゴラだったかどうかも疑わしいな。とにかく餌をちらつかせて敵を誘き寄せてとっつかまえようとしたんだな、多分。そこにうっかりリッチがかかったと、そういう事だ。そうでもなけりゃあれほどスムーズに対魔法使い用の拘束をできた説明がつかない。帝国は魔法を持っているのはお互いの派閥に所属する魔法使いだけだと思っているのだから。

 どこかに運ばれているガロンに俺はとりあえず死んだフリの命令を出した。体温が無く心臓が停止していて瞳孔開きっぱなし、息だってしていない。動かなければ死んでいるようにしか見えないだろう。麻袋から出された時に死んでいても、猿轡を噛まされる直前に服毒したとでも頭殴られた時の打ち所が悪かったとでも好きなように解釈するはずだ。

 が、すぐに問題に気づいた。

 本当に死体なら魔法が使えるほどの高密度の魔力は持っていないはずだ。しかしリッチは持っている。それが生きている、または仮死状態になっている証拠になってしまう。

 魔法を使って魔力を消費する事はできないし、混ざったしまった魔力は操れない(※)から魔力操作で体外に出す事もできない。

 奇妙な死体は念入りに調べられるだろう。時間をかけて調べていればその内腐らない事にも気づく。

 リッチは寿命がないし体が拘束されていれば魔法なしには自殺できないから、このままでは延々と情報を搾り取られる事になる。

 さあこまったどうしよう。死体のフリをするか。リッチとして存在を明かしながらも偽情報をばら撒いて何かしらの収拾をつけさせるか。とりあえず死体のフリをしておいて、方針が決まり動いたり喋ったりする必要が出たら死体のフリを止めるのが一番汎用性が高そうだが、カバーストーリー次第では「なんで死体のフリをしていたんだ? 最初から喋れば良かったのに」という疑惑がついて回る訳で……重要な話だから喋るべきか迷ってたとかなんとか適当な理由をつけて誤魔化すこともできそうだが、そもそも魔法使いは紫髪黒目の帝国民しかいない事になっているのに金髪碧眼のガロンが魔法を使ったというのがすんげぇ怪しく、王国の魔法使いの生き残りという主張も使えないでもないが、王国の魔法使いは一人残らず教会の言う神への信仰に殉じて死に絶えたはずで。なんだかんだと一連の不審な状況は覆せない。ある意味リッチは魔法では不可能なはずの不老不死になってるしさ。

 マンドラゴラ発見とエカテリーナ死亡によって起こった騒動の情報収集を一端ストップし、数百体の俺の思考を全てガロン誘拐事件のリカバリーに向ける。常人の千倍以上の思考速度で俺が思いつく限りの予測予想推測分析を行った結果、ガロンにはひとまず意識を持っている事をアピールしつつ無言を貫かせておく事がベストだという結論に至り、そう命じる。

 俺の独断で対応を決定できる状況ではなくなったと判断し、シルフィアと相談を始めた時にはガロンはどこかの地下室っぽい窓の無い部屋に連れ込まれてすぐに尋問と拷問を開始された。速攻で既に心臓が止まっている事も体温がない事もバレ、拷問の手始めに爪を剥がされた時に血が出ない事もバレた。これはどういう事だ、貴様は何者だと問い詰められるもガロンは頑なに―――拷問によって生者と同じレベルの苦痛を感じているフリをしつつ(※2)―――沈黙を守っている。

 とまあ現在そんな状況。どうしたもんか。















「皆殺しますか」

 緊急にシルフィアの執務室に里の首脳陣が召集された。メンバーはシルフィア、エルマー、ラキ、ロザリー、レイス。両肘を机に突き、組んだ手に顎を乗せたシルフィアが開口一番物騒な事をさらっと言う。

「なんでいきなり最終手段に飛ぶんだよ。落ち着け」

 そりゃー皆殺しにすれば情報の漏洩もへったくれもないが、お前には情ってもんがないのか。何度も言っているが殺さずになんとかできればそっちの方がいいに決まっている。楽だからといって安易にリーサルウェポン発動はよろしくない。

 俺の言葉を受け、シルフィアは不満そうに言った。

「帝国だって戦力を得るために魔法が欲しいという、大儀のない身勝手な理由で王国を滅ぼしたでしょう? ならば同じように戦力を奪うために魔法を潰したいという身勝手な理由で滅ぼされる事も覚悟していなければなりません。自分たちが戦争を仕掛けるのはいいけど戦争を仕掛けられるのは駄目だなんて虫が良すぎるでしょう。宣戦布告後、即座に殲滅。それでいいじゃないですか」

