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ノーライフ・ライフ  作者: 黒留ハガネ
二章 蠢く者達
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八話 兆し

 村ができて五年が経ち、農作業をする人間達の背に負われた幼児が見られるようになった。

 幼児は体が弱く死亡率が高い。体力不足を魔法で補う事ができるためあまり死ななかったが、それでも五人生まれた赤子の内一人は寒さの厳しい冬に死んでしまった。

 シルフィアも俺も赤子をノーライフにするつもりはなく(そもそも朝起きた時点で冷たくなっていたため復活不可能だった)、遺体は村の端の墓地に埋葬される。冥福を祈る。

 で、他の赤子は順調に成長している訳だが、毎晩毎晩夜泣きがうるっさいのなんの。改築増築を繰り返して山小屋レベルに進化しているとは言え家の防音は紙レベルで、赤子の泣き声が筒抜けだった。近所から苦情が山ほど寄せられたため子供ができた夫婦はできる限り村の外れの家に住まわせる事になる。

 他にも大工の心得がある奴は木材を運んだり加工したりする関係で村外れに移動させた方が良いし、研究資料があるログハウス風倉庫改め研究室や食料倉庫、シルフィアとエルマーの屋敷など行政系統の家屋は村の中心部に集め……などなど区画整理が必要になってきた。

 家ができ、通りができ、広場を作り、森を切り開き村を広げる。五年かけた甲斐があり、随分と村らしい村になってきた。

「ここのとこ結構使える資源が見つかってきましたねー」

「見つかった、より用途が判明した、の方が正しいだろ」

 日課である研究資料の編纂をしながらロザリーと探索隊の成果の近況について話す。

 ロザリーはシルフィアの雑用っぽい立ち位置についているラキと親交があるため、ある程度行政の状況も掴んでいる。逆も然り。そういう内情を話題に上らせられる程度にはラキの信用は高まっていた。勿論普通の人間の前ではそういった話は控えるよう言ってある。

「こまけーこたーいーんです。個人的には紙が嬉しーですねー。羊皮紙使い潰しても安心ですし」

「使い潰すなよ、丁寧に使え。しかしまあ羊皮紙は細かい字で書き込んでもいずれ無くなる物だからなあ」

 紙の原料になりそうな繊維質の植物が見つかったため開始した製紙は現在改良中だ。今のところ質が荒過ぎて使い物にならないが、二年かそこらで及第点になるだろう。

「そういやシルフィアは砂糖人参に狂喜してたな」

「甘い物が嫌いな女はいませんよー」

「ヴァンパイアに食欲は無いはずなんだけどな。それに食ったら吐き出さないといかんだろ?」

「食欲がなくても嗜好品として楽しみたいんですよー。吐き出さないといけないのは複雑な心境ですけど、それでもね」

 なるほど、それで砂糖人参を優先して増産させてるのか。前世の世界では昔砂糖を薬として使っていたと聞くし、そっち方面かと思っていた。

 嗜好品への執念は人間もノーライフも変わらないな、などと思っていると、ロザリーが羽ペンの先をナイフで削り尖らせながらふと思い出した様に言った。

「エルさんの窯造りはなんなんでしょーか? 良質な粘土層が見つかってから真っ先に造らせてましたけど」

「ああ、アレは製鉄用だ。刀が欲しいんだとさ」

「え」

 ロザリーが呆気にとられた間抜け顔をする。

 サムライブレードの逸話を吹き込み過ぎたのか、エルマーは刀に並々ならぬ関心を示していた。

 西洋剣は力で斬る物が多いが、刀は技で斬る。肉体が成長しないノーライフは筋肉がつかないため技を磨くしかない。その点、刀は確かにノーライフ向きの武器であると言えるだろう。世界最強の剣士を目指しているぐらいだし単純に異世界で最強をうたわれた(偏見有)剣への厨二的憧憬もありそうだが。

「まだ鉄は見つかってなかったと思いましたけど」

「いつ見つかっても良いように製鉄の準備だけ終わらせとくつもりなんだろ。よっぽど刀が欲しいと見える」

 エルマーが森の北方にある山の優先的調査を要求してきたのも鉱床を期待しての事だろう。早々都合よく見つかるとは思えんがね。

 それに製鉄技術は帝国に派遣しているリッチに盗ませればなんとかなるが、刀の鍛造は俺の虫食いの記憶が頼りだ。まともな刀が出来上がるのはいつになるか分からん。

 それよりも俺は粘土の発見で陶器や煉瓦が作れる様になったのが大きいと思っている。

「はぁ、皆お気に入りの発見があるんですねー」

「そうだな、それはいいから手を動かせ。止まってるぞ」

「バレた。ああ今日も王国語を日本語に翻訳する作業が始まるお……」

「黙ってやれ」

「はい」












 村の基礎固めが進む一方で、森の外、帝国ではポツポツ魔法使いが生まれ始めていた。マンドラゴラは有毒だが別にそのまま摂取しても死にはしない。半身付随になったり内臓がボロボロになったり目が潰れたりはするようだが一応魔法使いになれる。

