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ノーライフ・ライフ  作者: 黒留ハガネ
一章 不死の起源
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十八話 帝国

 王国の南に位置する大国、ナルガザン帝国は武力主義だ。

 ここ百年ほどで急激に勢力を増した国で、国土面積は有象無象の小国とは比較にならず、ロバートの生前は大陸一であった王国の倍ほどの規模を誇る。ここ十年ほどは王国の領土を削り続け更に国土を拡大していた。

 未発達な測量技術と情報伝達の不具合が重なって王国側には十倍と誤認されているが、人口は確かに凡そ十倍である。

 ナルガザン帝国はそれほど高度な文明を持っているわけではない。建築、治水、農業、政治システム、服飾、芸術、全て王国に一段二段と劣る。

 では何故王国を攻め立てる事が出来ているのかと言えば大きく二つの理由に分けられる。

 一つは数の利。

 国土に占める平地の割合、町や村の数が多いため人口も多く、兵数も多い。数の暴力は凄まじく、周囲に拮抗できる国と言えば辛うじてビルテファ王国のみという有り様。

 ビルテファ王国も他の小国と同盟を結ぶなり協力体制を敷くなりすればあるいは帝国を押し返せたかも知れないのだが、「魔法」という異質かつ強力な戦力を持つため自国の戦力を多く見積もり過ぎていたのと、魔法技術の漏洩を嫌ったため実現しなかった。

 もう一つは国民性。民族性と言っても良い。

 大陸南部に住む紫髪黒眼の黄色人種は好戦的だった。考えるより先に手が出るとまではいかないが、かなり喧嘩っ早い。

 しかし粗野でもなくスポーツマンシップ的側面があり、勝者には素直に従う。武術を学び、より強い武器を追求する向上心と知性もある。

 野蛮人よりは武人という評価が正しい。

 たがエマーリオはナルガザン帝国人を蛮族と評する。それは国民性は良くても政治形態が拙過ぎるのからだった。

 端的に言えば帝国では自国で最も強い者が皇帝になる。

 一年に一度武術大会が開かれ、優勝者と皇帝が戦い、勝者が次の一年間皇帝を務める。武官も大会の成績優秀者から選ばれる。流石に文官は別の筆記試験による採用だが、皇帝がある意味武官筆頭であるため発言力は低い。

 武術大会と言えば聞こえは良いが、実力が近ければ手加減できず殺し合いになり、死傷者は当然の様にでる。勝ったはいいが腕を無くしたり足を無くしたりと五体不満足になる皇帝は多い。そんな皇帝は十中八九次の年の帝位防衛に失敗する。降参が認められるので死ぬとは限らないのが幸いだが。

 従って上手く転んでも任期は精々五年が限度、コロコロトップが変わる帝国は政局が常に危なっかしい。

 武術大会で八百長が行われる可能性、武術大会での負傷による人材の損失、いずれ武器が発達すれば死傷者は加速度的に増えていくであろうし、戦闘力はあっても政治の才が皆無の者が玉座に着く危険性を常に孕んでおり、既に幾つかの問題はくすぶりはじめている。

 欠点だらけの政治体制。ぶっちゃけ脳筋。十年二十年は大丈夫でも、五十年後に国が存続しているかは怪しい。

 にもかかわらずここまで巨大な国に成長しかつ国の体裁を保っていられるのはひとえに皇帝が名実共に国内最強であり、武人気質の国民の圧倒的支持を得ているからだった。












 ナルガザン帝国の国土の西側は天を突く山脈に面している。一年を通し頂上に雪を頂くその山脈は大陸の南端から北へまっすぐ伸び、王国と帝国の国境で途切れている。

 その山脈の中央の山肌に、帝国の城はあった。

 山を削り、削った岩を積み上げ、城壁と城を造る。八十年前に着工した建築は未だ全体の四分の一程度しか進んでいない。

 ナルガザン帝国現女皇帝、エカテリーナは他区画に優先して建てられた王宮の執務室で報告書に目を通していた。壁をくり抜いて格子をつけただけの窓からは明かりと一緒に岩を削る高い音が入ってきている。就任当初は騒音にしか聞こえなかったが慣れてしまえば心地良さすら感じる。