 それはもっともだ。もっともではあるんだけどな。

「それでも皆殺しはやり過ぎだろ。それに帝国と同じ事したら帝国と同じレベルに堕ちる事になるぜ」

「……まあ……そうですね、里の戦力のほぼ全ては大御祖父様のものですし、大御祖父様にはお世話になりっ放しですし。断固として虐殺反対と仰るなら大御祖父様の意思を尊重しますが」

 渋々、といった様子でシルフィアは控えめな賛成を示した。

「ロバートさんは善人だなあ」

「シルさんが容赦無さ過ぎなだけの気もしますけどねー」

「あ、シルフィアさん、紅茶淹れますね」

 エルマーとロザリーとラキはのほほんと日和見発言をする。これ実質シルフィアと俺の討議になってないか? 別にいいけどさあ。

「さてリッチの存在に上手いこと説明をつけながらこれ以上情報が漏れないように奪還するなり始末するなりして、マンドラゴラを一株残らず抹消して、精霊魔法を広める、と。これだけやらにゃならん訳だが、」

「別に同時に」

「やる必要はないな、うん。一つずつ片付けていけばいい。分かってる。で、叩き台の方針としてはまず潜伏中のリッチを――」

「分かってないじゃないですか。別に同時に『やってもいい』のでしょう?」

「――一箇所に集めて……あ? ああ、まあな。なんだなんか良い案でもあるのか」

「あります。折角ですし世界を巻き込んだマッチポンプといきましょう」

 なんだそれ。

「詳しく」

「精霊以外のノーライフを邪悪な存在と設定し、ゾンビやリッチやスケルトンに人間を襲わせます。精霊はノーライフから人間を守る善良な存在として人間に手を貸し、ノーライフを撃退します。ガロンがマンドラゴラを狙ったのは人間から魔法を奪うためとでもしておけばいいでしょう。そして精霊は邪悪な存在を討つためという名目でガロンを始末し、その後、念話で居合わせた人間に事情を説明。ゾンビ達に対抗するためには精霊魔法が有効という事にしておけば人間は嫌が応にも精霊魔法を使わざるを得ません。強制的に精霊魔法を広められます。マンドラゴラは折を見て堂々とゾンビ達に襲撃させて消せばいいでしょう」

 シルフィアは一気に言い切った。俺もロザリーもラキも三回連続シルフィアを見つめる。エルマーは話についてきていない。

「……それ今考えたのか?」

「そうですが?」

「お前天才か。そしてエグイ」

 俺ができる発想は「ロバートの発想」に限られる。計算力や思考速度は上がってもそれを運用しているのが一つの意思である以上、発想力は何億体に分裂しても一人分だ。だから俺はシルフィアが今言ったような発想が湧かなかった。真に頭の良さを決定する要素は計算力や記憶力ではなく発想力や注意力だと俺は思っている。

 シルフィアはラキから紅茶のカップを受け取り唇を湿らせた。それがまた絵画になって城に飾られていてもおかしくないぐらい様になっている。まるで穢れなき聖女のようだ。

「エグくて結構。どいつもこいつも私達の掌の上で踊るがいいのですよ。馬鹿共には丁度いい目くらましです」

 言ってる事は最低だが。

「…………………………………………確かに俺が考えていた案よりはそっちの方が安全性も長い目で見た時の死者も少なくて済みそうだ。シルフィアの案でいくか。よし設定補強完了、確認してくれ」

 俺全員の思考を総動員して一気にシルフィアの原案の修正と補強を完了させる。数百体も俺がいると色々時間の短縮ができて実にイイ。

「まず人間を滅ぼそうとしている魔王をどこか人里離れた場所に魔王城を建てて設置する。これは俺がロールプレイする。魔王の手足として動くノーライフ……ゾンビ、リッチ、スケルトン、デュラハン、グール、駄レイス、これを対外的に以降アンデッドと呼ぶ事にする。ゾンビとリッチは人間社会に溶け込んで不和と腐敗を撒き散らす。その他のアンデッドは人間を襲って殺す。

 殺す人間はなるべく悪人にする……アンデッドは邪悪な心を持った奴に惹かれるとかなんとかそんな理由をつけとくか。殺した奴は全員復活させてアンデッドに加える。一地域には常に一定数アンデッドが存在するようにして、余剰分は魔王城に移動しておく。魔王城にある程度アンデッドが溜まったら人間に侵攻をかける。

