十三話 魔法-2
才能の差をまざまざと見せつけられた訳だがエマーリオが賢過ぎる分には俺には何の不利益も無く、むしろ魔法の知識を増やせて好都合。
そもそも俺が魔法知識を得ようと思ったのは単純な興味と、魔法が使えれば物理干渉ができるのではないかという打算。あとは自分の現状把握が少々。三つ共既にほぼ達成されている。
魔法知識を惜しげも無く提供してくれた恩はしっかり返すつもりだ。エマーリオの魔法の知識を聞き終えたら俺も全てを話そう。クリエイトゾンビ/スケルトンがあれば不死の軍も作れる訳で――――想像してみるともの凄く悪役っぽい光景だなおい。教会的に死者復活はOKなのかね?
……まあ今は余計な事考えて無いで魔法知識の吸収に集中しようか。せっかくだから疑問に思った部分はバンバン聞く。
「ついでに聞いておくがあのまま砂時計をどこかに隠して放置してたらどうなったんだ? 忘れた頃にうっかり視界に入れて爆発なんてしたら厄介だろ」
「いえ、発動待機状態の魔法は時間経過と共に徐々に威力を落とし、やがて発動しなくなります」
なるほど。発動待機状態の魔法を大量に用意しておいて一斉爆破みたいな戦法は不可能、と。
しかしなんか魔法が攻撃方面に特化されてる様な気がする。お国柄か? エマーリオも爆発魔法とか炎魔法とか攻撃的な魔法ばかり……いや、念動と防聴も使ってたか。シルフィアは通話魔法使ってたし。
「魔法はどの範囲まで想像を実現できる?」
「どの範囲まで、とは?」
「あー、と、物理の再現については分かったんだが……こう……概念的な」
「念話や治癒、探査は可能ですが」
「そうじゃなくてだな……」
説明が難しい。俺は言い淀み、少し考えて言葉を纏めてから続けた。
「本来物理的に存在しないもの、物理的に存在しえないもの――――水の中で燃える炎とか、空気よりも軽い鉄とかは出せるのか?」
「出せますが……それは物理的に存在できないのですか? 魔法で再現できるという事は存在するのでは」
「…………は?」
俺が声を漏らすとエマーリオは微かに首を傾げた。
有り得ない事は有り得ない理論か? いや何か違う様な……
「空気よりも軽い鉄は物理的に存在しないだろ? 魔法を使えば一時的に作り出せるみたいだが」
「なぜ物理的に存在しないと断言できるのでしょうか? 世界のどこかに物理的に存在する物質、現象だからこそ魔法で再現できるのでは?」
「いやいやそんな馬鹿な。いくらファンタジーでも鉄が空気よりも軽くてたまるか。それもう鉄じゃないだろ。エマーリオなら分かるだろ、鉄ってのは原子数が…………んっ? …………そうか、分からないのか」
冗談では無く素で言っているらしいエマーリオの真面目な目を見て俺はハッと気付いた。
この世界の人間は魔法と物理の境界を見分けるのが難しいのだ。
俺は魔法が存在しない世界の記憶を持っているから、何が「物理」で何が「魔法」かはっきりと区別する事ができる。物理を知っているから、魔法が分かる。しかし魔法が実在するこの世界で生まれ育った人間は、物理と魔法が入り交じった思考で物事を捉えざるを得ない。魔法が空想では無く目に見えるものとして存在しているのだから。
簡単に言えばエマーリオは魔法を物理に無理矢理組み込もうとしている。だから『空気よりも軽い鉄が実在する』という台詞が出て来るのだ。
俺は普通に暮らしている限りこの世界が物理法則に則って動いている事を体験的に知っている。物理法則が狂うのは魔法が関わった時だけだ。
俺はそこまで考えて困ってしまった。これは一体どうやって説明した物か。
物理と魔法の判別方法を教えるには物理科学の知識を使う必要がある。それを使うためには前世の事も話さなければならない。ゴーストとは言え一介の辺境の村長としての経歴しか持っていない男がこの世界にしてみれば革命的なものである物理科学知識を持っているのはおかし過ぎる。流石に天啓を受けたとか言って情報源を誤魔化そうとしてもエマーリオには通じないだろう。
さて一体どうやってごまかせば……
……ごまか……
……待てよ。誤魔化す必要あるのか?
