十九話 不死
帝国の戦線が北上するにつれて町に難民が逃げてくるようになった。とるものもとりあえず逃げてくる難民は仕事も財産もツテも無く、寒空の下で野宿をするしかない。
国が救済策として従軍すれば飯喰わせてやるよー、なんて事を言っていたが、魔法使いが重用される王国での一般兵は壁役がメインで、訓練も積んでいない新兵ともなると完全に使い捨て。そもそも戦争から逃げてきたのに逆戻りって本末転倒だ。
誰も自分から死にに行く奴なんていやしねーだろアホか、と思ったのだがまだまだ俺も現代の価値観を引き摺っていたらしい。アホなのは俺の方だった。
明日のパンにも困る難民は結構な数が兵に志願していったのだ。
何もせず緩やかに確実に死ぬより、生還する望みにかけて従軍した方が良い。そんな考えが働いたようだった。
しかしまあ誰も彼もが死地に行く覚悟がある訳も無く、神様がなんとかしてくれないかな、ゆっくり飢えて死ぬのは怖いけど戦場で砲火にさらされるのはもっと怖い。そう考える難民もまた多かった。
人間らしいと言うべきか臆病と言うべきか。人間、理屈じゃない。最大効率の選択肢をとれる奴ばかりなら世の中もっと平和で機械的になっている事だろう。
で、そこにつけ込んでしめたとばかりに難民を人体実験に使う鬼畜、エマーリオと俺。
難民に内容をぼかして募集をかけ、実験をする。例の人間のゾンビ/スケルトン化実験だ。
失敗してもうまく逝けばすぐ安らかに死ねて、成功してうまく行けば飢えず渇かず無に還らないゾンビかスケルトンになれる。主体的意思は制限されるが命令が無ければ自立行動できるから良し。万一無残な失敗をすれば……まあ……うん……
死ぬ危険があるという意味では従軍と変わらなくとも、明確な「死」のイメージと結びついている戦争よりは死のイメージがはっきり浮かばない「実験」の方がとっつき易かったようで、表向きには特別な仕事をする奴隷に近い使用人という事で結構な人数が集まった。個体差を考えて一つの実験に三、四人協力していただく事になるのだが、それでも十分過ぎる人数だった。
老人は逃避行の途中で力尽きる事が多いらしく、ほとんど子供か中年で女が多い。働き盛りの男手は余程の事情が無い限り強制的に徴兵されているのだ。
研究に協力して頂く方々にはせめてもの誠意として三日間たらふくいい食べ物を食べ、いい服を着て、行動範囲はエマーリオ屋敷の敷地内に限るものの自由に過ごしてもらう。
そして三日経ったら苦しまず死ねる毒薬で息を引き取っていただき、死体を魔術でいじくり回すのだ。
外道。まさに外道。俺もシルフィアも罪悪感をほとんど感じていないあたりに悪辣さが目立つ。人が極限状態で心身共に弱っている所に詐欺まがいの契約を持ち掛けるのだからもうね。エマーリオは罪悪感を感じているらしく険しい顔をしているが結局やる事はやっている。
そして肝心の実験結果だが、人間は獣と同じ手順で問題なくゾンビになった。予測通り主体的意思を保ち、思考も生前と変わらないようだった。
問答して確認した所によれば、やはりゾンビは魔力を感じ取れる様になっていた。ゴーストも見えるし、さらには魔力も操作できる。魔力操作は下手っクソだったが魔力に覚醒したばかりと考えれば妥当な程度だ。
ちなみに被支配力も発生した。テレパシーを送ると疑問すら抱く事ができずに自然と命令を実行している、との事。
ある意味当然の結果かも知れないが魔力密度が十分な人間をゾンビにすればあっさり魔法を使える様になった。魔法の使いも規則も通常の魔法使いとなんら変わる事は無い。
と、いう事は秘薬要らずで魔法を使うゾンビを量産できる事になる。ナンテコッタイ。
現存する魔法使いの数が少ないのは教会が秘薬を独占しているからだ。俺が見つけた毒無しの秘薬薬草を使えば教会に知られず魔法使いを増やせるだろうが、それでも薬草に限りがあるため一気には増やせない。薬草を栽培して増やそうとしても時間がかかる。
ところがゾンビ化にかかる時間は八~十時間。消費する物は安楽死用の毒薬のみで、要は死亡させられればいいのでその毒薬も必ず必要という訳ではない。
一日三人のペースで一年ゾンビ化させ続ければ千人の魔法使いが出来あがる。魔法使い一人で熟練兵二十人に相当するから……二万人分。兵糧要らずで創造者に忠実(=脱走、離反の心配が無い)な兵が二万人。一年で二万人。しかも維持コストゼロ。
チートってレベルじゃねーぞおい。
首をはねない限り心臓を貫かれても向かってくるゾンビの軍勢。なんつー悪役の絵図だ。
いやまあね? 実際に実行しようと思ってもそう簡単に行くわきゃあ無いんだけどさ。