 それに対して正義の味方、精霊が魔王の野望を阻止するために人間に手を貸す。精霊は見ただけでゾンビとリッチを判別できる。他にも呪文に応じて色々魔法を使ってくれる。

 人間を滅ぼそうと侵攻をかけてくる魔王軍を人間が精霊の力を借りて撃退する構図だな。

 王国と帝国の戦争で大量に出た死者の怨念が千年ぶりに魔王を呼び覚まして、精霊は復活した魔王の存在を感知して眠りから目覚めたって事にでもしとけばいいだろ。

 精霊がもたらす利益とアンデッドがもたらす不利益は差し引きで利益の方が大きくなるように調節する。せめてもの情けだ。

 以上。異議は」

「ありません」

「なーし」

「シルフィアさんが良いなら私も構いません」

「『対外的にはアンデッドと呼ぶ事にする』あたりから分からなくなった」

「めんどくせぇぇ。おいシルフィア、噛み砕いて説明してやれ」

「言われずとも。さあエルマー、私が手とり足取り他にも色々とって教えましょう。大御祖父様、寝室にいますので何かありましたら一報下さい。ただしノックを忘れずに」

 議題が片付くやいなや全員ぞろぞろと執務室を出て行った。一人取り残される俺。

 これは即断即決の美徳なのか投げやりなだけなのか判断に悩む。しかし会議の内容については俺が数百人体制で検証練り直しをしてるから、一々口に出してぺちゃくちゃ議論に勤しむよりは俺が一人で考えた方が早く済むのは確かだろう。加えて今は比較的緊急事態だから方針が決まった以上俺一人の独断で動いた方がスムーズに進む。連中がそこまで考えていたかは知らんけどな。特にシルフィアはエルマーといちゃつきたいだけの気がする。

 それはともかく。

 ベッタベタな設定を考えてみた。うむ。精霊と魔王が同一人物で自作自演にもほどがある事を抜かせばいかにもなファンタジーとしか言いようが無い。あと必要なのは勇者か? いや別に用意しなくていいか。

 アンデッドに人間を襲わせ、精霊に助けさせる。アンデッドで苦しめ、精霊で癒す。アンデッドに都合の悪いモノを始末させつつ、精霊で信用を得る。おお悪どい悪どい。

 でもなんかニヤニヤしてしまうのはなぜだろう。俺もいよいよ感性が人間離れしてきたな……自覚できてるだけマシと思うべきか。

 さぁてサラマンダーより速いシルフでガロンのとこに急行して世界を巻き込むロールプレイングの開始といきますかね。















 現場に一番近かったシルフでガロンが誘拐された現場に行き、袋に詰められてから出されたまでの時間でおおまかに範囲を割り出し堂々と探索を開始した。付近にいたシルフも現場周辺に移動して順次探索に加わっていく。シルフ以外の精霊は移動速度がノロすぎて探索に向かない。

 本来草原に出没するシルフだが、これまでも街中にも出ない訳ではなかったし、例え魔法使いに見つかっても「アンデッドの邪悪な魔力を感じて……」とかなんとかしたり顔で説明すればなんとでもなる。ご都合設定万歳だ。

 やがて三時間ほど探し回った結果、さる名家の屋敷の庭の蔵の床下に地下室を発見した。シルフは何かに導かれた風を装ってふらふらと一体で地下室に侵入した。ランタンの灯りがぶら下がった天井からにょっきり顔を出す。ほの暗い石室には細かいトゲがびっしり生えたベッドやら血痕が付着したペンチやら小さな炉に突っ込まれ加熱中の焼きゴテやら拷問器具がズラリと並び、壁を見れば一部は赤黒く染まっていた。そういう用途で使われる部屋らしい。くわばらくわばら。

 逆さまに部屋の中の人間を確認する。イスに鎖で縛り付けられ雁字搦めに拘束されているガロンと、その背後でガロンの頭を鷲掴みにしてゆっくりと自分の魔力を送り込んでいる、黒いローブを着た痩せぎすの魔法使い。正面には細長い金属の針を指で弄びガロンの眼球すれすれの所でぷらぷらさせている筋骨隆々の男、拷問官。あとは入り口の見張りが一人。

 コンタクトはフレンドリーに、フレンドリーに。

 俺は自分に言い聞かせながらふわりと全身を地下室に出し、床から十センチぐらいのところで滞空した。

 ガロンの背後にいる魔法使いにニカッと笑いかけると魔法使い絶叫して危うくガロンの頭を握りつぶしかけた。

「×××××! ×××!」

 何いってるのか分からん。分からんが魔法使いの突然の叫び声に地下室にいた全員が俺の居る場所を見た。こっち見ん……もっと見ろ。

 困惑と驚愕、警戒が入り混じった視線をたっぷり二秒ほど浴びたところでガロンに打ち合わせ通り怨嗟の声を上げさせる。

「×××! ××××××シルフ×××! 魔王様××××! ×××!」

 帝国語は勉強中ではっきりとは分からんが、「てめーシルフこの野郎お前も復活しやがったか魔王様の邪魔はさせんぞ糞が!」という意味の事を叫んでいる。罵倒の皮を被った設定説明ご苦労。

