表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノーライフ・ライフ  作者: 黒留ハガネ
一章 不死の起源
14/125

十四話 魔法-3

 エマーリオは祖父から聞かされたという自らの家系のルーツを語った。

 中世に似たこの時代、文字の読み書きは特技として扱われる。読み書きが出来れば就職活動が格段に有利になるのだ。火事でろくな家財も持ち出せず最寄りの町に移住した俺の村の村人は読み書きができるお陰で職に困らなかった。俺が死んだ時点の村の識字率は五割程だった。核家族でも一家に一人は読み書きができる計算になる。

 そうして手に職をつけた村人達の中でも村長一家は薬草の扱いにも長け、安価で治療を請け負い、町で高い地位を確立した。教会が魔法による治療も行っているがかなりぼったくられるとか。

 教会との客の取り合いが起こるかと思われたが、教会の客は金払いが良い富裕層で、村長一家の客は高い金を払ってまで効果の高い魔法治療を求めない(そもそもそんな金が無い)中~下流層。利権の衝突も無く着実に財を蓄え評判を高めていった。

 そんな裕福な家に生まれたエマーリオの祖父は、王都へ移住し文官として王宮に仕えた。エマーリオほどでは無いがかなり優秀な人だったらしく、王宮、ひいては教会にコネを作る事に成功する。この頃から家伝の薬草学は徐々に廃れていく。

 そして王都で暮らし始めた一家に生まれるエマーリオ。祖父は幼いエマーリオを教会に連れて行き、その莫大な魔力を見出す。エマーリオが幼児の頃から高い知性を発揮したのも助け、祖父がコネと溜め込んだ財を使ってエマーリオを魔力覚醒させる。

 エマーリオ伝説の始まりだ。

 教会は信仰心を神に示すためと称し、魔力覚醒した者を五年ほど教会に住まわせる。その間に魔法と魔力放出を学ばせつつ教会の教義を刷り込み、教会の忠実な駒に仕立て上げる訳だ。汚いさすが教会汚い。

 が、そんな洗脳に屈するエマーリオでは無い。

 エマーリオは魔力覚醒する前から家に伝わる法の石盤に強い興味を持っていた。もはや村も無く、王国法と差異があり役立たずだと思われていた石盤だが、そこは転生者(自嘲)直筆の法律文言、若干の特異性がある。神の存在に触れていないのだ。

 村長や国王、貴族は敬うべきだが、罪を犯した時は差別してはならない。神については否定はしていないが肯定もしていない。

 王国法には当然の様に『王の権威は神に授けられた絶対不可侵のものであり云々』と多分に『神』を含んでいると言うのに、法の石盤にはそれが無い。にもかかわらず見事に矛盾せず書かれた法は成り立っている。下手をすれば王国法よりも自然に。

 エマーリオはそこに注目し、神の存在に疑問を抱いた。

 普通の人間ならば一度疑惑を抱いてもすぐに忘れるが、五年に及ぶ教会の洗脳で考えを改めてしまうだろう。しかしエマーリオは思考を放棄せず考え続け、神と魔法の関係すら疑う様になる。

 教会での五年の歳月を経て魔法使いとして認められた十七歳のエマーリオは、その才能を遺憾無く発揮し反乱の鎮圧や要人の護衛や重症を負った王族の治療などで華々しく活躍する一方で、魔法の探求を始めた。

 魔法と神は密接な関係にある(と考えられている)。奇跡を実現する『魔法』の存在は強固な神の存在証明になっていた。

 考察と実験の結果神が存在すると分かればそれで良し。神を疑った罪を懺悔し一生かけて償おう。

 しかし存在しないのなら、居もしない神に祈る事ほど馬鹿馬鹿しいものは無い。

 表立って神の存在に疑問を呈し煙たがられるほど馬鹿では無いエマーリオは表面上は神を敬い崇拝しながら研究と推論と実験を繰り返し、神の不在証明に至る。

 やがて二十代も後半に差し掛かり、既に王国指折りの魔法使いとして名を馳せていたエマーリオは教会の黒い部分を誰よりも良く知っていた。神の名の下に金を巻き上げている教会の上層部はもし自分が神の不在を唱えでもしたら総力を挙げて消しにかかるだろう。

