十六話 シルフ
俺は里に逃げながらリッチ諜報部隊に失敗した作戦の顛末について集中的に調べさせた。最速情報伝達手段が手旗信号(ノーライフ族のテレパスは除く)なこの時代、情報の広がりは現代よりも遅かったがそれでも十日ほどで噂は広まり、それらを収集整理しておおよその成り行きは掴めた。
ガロンは現場から逃げる時に打ち合わせ通り髪をチラ見せして姿を消す魔法を使った。これにより目撃者の肝試し二人組は犯人が帝国の魔法使いであると誤認。小屋の中の死体が死体である事を恐る恐る確かめるや詰め所に駆け込んだ。
すぐに帝国の治安維持組織が集まっていた野次馬を押しのけて現場に到着。死体の身元調査と目撃者からの事情聴取をして上に報告、高官殺人事件はあっと言う間に行政府に知れ渡った。
不幸中の幸いで予防線が見事にハマってくれたようで、誰もかれもが犯人は帝国の魔法使いであると信じ切っていた。
「俺達んトコの派閥の高官殺ったのテメー等だろ!」
「ハァ? 知らねーよ自作自演かあーん?」
「すっとぼけんじゃねー証拠は挙がってんだ!」
「知らねーって言ってんだようるせぇな! やるかコラァ!」
そんな具合。
高官を殺された方の派閥は敵対派閥がシラを切っていると思っているし、疑われている方の派閥は自作自演で濡れ衣を着せいちゃもんを付ける気だと思っている。
信頼関係がしっかりしていれば外部犯を疑っただろうに、互いに互いを信じられないばっかりにその可能性に頭がいっていない。今回の件で更に亀裂は広がっていくだろう。計画通り……!
しかし肝心の情報収集が失敗に終わったのは事実。里に戻り再度シルフィアと拉致作戦を練った、のだがすぐにポシャった。
帝国の警戒レベルが上がってしまったのだ。
どうやら互いに敵対派閥を警戒しているだけで俺達の存在に気付いた訳ではなさそうなのだが、結果的に俺達への警戒にもなってしまっている。リスクが上昇し、こちらの手札は変わらず。念のために声と身長を知られたガロンを里に駐留しているリッチと交代させ、拉致計画は一時凍結になった。
……しかしリッチの数が足りない。諜報四人、ムスクマロイ原生地監視一人、里の警備一人、計六人から未だ変動なし。平時ならいいんだが、有事の際は情報収集が追いつかなくなる。今回もたった四人で情報収集をしたため十日もかかった。
それだけではない。帝国での王国人は立場が弱く、見た目が王国人で帝国語に訛りがあるリッチでは行動が制限され何かと不便だ。喧嘩に巻き込まれた時に一方的にこちらが悪い事にされたり、給料が当たり前のようにさっ引かれたり、宿屋の宿泊費が割高だったり、武器屋道具屋が粗悪品不良品ばかり出してきたり。
王国人でも腕っ節が強いとやたらフレンドリーにしてくれるのだが、まさか魔法を使ってぶちのめす訳にもいかない。身体強化魔法ならパッと見それとは分からないが魔法使いが見れば一発でバレる。
平民でもいいから帝国の魔力密度が高い奴を攫ってリッチにするか? 平民なら警戒していないから拉致りやすい。
でもなあ……
家族いる奴拉致ると後々面倒くさいからなぁ。孤児や独り身拉致るとして……またあんな事にならねーだろうな。つーか帝国人に孤児とか独り身ってあんまりいない。戦死した兵の家族への保障とか養子縁組み割としっかりしてやがるし。王国人の方はほったらかしだけども。
ちなみにゾンビは汎用性が低く偵察活動に向かない。万一捕まったら自害できないし。服毒しても舌噛み切っても死なないのが裏目に出る形になる。リッチなら魔法で自爆すりゃいいんだけど。
なんか一度失敗したせいか色々怖くなっていかん。リスクばかり思い浮かぶ。