 精霊は古代語しか喋れないし、精霊は言語ではなくイメージのみしか伝えられないという設定だからある程度はアンデッドに言わせた方が楽だ。固有名詞とか。

 今まで大人しく沈黙を保っていたガロンがシルフを見た途端に罵声を吐いて暴れ始めたので拷問官たちは度肝を抜かれたようだった。ギリギリと歯軋りし、噛み付くような目で俺を睨みながらがったんがったんイスを揺らして暴れるガロンから拷問官達は怯えたように数歩距離をとった。筋骨隆々の拷問官に魔法使いがなにやらこそっと耳打ちし、拷問官は目を見開く。出入り口の前に陣取る見張りはドアノブに手をかけていつでも脱出できる体勢をとっていた。

「×××、シルフ×××。×××?」

 魔法使いがちらちらガロンを見ながら俺に丁寧な物腰で声をかけてくる。どうも悪印象は抱かれていないっぽい。シルフの噂を聞いていたのか、今のガロンの台詞から味方らしいと判断したのか。どちらでもいい。

《このアンデッドを浄化しなければ魔王の力を強める事になります。早急に始末を》

 ガロンを指差し日本語で言うと魔法使いは呆気にとられた。多分グロンギ語を聞いたアメリカ人のような感覚に陥っている事だろう。わけのわからん言語に聞こえているはずだ。

「……あー、×××?」

 何か聞き返してきた。

《私達はあなた方の言葉が分かりません。が、このアンデッドを片付ける前に事情は伝えておいた方が良いでしょうね》

 肩をすくめ、魔力をぐねぐねと動かす。魔力を操作して作るのはちょっとした舞台と人形劇だ。魔法使いは口を半開きにし、うにょうにょ動いて精密な人や建物の形を取った俺の魔力に目が釘付けになった。さて寸劇を始めようか。



 昔昔、はるか古代の懐かしき偉大な文明。高い建物が林立し、奇妙な服装をした黒髪の人々が闊歩している―――ぶっちゃけ日本の首都東京のイメージをちょいちょい弄っただけだ―――、そんな高度な文明の魔法使い達によって精霊わたしたちは創り出された。

 鉄の箱に乗った人々が凄い速さで綺麗に舗装された道を行き交い、巨大な翼が動かない鳥のような物に乗って空を行く。煌びやかな衣装を着て展望レストランで贅沢な食事を取る人、一瞬で世界の裏側の情報を届ける四角い箱。今の世界の人々には想像もつかず理解するだけでも苦労するほどの高度な文明がそこにはあった。

 魔力でできた人形と建物群は紅く染まり、暗転する。

 死屍累々、生ける者の声が絶えた町。焼ける家、起き上がる死者達。海は紅く染まり、どんよりと曇った空からは黒い雨が降る。そしてそれを統べる、良しとする邪悪な魔王(黒っぽいモヤモヤで包まれ姿はよくわからない)。骸骨と腐乱した死体、霞のようなモノで構成された地平線が真っ黒になるほどの数の軍勢が町々を襲う。逃げ惑う人間達。そこへ駆けつけた精霊を傍に侍らせた精霊使い達が何事かを叫び、次々と強力な魔法を放ってアンデッドの軍勢を討ち砕いていく。しかしやがて多勢に無勢で精霊使い達は押されていき、一際高い赤い塔まで追い詰められる。

 眼下でおぞましいうめき声を上げながらうじゃうじゃと塔を包囲するアンデッド達。精霊使い達は決然とした顔で互いに顔を見合わせ、円陣を組み朗々とした声で長い詠唱を唱える。

 長い長い詠唱が続く。精霊達はくるくる回り、溶け合い、一つになって巨大な光の球体になる。

 詠唱が終わった瞬間、球体から眩い光の波紋が広がった。

 波紋に飲み込まれたアンデッド達はばたばたと倒れ、軍勢の後方で指揮をとっていた魔王も悲鳴を上げてのた打ち回る。力を使い果たし、宙に溶けて消え去る精霊達。精霊使い達もばったりと地面に倒れ臥しぴくりとも動かない。死者も生者も、誰一人として動く者はなかった。

