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ノーライフ・ライフ  作者: 黒留ハガネ
二章 蠢く者達
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一話 ある日森の中

 エマーリオの戦いを見届けた俺は、その場で進軍を停止して大休止の準備を始めた帝国軍を放置し、鳥もどきの姿のまま東へ飛んだ。

 シルフィアとエルマーは既に逃走中。今頃東の森へ向かって平地を延々と走り続けている事だろう。

 ああ、エマーリオの散り様については正直あまり語る事がない。ルーデルと舩坂とヘイヘを足して割らなければこうなるんじゃないかと思った、とだけ言っておく。

 東の森への距離は長い。かなり長い。以前東の森から町へ移動した時は1ヶ月ほどぶっ通し飛び続けなければならなかった。

 ゴーストの飛行速度は精々徒歩と同程度だから……4×24×30で2880km(キロミール≒キロメートル)? 途中で変な形の岩とか泉とか動物を見つけるたびに少し寄り道したから実際はもう少し短いと思うが、2500kmぐらいはありそうだ。

 道中、暇で暇で仕方ない。人がそばにいる環境になれていた分、東の森から町へ移動した時よりも感じる退屈さは酷い。

 始め数日は暇潰しに先行して東の森に入っている人間ゾンビとテレパシーでやりとりしようとしたが、あちらから伝わるイメージが曖昧過ぎてイライラしてきたので止めた。

 帝国が王国を攻め滅ぼすのが先か、俺が東の森に着くのが先か。













 結局、東の森の入り口に着いたのが町を出て二十七日目、森の奥の木霊の木のもとに着いたのが二十九日目の朝だった。王国が滅びているかどうかは電話もネット環境も無いこの世界では知りようもない。

 身体の形状を鳥モドキからデフォルトに戻し、作成中の集落にお邪魔する。

 巨大大根な木霊の木を中心にして円形に木々が切り倒され、大きめの広場ができていた。広場の外周では数人が麦藁帽子を被って木の幹にコーンコーンと斧を入れ、声を合わせてゆったりとした歌を歌っている。

「ヨサク~は木~を切る~」

 ……俺は何も聞かなかった。以前戯れに口ずさんでいた記憶があるから、それをシルフィアが覚えて教えてしまったと見える。

 ヘイホーヘイホー言いながら斧を振りイイ汗かいている男達から目を逸らすと、残った切り株を小さな木製スコップで掘り起こしている子供達やら森と広場の境界線で草むしりをしている女性達やら、まあ色々いた。

 枝を落とされた木は広場の端の陽当たりの良い場所にまとめてゴロゴロ転がされている。乾燥中のようだ。その付近にスケルトンもゴロゴロ転がっていた。こちらも乾燥……中……?

 木霊の木を囲むように建てられてはいるのは見るからにやっつけ仕事な掘っ建て小屋が五軒と、やけにしっかりした造りで掘っ建て小屋よりもふた周りは大きなログハウスが一軒。

 聞くまでもなく分かる。ログハウスはシルフィアとエルマーの愛の巣だ三、四回爆発してから幸せになれ。

 さて、色々作業中の人達の周りをチョロチョロしてみても反応がなく、全員ただの人間らしい事が分かった。広場にいるのはスケルトンのみ。複雑な命令をこなせないから放置されているのだろう。

で、ゾンビとヴァンパイア連中はどこに行った? 見当たらない。

 探しに行ってすれ違いになるのも嫌だったので木霊の木の周辺をふよふよしながら広場の拡張をしている人達を眺めていると、エルマーが森の奥から姿を表した。小熊っぽいもっさりした獣の死骸を背負っている。俺が手を振るとすぐに気がつき、獣を近くの人間に渡して寄ってきた。

「お帰り、ロバートさん」

 剣を肩に担いだエルマーが爽やかな笑顔で片手を差し出してくる。俺も手を差し出すが当然のようにスカった。

「あれ? ……ああそうだった。魔力覚醒しても触れないのか」

「触れないし斬れないからな?」

「やだなぁ、人を辻斬りみたいに」

「初対面で斬りかかられた思い出は絶対忘れねーぞ」

「はははっ」

 なぜそこで笑う?

