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ノーライフ・ライフ  作者: 黒留ハガネ
二章 蠢く者達
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七話 なんだ、ただの大きな水たまりじゃないか

 海が見つかったらしい。

 木霊の恐るべき襲撃に戦慄した日の翌日、東へ向かっていたゾンビ達から森を抜けて海に辿り着いたとのテレパスが送られてきた。

 そこは広い砂浜になっていて所々に岩場もあるらしく、貝を中心とした磯の生き物の採取、漁、そして塩田としての活用に夢が広がる。

 移住の際村に持ち込んだ塩は既に尽きはじめていたため、早速ゾンビを三人ほど塩作りの任につかせた。塩は戦争で戦略物資として扱われるほど重要な資源だ。摂取不足が深刻になると最悪死ぬのだから無理もない。

 交易を断ち森の奥に引きこもった挙げ句塩不足で人間全滅とか笑い話にもならん。

 さて塩を得るには海水を煮詰めりゃいいわけだが、如何せん海水塩分濃度はさほど高くなく、そのまま煮詰めても大した量はとれない。

 そこで塩田だ。

 塩田は確か砂浜に海水撒いてその後析出した塩の結晶をとるのだと記憶していたが、真夏の快晴の日に五日ほど続けても結晶になるどころか白っぽくもならなかった。何度繰り返しても砂に海水が染み込んで、乾いて、それだけ。

 なぜだ。間違った方法を記憶していたのか。砂浜に問題があるのか。それとも五日では足りないのか。くそ、前世知識は中途半端で困る。海水を砂浜に撒いて、の部分は間違っていないはずなんだが。

「という訳でまだ塩はできない」

「役立た……役立たずですね」

 途中経過をシルフィアに伝えたらなじられた。なんだとゴルァ、俺だってそれなりに頑張ってんだよ。しまいにゃ怒るぜ?

「言い直せてないぞ。俺が役立たずならお前は何か良い考えでもあるのか? ん?」

「いえ、現代知識(苦笑)の事です。どれもこれも半端で虫食いじゃないですか。以前言っていた最強の剣の作り方も穴だらけでしたし……エルマーがぬか喜びしてましたよ?」

「そりゃ日本刀の事か? そもそも鉄の供給の目処も立って無いんだ。製法を教えられた所でどうしようもないだろ」

 森では未だ砂鉄も鉄鉱石も見つかっていない。

「それはそうですけど……やはり森での暮らしは生活資源の確保がネックですね。お祖父様が帝国に行きたがらなかったのも分かる気がします」

 生活水準が下がると堪えますから、というシルフィアに同意する。俺は人間とかけ離れているが、だからこそ人間らしい人間を見ていたいと思う。

 シルフィアだって髪の手入れに使う櫛、靴、服、椅子、ベッド、他にも色々と物に依存した暮らしをしていて、そういった物の使い心地の良さを求めている。ヴァンパイアはただ存在し続けるだけなら人間よりもハードルが低いが、豊かな暮らしをしようと思えばやはりそれなりの努力はしなければならない。

 まあエルマーはシルフィアさえいればその辺りに頓着しないっぽいが今はあいつの話はいい。

 現状服の素材や調味料になる植物もなく、加工技術も拙い。足りない物が多過ぎた。

 エマーリオが新しい実験器具やら建築物やらの設計図を遺しているがそれをつくれるだけの水準にも 色々と達していない。もっとも設計図の中にはコレ加工用の機械作らないと無理じゃねってレベルの物もチラホラあったし、王国レベルの技術力を村に反映できてもつくれない物は多かっただろうが。

