十七話 俺と契約して精霊使いになってよ!
初めての分裂から十ヶ月も経つ頃には現状可能な範囲でシルフの性能を把握できていた。
魔力密度が高いほど空気との同調率が上がる=魔力と空気が剥がれにくくなる。つまり魔力密度に応じて移動速度も風の威力も上昇する。現在の最高密度8.5でなんとか小枝を切り落とせる程度だが、身体中に剣を生やしてスピンしながら突っ込めばズタズタにできる。
魔力消費無しで攻撃できる分、レイスよりも使い勝手が良かった。
一回目の分裂から四カ月後、シルフは三体に増える。
レイスからシルフが分裂し、シルフからもシルフが分裂した。シルフとレイス、全個体でやはり視界や意思は同一で、思考能力そのものは二掛け四で八並列になっている。計算やブレインストーミングに役立つ。計算ミスを防ぐために検算するから計算力八倍にはならんけども十分だ。
なんせ記憶にあるエマーリオに匹敵する計算速度がだせるようになったのだ、これに喜ばずして何に喜ぶのか。実質八人がかりってのが多少情けなくはあるが……それでも嬉しい。俺にとってエマーリオはそれだけ大きな存在だった。今の俺全員でエマーリオに挑んでも全く勝てる気しないしさ。
分裂後の各個体の最大魔力密度と量は大元の素体、レイスと同じレベルまで戻せるので魔力量で言えば約34、エマーリオを越えてはいるが負けのイメージしか湧かない。
四体になった俺の密度と量を全員均等にして、シルフの一体の魔力を半分以下にしたらその一体のみ消滅した。一体の魔力を半分にしたのは俺達全員の総魔力量で言えば13%程度が失われただけだから、魔力量は一体一体別個扱いになっている事が分かる。全員の魔力量を総計して一個体の魔力量であるとカウントされているなら消滅するはずがない。
要するに百体に分裂した俺を九十九体消滅させても、一体残っていればワサワサ増えていく、という事だ。なんか質の悪い雑草みたいだ。
あともう一つ、四カ月魔力切り離し保持で分裂できるならヴァンパイアやリッチ、ゾンビもゴーストかレイスかシルフを作れるはずである、という推測は外れた。というか確認できなかった。
ヴァンパイアはもとより命令したゾンビすら四~五日で拡散してしまう。何度やっても一週間と保たない。
聞けば四日目に入ったあたりからぼんやりと眠っているような感覚になり、頭が真っ白になって気付けば魔力操作が切れているらしい。
まさか継続して魔力操作できるのが三日までなんて事はないだろう。それだったら俺はゴーストになってから三日目で消滅している。ゴースト系ノーライフだけが例外的に魔力操作をできるのかも知れないが何か違う気がした。そうなる理屈が分からん。
で、ふと思い付いて試しに「一週間ずっと腕立て伏せしてろ」と命令したら四日目にぐったり地面に突っ伏していた。いつの間にか頭が真っ白になっていたらしい。
俺はこれを三徹はできても百二十徹はできないのと同じようなもんだと解釈した。英訳していたはずがいつの間にか寝ていたとか、数学の問題に悩んでいる内にフッと頭が真っ白になったとか、俺にも前世で経験がある。人間・人間の精神がベースになったモノの集中力には限度があるのだ。
俺? 俺は並列思考使えるから大丈夫なんだろ。二つの思考を交互に休ませる事で延々と集中を継続し、やがては習慣・無意識レベルまで昇華できる。
つまり! 並列思考ができなければゴーストになっても四日で消滅! 分裂もできない! 実質的に人間のゴーストも分裂も俺の専売特許だったんだよ(※)!
