表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノーライフ・ライフ  作者: 黒留ハガネ
二章 蠢く者達
24/125

四話 吸血鬼

 私がヴァンパイアになったのは必然だったと思う。

 人伝に帝国がすぐそこまで迫っていると聞いた母は、すぐに私の手を引いて村を出た。荷物は僅かばかりの銅貨と、ありったけの食糧、寒さを防ぐための一枚の毛布。

 父は二年前に徴兵され戦死していたから、家族二人だけで北へ北へ逃げた。

 荒れた街道の脇での野宿は獣の遠吠えと物音が怖くてはほとんど眠れなかった。母は毎晩小さい頃にしてくれたように子守歌を唄ってくれて、お陰で浅い眠りにつくことが出来たのだけど、子守歌を聴いていると安心する一方で子供扱いされてるみたいでちょっと恥ずかしかった。もう十五になるのに。

 夏だから夜に凍える事はなく、でも代わりに昼間が辛かった。ジリジリと照りつける太陽が私達を焦がし、すぐに喉が渇いて、汗で重くなった服もいつの間にか乾いてしまう。母が水筒を多めに持ってきてくれなかったら絶対干からびて死んでいた。

 幸い水筒の中身が尽きる寸前に町につき、一日だけ休んで次の町へ。それを三回繰り返して、私達は目的の、母の兄夫婦がいる町に着いた。

 銅貨も食糧も尽き、毛布は旅塵に汚れてボロボロ。毎日毎日少ない休憩少ない食べ物で歩き続け、水で拭く事さえ出来なかった身体は汚れていて酷く臭った。

 それでも命あるだけで充分。あのまま町にいたらきっと帝国に殺されていた。帝国人は人間を生きたまま食べるというし、そんな死に方は絶対に嫌だった。

 疲れた体を引きずって、私達は町外れの叔父夫婦の家の戸を叩いた。叔父は徴兵されていても、叔母が留守を守っている、はずだった。

 でも神様はとことん私達に厳しかった。

 家はもぬけの殻だった。外出中、と思うには家具が少なすぎて、生活感がなくて。不審に思った私達が隣家の戸を叩き聞いてみれば、叔母はつい先日馬車に轢かれて亡くなったのだと言う。

 それを聞いた私達はきっととてもひどい顔をしていたんだと思う。隣家の人は不憫そうに膝をつく私達を見ていたけれど、厄介事に巻き込まれるのはごめんだと思ったのか無情にも鼻先で戸は閉められた。

 命からがら逃げてきて、たどり着いた場所は崖っぷち。今更故郷の町にも戻れない。目の前が真っ暗になって、頭の中は真っ白になった。絶望する以前に衝撃が大き過ぎて何も考えられなかった。

 叔母は町の共同墓地に既に埋葬され、財産家財道具は戦時中という事で徴収されていたけれど家は残っていたから、屋根がある事だけが幸いだった。

 その日、精魂尽き果てた私達は何もない寒々しい部屋で身を寄せ合って眠った。

 次の日朝一番で役場へ向かい、確認をとると叔父は戦死していた。正式に叔母の家の所有権を移してもらう。これで叔母の家は私達の物。

 でも家はあっても食べ物が無い。井戸があったから水は飲めたけど空腹は誤魔化せなかった。胃の中はずっと水びたし。

 部屋の隅で小さくなって、なんでこうなったんだろう、と空腹で回らない頭で考える。町を捨てて逃げた母は悪くない。それに付いていった私も同じ。馬車に轢かれた叔母が悪い訳がないし、徴兵された叔父だってどうしようもなかった。

 だからきっと叔母を轢いた馬車の業者が悪いんだ。でも顔も知らない人間をどう恨めばいいのか分からなかった。

 とにかく何か食べたかった。母は兄と義姉の死を悼む余裕も無く、私と一緒に一切れのパンを手に入れるために仕事を得ようと駆けずり回る。でもどこも雇ってくれなかった。私達と同じ様に町を捨てて逃げてきた人がたくさんいて、私達が入り込む余地はなかった。

 苦し紛れに家を売りに出したりもした。でも買い手がつかない。この町も一年後に王国領のままか怪しいから。食べられる野草を探しても、皆考える事は同じで町の近くには殆ど生えてない。