「まああれだ。話戻すが取りあえず思いついた改良案を片っ端から試してみるさ。海水を普通に煮詰めても塩を作れん訳じゃないから量産の目処が立つまではその方針で」

「そうですね。仕方ありません。一日あたりの生産量はどの程度になりそうですか?」

「あー、と……」

 海水の塩分濃度が3.5%(前世の海と同じなら)。大鍋をいくつか持ち込んで一日中煮詰めたとして……ゾンビ三体で一日に確保できる燃料の薪の量が……

「……大体五百クロネ(ほとんどグラムと同じ量を表す単位)ぐらい、か?」

「ふむ。ではそうですね、ひと月に一度村へまとめて運んで下さい。人間への配給はこちらで行います」

「あいよ。しかしなんだな、村人育成ゲームやってる気分になってきた」

「あ、それなんとなく分かります。私も時々家畜を繁殖させてるような気分になります」

「ちょ、おまっ……まあいいか、実害はない」

 人間として見て奴隷の様に扱うよりは家畜として見て丁重に保護する方がマシだろう。












 早朝、村から少し離れた小さな空き地の真ん中で、エルマーは剣を片手に静かに佇んでいた。それを囲むのは棒切れを持ったスケルトン十体プラス俺。

 だいたい週一でやっているちょっとした模擬戦だった。

 エルマーが頷いたのを見てスケルトンに「殺せ」と命令する。スケルトンはカタカタ言いながら一斉にエルマーに襲いかかった。

 エルマーはエマーリオを師と仰いだ優秀な剣士だ。文字通り頭空っぽの猪突猛進骸骨兵なぞものの数にもしない。剣が一閃するたびにスケルトンが一体また一体とバラバラになっていく。

 が、崩れ落ちたスケルトンの骨は磁石に吸い付く砂鉄の様に集まり、高速でカシャカシャと組み上がり再び立ち上がる。エルマーは斬っても斬っても再生するスケルトンに襲われ続けた。

 エルマーは蹴りやら肘やら体当たりやらを挟み実戦的に戦ってはいたが、エマーリオと比べるとなんか動きが泥臭く感じる。もっと言えば余裕が無く無駄に緊張感がある。

 ヴァンパイアであるエルマーは首を落とされない限り死なないから、多少の痛みに耐えれば(ノーライフは五感が鈍い)心臓が破裂しようがどてっ腹に風穴空こうが問題なく戦える。人間よりも弱点が格段に少ないのだ。

 しかしそれでも腕が折れたら剣は握れないし、足を斬られたら機動力が落ちる。捨て鉢に戦い過ぎるのは愚策。

 エルマーはヴァンパイアの性能を活かした効率的な戦い方を模索していた。人間だった頃の癖を消し、ヴァンパイアならではの剣技を開発しているのだ。それは一朝一夕に完成する物ではなく、癖を消すために四苦八苦していて現状人間だった頃よりも弱体化しているが、熟練すれば厄介な強さに仕上がる事だろう。

 魔法を考慮しなければ。

 いくら剣技を磨いても遠隔で魔法ぶっぱされたら死ぬ。そのへんどう考えてんだろうねエルマーは。

 つらつら考えている内にスケルトンの魔力が尽きてきた。スケルトンに攻撃中止命令を出し、退かせる。

 一息ついたエルマーが剣を肩に担いで注文を付けてきた。

「ロバートさん、骨ばっかりと戦ってると飽きる。デュラハンかリビングデッドかグール出せない? ゾンビでもいい」

「アニマルで良ければ」

「いや、人を斬りたい」

「……ほんっとにお前達の将来が心配だよ、俺は。ひゃっはー人間は虐殺だァ! なんて事にならないだろうな」

「んえ? ああいやそういう意味じゃなくてさ。骨だけと肉アリじゃやっぱり斬り応えも立ち回りも違って来るんだ。別に俺は人間を斬るのが楽しい訳じゃない」

 ほんとかよ。じと目で見るとエルマーは爽やかな微笑で返してくる。……まあいいか。

「ゾンビは労働力に使うから外せない。デュラハンは再生能力がないから斬られたら直すのが手間だ。リビングデッドは命令できないから無理やり戦わせても腰が引けて模擬戦にならんだろ。多分な。出すとすればグールか、一体しかいないが」