……エマーリオだったらできた気もするが。エマーリオマジ天才。遺伝子的にあれ以上の天才は存在できないんじゃないかってぐらいの。エマーリオの事だ、多分後天的に並列思考を修得するぐらいやってのけただろう……それはともかく。
結論としてシルフはいくらでも使い捨て可能ということが分かった訳で。本格的増殖と精霊魔法(笑)の細かい設定の練り直しを続ける。
執務室に設定の打ち合わせに向かうと、カルメ焼きをお茶請けに東の森産ハーブティーを嗜んでいたシルフィアが機嫌よく俺を迎えた。
「うぇるかむです、大御祖父様」
「ああ、呼び方はそれで統一したか」
「個人的に呼ぶ時にレイスとシルフで呼び分けてもあまり意味ないですから。えーと早速本題なんですが、まず前提の情報を。帝国の魔法使いの数は百五十~百七十人。百八十を超えている事はないでしょう。このペースで行けば最大限に多く見積もって十年後に四百人程度でしょうか」
「そんなもんか……もうこれ帝国滅ぼせるんじゃないか?」
「それはそうですけどそんな事は流石にしませんよ。あちらから攻めてくれば反撃しますが」
シルフィアは余裕綽々だ。
最早ちょっとやそっとで里を滅ぼされる事はなくなった。現在里ができて十二年目の夏、シルフ五体。十三年目になれば十一体だ。帝国が今から魔術訓練を始めたとしても、クリエイト・ゾンビができるようになるまでどれほど上手くいっても確実に十年以上はかかる。
そして十年後、俺は一億体以上に増殖している。
はっきり言おう、というか言うまでもないが、里と戦争状態になった時、帝国に勝ち目は一ミクロンもありゃしない。今すぐ戦端を開いてもそもそも里が見つかってもいないのだ、増殖の時間はたっぷりとれる。
戦力的にミジンコとシロナガスクジラ並の格差がある(ようになる見込み)ためシルフィアも余裕ぶっこいていられる。滅ぼすまでもない、見逃してやろう、と。帝国ェ……
それでも念を入れて予防線だけは張っておこうと精霊魔法で魔法発達を妨害しダメ押ししようとしてるんだけどさ。
「分かってる、確認しただけだ。帝国滅ぼすのは最後の手段ってのは承知してる。俺としても殺さずに済むならそれに越した事はない」
「はい、できるだけ穏便に飼い殺しましょう。追い詰められた人間の底力は侮れませんから」
「……まあ言い方は悪いが異論はない。精霊の数は帝国の魔法使いの数を上回るようにしたいよな? 『誰でも使える』を売りしてるわけだから供給量はある程度確保したい」
「ボーダーラインが一万体です。帝国の総人口が一千二百万、帝国軍が十万。精霊を軍の主力兵器に食い込ませるなら十分の一は必要であると睨んでいます。生活に食い込ませるなら国民の半数、六百万。理想はどこに行っても精霊が居てそれが自然な状態にする事、これが二千万以上ですね」
「12,287体が三年八ヶ月、6,291,455体が六年八ヶ月、25,165,823体が七年四ヶ月」
「計算早いですね……二年後は」
「383」
「十分です。では二年後から広めていきましょう。微妙に日をずらしながら同時多発的に帝国の全域に精霊を二、三体ずつ出現させていきます。帝国領の東西南北まんべんなくランダムに、帝国以外の弱小雑魚国家を含めて大陸全域に噂を広げる草の根活動ですね。人間に精霊の存在を認知させる所からじっくりといきましょう」
言いながらシルフィアは分厚い資料をパラパラ捲った。
「具体的には超古代魔法文明ワクテカの遺跡に眠っていた最強の魔法生物の封印が劣化したため覚醒し、一匹が目覚めたのを皮切りに魔力の波動が広がり各地に眠る精霊達が次々に目覚め」
物凄く楽しそうに資料を捲り喋る喋る。それにしてもこのヴァンパイア、ノリノリである。
「創造主である古代人の子孫の現生人類に尽くしてくれるものの、精霊に命令するためには古代人の言語である古代語が必要で、」
途中から聞き流しモードに入ったのだがシルフィアはお構いなしに大演説をぶちあげ結局半日近く喋り続けていた。ラキが途中でティーポットを替えに来た時以外延々とノンストップ。
転生だとか精霊に選ばれた勇者だとか随分とアレな要素をよくもまあこれだけ詰め込んだもんだ。俺の黒歴史が掘り返されてストレスがマッハ。
「――――そして生活、宗教、軍事、あらゆる面で精霊が幅を利かせ、帝国の民は精霊無しには生きられなくなる……ふふふふふ」
「あ、終わったか? 無駄に長いんだよ、百分の一にしろ。思いついた設定片っ端から入れてんじゃねー。闇鍋になってんぞ」
「エルマーを馬鹿にしないで下さい」
これ考えたのエルマーか! 暇に明かせてたっぷり妄想膨らませたな?
