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ノーライフ・ライフ  作者: 黒留ハガネ
四章 コインの裏表
124/125

最終話 ラグナロク

二話連続投稿です

 雲の中から現れた飛空艇。ロバートの趣味の産物であり、過剰な火力と機動力を備える。建造から何度も改修され、常に最先端を行く超兵器だ。


 全長260m。内部に搭載した72基の大型魔力増殖炉によって燃料(魔力)切れとは無縁。全体としてはクルーザーのような外見をしているが、変形して戦闘機の形を取る事でマッハ3の超音速巡航を可能とする。魔力をエネルギーに動く最新型の魔導エンジンは排熱を全てフェンリウムが吸収し、部品は全てヒヒイロカネでコーティングされているためどれほど酷使しても焼き切れたり壊れたりする事はない。

 装甲はマジックアーマーに使われる複合装甲と同じだが、何重にも積層し、とにかく分厚い。ナノ積層魔質構造弾や群魔剣でも一撃では抜けないほどだ。

 ラピュタイトとグラビタイトをエンジンの補助に使う事で、急激な垂直機動も可能とする。スタビライザーによって体勢が崩れるのを防ぎ、また、崩れた場合は素早く復帰する。


 装甲と機動力、継戦能力はもちろん、火力もこれでもかとばかりに積まれている。

 主砲は二三式46cm三連装砲。ここから撃ち出されるナノ積層構造弾頭は徹甲弾に分類される。拳銃や狙撃銃に使用される弾丸を大型化したもので、これを防ぐ事のできる装甲は現状存在しない。

 副砲は十六門の60口径15.5cm三連装砲。弾種は徹甲弾、榴弾、焼夷弾など。物質弾と疑似物質弾があり、状況に応じて使い分ける。副砲で滅多撃ちにするだけで飽和攻撃になる。


 サイドアームとして以下の兵器も搭載されている。


 まずは荷電粒子砲。磁場の安定した別惑星に設置された大型加速器で亜光速まで加速した荷電粒子を飛空艇の専用の砲門に転送、発射する。亜光速であるため回避不可能で、攻撃面積も大きい一方、消費電力が威力に全く釣り合わないほど馬鹿げた量で、発射後一定距離を超えると大気中で急激に減衰するため射程も短い。別惑星の加速装置の発電・充電の関係上、一度の戦闘で撃てるのは一発のみという、実用性の薄いロマン兵器だ。

 同じように大量の電力を消費するレールガンも取り付けられている。こちらは荷電粒子砲ほどの電力は消費しないが、それでも消費量は多い。

 比較的エネルギー効率が良いレーザーは光であるため発射後の回避が完全に不可能であるものの、極論、熱によるダメージを与えるものであるため、超変換フェンリウムを含む装甲に対しては全く意味がない。

 他にも自動追尾ミサイル、星間弾道ミサイル、魔導砲、火炎放射器、32口径強化煎豆機関銃「オニハソト」、液体窒素噴射器、迷彩装置などがある。

 なお、自爆装置も仕込まれているが、シルフィアが閲覧していた仕様書にも載っているので、既に取り外されているのは間違いない。


 さて。

 戦闘結果を決める要因には色々あるが、その中に「攻撃力」と「奇襲」と「射程距離」がある。簡単に言えば、遠距離から大火力で奇襲をかければ、敵は何もできず負けるしかない。最早戦闘とも呼べない一方的な殲滅である。

 飛空艇はそれができる。迷彩をかけた状態でありったけの兵器を撃ち込めば、ロバート達は為すすべもなく塵になっていただろう。

 では、なぜわざわざ奇襲せずに迷彩をといて姿を現したのか?

 シルフィアはロバート達を一切手を抜かず全力で殺しに来ている。最初の世界同時攻撃、レインの奇襲、飛空艇と、搦め手と力押しを上手く組み合わせているところからも本気度合いと計画性が伺える。にも関わらず、シルフィアが非効率的で合理的でない行動を取るのなら、その理由は――――