「ロバート殿?」
「ちょっと待て。今纏めてる」
何度目かの沈黙に突入した俺にエマーリオが声をかけてきたので適当に答えておく。
生前俺が前世について口を噤んでいたのは変な子扱いされないためだった。村長一家とは言え頭脳的に普通の範疇に収まっていた家族は元より村人達にも『俺は前世の異世界の記憶がある』と言った所で返ってくるのは生暖かい目か『頭大丈夫?』という心配だっただろう。
文字も読めない、読めても一次方程式すら理解できないほど学の無い人に口で異世界の存在を納得させるのは難しい。どれほど高度な知識を披露しても、それが高度かどうかすら分からないから。
まあ後は説明が面倒臭かったというのもある。別に言わなくとも全く困らなかった。
しかしエマーリオは違う。世界をひっくり返す様な超一級の頭脳を持つスーパージジイなら、俺の主張する前世・異世界についての真偽の判別ぐらい容易いだろう。
エマーリオなら信じられる。研究者的意味で。エマーリオほどの聡明さがあれば現代知識を知っても悪い様には使わないだろう。
俺は洗いざらい全てを話す事にした。
「エマーリオ。長くなるが口を挟まず最後まで聞いてくれ。俺はここからずっと東へ離れた辺境の名も無い村に生まれたんだが――――」
俺の生い立ちを一から十までぶちまけて、ざっと前世も含めた経歴を話してから現代科学物理知識の話に入る。前置きだけで一時間以上かかった話の間エマーリオは何度か口を開こうとしたが、結局何も言わず羊皮紙に文字を刻みつけるのに終始していた。
俺は前世で死ぬ直前まで大学受験勉強をしていて、生まれ変わってからの知恵熱が原因の高い記憶能力のお陰でほとんど劣化していない高校レベルの知識を保っている。原子の概念から入って元素周期表に科学公式、生物の細胞とその働き、遺伝子、物理の加速度やら何やらと。
教科書や参考書を思い出しながらひたすら喋りまくる俺とひたすら書き続けるエマーリオ。朝から話し始めたはずが昼になっても全く終わらず、シルフィアが持って来た軽食を上の空で食べながら書き続け話し続け……
俺が小学校から高校にかけて学んだ知識を科学方面限定とは言え全て伝えるには一日では到底足りない。
日が暮れた頃に一度休憩するかと問いかけたが、エマーリオは首を横に振った。疲労は魔法で消しているらしい。
疲労を感じない霊体の俺の講義は夜を徹して続いた。延々と話している内に段々となぜ自分が科学知識を伝えようとしているか分からなくなってきて、月が登る頃にはもう機械の様に無心で話していた。
一徹して翌朝になり、エマーリオは仮眠を取る。魔法で一応眠気は消せるが、それは眠くならないだけで頭の回転は鈍るらしい。この時点で束になっていた羊皮紙は残り二枚になっていたのでエマーリオが寝ている間にシルフィアがお使いに行って追加の分を両手に抱えて山ほど買って来た。
シルフィアは羊皮紙をエマーリオの部屋に運び込む時にチラリとびっしり書き込み済みの羊皮紙を見て行ったが、俺を見て真顔で『何かの暗号ですか?』とのたまった。残念、それは暗号ではなく科学だ。予備知識の無い奴がアンモニアソーダ法の化学式見ても暗号に見えるのは分かるけどな。
三時間ほどソファで寝てスッと起きたエマーリオははっきりした目で文机に着くと俺に続きを促した。起きた五秒後に再開だ。とんでもなく寝起きが良い。
そして再開後、また一徹し、エマーリオは淡々と仮眠に入る。俺が話している間は瞳に熱狂的な輝きを灯している癖に寝る時はあっさり眠りに入った。おっそろしく切り替えが早い奴だ。
疲労を消しているとは言え丸一日俺の話を書き留め続ける集中力と言い、エマーリオは何から何までハイスペックだった。こいつに苦手な事なんてあるのか? 魔力操作は下手だったが、二、三日訓練すれば俺なんて簡単に抜いてしまいそうな気すらする。いくらなんでもそれは無いと信じたいが有り得ないとも言い切れないのが恐ろしい。
結局全て話し終えたのは四日目の朝日が登ってからだった。既に五本使い潰して六本目になっていた羽根ペンを置き、何か質問をしてくれと言って来たので元素周期表を暗唱しろと言ってみると、御丁寧に質量数まで付けて完璧に諳んじた。他にも幾つか質問してみたが文句の付けようが無い回答を返す。
もう凄いを通り越して怖い。怖いよこの御老体。こいつ三日で高校レベルの科学知識を暗記しやがった。こんな人間が存在するとは……俺は人間は生まれながらにして不平等だと確信した。漱石め、嘘つきやがったな。
「大変興味深い話でしたな」
「ああそう……」
満足気に積み上がって塔を作る羊皮紙を見るエマーリオにげんなりした声を投げ捨てる。霊体は疲れるべき肉体は持たないが、精神的に疲れた。もう一生分喋った気がする。なんでエマーリオはそんなに元気なんだ?
