四話 魔力、村長
「何か」が魔力では無いかと思った俺は家族で一番物知りなばーちゃんに聞いてみた。魔法という単語は通じるか分からなかったので、手を触れずに物を動かしたり何も無い所から火を出したり出来る人はいるか、と聞いてみる。
「おうおう、そりゃ魔法の事じゃのう。旅人にでも聞いたのかの?」
あるんですか、魔法。衝撃の事実!この世はファンタジーだった。
詳しく聞けば、魔法は才能ある者が超高価な秘薬を飲んで魔力を引き出し、更に何年も修行を積んでようやく使える様になるものだとか。秘薬は高過ぎて村中の金を掻き集めても全然買えないらしい。
秘薬って……あの薬草確かにちょっと珍しいけど森の奥に普通に生えてたぞ。
あの薬草はさぞ高く売れるだろうな、と思ったが黙っておいた。この時代に種の保存の概念があるとは思えない。秘薬の原料の存在が知れたら最後、瞬く間に採り尽くされてしまうだろう。
秘薬が高価なのも乱獲で原料の薬草が減ってしまったからに違いない。俺が見つけた薬草は乱獲を逃れた貴重な自生地の物だったのだ。単に生息域が元々極端に限定されているデリケートな植物って可能性もあるけどさ。
俺はばーちゃんにお礼を言って自分の部屋に戻った。
うーむ。良いよね、魔法。ロマンがあるよね、魔法。手から気功波とか憧れだよね。
大きな街に行けば魔法の先生とか居るのかね。居るだろうな。魔法使いたいな……
……でもなぁ……
俺は村長の一人息子だから、村を放って街へ行くのは無責任過ぎる。村長を継ぐ資格があるのは俺だけだ。
仮に弟か妹が生まれてそちらに次の村長の座を譲渡したとしても、街で魔法使いに弟子入り出来るツテが無い。
百歩譲って魔法を教えてくれる人を見つけたとしよう。そうなれば何故既に魔力に目覚めているのか問詰められる事は疑う余地が無い。この世界で魔力を目覚めさせる秘薬は馬鹿高い上に貴重品らしいしどこで手に入れたんだって話になる。
魔法を学ぶのは面倒臭そうだ。よし諦めよう。
物事に執着しないのも俺の取り柄だ。マイペースマイペース。無理はしない。魔法は惜しいけど無いといけないものでもないし。もしかすると師につかなくても簡単な魔法ぐらいなら使える様になるかも知れない。呪文とか魔法陣が必要ならアウトだけど。
ま、独学でしばらく頑張って出来るなら良し。出来なくても今まで通りだ。なるようになるさ。
丸々二年間ひたすら飽きもせず魔力を体に巡らせ操作する練習をして、体からたんこぶのように微妙に魔力を離す事が出来る様になった。それ以上離すと零れて霧散してしまう。
魔力はどこにでもあるが、力強さというか濃さというか……密度? に差があった。大気中には薄く、植物には少し濃く、動物には濃く、人間が一番濃い。家族と比べると俺の魔力は濃い目で、量も倍ほどあった。しかし村人の中には俺の更に倍ある人もいたし、俺よりも更に濃い人もいたので自慢にならない。俺の濃さと量は常識の範囲内だった。少しがっかりする。基本的に人が持つ魔力量は肉体と同じ体積で、魔力量が多い人ほど肌にまとっている魔力の層が厚い。量が倍とかなんとかそのへんの判断は俺の目分量だからまー割と誤差はあるだろう。
十一歳になり、魔力操作も思い通りに行く様になり、魔法を使おうとしてみた。
呪文も印も陣も知らないし、あるかも定かでは無いので取り敢えず念じてみる。
使う魔法は念動だ。
炎や水を出すのは質量保存の法則を無視していて難しい気がするし、空間転移は失敗したら危なそう。念話は人相手に試す事になるから気が引ける。動物相手に伝えても伝わったか確認できねーし。
その点念動なら力の始点を体から離すだけだから楽そうに思えた。コソコソ人目につかない森の中に入り、足元の小石を睨み付ける。
動けっ!