 最も早く解にたどり着いたのは、シルフィアと付き合いが長く、修羅場慣れしているロバートだった。


「全員構えろ! エルマーが来る!」











 エルマーは頭が悪い。芸術の才能も無いし、人を惹きつける魅力もなく、容姿が特別良いわけでもない。生まれも平民の下層だった。

 そんなエルマーがシルフィアに愛されたのは何故だろうか? 実はエルマー本人も分かっていない。

 愛されているのは心から理解しているし、欠片も疑っていない。自分のためにシルフィアがどれほどの事をしてくれているかも、感覚的に理解している。

 ただ、愛されている事は分かるが、何故愛されているのか分からない。愛に理由を求めるのは愚かで無粋と思いながらも、悩まずにはいられない。


 実際ハイスペックで自分に自信を持っているシルフィアと違い、エルマーは自分が馬鹿なのを自覚していて、いつも自分は女神の寵愛を受けるほど優れた人間ではない、と、心のどこかで劣等感を抱いていた。

 そんなエルマーが唯一自信を持っていたのは、エマーリオに認められた剣術である。間違いなく、エルマーの剣の才能は古今東西の人類の頂点にあった。


 世界一の剣士を目指したその理由の半分は、シルフィアと釣り合うよう自分を高めるためだった。残りの半分は単純に世界一の剣士ってカッコイイと思ったからだ。

 エルマーは難しい事は分からない。馬鹿正直に剣の腕を磨いた。ひたすらに鍛練し、実戦した。

 体を鍛え、不死の体を得て、技を鍛え、訓練でロバートの群れをなぎ倒し、百年以上もかけてエルマーは限界を極め、名実共に世界最強の剣士に至った。ロバートも限界を極めていたが、才能が無いため限界値が低く、エルマーには勝てない。故にエルマーが最強である。


 最強の剣士になったエルマーは、最初は喜んだ。これでやっとシルフィアの隣に堂々と立てる、何も恥じる事はない、と思った。

 しかし年月が立つと、段々自信が揺らいだ。最強を誇示する機会が、無い。


 ロバートとの模擬戦は所詮模擬戦で、ロバートはエルマーを殺さないように気を遣うし、勝ったところで何がどうなるわけでもない。

 魔王城攻城戦に出張ってみても、実力が離れすぎてほとんど雑草を刈るようなものだった。それなりの達成感と満足感は得られたが、別にエルマーでなくてもできただろう。

 エルマーは「世界一の、最強の剣士でなければならない」戦場を欲した。それがシルフィアの命を助けるようなシチュエーションならなお良い。しかしそれをシルフィアに言えば、シルフィアが躊躇いなく自分の命を賭けた戦場をセッティングするだろう、という事ぐらいは流石のエルマーでも想像がついた。女神に釣り合う自分になるために、女神を危険に晒すなどできるわけがない。エルマーはもやもやを抱えたまま過ごしていた。


 故に、シルフィアは反乱でロバート達が逃げた状況は渡りに船だった。

 ロバートは未知の新しい体を持っていて、戦力がよく分からない。ゼルクラッドはまるで運命に護られているかのように死ににくい。ついでにサフカナもいるし、エクスカリバーもある。アンゼロッタとテウルスタがいて、それを補助するエイワスがいる。あと何かオマケもいる。

 シルフィアは逃げ延びたロバート達を吹き飛ばすために飛空艇を確保し、時間をかけて決戦仕様に改装していたが、エルマーは自分に任せてくれ、と進言した。自分の最強を証明する最初で最後の機会だと思った。確実にロバート達を全滅させられるであろう飛空艇の奇襲の代わりにエルマーが出ても、リスクを上げるだけで特に意味はないという事は頭から抜け落ちていた。


 勿論、シルフィアは理由も聞かず二つ返事で了承した。シルフィアがエルマーの頼みを断る訳が無い。

 ただしエルマーが心配だったので、妥協案としてレインを使った。ロバートは経験値が馬鹿げているだけで、所詮基盤は凡人。強さや行動は予想がつく。対してゼルクラッドは短い年月の間に何度もシルフィアの予想を裏切ってきた。エルマーをロバート達に向かわせる時、危険なのはロバートよりもゼルクラッドだと判断したのだ。なお、息子と娘への心配は既にシルフィアとエルマーの頭には無かった。












 ロバートが警告を発すると同時に、飛空艇が数発砲撃し、転送室があった岩山と付近一帯の障害物を消し飛ばした。数拍遅れて攻撃に音が追いつき轟音が轟く。

 更に半自動化した浮遊ユニットが地上に向けて五体射出され、ロバート達を取り囲むように円形に広がった。近接戦闘最強――――寄って斬るしかできないエルマーにとって、唯一の明確な弱点は遠距離からの狙撃である。障害物を無くし、逃げられないように包囲する事で、狙撃の脅威を潰したのだ。