 エカテリーナは二十代も後半になる小柄な女だった。目を細め報告書を流し読む顔は猫科の猛獣を想起させる。濃い紫の髪を耳にかからない様切りそろえ、機能性を重視したハーフパンツとチェインシャツのせいで女性に見えなければ権力者にも見えない。森で獣を狩っている方がまだ似合いそうだった。

「……ご老体はいつまで大人しくしているのやら」

 エカテリーナは読み終わった報告書を机に放り投げ、深々と椅子に体を沈め呟いた。

 エカテリーナの言うご老体はエマーリオを指す。

 エマーリオと帝国は直接刃を交えた事こそ無いが、大魔法使いの名はよく知られている。帝国の充実しているとはとても言えない事前調査でさえ最強の魔法使いとして名前が何度も出てきた上、千人からなる反乱軍を相手に味方全員負傷から一人で逆転したとか、蹴り一発で人が十ミールも吹き飛んだとか、彼が率いる部隊の死傷率は半分以下になるとか、彼の正面に立つだけで心臓が爆発するとか、頭上に落ちてきた雷を楽々跳ね返したとか、とんでもない噂が山ほどある。

 どこまで本当かは知れないが魔法使いの中でも特に飛び抜けた人物である事は十分伝わった。

 魔法使いは得体の知れない技――――魔法を使うが、ある程度交戦を重ねてみれば倒せない相手では無い事が分かった。体力と同じ様に魔法にも限りがあるのだ。数を揃え、怯まず一気にたたみかけて押し潰せば殺せる。

 しかしエマーリオは……資料を信じるならそんな生易しい人間ではない。魔法使い十人を一撃で吹き飛ばした記録もある。力の底が見えなかった。

 魔法使いを捕獲して魔法について吐かせられれば対策も立つかも知れないが、生憎魔法使いは拘束できない。地下牢に入れても全身を鉄の鎖で雁字搦めに縛っても薬で体を麻痺させておいても逃げられる。

 かと言って魔法使いでない王国兵を捕獲した所で情報は得られない。王国は魔法について厳重に秘匿していて、魔法の知識は魔法使いしか知らない。そして魔法使い達は教会の名の下に強固に結束しており、内部分裂は狙えない。

 実に厄介だった。魔法さえなければ既に王国は二、三回落ちている。

 帝国側の損害もそれなりになってきているが十二分に戦争を継続できる範囲であるし、何よりも勝てば魔法が手に入る。魔法は敵の物である内は恐ろしいが、自国の物になればこれほど頼りになる物もない。

 魔法が王国にしかないのは必ず何か理由があるはずだ。血統か、土地か、儀式か、技術か、薬か。

 王国には魔法がある。あちらに渡すつもりがないなら奪うまで。魔法使いが魔法の秘密を吐かずとも、王都にある教会の総本山を探せば魔法を得る方法も分かるだろう。

魔法が帝国のものになれば大陸統一も夢ではないだろう。

 大魔法使いがなんだ。隠居しているなら好都合。そのまま寿命でくたばるがいい。戦線に出張って来ても負けはしない。

 帝国は、強い。

 エカテリーナは手の甲で強くテーブルを二回叩いた。一拍開け、執務室の扉を開け控えていた近衛が入ってくる。

 近衛は踵を綺麗にそろえ、見事な敬礼をした。

「お呼びでしょうか」

「ああ。戦線は十分北へ上がった。本腰を入れるぞ。王都までの残りの町の数は十だったな?」

「ハッ! その通りです。前線から帝都までの伝令の移動時間を鑑みますに、残り九になっている頃かと」

「よろしい。そろそろ私が出よう。指揮は現場で飛ばした方が良い。予備兵、訓練中の使える兵も全て出せ。国庫を開放し補給線を維持しろ」

「ハッ! 了解しました!」

「一気に攻め上がるぞ。魔法に胡座をかいている王都の連中に恐怖の味を思い出させてやる」

 エカテリーナは立ち上がりながら腰の短剣を引き抜き、犬歯を剥き出し獰猛に笑った。















大侵攻を、始めよう。




ざわ……ざわ……

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