「エルマーが考えた物でも没だ没!もっとシンプルで拡張しやすい設定にしろ。端っからこんなガチガチに決めてどうするつもりなんだよ」
「え~? だってエルマーの案ですよ?」
頬を膨らませ不満そうな顔をする。お前エルマーの言葉にはホントYESしか言わねーな。
「黙れ。大体なんで精霊が土水火風揃ってるのが前提になってるんだ? まだシルフしかいないだろうが」
空気中で分裂して空気と同調するシルフになるなら、土中で土と同調するノーム、水中で水と同調するウンディーネ、火の中で火と同調するサラマンダーになるのではないか、というのはまだ推測の段階だ。現在実験中で、結果が出るまでに四ヶ月かかる。
「でも複数の精霊と契約する事で魔法を拡張できるって良くないですか?」
「そりゃそうだけどな、設定に不確定要素を入れるなっつってんの」
流石シルフィア、エルマーの事となると食い下がってくる。
長ったらしい「ぼくがかんがえたかっこいいせいれいまほう」を要約すれば「シルフだけだと風魔法しか使えないが、ウンディーネとシルフの力を合わせれば水+風で治癒魔法が使える。四種類の精霊の力を合わせれば従来の魔法を全て再現できる」という設定になる。
精霊に力を貸してもらうためには呪文を唱える他にも契約をなんたらかんたらしたり、より強力な呪文を使うためには儀式をうんちゃらかんちゃらしたり、まあ色々ある訳で。
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「呪文=古代語=日本語、って公式は大丈夫なのか? 日本語は機密書類に使ってるだろ」
「発音してるだけで文字は読めないですから大丈夫です。発音と文字を照らし合わせる機会を与えなければ問題ありません」
「……まあそれはいいとして。なんだよ風魔法の詠唱が『導け天空の力、集え蒼穹の覇者、我に従いて邪なるものを断つ刃となれ!』って。厨二か。普通に『風刃』『ウインドカッター』でいいだろが」
「え、かっこいいじゃないですか」
「ざけんな却下だ。風魔法使うたびにその呪文聞かされる俺の身にもなってみろ。拷問だぞ」
「え~? 大御祖父様の感性、絶対変ですよ」
ぐぁあ、話が通じねぇ。この世界に厨二病の概念ないもんな。香ばしい設定で精神ガスガス削られるのは俺だけって寸法か。糞が。
そうして主に厨二成分の排除に四苦八苦しながら設定を煮詰めていく。エルマーは言うに及ばずラキもロザリーも厨二設定を支持するので散々手こずった。
俺がおかしいのか。俺が変なのか。しかし実際に精霊魔法を管理運営するのは全て俺なんだから設定は俺主導で決めていいはずだ。
絶対妥協しねーからな!
※トレント・ゴーストは時間をかけてゆっくりとゴースト化するため、完全にゴーストになる時には既に魔力固定が習慣・無意識化しており、問題なくゴーストになれる。ただし分裂はできない。
主観魔力密度8,5のシルフの速度は時速70km。
以下参考までに。
時速70kmの風
風に向かって歩けない、転倒する人もいる、ビニールハウスが壊れる
時速90kmの風
鋼製シャッターが壊れる、しっかりと身体を確保しないと転倒する
時速110kmの風
立っていられない。樹木が根こそぎ倒れる。ブロック塀が壊れる
時速110~の風
屋根が飛ばされる、木造住宅の全壊