「俺がエルマーを抑える! サフカナゼルクラッドは牽制! 隙があっても絶対に斬り込むなカウンターで死ぬ! アンゼテウルエイワスはユニットを減らせ飛空艇は攻撃しても無駄ださせるかおらぁ!」


 素早く指示を飛ばしたロバートは、数百メートル遠方からタキオンで加速しゼルクラッドの背後に斬りかかったエルマーの覇道剣を、同じくタキオンで加速して割り込み、弾いた。移動に伴い発生した二つの衝撃波が爆音と共にゼルクラッドを吹き飛ばす。二人が加速して進んだ直線上の草はなぎ倒され突風に千切れて舞い散った。

 ゼルクラッドは全く反応できずに鼓膜を破裂させ、衝撃であっさり失神する。


 シャープなデザインの緋色のフルプレートアーマーに身を包んだエルマーは、バイザーの奥の瞳孔が開いた眼を空中で気絶し乱回転しているゼルクラッドに向けた。生物的な電気信号ではなく、改造された法術の信号で動いているエルマーは、反応速度も動体視力も人間より遥かに優れている。莫大な経験からここでゼルクラッドに追撃をかけるとロバートに右肘か左脇の装甲を破損させられる可能性がある事を瞬時に把握し、追撃を諦め、ロバートが袈裟懸けに振るった群魔剣を勝龍剣で受け流した。


 エルマーは視界の端に決然とエクスカリバーを構えるサフカナの姿を捉えた。ロバートの剣を受け流し、初撃で宙に巻き上げられ落下しつつあるゼルクラッドへの攻撃の隙を伺いながら、その構えと彼我の距離、武器の性能から最悪の状況を想定する。

 サフカナの構えは、エルマーが扱う二刀流にとって最も有効打に繋げやすい構えだった。間違いなくロバートの入れ知恵だ、と看破する。構えが取れるのとそこから攻撃に移れるのは別問題で、ロバートが構えから状況に応じた攻撃に派生させられるほど教え込む時間的余裕があったとは考えにくいが、万が一がある。ロバートとの模擬戦で何千回万が一の隙を突かれて負けたか分からない。

 エルマーはサフカナが最も有効な一撃を繰り出してくる可能性を常に考慮し、そのせいで十四合の打ち合いの後に真っ二つにできるはずのロバートを仕留める手順が四倍に増えていた。エルマーは頭が悪いが、剣術に関してのみ最適解を最短で出す事ができる。「詰み」に持っていく手順ははっきり見えていた。


 ロバートとエルマーの熾烈な斬り合いを見るサフカナは、魂を揺さぶられるような深い畏敬の念と不甲斐なさを覚えていた。

 いや、正確には見えてはいない。二人とも体の各部に仕込んだタキオンの加速機構を細かく出力調整して連続起動させ、目にも止まらぬ速さで動き続けている。サフカナには連なる金属質の音と衝撃波が減衰して起こる爆音、速すぎてぼやけた色の輪郭しか分からない。辛うじて方向転換のために減速する瞬間を途切れ途切れに捉えられる。

 その断片的瞬間だけでも、二人が恐ろしい水準で戦っているという事は十分に分かった。


 具体的にどう動き、どんな応酬が交わされているかは、認識も理解も超えている。しかし確かにそこには研ぎ澄まされた技があり、計算し尽くされた駆け引きがある。戦士の究極型、到達点がそこにあった。

 エルマーが剣を振るうたび衝撃波が起き、下から抉るように斬り上げれば地面に深い亀裂が走り土くれが飛び散る。迂闊に近づけば余波だけで汚い花火になれる。

 サフカナはそれがどう二人の戦闘に影響しているのかはさっぱり分からないまま、ロバートに教えられた通りの距離を保ち、教えられた通りの構えを維持するしかない。自分の無力が堪らなく悔しく、同時に極限まで鍛えられた戦士はあれほどの力を発揮できるのだ、という湧き上がるような憧憬を抱いていた。


 エクスカリバーはギリギリと歯を食いしばるサフカナに何も言わない。際どい綱渡りでロバートがエルマーの攻撃を捌いている現状、何か喋ってサフカナが気を散らし構えを僅かでも崩せば、その瞬間に誰かが重症を負うか即死する。そうなれば一気に天秤が傾き、三秒で全員首が胴体から離れるだろう。