 打つ手がなくなった母は最後の手段として身体を売った。痩せてはいても井戸水が使えるお陰で身綺麗だったから、なんとかはした金は稼げた。

 私も同じ様にして稼ごうと思ったけど、母が断固として認めてくれなかった。この期に及んで「初めては好きな人のためにとっておきなさい」と言う母の言葉に私は大泣きする。

 母は優しすぎた。

 この極限状態で自分の分のパンを私にこっそり回すぐらい優しくて。

 だから飢えて、死んでしまった。

 朝、私は物言わぬ母の骸を茫然と抱え、その軽さに愕然とした。母がまともに食べていなかったのだという事に気付くのは遅過ぎた。

 墓堀の人足を頼むお金も無くて、私は独り黙々と母の亡骸を埋葬する。涙はもう枯れていた。

 母の死は私の気力を根こそぎ持って行った。

 なぜ母が食べていない事に気付かなかったという自責と押し寄せる理不尽への無力感と、全てがぐちゃぐちゃになって、もう何も考えたくなかった。

 生きる屍の様な日々だった、と記憶している。

 日がな一日部屋で寝転び天井を見上げていて、昼も夜も曖昧だった。この辺りの記憶は薄く、二日か三日だったかも知れないし、一週間だったかも知れない。

 虚無感と空腹感に途切れ途切れになって消える寸前の意識の中で、どうせ死ぬなら安らかに死にたかったとぼんやり思っていた。

 だから綺麗な女の人が家に入ってきて私の顔を覗き込んだ時、ああ天国からお迎えが来たんだ、と思った。真っ白な清楚なワンピースに身を包んだその人の周りだけ別の世界の様。

 その人は私の目の前に手を翳し、生きてる、と呟くと手に持った水差しを私の口につけ、ゆっくりと傾けた。甘い液体が喉を通り、頭に電流が走る。

 気付けば注がれる甘い水を貪るように飲んでいた。枯れたはずの涙が零れて頬を伝う。命そのものを取り込んだ様に体が安らいでいった。

 水差しが空になり、私は久しぶりに生きた感触の籠もった息を吐く。するとじっと私を見ていた女の人が優しく私に尋ねた。

「あなたの名前は?」

「…………」

 声にもならなかった私の声を聞き取って、女の人は頷いた。

「そうですか。ではラキ、私のためにもう少しだけ生きてくれますか?」

 ……首を横に振ればこの人はきっと私を置いていってしまう。また独りになってしまう。

 断るなんて、できるわけなかった。

 私がありったけの力を込めてなんとか小さく頷くと、体がふわりと宙に浮いた。びっくりして身をよじると、女の人は

「大丈夫、魔法です」

 とだけ言って踵を返した。

 神の遣いではなかったようだけど、魔法使いは神に祝福された人だからそんなに違いはない。私は安心して身を任せた。

 先導して歩く女の人のちょっと後ろをふわふわ浮いて付いていく。すれ違う人々に見られているのを意識しながら私が運ばれた先は立派なお屋敷だった。

 女の人はお屋敷に入ると、庭でたむろしていた人の内一人の女性を呼び止めた。

「追加人員です。丁重な持て成しと簡易説明を」

「了解シルさん。じゃあお嬢さん、早速だけど湯あみしよーか。その後食事ね」

 なにがなんだか分からない内に私は湯船に放り込まれ、丸洗いされた。暖かな湯に疲れが染み出して洗い流された気がした。

 湯から上がってもぼんやりと動かない私に、ロザリーと名乗った女性はなんだか怖くなるぐらい肌触りのいい綺麗な服を着せてくれる。

 事ここに至って、沸き上がる疑問。

 どうして私なんかにこんな事をしてくれるんだろう?

 怪しいだとか恐れ多いだとかそういう事じゃなくて、純粋に不思議だった。

「…………あのぅ」

 柔らかな座り心地の椅子に座る私。甲斐甲斐しくトロトロに煮込まれ塩が効いた麦粥をスプーンで口に運んでくれるロザリーさんに、私は勇気を出して聞いてみた。蚊の鳴くような小さな声しか出なかったけど、ロザリーさんはスプーンを置いて耳を私の口に近づけてくれた。

「ん、何?」

「…………あの……どうして……私、に……その……」

「体を洗ってくれたり、食べさせてくれたり?」

 意を汲んでくれたロザリーさんに頷く。

 ロザリーさんは頬をかき、ふにゃっとした気の抜ける顔で答えた。

「ロバさんにシルさんの言う事聞けって言われてるから、じゃあないよねぇ聞きたいのは。んー、シルさん……シルフィアさん、お嬢さんを運んで来た人の事ね。シルさんにも色々考えがあって、しばらくお嬢さんにいー暮らしをしてもらいたい訳さ」