「……まあそれは置いておくとして。一応報告しておく。エマーリオは逝った」

「あー……分かってたけどさ、本当に惜しい人亡くしたよ。シルフィア悲しむなぁ……」

 エルマーは担いだ剣を地面に突き刺し、柄に額を乗せて俯き深々と溜め息を吐いた。思考がすぐにシルフィアの方にいくあたりが実にエルマーらしいが、こいつにとってエマーリオは剣の師だったと聞く。シルフィアが悲しむ悲しまないを抜きにしても色々思う所はあるのだろう。

 しばらくそうしていたが、いつまでもこうしている訳にはいかないので聞くべき事を聞いておく。

「シルフィアとゾンビ連中はどうした?」

 尋ねるとエルマーは顔を上げた。

「ああ、森の中で食料調達中。木の実集めたり動物狩ったり。あとゾンビは何人か万が一に備えて帝国が来ないか集落の西の方で見張ってる」

「確かに食料確保は急務か……にしてもなんか妙に人間の数が多くないか? 五十人ちょいだったはずだろ? ざっと数えただけで百人超えてるんだが」

「そりゃ難民を受け入れたからさ」

「難民?」

 エルマーによれば、王国の町々から逃げ出した人々の一部が東の森に流れてきたらしい。大多数の国民は北へ北へと追い込まれているのだが、王都まで追い込まれてしまえばもはや袋の鼠。

 帝国に恐れをなし、王国の滅亡を予感した人間は、なるべく王国の中心から離れた辺境、つまり東へ逃げ出した。王国の東方面には本当にぽつりぽつりと点在する寒村しかなく、大抵閉鎖的な小社会を築く小さな村は見ず知らずの難民を受け入れる事はない。

 そうして途方に暮れていた難民を拾っていったそうだ。

 受け入れてくれる村がないなら自分達で作ればいいじゃない、というね。ゾンビという反則的労働力があるからこそできる短期村作りだった。普通にやれば悠長に森を開拓してる間に餓死するか、食料確保に手一杯で開拓の余裕がなくなる。

 今は村というか集落程度だが、これから体裁は整っていくだろう。

 ゾンビ+ヴァンパイア、総勢七十人で食料調達、ノーマルの人間百三十人で開拓と家屋の増築を平行して行っているとの事(スケルトンは放置)。

 ……ん?

「待て、アンデッド組は屋根の下で寝る必要も無いかもしれんが百三十人が五軒の掘っ建て小屋に入るのは無理があるだろ。家の数足りなくないか?」

「家で寝るのは順番制。あぶれたら野宿一択」

「うわぁ……今が秋で良かったな」

 冬までに人数分の家と春までの食料を確保しなけりゃならんのは少し厳しそうだが、まあなるようにしかならん。

 人が増えればそれだけ問題も増える。数日おきに起こるいざこざはシルフィアが処理し、現状はまずまず安定しているようだった。

 エルマーから情報収集していると、シルフィアが背後にぞろぞろとゾンビとヴァンパイアを引き連れて森から出てきた。ゾンビ達が担いだ兎や鳥などの獲物を見て広場の人間は歓声を上げる。

 獲物を地面に下ろして解体を始めたゾンビ達を尻目に、シルフィアはエルマーに走り寄り腕を絡ませ豊満な胸を押し付けた。

「あぁ寂しかったですエルマーエルマーエルマーエルマーエルマーエルマーエルマーエル……あ。ようこそ、そしてお帰りなさい、大御祖父様」

「あー、ただいま……でいいのか。シルフィアにも一応伝えとく。エマーリオは」

「言わないで下さい。分かっています」

「……そうか」

 シルフィアはエルマーのがっしりした胸板に顔をうずめた。

 流れる沈黙。

 時間を開けて顔を上げたシルフィアは一見平然としていたが、何を思っているかは神ならぬ俺には分からない。一番エマーリオの最後の戦いを渋ったのはシルフィアだから、恐らく一番エマーリオの死を悼んでいるのも……

 ……空気がしんみりし過ぎて無いはずの心臓が痛い。話題を変えよう。

「集落、というか村を作ってその後はどうする?」

「周辺諸国の動向を窺いながら当面の間このまま暮らそうかと思っています」

 幸いシルフィアは涙声になる事もなく普通に答えた。気まずい云々の前に俺としても今後の見通しを立てておきたい。必要そうな事を片端から聞いていった。

 王国を飲み込み更に強大になるであろう帝国に抵抗するだけの力も体力も俺達には無く、かと言って帝国の下につくのも癪なので、まずは出来る限り隠れたまま力を蓄える。そのために魔法研究を進め、ある程度安定した形になるまで村を大きくしておく。

 ぶっちゃけシルフィアとエルマーはお互いがいて幸せに暮らす事ができれば良い。従って武力が有り余る状態になっても他国に侵略をかける事はしない。

 小さな村で、文化的で幸せな暮らしができれば満足である、という面だけ見ればシルフィアもエルマーも慎ましい良い奴だ。が、その後に「ただし生活を脅かす奴はぶち殺す」が入る。やっぱり逝かれていた。