……一応魔力密度の高い手頃な奴を探してマークしておくか。今度は念入りにしつこくねっとり下調べと下準備をしよう。
やがて里ができ十二年目になった。
ネチネチ準備した甲斐あって帝国人を三人リッチにする事に成功し、全員情報収集に当てる。諜報部隊が四人から七人になり情報収集の効率も精度もかなり向上した。欲を言えば大都市に三人ずつ、中規模の町に二人ずつ、小さな町に一人ずつは配置したいからまだまだ足りない。
帝国の派閥争いは激しくなるばかりで、内乱状態になるのもそう遠くはないだろう。そうなった時に正確な情報を掴むためにも密やかにかつ迅速に増やしていこう……と思った矢先の事。
俺が分裂した。長期間切り離して保持していただけの魔力が分身体になっていた。
一度拉致失敗した時にパーになったのを考えると約四カ月で分裂した計算になる。
「えーっと……どちらが大御祖父様なんですか?」
「どっちも」
「俺だ」
「なにそれこわい」
喜び勇んで俺と『俺』がシルフィアに報告に行くと戦慄された。ぶっちゃけ俺も分裂したてでよくわかっていないんだが。
分裂した『俺』の姿は俺と何も変わらない。まあ元になった俺がドッペル技術を修めているせいか『俺』も自在に姿を変えられたから姿に意味はないとして。
俺と『俺』は記憶や意識、感覚を共有している。『俺』は俺の記憶を持っていて、人格も精神も全く同一だ。
『俺』の見ているものは俺も見えるし俺の見ているものは『俺』にも見える。考えている事も同様。どちらが上だ下だなんて事はない。
一方で思考能力そのものは分割されている。俺は二つの物事を同時に考える並列思考ができるが、現在俺が二、『俺』も二で四つ同時に考えられるようになっていた。
まー大雑把に二個体を一つの意志が動かしていると考えれば大体あってる。
俺と『俺』をキョトキョト交互に見ていたシルフィアは間違い探しに失敗したのか両手を挙げて降参した。
「さっぱり見分けがつきません。どうやって見分けたらいいんですか?」
「別に」
「見分ける必要は」
「無いと思うが」
「強いて言えば」
「なんか」
「分身した方が」
「空気に」
「依存してる」
「みたいなんだよな」
「……あの、交互に喋るの止めてもらえます? 混乱するので」
「「そうか? 分かった」」
「ステレオも止めて下さい」
ちぃ、つまんねぇな。
「まー百聞は一見に如かず。こっちの俺をよく見てみろ」
『俺』は手を挙げてひらひら振った。シルフィアの正面に立って反復横跳びを開始。そのまま腹筋したりスクワットしたりしているとじぃっと『俺』を観察していたシルフィアが首を小さく傾げた。
「微妙に……空気が歪んでいる……ような?」
正解。今度は筋トレを止めて平手でシルフィアの横っ面を叩く。
「え? 今、風が」
シルフィアは驚いて頬を触った。
「レイスは魔法なしに物理干渉できないはずでは?」
「んじゃあ俺はレイスじゃないナニカなんだろ」
レイスは物質に依存しない存在だが『俺は』空気に依存しているというか宿っているというかなんかそんな状態になっていた。人間の魔力が肉体に宿るように『俺』の魔力も空気に宿っている。詳しい原理は不明だが魔力を動かすと動かした魔力と重なっている空気が動くのだ。だから平手すれば風が吹く。
『俺』マジ空気。文字通りの意味で。
ちなみに魔力は完全に空気に宿っている訳ではないらしく、平手した時に空気はシルフィアの頬に当たったが魔力はすり抜けていった。すり抜けた魔力は再び空気と同調している。
「ふむむむむ……アレですね、なんだか大御祖父様が以前話していた四大元素の……風の」
「シルフか」
「それです。それみたいですね」
シルフか……風の精霊。悪戯好き。少女。……少女? 俺が?