「……天使さん、なんですか?」

「くはっ! ……ああいやごめんね、最近似た事言う人多くてね。ただの……うん、ただの魔法使いさ、シルさんは」

 ロザリーさんはぽやんとした顔で遠くを見ていたけど、すぐに我に帰って麦粥の残りを食べさせてくれた。

 椀一杯の麦粥をお腹に入れた私をロザリーさんは軽々と抱きかかえてベッドに運ぶ。

 ベッドはかえって居心地が悪くなるぐらいふかふかで、私は夢の中にいるんじゃないか、目が覚めたらあの薄暗い部屋で独り転がっているんじゃないか、と怖くなる。

 ここが現実である確信が欲しくて開こうとした口は、しかしロザリーさんに人差し指で押さえられてしまった。

「まー小難しい話は後。取りあえず寝た寝た! 質問は起きてから。私はここにいるからさ、安心してお眠りよ」

 そう言って私の手を握り、ベッドの横の椅子に腰掛けるロザリーさん。

 ロザリーさんの手はびっくりするぐらい冷たかったけど、もう何年も感じていなかったように思える安心感に包まれて、私は瞬く間に夢の世界に落ちていった。












 それは体が朽ちた後も魂に刻まれ、決して忘れられない、夢のような日々だったと思う。

 一日三回お腹一杯美味しい料理を食べて、遠目に見た事すらないような綺麗な服を着て、本を読み聞かせてもらったり、庭を散歩したり。

 屋敷の中にも庭にも私と同じ様な人がたくさんいたけど、皆思い思いに過ごしていた。

 じっとそんな人達を見ていると、昨日見た人がいなくなる事がある事に気がついた。ロザリーさんに説明は受けていたから、その人達は多分死んじゃったんだろうなぁ、と人事のように思う。明日は我が身かも知れないのだけど。

 屋敷に集められた人達は魔法の実験に協力しないといけなくて、失敗すれば死ぬ。そして成功すればちょっと特別な体になる、らしい。

 運が良ければ魔法使いになれると聞いてびっくりして、ここがあの大魔法使いの屋敷だと知って二度びっくりした。

 あと数日で死ぬかも知れないと聞いても不思議と怖くはなかった。一度死を身近に感じて慣れてしまったのか、今が幸せ過ぎて実感が沸いてないだけなのか、私には分からない。

 中には死にたくない、と逃げようとする人もいたみたいだけど、そんな人は次の日には消えていた。

 やがて三日が経って、私は薬を飲まされた。これで数日経つと魔法が使える様になるとロザリーさんは言った。

「秘薬は教会にしかないはずじゃ……」

「こまけーこたーいいんだよ!」

 何度聞いても頑なにそれしか言わないロザリーさん。私も細かい事は気にしない事にする。大魔法使いだからなんとかかんとかしてるんだろうなと考えるのを止めた。

 薬を飲んで数日は凄く体がムズムズしたけど、魔力はしっかり分かる様になった。体の中にある魔力が分かるし、他の人や物が持っている魔力も分かる。土にも木にも水にも魔力があって、魔力が無い場所なんてない。

 中でも屋敷の中のある部屋の前を通ると強い魔力を感じた。後でそこが大魔法使いの部屋だと聞いて納得する。噂に聞く大魔法使いの名は伊達ではなさそうだった。

 魔力に目覚めて魔法が使える様になったものの、体から魔力を離せなかったからまともな魔法は使えなかった。自分の力を強くする魔法を使って重い物を持ち上げてもなんだか実感がわかなかったし、怪我を治すためには怪我をしないといけない。かと言って分かりやすい炎魔法なんて使ったら全身丸焼けになってしまう。

 魔法使いは皆魔力を伸ばす練習をすると聞いて、魔力を体から離す練習を始める私。

 でも練習を始めて半日もしないうちにロザリーさんに呼ばれた。

 呼ばれてしまった。

「ラキ、呼び出し。シルさんの部屋へ行くよ、案内するからさ」

「……はい」

「あら素直。嫌だ、やっぱり死にたくないーって逃げ出そーとする人多いんだけどね」

「もし死んでも最後に幸せな思い出をくれた恩があります。私、幸せでした」

 嘘じゃなかった。三月か四月ぐらいの間だけど、ずっと辛かった。毎日足が棒になるまで歩いて、夜は怯えて寝て、町に着いたと思ったら絶望の底に叩き落とされて、母が死んで。

