表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノーライフ・ライフ  作者: 黒留ハガネ
二章 蠢く者達
34/125

十四話 遍在色々

 ゴーストは生前の身体と記憶をトレースしている。ゴーストは物質に依存せず完全に魔力のみで身体を構成しているから、魔力が……形質魔力が物質の状態、即ち肉体や記憶、精神の情報―――纏めて個体情報とする―――を保存していると見て間違いない。

 ならばゴーストは完全に生前の身体をそのままコピーしているのかと言えばそうでもない。ただコピーしただけなら頭が吹き飛べば死に、足がもげれば生えてこないはずだ。

 ところが実際は手足もがれて芋虫になろうがなんだろうが身体の体積が半分以上残っていれば再生できる。それは残った半分が欠損部の情報を持っているという事であり、逆に欠損部が残った半分の情報を持っていたという事に他ならない。

 つまる所、ゴーストの身体は同一の個体情報が複数集まって構成されているのだ。

 ならばその複数の個体情報を独立させれば分裂もできるはず。

「で、どうやって独立分離するかだが」

「どうやるんですか?」

「思いついた手を片っ端から試す」

「出たよロバさんお得意の出たとこ勝負。エマさんが草葉の陰で嘆いてますよー、もっと考えろって」

 いつもの様に研究室でロザリー相手に考えをまとめる。

 もうほんと好き勝手言うようになったロザリーは時々ラキにたしなめられているが、俺の考えに反対意見を出してくれるのは有り難いので構わないと伝えてある。

 いつでもゾンビへの強制命令で黙らせられるのだから、ロザリーの軽口とそれに対する俺の突っ込みも茶番みたいなもんだ。

「アインシュタインとゴッホとフェルマーとベートーベンを足して割らないようなタガが外れたリアルチートと一緒にすんな。何も思いついてないくせに漠然といじくり回すってぇ訳じゃないんだから別にいいだろ」

 一応考えてはいるんだよ。エマーリオほど深く考察できないだけで。

「まーそーなんですけどねー。ロバさんが何しても私はついていくだけですから……それはそうとロバさん、今回の実験の趣旨はロバさん分身の術なんですよね?」

「是」

「エマさんの資料の中にそんなのがあったような気が」

「ん? ……ああそういやあったな」

 確かにエマーリオの意味不明な走り書きの中にそんな感じのやつがあったはずだ。俺は手を実体化させ、棚から冊子を抜き出しめくる。

 エマーリオの走り書きを纏めた冊子にびっしりとズラズラ短文が並んでいる。えー、『世界魔力・限定極薄魔力保持(子孫=不/可逆移動』……これじゃなくて……『高魔力強干渉∴未元物質』……これも違う……『魔法生物・魔術科学』……わけわかめ……『霊体遍在分離※ゾンビ』……ああこれだ。抽象的で判然としないが、そういう目で見ればゴーストは分裂できる、と書いてあるように受け取れる。いや分離「できる」とも「できない」とも書いていない以上断定もできず注釈の「ゾンビ」の意図もよくわからんのだけども。

 エマーリオももう一文か二文解説を書いてくれてたらなぁ……

 俺が冊子を手に惜しんでいるとロザリーが横から覗き込んできた。

「この米印は結局なんなんですかね? 分離にはゾンビが必要?」

「いや、ゾンビベースのゴーストって意味かも知れん」

「単純にゾンビを参照、とか」

「ゾンビの何を参照するんだ?」

「さあ……?」

 エマーリオの考えてる事は分からん。

 二人で額を突き合わせあれこれ討議する。気分は暗号解読だ。英語で言うとコードブレイク。

「ちょっと引っかかってるんですけど、この『遍在』ってなんなんですかね?」

「風のスクウェアスペルだろ? いや冗談だから真顔になるな。順当に考えれば……分離したゴーストは全て同一個体になるって意味だろうな」

 むしろそれ以外考えられない。桃を挿し木して蜜柑が生るわきゃあねー。

「ゾンビみたいなもんですかー」

「ゾンビは遍在とは違う。あくまでも各個体の制御権を創造者が一括して持っている言わば縦の繋がりであって横の繋がりは…………横、の……………………………………ナイスだロザリー、閃いた」