 元々ロバートだったエクスカリバーにはロバートの思惑が読めた。エルマーを抑えている内に浮遊ユニットを減らして包囲網に穴を作り、そこから離脱するつもりなのだ。間違いなくエルマーは追ってくるだろうし、戦いを放棄して逃げれば飛空艇も攻撃してくるだろうが、空飛ぶ要塞と極まった魔導剣士におもちゃのような装備で挑むよりも生き残る目は高い。何人生き残れるかまでは分からないが。

 エクスカリバーは祈るような気持ちで気絶したゼルクラッドを回収するアンゼロッタを見守った。


 開幕直後にゼルクラッドが吹き飛ぶのを見たアンゼロッタとテウルスタは、一瞬目と目で会話して頷き合い、即座に散開した。

 

 アンゼロッタはゼルクラッドを拾いに走った。サフカナが牽制しているが、ゼルクラッドにも牽制に加わって貰わなければ、ロバートの勝ち目は――――あるいは稼げる時間は激減する。アンゼロッタは牽制に必要な距離の保ち方も構えも習っていない。貴重な時間を使ってでもゼルクラッドを戦線に復帰させる価値はあった。アリアーニャさえ死んでいなければゼルクラッドの介抱を任せられたのだが、それは考えても仕方ない。むしろ咄嗟に身を挺してゼルクラッドを守ったのは賞賛に値する。アンゼロッタはあの時、突然の事に動けなかった。


 ゼルクラッドは二人の激戦のすぐそばに落ちた。近づくのは危険だ。アンゼロッタは被弾した時のダメージを少しでも減らすためにガードフォームに変身した。

 ガードフォームはスピードフォームと違い顔が仮面で隠され、露出が減り装甲が増えている。一見布に見えるドレススカートはナノ単位で加工された魔質製の微細な鎖で、マジックアーマーと同等かそれ以上の防御性能を持つ。

 二人の戦いが認識が難しいレベルに達していたのが幸いし、アンゼロッタは上手く戦いのそばをすり抜けゼルクラッドを拾い離脱する事に成功した。もし二人の戦いをはっきり捉える事ができていたら、とても近づく勇気は出なかっただろう。事実、ゼルクラッドを拾って離脱するその一瞬でアンゼロッタは三回死にかけていた。


 戦いの余波で土が捲れ上がり剥き出しになった地面にゼルクラッドを寝かせ、本人の形質魔力を魔導で再生し、失った腕と意識を戻した。これでゼルクラッドの形質魔力は空だ。セーブデータを作っている余裕はなかったので、ゼルクラッドにはもう後が無い。


「……ん? なんだ、どうなっている? レインは?」

「レインとアーニャは死んだよ、清場さんもね。いいから早く構えて牽制して! 大御祖父様が父様と戦ってて死にそうなんだから!」


 復活して記憶が飛んでいるゼルクラッドは、追い立てられて少し混乱しながらも、辺りを見回して大雑把に状況を理解した。近くに落ちていた千刃剣と飄護剣を拾い、教わった通りの距離と構えを取る。途端に目に見えて二人の戦いのペースが落ちた。それまで曖昧な色の塊と爆音が混ざって移動している事しか分からなかったのが、かすれた残像が見えるようになったのだ。無論、それでもまだとても目では追えないが、ロバートが防戦一方である事は漠然と分かる。


 冷や汗を垂らすゼルクラッドを一瞥し、アンゼロッタは今度はアタックフォームに変身した。ロバートに浮遊ユニットを減らせと指示されたが、ゼルクラッドの復帰のためにテウルスタに任せてしまっていた。急いでテウルスタを援護しなければいけない。

 アタックフォームはその名の通り攻撃特化の変身で、顔には暗視ゴーグルのようなゴツい視覚補助装備がついている。電波、熱探知、光、音、魔力など、利用できる全てを正確に捉え、照準をつけるのを助ける。

 タキオン狙撃銃と魔導銃は消え、ハンドグリップにエイワスが嵌った身の丈ほどもあるマシンガンのような銃に変わっている。


「弾数は?」

《1200です》

「1200なら二十秒? まあ撃つしかない、よね!」


 アンゼロッタはレーザーサイトで捕捉した浮遊ユニットの一つに、フルオートで秒間60発のナノ積層構造弾を撃ち込んだ。薬莢が滝のように排出されこぼれ落ち、一瞬で浮遊ユニットは装甲をぼろぼろに壊し粉々になった。