魔力密度が十分な人間を千人揃えるだけで一苦労だろうし、流石に千人規模で人を集めてゾンビ化させれば良からぬ噂も立つだろうし、教会が嗅ぎ付けてきて衝突するだろうし。
例えそういう諸々の問題がクリアーされても俺やエマーリオにゾンビ軍をつくる気はない。
一日三人魔法使いが増えていけばそりゃあ王国が盛り返して戦線を押し返して勝てる可能もかなり出てくるが、勝ってしまったらその後が大変だ。
管轄外に大量に現れたゾンビ魔法使いを教会にどう説明すればいい? 力ずくなりなんなりで教会を黙らせたとしよう。するとクリエイトゾンビは今の所俺にしか使えないからゾンビ軍勢は全員俺の支配下という事になり、俺が管理責任を負わにゃあならん。トンズラしようにも千人は流石に目立ち過ぎる
色々面倒臭い。
第一俺達には王国を助ける愛国心が無い。戦うぐらいなら普通に逃げるわ。
大人しく侵略されて王国兵が一万人殺される事と反撃して帝国兵を一万人殺す事にあまり差を感じられない。それならば俺は手間が無い方を選ぶ。
閑話休題。話を研究に戻そう。
人間のスケルトンも獣のスケルトンと変わりはなかった。喋れず、自ら動かず、主体的意思が無い。
しかしこちらはゾンビと違い魔力密度が十分でも魔法を使う事ができなかった。意思が希薄なため魔法行使に必要なイメージができないのだろう、とエマーリオは言った。それでまず間違いないだろうと俺も思う。
さてはて、そんな感じで外道な人体実験を行い淡々と魔法・魔術のデータを蓄積している間に俺の魔力固定が完璧になっていた。ゴーストの体の変形と合わせて地道にコツコツ練習した甲斐があった。
以前の実験で俺の魔力固定が完璧ではなく、微妙に魔力が漏れている事が分かった。ゾンビが創造者の支配を受けるのもこの漏れた魔力が原因だと推測されている。
魔力固定が完璧で魔力を漏らさなければ創造者から支配を受けない独立したゾンビができるはず。
いきなり人間で試すのもなんなのでネズミで試してみた所、見事成功した。テレパシーは繋がっておらず、支配も及ばない。支配から解き放たれたフリーダム・ゾンビの出来上がりだ。素晴らしい。
俺が目の前をちょろちょろしても反応を示さないので魔力は認識できないようだがそれ以外はゾンビに同じ。
二、三日経過観察をしても問題なかったので今度は人間で試してみた所これも成功。やはり魔力覚醒はしなかったが、東の森から人間のゾンビに命令し取ってこさせた秘薬を摂取するとしっかり覚醒した。
ゾンビ化してからでも魔力覚醒は有効らしい。ゾンビは消化器官が働いていないから秘薬は消化する必要は無いようだ。前もって覚醒した人間をゾンビ化させても魔力覚醒の状態は継続される事も判明した。興味深い。
この実験結果を受けて一番喜んだのが十七歳になったシルフィアだった。身内の贔屓目を抜きにしてもちょっとコレ現実離れしてんじゃねぇかと思うほど過剰に美しく成長したシルフィアは、エマーリオと違い酷く老いと死を嫌う。
月光と日の光のどちらを受けても宝石の様に上品に輝く艶やかで長い金髪、磨き上げられた大理石も霞む美しくかつきめ細やかでシミ一つ無い柔らかな肌。服の生地を押して張り出した胸は詰め物などしておらず、胸との対比で腰のくびれが際立つ。
絵画から抜け出して来たような、という表現があるが、シルフィアの顔立ち、体型はまさしくそれだ。完成され過ぎていて実在の人間とは思えない。
事実、実験のために屋敷に入りシルフィアを見た人間は男女問わず目を擦るか愕然として静止してしまう。漫画じゃないんだからその反応はねーよと思うが反応してしまうものは仕方ない。クレオパトラや小野小町を目にした男達もこんな反応をしたのだろうか。
そんなシルフィアは性格がアレなだけあって自分の絶対的な美しさに自信を持ち、堂々と誇り、それを失うのを恐れている。
怪我は魔法で治せても老いは魔法では止められない。老いを止めてしまえるゾンビ魔術の完成は渡りに船だったのだ。
十八歳になるまで徹底的に美しさを追求してからエルマーと共にゾンビになる事にしたシルフィアは、永遠に続く二人のせいかつを妄想してはいやんいやんと首を振ってくねくねしていた。
シルフィアほど極端ではないがイケメン度を上昇させたエルマーも乗り気らしく、ここの所しばらくは屋敷にとどまり筋肉を絞り込んでいる。生きている内に筋肉をつけておき、ゾンビになってから剣技を磨くつもりだと白い歯を見せて言うエルマーに人外になる事への忌避感は全く感じられなかった。一年ほど前に東の森産秘薬薬草で魔力覚醒してから益々ズレて来ているように思える。
似た者同士お似合いだ。幸せになりやがれ馬鹿共が!