 その時俺の脳に電流走る。そうか、そういう事か。

 ちょっとしたきっかけで散々手こずってきた問題が一発解決するからたまらん。今回は早めに分かったが、数ヶ月延々と悩んでから基本的見落としに気付いたりすると徒労感が凄まじい。

「閃いちゃいましたかー……」

「おいなんでちょっと『やっちゃったなぁこの人、どうせ斜め下方向の閃きなんだろうなぁ』みたいな雰囲気出してんだよお前あんま調子乗るなよ命令すんぞおい真面目にやれや」

「はい」

 ロザリーの真面目スイッチをONにしてから続ける。

「つまりある意味ゾンビも遍在みたいなもんだったんだよ。

 ゾンビが浮かべたイメージは俺に伝わるし、逆も然りだ。それを今まで俺達は『イメージを送受信している』と解釈していたわけだが実際は『イメージを共有している』んじゃないかってのが肝だな。

 ゴーストは形質魔力の塊で、形質魔力は体・精神の情報を保存しているから、ゾンビが創造者の形質魔力を持っているという事はイコール創造者の体・精神の一部を持っている、共有しているという事だ。

 だからテレパシーが繋がる。自分が何を考えているか自分で分かるのは当然だろ?

 もっとも厳密に言えば俺の形質魔力がそのままゾンビに入っている訳じゃない。それなら俺はゾンビの中の俺の形質魔力を操作し、魔法を使えるはず。しかし実際には不可能だ。

 ゾンビに混ざった創造者の形質魔力が完全に創造者の形質魔力の性質を保っているなら、二種類の形質魔力が混ざり、リッチが魔法を使えるのはおかしい。反対にゾンビに混ざった形質魔力が創造者の形質魔力の性質を失いゾンビの形質魔力に変化しているならテレパシーが繋がるのは不自然。

 ゾンビに混ざった創造者の形質魔力は『創造者の形質魔力であり、かつゾンビの形質魔力である』状態に変質している訳だな。

 変質していても限定的テレパシーが繋がるのだから変質しなければ同一存在になったとしてもおかしくない、というかそうなる方が自然。ゴーストの分裂は自分の身体を切り離し独立させるだけなんだからな。

 ああ、あと同じ創造者の形質魔力を共有しているゾンビに横のテレパシーが発生するはずだがそうならないのは形質魔力の変質が原因だろうな。理論上個々のゾンビが持つ変質した形質魔力はそれぞれ異なっているから。

 急造の理屈だから穴はあるだろうが主旨は大体こんな感じになる。分裂したゴーストは全員全く同一の意識を持つ同一存在になるか、ほぼ同一の意識を持ちながらゾンビと同じように大元のゴーストが優位性を持つ存在になるかどちらかだ。どちらにせよ意識を共有する遍在状態になる事は間違いない。

 と、いう事を多分エマーリオは言いたかったんだよ!」

「三行で」

「お前……」

 真面目スイッチ入っててもそれか。

 まあいい。文章を短く纏めるのが下手なのは自覚している。

「ドッペルレイスが

 分裂すると

 最強になる」

「把握」

 よろしい。ならば実験に入ろうか。












 ゴースト、というか俺の分裂実験は長期戦を覚悟しなければならなかった。なにせ実験台が俺一人だ。実験に失敗して身体パーン、消滅☆なんて事はなんとしてでも避けたい。危険性のある実験はできない。否が応にも慎重になるってなもんだ。

 さしあたっては単純に身体を切り離し放置してみる事にした。自分の形質魔力を五分の一切り離し、一ミールほど離して自分と同じ姿になるよう魔力操作した上でその状態を保ち続ける。それを二つ同時に。

 人間をゾンビにする際、八~十時間の時間がかかるし、ヴァンパイアは十日で変調が現れる。時間経過がノーライフに影響を与えるのは実証済み。実験はやたらめったにあれこれ試せばいいってものでもない。放置して観察するのも立派な研究だ。

 切り離した魔力の内片方は延々と放置し続け、もう一方は色々と刺激を与えて失敗したらデリートリトライ。単純に時間経過で分裂独立するなら前者にいずれ変化が現れるだろうし、何かしらの刺激で分裂独立するなら後者で成果があがるだろう。