 そして誰もいなくなった。

 月日は流れ、廃墟は風雨に晒され風化し土の下に消える。やがて草木が生え、動物が戻った。

 再び生命に満ちた大地。消えた精霊達も少しずつ力を取り戻していく。しかし精霊は知っている。自分達が力を取り戻しているという事は、魔王も復活しつつあるという事だ。

 今度こそ魔王の息の根を止めなければならない。そのためには人間の助けが居る。人間が呪文を唱えてくれないと精霊は魔法を使えないのだ。

 そして古代文明の面影を完全に飲み込んだ緑溢れる大地に、紫の髪の人間達がやってくる……

 


 寸劇を終えると、魔法使いは沈黙した。目を閉じ眉根を寄せて額に手を当て、記憶を整理しているようだった。拷問官と見張りは動かなくなった魔法使いを固唾を呑んで見守っている。

 精霊の主張を要約すると「古代文明が魔王に滅ぼされました。その時精霊も相討ちになりました。現在、魔王が復活しました。精霊も復活して魔王を食い止めようとしています。ほっとけば世界は滅亡する!」ってぇこった。

 あれだけの文明を滅ぼした(という設定の)魔王の軍勢に精霊の助けなしで立ち向かおうとはしないと俺は信じている。でも帝国人の感性はちょっと独特だから分からん。せっかく手に入れた魔法の運用法についてもごちゃごちゃ言ってるし、精霊魔法についてもなんだかんだと意見が割れそうだ。まー近いうちに軽くアンデッドで侵攻かけて四の五の言えなくする予定なんだけどな! 使わぬなら 使わせてみせよう 精霊魔法。

 魔法使いは顔を上げ、まだぎゃーぎゃー言っているガロンを見て、俺を見た。年端もいかない少女の姿をしている俺だが、外見通りの存在ではないことはもう理解しているだろう。

「×××××……×××、×××。××、××、魔王××××。×××シルフ。××××」

 魔法使いが手をさっと振って何事か言うと、筋肉と見張りが部屋の隅に移動した。魔法使いは俺にゆっくり歩み寄る。

「×××」

 ぎこちなく手を差し出してきた。握手は前世日本でも王国でも帝国でも共通の友好の印だ。俺は内心でかかったな馬鹿めが! と快哉を叫びながら表面上は人好きのする笑顔を浮かべて答えた。

《契約を交わしましょう》

 俺の差し出した手と魔法使いの手が触れ合った。俺はそれっぽい雰囲気を出すために固定した魔力を魔法使いの体内に侵入させて引っ掻き回す。魔法使いは違和感に顔を顰めたが何も言わなかった。

 ひとしきり魔法使いの体内を蹂躙してから再度身振り手振りと日本語で状況説明をする。

 契約、完了。呪文唱えれば精霊魔法が使えるようになったよ! 早速アンデッドで実験してみようか! スペルは『我が敵を切り裂け風の刃、ウィンドカッター』! 標的に手を翳して唱えてね!

 言葉にすればそんな文章になる。辛うじてこちらの意図を掴むことができたらしい魔法使いは若干胡散臭そうに俺を見て、物は試しだ、という風情でガロンに手を翳した。

 ガロンがまだ叫んでいる。くっ、俺を殺しても第二第三のアンデッドが貴様を……という内容の事を叫んでいるはずだ。

 実際の所、ガロンはこれからされる事に納得している。どうしてもと言うなら何のかんの理由をつけて逃がしてやれるがどうする? とテレパスで聞いたら別に構わないと返ってきたので人思いに斬って捨てる事にしたのだ。生き飽きたのか、俺に忠義を感じてくれているのか、大局的に見て自分の犠牲が必要だと思ったのか、それは分からないし、尋ねなかった。

 今までご苦労だった。ありがとう。ゆっくり休むといい。痛みは一瞬だ、スッパリいってやる。

「我ガ敵ヲ切リ裂ケ風ノ刃、ウィンドカッター!」

 俺は呪文に応え、威力を上げるために床の埃を少し巻き上げて空気に混ぜ、刃を作ってガロンの首に振り下ろした。










 この日、世界を巻き込んだ壮大なマッチポンプが始まった。


 







精霊魔法、はじめました



純魔力授受の場合は魔力が混ざっているわけではない。自身の形質魔力をいうなれば道具のように使って純魔力を捕獲、自分の魔力で作った袋に閉じ込めて体にしまっているだけ。


※2

リッチやヴァンパイアは五感が鈍い。この時はノーライフの情報はどんな些細なものでも隠せるだけ隠しておくべきだと判断し、ロバートはガロンにこのような演技をさせている

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