 それでも最後に綺麗な思い出を抱いて死ねるなら……全く恐怖を感じない、と言えば嘘になるけれど。

「あららら、ラキが眩し過ぎて私浄化されそう。私は直前になって死にたくないって泣き叫んだ口だから……ラキには生き返っ……死なないでいて欲しいと思うわー個人的に」

「ありがとうございます。あの、ロザリーさんはもう実験を?」

「そーよ、終わってるのよ私は。実験終わってからずっとロバさんの部下やってるのよね。しかし今になってそれ聞くかー」

「なんとなく聞き難くて……」

 話している内に目的の部屋の前に着く。

 ふとロザリーさんを見ると珍しく神妙な顔をしていた。

 ロザリーさんに向き直り、胸の前に右手の握り拳を当て、ゆっくり一礼する。

 何か言いたげなロザリーさんに声を掛けられる前に、私は意を決して微かに震える手で部屋の扉を開けた。












「これからは『ヴァンパイア』と名乗って下さい」

 シルフィアさんにそう言われ、私は複雑な心境で頷いた。

 ちょっと変わった体になるとは聞いていたけど、まさか一度死んで生き返るとは思わなかった。

 私は最終確認のための実験だったらしく、一度死んで、ヴァンパイアに生まれ変わった。

 実験が済んだという事でシルフィアさんから正式にしっかりした説明を受ける。

 ヴァンパイアは老いない。子供は作れない。心臓が動いていない。体温が無い。食事、睡眠がいらない。怪我をしたら魔法を使わないと直らない。首をはねられると再び死ぬ。定期的に血を吸わないと腐って死ぬ。

 ……ちょっと変わった体、どころじゃない。完全にヒトとは別のナニカだった。

 教会には蘇った事を話すな、指示に従え、裏切ったら相応の処分を覚悟してもらう、とも言われた。

 変化した体に戸惑ってはいたけれど、シルフィアさんに逆らうなんてとんでもない事はできない。この先何があっても、彼女が私を救ってくれた事に違いはないから。

 シルフィアさんは素直に頷いた私をしばらく胡散臭そうに見ていたけど、扉を指差して行きなさいと言った。

 行きなさいって言われてもこれからどうすればいいのか。疑問は部屋の外に待機していたロザリーさんが答えてくれた。

「ロザリーさん? 待っててくれたんですか?」

「やー半日ぶり。待ってたんじゃーなくて呼び出しを受けたのさ。一気に色々言われて混乱してるでしょ? 説明してあげるからおいでな」

「は、はいっ」

 ひらひらと手を振って、ロザリーさんは私を別の部屋に案内した。

 そこは小さな窓と小さなテーブル、それに小さな椅子が二脚あるだけの小さな部屋だった。ロザリーさんがすすめてくれた椅子に腰掛け、向かい合う。ロザリーさんはこほんと咳払いして切り出した。

「さて、と。まずはラキ、また会えて嬉しいよ」

「私もです。ロザリーさんもヴァンパインなんですか?」

「惜しい、ヴァンパイアね。いや違うよ、私はゾンビなのさ」

「ゾンビ?」

「んー……血を吸わなくていー代わりにロバさんの手下になったヴァンパイア、かな。ほら、時々私が呼び出しがどうのって言ってたのはロバさんからのテレパス。常に通信魔法が繋がってる状態なのよね」

「それは……便利ですね」

 ヴァンパイアの上位互換みたいと私が感心しているとロザリーさんはなぜか苦笑した。変なの。

「あはは……知らぬがなんちゃらかね。えー、それじゃー説明していこうか。ラキはもう食事の必要が無い、というか無闇に食べたり飲んだりしたらダメだよ。胃の中で腐って酷い臭いがするからね。血を吸った後も一日ぐらい腹の中に入れたら吐き出す事」

「え、お腹減って動けなくならないんですか?」

「そこはホラ、魔法さ」

「魔法ですか。なるほど」

 魔法って凄い。

「それで今のとこ特に仕事は無いから、基本的に地下室で待機しててね。用があれば誰かが呼び出しかけるから。ちょっと狭いけど何日か前にアニマルゾンビを森に送ったからぎゅうぎゅう詰めにはなってないはずさ。まー暇潰しに本でも読んでる事をおすすめするよ。灯りは蝋燭だけだけどね」

「あの、私、文字はあんまり」

「あ、読めないんだったね。それならとらんぷでもやってるといーよ。ラキの他にもヴァンパイアはいるからさ、その人達に教わりなよ。身体の調子が悪くなってきたと思ったら地上へ出てきて私かロバさんにでも言ってくれればどの人間の血を吸えばいーのか指示するからね。血吸いに最初は抵抗あるかも知れないけどすぐ慣れるさ。まー何か困った事があれば地上に上がって私に言えばいーさ」