「それで充分……あれ、そのグール、シルフィアを襲った奴か」

「そう」

「燃えてきた」

 エルマーの微笑が獰猛な肉食獣の笑みに変わる。うへぇ、こりゃランバン細切れにされるな。

 ランバンの成仏を祈りながらエルマーと共に村へ戻る。村から出るのはどこからでも良いが、入る時は一つしかない門を使わなければならない。門以外の場所から侵入しようとするとスケルトン達が一斉に襲いかかってくるのだ。

 エルマーは時折わざと門以外から村に入るが今回は俺がついているため普通に門から入る。

 スケルトンへの魔力充填も楽じゃない。無闇やたらとぶっ壊されたら流石の俺も怒る。もっとも怒った所で模擬戦の中止ぐらいしか報復手段はないのだが。

 最近建てられたシルフィアとエルマーの小さな屋敷に帰ると、執務室でラキが書類片手にシルフィアに報告中だった。

「――――以上の理由から故郷に帰りたがっている村人が多いです」

「そうですか。喉元過ぎれば熱さ忘れる、ですね。愚劣極まりない。この村を体の良い避難所扱いするつもりなのでしょうか」

 シルフィアは言いながら自然な動作でエルマーに歩みより、腕を絡めてもたれかかった。

 ラキがちらりと俺に目線を送ってきたので肩をすくめておいた。いつもの事だ。

「一人でも帰せば村の存在が露見します。来る者拒み、去る者殺す。誰一人として逃がしません。

 その代わりに村に留まる限り王国時代と比べ無に等しいほどの税、魔法を使った怪我の治療体制を敷いている訳ですが……」

「着心地も臭いも悪い毛皮の服、バリエーションに欠けた料理、嗜好品の不足、隙間風が入る家、四方全てを森に囲まれた閉塞感、子供が作れず性欲の発散も難しい。まあ不満を数えりゃキリないわな」

 人間良い事にはすぐに慣れ、悪い事にはなかなか慣れない。毎日タダでパンが出れば初めこそ感謝するがやがてワインを要求するようになる、それが人間だ。上手い事飴と鞭を使い分けなければならない。

 シルフィアはエルマーの肩に頭をこてんと持たせかけながら考えていたが、やがてついと俺に目を向けた。

「今年の森は実りが良いと聞いていますが?」

「確かに去年一昨年よりは良いな」

 俺の答えにシルフィアは頷く。

「では子作りを解禁しましょうか。森の探索に出しているゾンビを一部海に回して下さい。釣りと貝採りをしてもらいます。浅瀬で可能な漁があればそれもお願いします。

 ラキ、畑を拡張しましょう。畑の面積は1.3倍程度までなら今の人間だけで回せるはずです。

 それで食料は足りるでしょう。新しく生まれた子供が成長期に入るまでには畑作も安定した収穫が見込める様になるはずです。余程の凶作に見まわれでもしない限り餓死者は出ないでしょう」

「余程の凶作になったらどうするんだ」

「何人かゾンビになってもらいます。口減らしになり労働力も増え一石二鳥ですね」

 俺の疑問にシルフィアはサラッと答えて続けた。

「子供が作れるとなれば性欲の発散にもなりますし、子供が生まれれば故郷に帰り難くなるでしょう。更に生まれた子供の故郷はこの村。帰属意識がこの村に働いている人間が増えればそれだけ管理も楽になります」

 なるほど。食料さえ間に合えば良さそうな方策だ。しかしこういう話の時にエルマーが空気過ぎて泣けてくる。

「何か異論、質問はありますか」

「ない」

「いえ、ありません」

「是非もなし。そもそも内政はシルフィアに任せてるからな、好きにやれ」

 全会一致で決定した。トップが一枚岩だと楽なもんだ。

 仕事増やすなと言っておいたにもかかわらず新しく海産物調達任務が追加されたがまぁ許容範囲内。村の社会体制が安定するまでは少しぐらい仕事増えても黙ってやるさ。


 魔女の宅急便は五、六回観なおした

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