 まーどちらもほとんどの時間放置するだけの簡単なお仕事だから助手はいらない。手の空いたロザリーには別の研究をさせた。

「魔力覚醒成分を含んでるのはやっぱり葉だけみたいですねー。根も茎も駄目でした」

「シケてやがんな」

「こればっかりは仕方ないですよー」

 ロザリーはムスクマロイの抽出液が入った小瓶を手に肩をすくめた。茎と根に覚醒成分が含まれていれば秘薬の生産量も上がるんだがそう上手くはいかないようだった。

 今度は暴れる実験用のネズミの口をこじ開けて抽出液を流し込み始めたロザリーを横目に、遍在のメリット(予測)を書き連ねたリストにまた一文書き加える。リスト化してまとめると改めて遍在が成功した時の俺TUEEEE具合に目眩がした。

 まず魔法の射程が伸びる。アホみたいに伸びる。俺が二人いれば単純に考えて射程距離は二倍。三人いれば三倍。四人いれば四倍。さらに遍在を複数作り各地に散らばれば遍在がいる場所全てが射程圏。空恐ろしい。

 次に監視。恐らくゾンビよりも鮮明な情報をリアルタイムで取得できるようになる。ゾンビと違いゴーストは例え木の中水の中草の中森の中あの子のスカートの中、どこにでも存在できる。数が揃えば帝国の情報は余すところなく筒抜けになるだろう。

 加えて遍在は倍々ゲームで増えていく。仮に一年で一回分裂できるとしても二年で4、三年で8、四年で16、五年で32……と増殖し、百年も経つ頃には天文学的数字になっている。

 総魔力量も跳ね上がる。俺の魔力量を10として、半分に分裂すると5・5。魔力を回復させて10・10。もう一度分裂して5・5・5・5。魔力を回復させて10・10・10・10。馬鹿みたいに増えていく。

 酷いチートだ。いや別に不正手段を使わない純粋な研究成果(予定)だからチートって表現はおかしいんだけども気分的にね。

 しかしこれだけ妄想を膨らませといてやっぱり分裂できませんでしたぁ(笑)なんて事になったら首吊るかも知れん。いや待て、失敗してもこれまでと変わらないだけで損をする訳でもない。落ち着け俺。逆に考えるんだ。「失敗してもいいさ」と考えるんだ。

 俺が自己暗示をかけていると、乳棒で乾燥させたムスクマロイの葉をゴリゴリすり潰していたロザリーがおもむろに言った。

「考えてみれば二体に分裂できればその時点でノーリスクで例の情報を引き出してマンドラゴラ駆除作戦ができるじゃーないですか」

「そうとも限らんぜ? 存在そのものか魔力量が全体で共有になる可能性がある」

「なるほど。……なるほ、ど? すみません詳しく」

 今度は短くまとめすぎたか。メリット(予定)表を横にどけてデメリット(未定)表を取り出す。

「あー、と……ああこれだ。存在そのものが共有になるってのはな、分裂した個体が別座標の完全同一存在になった場合の話だ。そうなると遍在のどれか一体が体を一割を失うとシンクロして他の個体も体を一割失う、ってな事が起きる。

 で、魔力量が共有ってのは遍在の各個体の魔力が一括だった場合だな。つまり例えば三体に分裂して全員魔力密度と量が均等だった時、二体が一度に消滅すると体が半分以上欠損した事になっちまう訳だ」

「なぁ~るほど。遍在は七面倒な可能性に溢れてるんですねぇ。メリットもデメリットも」

「まあどれも分裂が成功しない事には検証のしようがない。気長に行くさ」

「気長にいったら帝国が力つけますよ?」

「……気長に急ぐさ」

 これはゴースト分裂が難航した時のためにサブプランを用意した方がいいかも分からんね。シルフィアが何か企んでいるっぽいから俺のはサブのサブだが、考えるだけ考えておくか。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
「風のスクウェアスペル」 ユビキタス・デル・ウインデ!
今気づいた。ここで後々の重要な発見めっちゃ書いてあるんですね… やエマ天
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