動いてくれ!
「…………」
小石はぴくりともしない。うん、まあ念じただけでは多分動かないだろうなとは思った。次!
今度は魔力を出し、小石に手を近付けて魔力で包み込んだ。体から出たスライムで小石を包んだ様な感じだ。この状態でもう一度。
動けっ!
動いてくれ!
「…………」
反応が無い。ただの小石の様だ。
俺は少しがっくりしてその場にどっかり腰を降ろした。
あーあ、怠い怠い。練習が足りないから出来ないのか理論的に不可能だから出来ないのか、それだけでも分かればなぁ。何も反応が無いと無駄な努力してる気分になって嫌なんだよ。
魔力を打ち出す魔弾! とかよくファンタジーにあるけどさ、魔力って体の中を巡ってる血液みたいなもんなんだよね。感覚的には。血液を勢い良く出しても炸裂しないのと同じで、魔力を打ち出してもヒョロッと飛んであっさり拡散して終わる。はぁ虚しい。
何の進歩も無いまま十二歳になり、父の揉め事解決につき合わされる様になっていた。喧嘩の仲裁から泥棒の裁きまで大体十日に一度くらい厄介事が持ち込まれる。平和な村だからそんなもんだ。
後は納税だろうか。年末に来る王国の徴税官に村から集めた羊毛と小麦を規定量渡さなければならない。しかし本当に渡すだけのあっさりしたもので、儀式めいた事も無く徴税官は分量を確かめて羊皮紙に何やら書き留めるとさっさと帰って行った。
適当だよなあ。徴税の時に人口の確認があったが口頭で父が変わりありませんと言うだけでOKだったし、ああしろこうしろとも言われない。税を回収するだけして放置だ。この時代この文化レベルだとそんなもんなのかねぇ。徴兵が無いだけマシと思うべきか。
仕事の引き継ぎは順調に進み、日本の憲法を知る(うろ覚えだが)俺の裁きは概ね好評だった。村長の権限には少し恐ろしいものがあり、一度裁定が下ると誰にも覆せない。裁きの基準が明文化されていないため裁き方も村長の裁量一つに任せられる。一種の独裁だ。
そこまで権力が集中していると賄賂を贈って良い様に取り計らって貰おうとする輩が出て来る。とーちゃんはそこに一番気をつけろと言っていた。賄賂ダメ絶対。裁きは公平に。
今はこの裁き方で何とかなっているけれど、将来的には文書にした法が必要になると思う。このままではいつか性根が曲がった奴が村長になって村が無茶苦茶になる。そうならない様に普遍的な法が必要だ。
十五歳でとーちゃんから村長の座を引き継ぎ、俺は石盤に法を文字にして刻み始めた。日本国憲法をそのまま適用するには文化レベルが違い過ぎるし、あまり壮大なものをぶち上げると王国の方から目をつけられる可能性があったので簡単なものにしようと思っている。
大体常識的な事しか書いていないが、常識を文字にするってのは案外大切だ。「常識」は人によって微妙に違うから、はっきりした指針が無いと混乱が起こる。
石盤に法を刻むのと同時に村内の文字の普及にも努めた。折角法を作っても、それを村長一家しか読めないのでは今までと変わらない。誰でも、とまではいかないが大多数の村人は読める様にしなければならない。
俺は朝早く起きて薬草を採りに行き、朝食を挟んで石盤に文字を書き付け、昼頃に一時間ほど村人を集めて文字の勉強。昼過ぎからは揉め事解決や農作業の手伝い、開いた時間は木陰で休みながら魔力操作の研磨、日が暮れたら夕食をとって眠る、という生活サイクルを繰り返した。
それなりにやり甲斐と張り合いがあり、疲れもせずだらけもせずの程よい日々だ。相変わらず魔法は使えなかったけども。
まだプロローグみたいなもんだからすっ飛ばして書いて四話目なのに、まだノーライフのノの字も無いと言う……