 いくら魔法に優れると言っても一個人が教会と事を構えるのは無謀。エマーリオは結果を一切公表せず、一人でこっそりと魔法研究をし続ける。何年も神の存在を確かめようと研究を続ける内にそれが生き甲斐になっていた。

 四十歳を越え、帝国との仲が怪しくなってきた頃、教会に疑われ始める。何をしているかまでは発覚しなかったが一人で何かをしている事までは知られてしまった。

 下手に誤魔化そうとすれば追求が厳しくなると判断したエマーリオは、研究結果の内当たり障りの無い物を開示する事にした。

 エマーリオが発見した新しい魔法、二重持続魔法。

 対象を魔力で包み魔法を発動させ、もう一度同じ対象を魔力で包みなおして『魔法を持続させる魔法』を発動させる事で魔法の持続時間・威力を飛躍的に伸ばす。

 この魔法の利点は魔力密度の低い魔法使いでも持続時間を伸ばせる所にある。通常魔力密度は魔法持続時間に比例するため、魔力を多く消費するものの実力以上の持続時間を叩き出すこの魔法は革新的だった。

 教会の教義に則れば、魔法は魔力の祝福が強く無い場合、神への献身的な祈りのみが持続時間を伸ばすものであり、祈り以外の手段で持続時間を伸ばすエマーリオの魔法は教義的にギリギリのライン。『魔力を二度に分けて続けて捧げる事で神の心証を良くし、祈りを届き易くする』ものであるとして落ち着いたものの、エマーリオは危険人物としてマークされてしまった。

 大魔法使いの称号を得ると共にますます慎重に研究をするようになり窮屈さを感じる様になってきたエマーリオの家にある日強盗が入る。

 強盗は家捜しの最中にエマーリオの妻に見つかり、これを殺害。逃げようとした所で息子夫妻――シルフィアの両親――に騒がれ、逃げられないと見るや人質にとって屋敷に立て籠もる。シルフィアは偶然出かけていて無事だった。

 急報を受けて現場に駆け付けたエマーリオが遠距離から魔法で奇襲をかけ強盗を瞬殺したものの、人質にとられた二人は舌を噛んで既に事切れていた。体には拷問の跡があったと言う。

 ただの強盗が拷問までして物を盗ろうとするのは不自然。教会の息がかかった者が強盗と偽って家を探ろうとしたのではないかと考えたエマーリオは、年齢とシルフィアの教育、精神的な傷を理由に職を辞し一線から退いて王都を出、権力から離れ王国の端にある今の町に移り住んだ。

 そして今に至る。

 なんてこったい、俺の石盤が俺の子孫のエマーリオの今を形作っているという事なのか。これには数奇な運命を感じざるを得ない。ジョジョとどっこいどっこいなぐらい数奇な気がする。

 なぜか成り行きで互いに身の上話をした俺達はどちらからともなく顔を見合わせ苦笑した。感慨深いというかなんと言うか、とにかく妙な気分だった。エマーリオも似た感覚を抱いているのだろうと俺は勝手に予測した。











 その後俺が知る魔法についても事細かに話し、バックグラウンドと知識を共有した俺達は出合って五日目にしてようやく研究に着手した。まあこの五日間の密度を考えれば`ようやく´より`もう´の方が適切な気がするが。

 ちなみにシルフィアは両手で抱え切れない量の羊皮紙をエマーリオに渡され「覚えておきなさい」と言われて顔を引きつらせていた。覚えておきなさいって簡単に言うがお前それ……一体何年かかることやら。