「次っ! どんどん行くよ!」


 時間は少し戻り、ゼルクラッドを拾いに行くアンゼロッタを見送ったテウルスタは、魔法で浮遊ユニット全てを覆うようにして赤熱した重金属の霧を発生させた。

 これにより、電波、熱源、光による感知を同時に妨害できる。所詮は魔法で創った擬似物質なので、ミスリルが仕込まれた浮遊ユニットに触れた瞬間消滅しダメージは与えられないが、感知を潰せられればそれで良い。アンゼロッタがゼルクラッドを復帰させようとしている事が悟られれば間違いなく邪魔される。復帰までの時間稼ぎだ。


 浮遊ユニットはすぐに魔導で風を出し、霧を払おうとした。しかし魔導ではなく魔法によって作られた霧は、イメージに依存した「その場に留まる」という抽象的な効果を付与されていて、風の影響を受ける事なくその場に停滞した。

 そのまま停止し、標的を見失い沈黙したかに思えた浮遊ユニットだが、球体ボディの一部が開き、銀色の粉をスプレーのように噴射した。飛散したミスリルの粉末が広がり、魔法を打ち消し、たちまち重金属の霧が晴れる。粉末はすぐにロバートとエルマーが出している衝撃波の余波を受けて散らされ、浮遊ユニットの感知が戻った。


 小細工を弄したテウルスタを威嚇するように浮遊ユニットの一つが小口径の砲門を向けてくるが、横から殴りつけるようにナノ積層構造弾の弾幕を受けて粉々にされた。

 アンゼロッタの邪魔が一秒遅ければ、テウルスタは両足を撃ち抜かれていただろう。


 続くアンゼロッタの掃射をテウルスタは上手くカバーした。

 例えば、試験管の中のメタトロンを浮遊ユニットの下の地面に投げて魔法で急激に加熱し、蒸発させる。高温のメタトロン蒸気は浮遊ユニットに触れると、温度維持機能によって常温に戻り、細かな水滴となって全体にまとわり付く。メタトロンは特定の型のdmしか通さないため、大気中から賢者の石でdmを吸引して補給し魔導に使用している浮遊ユニットは、吸引するdmの種類に偏りが生じ魔導が働かなくなって墜落した。もちろんすぐに内部電源ならぬ内部魔源に切り替えて復旧するが、その僅かな間が命取りとなり、アンゼロッタの射撃に粉砕される。

 武器を構えれば警戒される。直接メタトロンをかけようとしても回避される。回りくどい方法にも意味があるのだ。


 テウルスタの頭脳プレーとアンゼロッタの掃射で瞬く間に五体の浮遊ユニットの内、三体が沈黙した。代償としてテウルスタの手持ちの魔質と形質魔力が空になり、アンゼロッタの銃も残り200発以下になったが、十分逃げ出せる隙間ができた。


「大御祖父様、脱出経路作ったよ! 早く逃げっ、ほぁっ!?」

《嘘でしょう……》

「やばい、母様の準備が万全過ぎる!」


 逃げようとしたアンゼロッタは、飛空艇から追加の浮遊ユニットが射出され、一瞬にして包囲網が五体に戻ったのを見て奇声を上げた。

 シルフィアからは逃げられない。

 もう戦うどころか時間を稼ぐリソースも残っていない。物量が違いすぎる。


 アンゼロッタは絶望して膝をついた。エイワスは言葉が見つからない。テウルスタは頭が真っ白になっている。

 会心の連携を取ったにも関わらず、リソースを使った分、状況は悪化しかしなかった。二人と一個は完全に心を折られた。


 ロバートは戦闘開始から防戦しかできなかった。既にイモータルの表面の擬装は剥がれ、金属質の骸骨のような内側が剥き出しになっている。

 激戦にも関わらず、内側の装甲には傷一つついていない。魔法も物理も無効化するのだから、いくら激しく打ち合っていても細かい傷が溜まる事はない。傷がつくのは必殺の一撃を受ける時だけだ。

 如何にしてその必殺の一撃を出させないか。出されても回避できる状態を維持するか。自分の必殺の一撃を考慮しなければならない状況を強要するか。

 つまるところ、二人の戦闘はたった一撃を確実に決めるための状況を作り上げる事に集約されていた。


 無理やり数字にするならば、最初にゼルクラッドを庇った時、エルマーが一気に六割まで状況を組み立てた。そこからサフカナの牽制で組み立てが遅れ、続くゼルクラッドの牽制で更に遅れたが、既に九割を超えている。対してロバートは一割にも満たない。この状況では一か八かで必殺の一撃――――シグナトルムの腐食とタキオンの加速を併用した一撃を放っても、余裕で回避され反撃で真っ二つにされる。