 しかし隠れてばかりで引きこもっていると、いつの間にか森の外では核兵器が開発されていて……なんてことに……は流石にならないだろうが、文化的科学的に取り残される。常に情報を収集し、自分達が相対的にどの程度の武力を持ち、どのような立ち位置にいるか把握しておかなければならない。よって森の外の情報収集も欠かせない。

 つまりは「村の基礎固め」「情報収集」「研究」「防衛」の四つを進めていく訳だ。

 まとめるとそんな感じになる。

「それならわざわざヒッキーにならんでも王国と帝国のゴタゴタが一段落ついてから魔法技術を帝国に売り込めば……いや駄目か。魔法はとにかく魔術は知られると色々手に負えなくなりそうだ」

「それもそうですが、私は単純に帝国の下につきたくないんですよ。帝国は嫌いです。お祖父様を殺した国ですから……ああ、分かっています。確かにお祖父様は自ら命を差し出したに等しいのですから、私が帝国を嫌うのは筋違い、逆恨みかも知れません。が、理屈じゃないんです、この感情は」

「分かるような分からんような……まあいいか。で、俺は何をやればいいんだ? 村の事はシルフィアが仕切ってるんだろ?」

「はぁ、確かに私が指示を出していますが……別に大御祖父様は無理に私達につきあわなくてもいいんですよ? 面倒事は嫌いでしょう?」

「馬鹿言うな。俺達は家族だろ? お前とエルマーが嫌がらない限り手助けするさ。他にやる事がないってのもあるが」

「意外です。『内政? ダルいからパス』ぐらい言われるかと思ってました」

「言わねーよ。シルフィアは俺をなんだと思ってるんだ」

「御先祖様」

「そういう意味の質問じゃないがなんかもうそれでいいわ」

「あはは、冗談ですよ。私にとっても大御祖父様はエルマーの次に大切な家族です。えー、と、それで……大御祖父様にお願いしたい事は……さしあたっては魔法管理でしょうか。魔法を使ったいざこざが起きたり魔法使いの離反が起きたりしたら目も当てられませんから、配下のゾンビとスケルトンの手綱をしっかり取っておいて下さい」

「それは当然だろ。他は?」

 エマーリオほどではないが、魔法使いというものは誰もが普通の人間とは隔絶した力を持つ。魔法の管理を怠るというのはマシンガンを子供に持たせて放置するぐらい危険な事だと俺は認識している。

 味方の内は頼もしい。しかし敵に回った魔法使いほど恐ろしいものはない。

 もっともゾンビとスケルトンの管理は楽だ。命令するだけで絶対服従だから離反の心配も何も無い。

「他ですか。ではヴァンパイアの管理もお願いできますか?」

「……ああそうか、ヴァンパイアは支配力が発生してないからなあ」

 ヴァンパイアは完全な自由意志で行動し、命令できない。魔法が使えるヴァンパイアは定期的な吸血の必要があるが、寿命が無い分人間の魔法使いよりも質が悪い。

「形質魔力を混入させて常に魔法が使えない状態にしておけばいいか。で、人間のゾンビにそれとなく見張らせる。魔法が使えなけりゃ俺達に牙をむこうとしても早々厄介な事にはならんだろ」

「はい。それでお願いします」

 シルフィアは思っていたよりも素直に頷いた。小生意気な反応を返してくるかと身構えていたので拍子抜けする。

「意外だ。お前なら疑わしきはデストロイしそうなもんだが」

「厄介事を起こされる前に始末するって事ですか? そこまでやりませんよ。大御祖父様は私をなんだと思っているんですか」

「エルマーの嫁」

「大正解です」

 シルフィアはエルマーに身を寄せたままむふんと胸を張った。ヴァンパイアになってもこういう反応は変わらない。

 先程からやけに静かなエルマーは恍惚とした顔で穴が空くほどシルフィアの横顔を見つめていた。危ない人に見える。というか実際危ない人だ。

「この村の人間で魔力覚醒している者はいませんから、アンデッドを管理するだけで私達が保有する魔法の全てを管理できます。大御祖父様はこの村の魔法をほぼ全て握っている、ということですね。信用してますからね? エルマーの次に」

「最後の一言が無ければ完璧だった」

 未だトリップしているエルマーと、そのエルマーの頬にキスしてうっとりしているシルフィア。

 早くもこの村の行く末が心配になってきた。

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