「まあいいか。そんじゃざっとスペックチェックしてくるわ。詳しい性能が分からん限り使い道も決定できないだろ?」
「いつもすみませんねぇ」
「そうだもっと言え」
面通しを済ませロザリーが待つ研究室に戻り、早速検証に入る。
「ロザリー、メモ」
「はいな」
「仮称シルフ。素体となったレイスと視界共有、精神共有、思考枠分割。魔力と同調して空気を動かす事ができる。他、レイスとの差異については要検証」
「……要…検…証、と。にしてもシルフですかー。シルさんと被りますねぇ」
「略さず呼べばいいだろ」
「長いじゃないですか」
「長いか……?」
「ということで敬意を込めてエアロバさんと呼びます」
「どう考えてもシルフさんの方が短い件について」
俺がロザリーと話している間に俺が簡単な検証からしていく。
適当に魔法を使ってみると……OK、使える。魔法使用で消費した魔力がレイスと共有される気配はなし。
空気と魔力が同調して動くなら魔法を使わずに物を動かしたりは……無理か。紙を持ち上げようとしたら一瞬浮いたものの魔力だけすり抜けた。
「ロバさんBとか?」
「なんという量産型」
雑魚臭が酷い。
何かを持ったり移動させたりは無理でも動かすぐらいならできるか?
研究室の入口の扉に勢いをつけて体当たりする。体(魔力)はスルッと研究室の外にすり抜けたが空気は扉をギシギシ軋ませた。
おおお……これはいいな。魔力を消費せずとも移動するだけで攻撃になる。レイスよりも移動速度早いし。レイスのノロノロ飛行では扉を軋ませる風速はとてもじゃないが出やしない。
試しに里の端まで移動し、手頃な木の枝に腕を振るう。風を受けて枝はゆらゆら揺れた。やはり魔力は素通り。枝を通過する瞬間は空気と同調が切れるが枝を通過した直後にまた同調しているようだ。
ふむ、ならば。
肘から先を刀状に鋭く変形させる。枝に狙いをつけ、大上段に振りかぶり、全力で――――斬る!
「……おお」
真っ二つ、とまではいかないまでも小枝がほとんど断たれ、皮だけでプラプラぶら下がっている。こりゃ使えるね。鎧は無理だろうが服ぐらいなら切り裂けそうだ。
しっかし研究室の外にいるのに同時に研究室の中でロザリーの変なネーミングを阻止しようとしているってのは妙な気分だな。一つの思考で二個体を動かしている訳ではないので特に混乱せず普通に動けてはいるが……なんというかこう、携帯を新しい機種に変えて操作感の違いにモヤモヤする程度の戸惑いがある。
……あ、結局エアロバさんなのか。
今度は全身土の中に潜る。真っ暗闇で何も見えないが、土の中だからといって身体がどうこうという事はなかった。空気と同調せずとも存在しているだけなら問題なしと。
ぬ、流石に空気は動かせても土は動かせないな。それに土の中の移動速度はノロノロになるっぽい、いや通常速度に戻ってるのか?空気と同調していると速くなるのか。
判明した事は俺の方からロザリーにどんどん伝えていく。
「ロザリー、メモ追加。魔法使用可能。空気と同調せずとも存在可能。空気と同調している状態だと移動速度がレイスよりも段違いに速い。同調しなければレイスと同速程度。正確な速さは後で計測する。空気との同調は攻撃に転用可能。最低でも小枝を切断する程度の威力はある模様。あ、魔力操作熟練度は素体のレイスと同じだ」
「ちょちょちょ、そんな一気に言われましても……えー……転用…可能…」
「そして『動くな』」
「!」
俺が頭だけ研究室に突っ込んで命令するとロザリーは硬直した。羽ペンを持ったまま固まってピクリとも動かない。俺はそれだけ確認して外に戻る。
「……シルフからの命令も有効なのか。動いてよし。これもメモっとけ」
「あわわメモが追いつかない。これって単純に考えれば実験速度二倍じゃないですか!」
「すげーだろ」
「すげーです」
「多分更に4カ月毎に倍々で増えるからな」
「なにそれこわい」
四カ月で一回分裂。一年で三回分裂。今レイス含めて二体だから一年後には十六体、二年で百二十八体、十年あれば2,147,483,648、ってシルフからシルフは分裂できるのか? 理論的にはいけるはずなんだがどうだろう。にしても十年で億単位とかどんだけだよ、数の暴力ってレベルじゃねーぞ。
帝国対策も希望が見えてきた……というかもう数年すれば蹂躙できるんじゃないかこれは。
まだ色々確かめるべき項目は多いがおっそろしい事になりそうだ。
俺、ロバート(`ェ´)ピャー
俺もロバート(`ェ´)ピャー
俺もロバート(`ェ´)ピャー
俺もロバート(`ェ´)ピャー
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