 まあ自分の部屋で現代知識と格闘を始めたシルフィアは放っておき、まずは言葉の定義から入る。

 エマーリオは魔法を『自身の形質魔力を自らの意思により変換して起こす現象』と定義した。形質魔力については後述する。

 魔法は神(失笑)が起こしているのでは無く、人間が行使する単なる現象である、というのだ。人間の意思に左右される現象ではあるが、人間の意思も突き詰めてみれば脳細胞の神経伝達に過ぎない。『イメージ』という一見ひどく曖昧なものが深く関わっている様に感じられてしまうとは言え、れっきとした――科学の様に厳密な法則に基づく――現象であると言える。

 この定義はまだ仮説であり魔法発動に人間(魔力を消費する行使者)以外の何らかの意思が介在していないとも言い切れないのだが、以下二つの実験によりその可能性は非常に薄いだろうと推測された。

 魔法認識実験①。

 水を入れた同形同質量の二つのコップを用意する。より水量が多い方が爆発する魔法をかける。……にしてもエマーリオ爆発好きだな……確かに結果が見て分かりやすいけど……

 水の量を`ほぼ´等しくして魔法を使っても、見た目では量の違いを判断できず爆発しない(発動待機状態のまま)。しかし発動待機状態のコップを天秤に乗せると、片方に傾くのを視認した瞬間に爆発が起きる。

 魔法認識実験②。

 実験①と同様に水を入れたコップを用意し、同様の魔法をかける。そして天秤に乗せる時に水量が少ない方に魔法行使者に見えないように分銅を乗せる(助手:シルフィア)。すると分銅が乗った水が少ない方のコップ側が傾き、それを視認した瞬間に『水量が少ないコップ』が爆発する。

 以上の実験により、魔法発動条件を導き出す事が可能な要素を魔法行使者が知覚していても、魔法行使者が条件の達成を確信しない限り魔法は発動しない事が分かる。更に、実際に条件が満たされていなくとも魔法行使者が『条件が満たされた』と思い込めば魔法は発動するという事も分かる。

 即ち魔法行使者の知覚を通して対象を正確に観測し魔法の発動を判定するような魔法代行者は存在しない。魔法発動条件の判定は魔力消費者に完全に依存していて、魔力消費者=魔法行使者であると考えられる。

 魔力消費者の知覚と意思を魔法代行者が感じ取り、魔力消費者が条件が満たされたと確信すると同時に魔法代行者が魔法を起こしている、という事も考えられなくも無いが、そこまで行くとこじつけや屁理屈の類になってしまうだろう。

 で、魔法を『自身の形質魔力を自らの意思により変換して起こす現象』と定義すると、俺の魔法は魔法ではないという事になる。

 俺の魔法は突き詰めればどれもこれもやっている事は単なる魔力操作であり、魔法の前後で魔力を消費しない。エマーリオと俺は魔力操作によって行うクリエイトゾンビ/スケルトン、ゴースト化を纏め、魔法とは異なる『魔術』であると定義した。魔術は『魔力操作によって起こる魔法的現象』だ。

 魔法が魔力変換現象であるのに対し、魔術は魔力を純粋に魔力として使った魔力現象。

 例えるなら木を燃やすのが魔法で、木で家を建てるのが魔術か。

 他にも『魔力を体から伸ばし、もしくは切り離した状態で維持する技術』を魔力放出、『密度差がある魔力と接触した際の魔力拡散を防ぎ魔力を固定する技術』を魔力固定、『魔力を体内で循環・移動させる技術』を魔力体内操作、『魔力密度を上げる技術』を魔力圧縮、『魔力密度を薄める技術』を魔力希釈と定義し、放出・固定・体内操作・圧縮・希釈を纏めて『魔力操作』と定義した。