……と、いけば良かったのだが、二人の幸せ未来計画は捕らぬ狸の皮算用だったようで。
ノーリスクゾンビ化なんて話がうますぎるんじゃあないかと頭の隅で思っていたら、やっぱり欠点がある事が発覚した。
腐るのだ。
体が。
蘇生後数日は問題ないのだが、十日ほどで身体が動かしにくくなりはじめ、二十日で思考の混濁が始まり身体が動かなくなり、三十日で意識を失う。それからゆっくり身体が腐り落ちていくのだ。
ぬか喜びしたシルフィアのショックは酷い物で、実験結果を告げるとその場に崩れ落ちて何の反応も返さなくなった。美少女の無表情の虚ろな目は正直怖かった。
しかしその晩エルマーがシルフィアの寝室に慰めに行き翌朝に完全復活したのには呆れた。お前らもう爆発しろ。
そしてエルマーの隣の席で肩をくっつけ朝食を取りながらシルフィアが言う。
「大御祖父様、自律ゾンビの今後の研究はどうなっているのでしょうか」
「放置」
「え?」
「え?」
シルフィアとエルマーが仲良くポカンとした顔で俺を見る。こっち見んな。
「理論的に解決策が出なかったからな。腐食を止める方法は勘で当たりをつけて片っ端から試すしかない。それはエマーリオの流儀じゃあない。時間も無いからゾンビ研究は据え置きで形質魔力の研究を煮詰めるんだとさ」
「なら私が研究します。十八歳でゾンビになれないと意味が無いんです」
即座に言ったシルフィアの静かに燃える瞳が一瞬エマーリオの物と重なった。ぞくり、と背筋に震えが走る。やっぱシルフィアはエマーリオの孫だ。こう、オーラと言うか魔力の感触がね、似てる気がするよね。覇気があると言うかね。
血縁の俺には全く無いものだ。泣けてくる。しかし涙は出ない、ゴーストだから。
「呑気に朝食とってる暇はないですよエルマー、研究です!」
「研究はいいけどさ、俺学がないから手伝えないぞ」
「傍に居てくれれば愛の力で研究効率が三倍になります」
「俺の愛なら四倍はいける」
ガタンと椅子から立ち上がり、二人はいちゃつきながら部屋を出て行った。
くそ、ゴーストになってからずっと食事はできなかったが、ここ数年糖分ばっか摂取している。胸焼けがしてきた。
シルフィアが自律ゾンビ腐敗防止研究を始めて半年が経った頃、嫌な知らせが届いた。帝国の進軍速度が上がったらしい。この町に押し寄せるまでおよそ四ヶ月だそうだ。
帝国軍が来たら東の森に逃げ込む計画は既に始まっており、研究資料やアニマルゾンビ、一部の人間のゾンビは夜陰に乗じて移動させ初めている。
俺達はギリギリまで町にとどまり、帝国が町を制圧するドサクサに紛れ痕跡を消して逃げる予定だった。上手くいけば戦火に巻き込まれて死んだと思ってくれるだろう。
エマーリオは帝国軍の動きが変わったという知らせが届く前日から魔法研究を止めていた。
代わりに絵筆をとってキャンバスに絵を描いたり、ノミとハンマーで石を削り彫刻をしたり、裏庭で剣の素振りをしたりあれやこれやとし始めた。
帝国が来て屋敷から離れる前に色々やっておこうって事か? 帝国に寝返らないのも研究環境が悪いかららしいし。
まあそれはいいんだけどな?