「この叡智は大いに魔法の探求の助けになる事でしょう」
「……あん? そのまま使わないのか? 魔法に転用するまでも無く産業革命でも起こせば」
「ロバート殿は魔法という現象を捉える下地として前世の記憶を私に明かされたのでしょう? ……ああ、ロバート殿の前世、異世界については信じております。到底妄想で作れる話ではありませんからな。転生メカニズムにも多少興味を惹かれましたが何かしらの魔法的要因が作用したのであろうという事以外は皆目検討も――――失礼、話が逸れました。
私は魔法の理を探求しておるのです。ロバート殿の知識は魔法の探求にのみ使用させて頂くつもりです。直接的に科学知識を使えば世に大革命をもたらす事も難しくは無いのでしょうが、それは科学の進歩であり魔法の進歩では無い。
ロバート殿は魔法研究の助けになる様にと話して下さったのでしょう。私は世を騒がせるつもりはありません。ただ魔法の神秘に一歩でも近付く事を生き甲斐とする老いぼれです」
「…………」
つまり現代知識で俺Sugeeee! をやるつもりは無いと? いや別に良いけどさ。
王国が滅ぶまで十年無いらしいし、折角近代化できてもあっという間に消え去る。不完全でも銃やら爆弾やらを再現できれば戦線を持ち直す……かも知れないのにそれをやらないって事はエマーリオにとって王国はどうでもいい存在なんだろう。俺もどうでもいいと思う。勝手に侵略されとけば良いんじゃね。
「それはそうと」
羊皮紙の塔をぺらぺらとめくっていたエマーリオはふと思い出した様に言った。
「ロバート殿の村は火事で無くなったと聞きましたが」
「多分」
「その村人の行方は御存じでしょうか?」
「いや。全員焼け死んだなんて事は無いと思うが」
村の家屋は全焼していたが死体は見当たらなかった。墓っぽい盛り土もいくつかあったし、生き残った村人はどこかへ移住したと見ている。
俺の言葉にエマーリオは頷き、謎めいた目を向けてきた。
「私の家系に代々伝わる`法の石盤´と呼ばれる四枚の石盤があるのです」
「法の石盤……まさか?」
「これです。確認して頂けますか」
エマーリオは俺の目の前の空間に石盤をテレポートしてきた。カーペットに積み重なった四枚の石盤をまじまじと見る。確かに俺の字だ。書かれた内容も物凄く見覚えがある。
なぜこれがここに、って理由は明白だよな。何だ、俺は奇縁属性でも持ってんのか。
石盤から目を離しエマーリオの顔色を伺うと、皺くちゃの顔を更に皺くちゃにして微笑んでいた。
「御先祖様とお呼びした方が宜しいか? ロバート殿」
ずっとエマーリオのターン!
現代知識で内政科学発展SUGEEEE! な展開にはならないのであしからず。ただエマーリオの発想と思考力にブーストがかかっただけです。
次話からようやく魔法研究分析……に入れるはず。