 ついでに言っておけば魔力密度は『体積辺りに占める魔力量』。

 こうして様々な定義付けが行われた一方で、定義出来なかったもの、解明の糸口が見えなかったものもある。

 例えば『魔力』。これはいくつか性質は分かったものの、未解明の部分が多すぎて定義できない。

 魔力とは一体何か? それ自体が魔法を起こすエネルギーなのか、魔法を起こすエネルギーを保有した目に見えない特殊な物質なのか。その本質を捉えるのは容易ではない。

 魔法で真空状態を作ると真空中に魔力を感じ取れなくなり魔力の無い空間が出来る。そこに外部から魔力を送り込むと確かに魔力を送り込んだはずなのに真空中には魔力を観測できず、代わりに真空空間の上下前後左右どこかの魔力密度が一瞬上昇し、すぐに拡散する。この時上昇する密度は送り込んだ魔力密度と等しい。

 魔力が真空中に存在できないならば、そもそも真空中に魔力を送ろうとしても押し返されるだけだ。そうはならず、前述のように魔力が真空中を通過して移動したという事は魔力が真空中に存在できるという証明になる。

 余談だが恐らく重力は働いていないと思われる。もっともこれは真空中に限った話ではないが。ゴーストが翼もエンジンも無しにふよふよ上下前後左右自由に移動できるのは恐らくそういう事なのだろう。なるほど確かに無重力下ならば僅かな力でも自由自在に移動する事ができる。

 もう一つ魔力について分かった事を挙げてみよう。

 魔力の受け渡しが不可能である事から、人間が持っている魔力は一人一人異なるものであると推測できる。しかし一度空気中にある魔力は――――恐らく誰でも――――体に取り込む事ができる。まさか俺だけが魔力の取り込みができる特殊な存在であるという事は無いだろう。

 大気中の魔力と人間が持つ魔力は異なる性質を持つが、同じ魔力である事に違いは無い。大気中や土中など無生物中に含まれる魔力を純魔力、人間が持つ受け渡し不可能な魔力を形質魔力……と定義したのだがこれも魔力の本質を表しているとは言い難く。

 魔力を感じる感覚は五感で表現できるものではなく、秘薬によって第六の感覚(魔感)が開放され知覚できる様になるのだろうとか、いやいや秘薬を服用しなくても魔力密度差が高ければ圧迫感を感じるという事は魔力覚醒せずとも魔感はほんの少しぐらいは機能しているのだろうとか、色々横道に逸れながら論議を重ねたが魔力の定義ははっきり決まらなかった。

 結局魔力の定義や本質を定めるには情報が全然足りないという事で問題は先送りになる。

 魔力の他には神が存在しないならなぜ何度も魔法を使うと威力が高くなるのか? という問題も予測がつかない。

 慣れにより魔法のイメージが確立されていき、正確なイメージが出来る様になるためという事は考え難い。正確な(物理現象に則した)イメージが魔法の威力に影響するなら、高校レベルの科学物理知識を身に着けたエマーリオの魔法の威力は飛躍的に上がっていて然るべき。しかし実際に複数種類の魔法を試してみたが上がっていない。イメージの正確さは……まああまりに曖昧過ぎると魔力は消費されず発動もしないらしいが、魔法の威力と関係しないという事だ。

 筋肉がそうである様に反復する事で魔法が鍛え上げられていくというのはもっと考えられない。そもそも筋肉は断裂した筋繊維が治る際により繊維を増やす事で成長していくものである。魔法には筋肉痛ならぬ魔法痛なんて無いし、魔法を連発しても魔力が減っていくだけで肉体的疲労も精神的疲労も無い。

 反復による威力上昇には魔力消費量の増加は伴わないので、無意識下でなんらかの効率化がされているのだろうという曖昧な結論しか出なかった。これも情報不足で問題を先送り。

 こうして俺とエマーリオは日がな一日言葉の定義のためだけに議論と実験を重ね、既存の言葉や技術の定義付けが大まかに終わる頃には一ヵ月が経過していた。



 研究三昧の日々。次話からは研究以外の日常的な話も混ぜていきます。


2012.2/26

真空中の魔力について修正。作者の物理と天文知識はwiki頼りなので色々と間違っている可能性はありますが、余程致命的なものでない限りスルーしてやって下さい。もしくはド素人にも分かるように分かり易くネチネチと間違いを指摘して下さい

2012.8/31

真空中の魔力について更に修正

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