「分かってたのか? 帝国の変化を」
「可能性は高い、と推測しておりました」
エマーリオは海を描いているらしい油絵に筆を滑らせながら事も無げに言った。
こいつ帝国の進軍速度が変化する前日から研究止めたんだよなぁ。もう予知だよ予知。
「お前苦手な事ってあるのか?」
「……………………思い付きませんな」
だと思ったよ。もう驚かん。
あらゆるものに対する高い適性。高い記憶力。学習能力。短い睡眠時間でも万全に動ける体。莫大な魔力に高い密度。
神懸かり的な洞察力に予知じみた推察力、その気になれば洗脳紛いの人心掌握も思うがままと言うし(シルフィア談)、エマーリオが栄達を望めば一代にして大陸を掌握するのも夢ではなかったのではないかと思わせる。
しかしこれは邪推かも知れないが、エマーリオはもっと大きなものを見据えて動いているように思える。
前世には存在しなかった「魔法」。それが未来にどのような役割を果たしていくのか俺には分からない。いずれ廃れて失われるのかも知れないし、科学に変わり大発展を遂げるのかも知れない。
仮に後者、発展の道を歩んで行くのなら、稀代の大天才エマーリオの全精力をつぎ込んだ魔法研究資料は何にも代え難い貴重な資料になるだろう。
単なる趣味で研究している可能性も濃厚だが。
エマーリオは研究を中止しした理由を語らなかったし、俺も聞かなかった。俺はエマーリオほど研究熱心ではないし、数ヶ月前にとうとう魔力密度が最低値を超え予測通り魔法を使える様になったので研究を続ける必要性も感じていない。予想通り魔法を使うと身体が削れるので使える様になったとは言えあまり使いたくはないが……魔力密度が上がっていけば密度を薄めて量を増やす事で魔法を使うたびに一々腕が無くなったとか腹に穴が開いたとかにはならなくなる。あとは時間が解決してくれる。
のんびり屋の俺とは違い時間に追われていたシルフィアの方だが、愛の力か才能か偶然かは知らんが腐敗防止の方法を見つけていた。
定期的に生きた人間の肉を食べるか、血を吸えばいいのだ。
その結果に至った道筋だが、まずシルフィアは形質魔力に着目したと言う。
自律ゾンビと通常のゾンビの作成プロセスの違いは創造者の形質魔力が混ざるか混ざらないか。その差異のせいで腐敗が起きている。
ゾンビは蘇生する際に生前とは明らかに異なる体質を獲得しており、その体質は少なくとも数十年程度の時間経過で変わる事はない。魔法で生前の状態に戻そうとしても効果が無い。人間が不死化魔法を使った場合と同じ様に刹那の一瞬生前の状態に戻り、すぐに効果が切れてゾンビに戻っているのだろう。
最初は形質魔力の量を調節して(協力:俺)腐らずかつ支配が発生しない絶妙な量を探ろうとしたが、逆に支配が発生した上に腐っていくゾンビができただけで終わる。
そこでシルフィアは考えた。腐る体質になるのはこの際許容しよう。腐敗の進行を回復するか止めるかできればいい。
創造者の形質魔力が混ざれば腐敗しないのなら、他人の形質魔力が腐敗を防止しているのかも知れない。ゾンビになる際の形質魔力の調整が不可能なら、ゾンビになってから形質魔力を突っ込んでやればいい。
そこでシルフィアは自律ゾンビに自分の形質魔力を送り続けた。
結果、失敗。ゾンビの魔力と他人の魔力が混ざった状態が続いたのがまずかったのか、自律ゾンビは動かなくなって意識を失った上に腐っていった。
しかしシルフィアは諦めなかった。このアプローチは間違っていないはずだと信じ試行錯誤を繰り返す。
その結果、ゾンビ自身と組成が近い有機物――――即ち肉や血を体内に入れ、物質から放出される形質魔力を取り込めば良い事が分かったのだ。外部からの供給ではなく、体内に取り込む事で血肉はゆっくりと形質魔力を放出していき、それで腐敗の進行は止まる。
欠点としては血肉は直接摂取しなければならない事。本体の身体から離れた血肉の形質魔力は無機物中だと長くて数秒程度で拡散してしまうから、生きた人間を食べるか生きた人間の血を吸うかしかない。
ついでに言えばゾンビは消化器官が働いていないので摂取した血肉は後で吐き出さなければならない。
流石のシルフィアとエルマーもカニバリズムは嫌なようで他の腐敗防止方法が無いか研究しているが、今のところ見つからず、血を吸う手段で妥協する事になりそうだ。肉を食べるよりはマシ、らしい。失血は肉の欠損よりも回復が早いという理由もある。
俺はシルフィアの研究の成果を受け、以降自律ゾンビをヴァンパイアと呼ぶ事にした。これほど相応しいネーミングも無いだろう。
さしずめシルフィアとエルマーは吸血鬼真祖か。
……案外似合っていて若干引いた。
シルフィアが十八歳になり、エルマーと共にヴァンパイアになった時、帝国の軍勢はもう町の目前まで迫っていた。
ゴースト
ゾンビ
スケルトン
ヴァンパイア NEW!
ノーライフ族はまだ増えていきます。