 ロバートには逆転の糸口が見えなかった。


 ゼルクラッドは断片的に見える戦いの残像を必死に目で追おうとしながら考えた。

 教えられた通りの距離を保ち、構えを維持している限り、ゼルクラッドは何もできない。何がどう推移しているのかは分からないが、構えを崩した瞬間に一気にロバートが押し切られる事ぐらいは理解できた。しかし現状を維持したところで、ロバートは逆転できそうもない。救援も期待できない。仮に来たとしても、悠然と上空で待機する飛空艇に容易く消し飛ばされるだろう。

 最早シルフィアがお膳立てしたこの死刑場で、エルマーに殺されるしかない。


 いや、諦めるな、と、ゼルクラッドの心が囁く。

 何をしても無駄だと思った時こそ、あがいて、もがくのだ。人間はずっとそうして不可能を覆してきた。


 ゼルクラッドは決断した。ロバートの指示を無視して、賭けに出る事にした。

 ずっと保ってきた構えを解き、飄護剣をサフカナに投げ渡し、千刃剣を槍投げをするように構えて叫んだ。


「サフカナ! 十字砲火だ!」


 そしてゼルクラッドは千刃剣のシグナトルムとタキオンを起動させ、壊力嵐迅を発動した。











 壊力嵐迅とは、平たく言えば俗に言う走馬灯現象と火事場の馬鹿力を同時に発動させるものだ。脳の使用領域の変更や、筋肉の制限の解除により、思考量の増大と膂力の上昇を得る。

 そしてこれは法術鎖で動くアンデッドには使えない。法術鎖は生物の神経や組織のように流動的ではなく固定的で、疲労や劣化などマイナスの変化をしない代わりに、プラスの変化もしない。膂力は常に一定で、思考量も変わる事がない。


 故にエルマーは壊力嵐迅を習得しておらず、知りもしなかった。死者であるエルマーは壊力嵐迅を使えないし、主な模擬戦相手だったゴーストのロバートも使えなかった。第三次魔王城攻城戦の時にゼルクラッド、サフカナとは戦ったが、その時は二人共神速か壊力の片方しか使えず、壊力嵐迅ではなかった。


 精密性と瞬発力を併せ持つ流麗な動作で、サフカナとゼルクラッドが完全にシンクロしてエルマーを狙い剣を投擲する体勢に入るのを、エルマーは冷めた目で流し見た。

 確かに良い動きだ。想定を僅かに上回っている。しかし、十分に修正が利く範囲だ。何よりも構えが崩れている。エルマーの警戒度は一気に下がった。

 見たところ、投擲しようとしているのはシグナトルムとタキオンを併用した魔導剣。当たればエルマーのマジックアーマーは粉砕されて即死する。

 しかし、十字砲火で命中率を上げようとしているようだが、狙いが甘く、タイミングもエルマーに言わせれば下の下。あと三手打ち込んでロバートの体勢を崩し、始末してからでも十分回避できる。


 勝利を確信したエルマーは、二手まで打ち込んだところではたと気づいた。

 あの魔導剣が自分に投擲されるという保証はない。飛空艇が狙われるかも知れない。


 飛空艇の装甲は、群魔剣クラスの魔導剣の必殺攻撃でも一発では抜けない。しかしサフカナ、ゼルクラッドにロバートのものを追加した三発なら?

 危ないかも知れない。

 もし、三発が同じ箇所を抉ったら。

 もし、それがシルフィアのいる位置だったら。

 もし、ロバート達の誰かが四本目の魔導剣を隠し持ち、飛空艇の装甲に空いた穴からシルフィアを強襲したら。


 その可能性は限りなく低い。第一サフカナとゼルクラッドはエルマーに向けて投擲のモーションに入っている。途中で照準を飛空艇に変えるのは難しい。が、不可能とも言い切れない。

 例え飛空艇を撃墜できたところで、エルマーなら攻撃後の隙をついて全員の首を刎ねる事ができる。が、もし、万が一、億が一にでもシルフィアがそれで死んでしまったら、エルマーは到底耐えられない。