 魔法の効果は行使者の認識に依存しているため、外傷はすぐに治せるが内部のダメージを治すのは難しい。帝国の魔法使いは中和法を再発見しないかぎり身体的デメリットを背負い続けるだろう。

 帝国での地位の序列は今の所、皇帝>武術大会入賞者>魔法使い>帝国民>元王国民、となっているようだ。

 元王国民でも武術大会に参加できるが、帝国民と比べ武芸の適正が低く、武人気質の帝国民には到底適わない。元王国民が優勝して皇帝になれば実質王国を取り戻すどころか帝国を乗っ取り逆転勝ちも可能ではあるものの、そんな奇跡は夢のまた夢だった。

 その内魔法大会が開催されるのではないか、という噂がまことしやかに囁かれているが信憑性は低い。噂話なんてそんなものだ。

 魔法を駆使して帝国の中枢に忍び込み正確な情報を盗み見られれば良いのだが、今は帝国側にも魔法使いがいる。俺達の存在を気取られる危険は冒したくなかったし、そうまでして正確な情報を求めるほど切羽詰まってもいなかった。

 情報収集に出しているリッチ達は外見が変わらないため怪しまれやすく、旅暮らしをしてもらっている。顔が変わらないだけなら数年ぐらい定住できるが、髪も伸びないから数ヶ月もするとこれが結構怪しまれる。貴人でもないのに毎日切ってるというのは苦しい言い訳だ。素直に旅烏になるに限る。

 ちょいちょい日雇いの仕事をこなし、仕事場で噂話を集め夜にはその日稼いだ金を使って酒場でちびちびやりながら更に噂話を集めるのがリッチ達のスタンダードだった。

 いつの間にかあの酒場は酒が安いとかその店のウエイトレスが可愛いとか流行りの怪談とかどうでもいい情報もかなり集まってきているが、後々何が幸いするか分からないのでそれも一応書き留めてある。まあ役に立たない可能性大だから羊皮紙ではなくパピルスや紙の試作に書いているのだが。

 帝国の情報をまとめた書類をロザリーに言ってシルフィアに届けに行かせた俺は壁をすり抜け研究室の外に出る。そこではラキが切り株に座り込み、考える人のポーズをとってうんうん唸っていた。

 ラキの体表を覆っている魔力がぐにょぐにょ蠢き、全身から絞り出され真上にゆっくり伸びていく。魔力の柱は目測で十ミールほど伸びると急に揺らぎ始め、弾けて拡散してしまった。

「魔力操作が甘いな」

「あ、ロバートさん」

 声をかけるとラキは顔を上げて会釈した。難しい顔で手のひらから伸ばした魔力をうにょうにょ動かしながら聞いてくる。

「あの……これ……なかなか……上達しないん、ですけど……あっ」

 ラキは魔力を切り離してそろそろと体から遠ざけていたが、二ミールも離れない内に拡散するのを見て落胆の声を上げる。

 単に触手のように魔力を伸ばすよりも切り離した魔力を維持する方が若干難易度は高い。どちらも体から遠ざけるほど維持は難しくなる。

 ラキだけに限らず配下のノーライフには魔力放出と魔力固定を平行して訓練させている。方向性が違う技術訓練なので伸びは遅いが、バラバラに訓練して変な癖をつけるよりはマシだろう。俺は魔力固定ばかり磨いたせいで魔力放出が未だに最大八ミールほどだし、シルフィアは魔力放出ばかり磨いたせいで魔力固定が未だににザルだ。

「まあ気長にやれ。魔力の出し入れは呼吸するイメージだ。最初はゆっくり出してゆっくり戻せ」

「ううう……」

「馬鹿、速くやっても魔力固定乱したら意味がない。急ぐな。どうせ一年二年じゃ終わらん」

「そんなぁ……ロバートさんぐらいになるには一体何年かかるんですか?」

「さぁ……俺は二百数十年かかったが毎日真面目にやりゃあ五十年ぐらいには短縮できるんじゃないか?」

「ご、ごじゅうねん……」

 ラキは絶句した。半永久的な寿命があっても体感時間は人間と同じだ。ノーライフにとっても五十年は長い。

 俺は眉根を寄せて魔力操作訓練をするラキの横でぐにょぐにょ自分の魔力を操作し、馬やら猫やら剣やら本やらの姿に次々と変化した。最近では三秒もあれば大体なんにでも化けられるようになっていた。地道な訓練の成果だ。

 ちなみに先日、満を期してシルフィアの姿をとってシルフィアの前に飛び出し「ドッペルゲンガー!」と叫んでみたのだが失笑された。ひたすら心が痛かった。畜生。




おや、ロバートのようすが……


おめでとう! ロバートはドッペルレイスにしんかした!

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