 地下室では仲間のヴァンパイアが迎えてくれた。なぜこんなおぞましい体にした、と怒っていたり嘆いていたり、平然としていたり、死と餓えから解放された事をシルフィアさんに感謝していたり、色々な人がいた。

 意見の違いはあっても同じ境遇という事で皆良くしてくれて、すぐに私は薄暗い地下室での暮らしに慣れた。とらんぷで神経衰弱をやる事もあれば、簡単な文字と単語の手解きを受けたり噂話と小話を交換し合ったりして退屈しない。

 狭い地下室で気が滅入った人は地上に上がって日の光を浴びに行ったりもしていた。

 私も最初は吸血が怖かったけど、私が血を吸うのを怖がっていると吸われる方も余計に怖がらせてしまう事に気付いてからはロザリーさんの言う通りすぐ慣れた。それが良い事なのか悪い事なのかは分からない。

 経過観察でシルフィアさんに呼び出される以外は特に何もするべき事が無くて、ずっとこのまま地下室で暮らすのはちょっと嫌だなと思う。それをロザリーさんに言ったらもうすぐ東の森に引っ越すからそれまでの辛抱と教えてくれて気持ちが前向きになった。

 そのうち私と同じ様に経過観察の呼び出しを受けても帰ってこない人がいる事に気付く。それは決まってシルフィアさんに反抗的な事を言っていた人だった。

 シルフィアさんに『相応の処分』をされてしまったのかな、と想像する。

 ヴァンパイアになって思う事は人によって違う。一度死んでもう二度と死にたくないと思ったり、一度死んでもう死は怖くないと思ったり。でも私達をヴァンパイアにしたロバートさんやその指示を出すシルフィアさんを恨むのはおかしいと思った。

 だってシルフィアさんは私達が自ら命を絶つ事を止めない。そんなにヴァンパイアになったのが嫌ならもう一度命を手放せばいいのに。

 それをせずになんて体にしてくれたんだと文句を言うのは変。私達は短くても幸せな暮らしをさせてもらう代わりに死を受け入れる事をシルフィアさんに約束した。ヴァンパイアになって生き続けながら文句を言うのは筋違い。

 それから数ヶ月が経って見当違いな恨み言を言う人が皆いなくなった頃、私達は東の森に移動する事になった。地下室から解放されて堂々と青空の下で暮らせると聞いて皆嬉しそうだった。

 夜陰に乗じて屋敷を抜け出し、東の森にひた走る。この時私達は昼夜通して走り続けられる疲れ知らずの体の便利さを実感した。この体は色々欠点もあるけれど、良い事も多い。

 東の森の木霊の木の下にたどり着いた私達はゾンビ達と共に森を切り開いていく。

 ゾンビの人達はロバートさんから指示を受けてそれをヴァンパイアの私達に伝えるから、立場的にヴァンパイアはゾンビの下につく事になる。それに納得しているヴァンパイアもいればしていないヴァンパイアもいて。

 屋敷の中ならとにかく、今は人里離れた辺境の森の中。帝国の目からも王国の目からも(大魔法使いの目からも)離れているのだから、上の指示に従ってコソコソする理由がない。そうだ、下剋上しよう……と私に持ちかけて来たのは私と同じ魔法が使えるヴァンパイアのランバンさん。四十近い痩せこけた男の人で、時々粘っこい視線を向けてくるから苦手だった。

 勿論私は―――遠回しに―――お断りする。

 男の人の権力欲というか支配欲というか、そういう物が私にはよくわからない。

 私はなるべくしてヴァンパイアになったんだと思っているし、シルフィアさんに感謝していて、逆おうなんて思わない。

 第一下剋上に成功したとしてもこんな体で何を指針に永遠の時間を生きていけばいいのか分からなかった。

 ランバンさんはあからさまに舌打ちすると私に今の話を忘れる様に言い含め、立ち去る。

 独立したいならシルフィアさんに直接そう言えばいいのに。シルフィアさんは裏切り者には容赦ないけど正直者は悪く扱わない、気がする。

 はっきり言ってランバンさんの企みがシルフィアさんに通じるとも思えなかったので私は言われた通り黙っておく事にした。

 できればシルフィアさんのためにもランバンさんのためにも改心して反抗は止めて欲しいけど、どうなる事やら。



 ドラキュラ→ラキ。単純ネーミング


 いまのとこ登場人物全員にラ行の文字が入っている不思議。わざとじゃないんですがパッと思いつく名称に全部ラ行が入っているから仕方ない。作者はラ行に呪われているらしい


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
しりとりでラ責めされてそう・・・
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