 一対一なら投擲される前に一蹴できた。

 二対一でも対処できた。

 しかし三対一である。


 エルマーの動揺が僅かに剣に現れた。エルマーと気の遠くなるような数の模擬戦を繰り返してきたロバートには、その意味がはっきり分かった。千載一遇のチャンスを見たロバートも賭けに乗る。

 それまでほとんど防戦にしか使ってこなかった群魔剣を、飛空艇に向けて振りかぶる。エルマーを相手にしてのその動作は全く無駄で、殺して下さいと言っているに等しい。

 しかしエルマーはロバートを即座に斬り捨てなかった。それどころか逆に決死の構えに移った。万が一にでもシルフィアが死ぬのを恐れたのだ。


 サフカナとゼルクラッドが壊力嵐迅を使った事で、ほんの少しだけ――――エルマー視点では――――動きが良くなった。

 そのほんの少しが結果を変えた。


 エルマーが角度的に最もシルフィアのいる場所を狙いやすいサフカナの投擲を阻止しようと動く。

 それをロバートが邪魔する。

 シルフィアを守る事しか頭にないエルマーは、鬱陶しげに必殺剣を使いロバートの体を右肩から左脇腹にかけて袈裟懸けに真っ二つにした。

 サフカナとゼルクラッドの投擲モーションが最終段階に入る。指が魔導剣の柄を離れ、刀身が裏返り、シグナトルムを帯びた。

 怪力嵐迅の効果で投擲された剣の初速が上がり、狙いも正確になっていた。鏡写しのように完璧に同時に放たれた二本の魔導剣は、エルマーを狙っていた。

 投擲された魔導剣にタキオンが働き、一瞬にして音速を軽々と突破。光速の0.01%に達する。

 投擲モーションを見ていたエルマーは、サフカナの飄護剣とゼルクラッドの千刃剣がギリギリ命中しない位置に体をずらしていた。十字砲火が交差する点から半歩分外れている。

 エルマーは確信的に下を見た。

 案の定、そこには半身だけで動くロバートが片腕を伸ばしていた。

 優しげとすら言える動きで、ロバートの片腕がエルマーの体を軽く押す。

 半歩分後ろに動かされたエルマーに二本の魔導剣が迫る。もう避けられない。


 エルマーは上空の飛空艇を仰ぎ見た。飛空艇には、シルフィアには、傷一つついていない。

 エルマーは安心したように笑い、魔導剣に貫かれ、粉々に吹き飛んだ。












 大陸の空に絶叫が轟いた。

 絶望そのものを音にしたようなその悲痛な叫びは、飛空艇から発されていた。


 法術鎖で動くエルマーはセーブデータを作れない。つまり、エルマーは完全に死んだ。体を粉々にされ、形質魔力すらミスリルに分解され、もう戻らない。


 浮遊ユニットの一つに組み込まれたトラペゾヘドロンを介して、飛空艇の中からシルフィアが転移してきた。防具は身につけていない。何の防御性能もない、単なる豪奢なドレス姿だった。

 シルフィアは発狂して声にならない声を上げながら、必死に粉々になったエルマーの残骸に飛びつき、掴み、かき集め始める。小指の爪の先ほどの大きさの肉片をめくれ上がった土くれの陰から愛おしそうに拾い上げ、一瞬微笑んだかと思うと、次の瞬間には凄まじい形相で地面に這いつくばり残りの肉片を探しはじめる。誰が見ても正気ではなかった。


 ゼルクラッドが無言で前に進み出た。シルフィアは目の前にゼルクラッドが立ってもまるで気にした様子は無い。気づいているかも疑わしかった。


 ゼルクラッドは背後を振り返る。

 ロバートは半身だけのまま地面に転がり、黙って目を閉じた。

 アンゼロッタは見ていられないという風に顔を逸らす。

 テウルスタは痛ましげに目を伏せた。

 エイワスは沈黙している。

 サフカナは肩をすくめ、エクスカリバーを投げ渡してきた。


「シルフィア、何か言い残す事はあるか」


 エクスカリバーをシルフィアの首に向けたゼルクラッドが静かに問う。シルフィアはゼルクラッドを完全に無視して動き、土に染み込んだエルマーの赤黒い血液を見て激昂していた。そこには知性も理性も何も見えない。

 ゼルクラッドはエクスカリバーを振り上げ、振り下ろす。

 

 その一動作で、全てが終着した。


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